ミステリ&SF感想vol.66

2003.07.11
『探偵を捜せ!』 『時の葦舟』 『OZの迷宮』 『五番目のコード』 『光のロボット』


探偵を捜せ! Catch Me If You Can  パット・マガー
 1948年発表 (井上一夫訳 創元推理文庫164-01)ネタバレ感想

[紹介]
 金と自由を手に入れるため、病に臥せる夫を殺害した美貌の若妻・マーゴット。だが、彼女の殺意に気づいていた夫は、密かに探偵に調査を依頼していたらしい。やがて訪れた四人の客の中の一人がその探偵であるのは間違いなかった。マーゴットは探偵を捜し出すために必死で推理を展開し、目星をつけた一人の男を殺したが、探偵は依然として調査活動を続けているようなのだ。一体、誰が探偵なのか……?

[感想]

 犯人が探偵を捜すという趣向のミステリですが、新聞記事をもとに推理が展開される安楽椅子探偵的な『被害者を探せ』とはだいぶ趣が違っています。本書は、事件の渦中にある犯人・マーゴットの心理描写が中心となっており、犯人の視点で物語が進行するという意味で倒叙ミステリに近いともいえるのですが、犯人にとっての“敵”である探偵の正体が定かでないことで、より一層スリリングな展開となっています。探偵捜しという趣向はまさにそのためのもので、推理そのものの内容よりも、犯人が推理を迫られるという状況の方に重点が置かれているといえるでしょう。

 探偵の候補(容疑者?)がわずか四人ということもあって、展開や結末はかなり限られてしまいそうなところですが、特に後半のプロットがよくできていて最後まで飽きさせませんし、結末そのものも予想の範囲内のようでいて予想を越えたものになっているところが見事です。

2003.07.03読了  [パット・マガー]



時の葦舟  荒巻義雄
 1975年発表 (講談社文庫AX121・入手困難「電子書店パピレス」 

[紹介]
 “時の葦舟”がさまよう奇妙な四つの世界は、夢か、現実か――何の疑問も持たず、日々変わらぬ暮らしを送り続ける人々の中にあって、世界の秘密を追い求める者たちは、様々に流転を繰り返していく……。

「白い環」
 川を挟んで向かい合う切り立った崖。一方の崖にはソルティという名の街が垂直に広がり、もう一方の崖はのようにソルティを映し出していた。その街で水汲みの仕事を続けてきた若者・ゴルドハは、狩人になることを決意し、台地の奥へ大とかげ狩りに旅立った……。

「性炎樹の花咲くとき」
 緑の浅海に浮かぶ蓮型の街・エロータスには、どこか淫靡な雰囲気が漂っていた。やがて、性炎樹の花が咲く夏になると、住民すべてを巻き込むオムニガミイの祭が繰り広げられるのだ。だが、かつて街を追放された男と出会った少年と少女、マニヤとオルジーは……。

「石機械」
 石の街・アルセロナにある石鐘楼の巨大な砂時計は、絶えることなくいつまでも時を刻み続けていた。石機械を動かして石を切り出す仕事をしていた男・Kは、作業場で奇妙な壁画を発見したことから運命の激変に見舞われ、やがて恐るべき秘密に気づいてしまった……。

「時の葦舟」
 “世界樹”と呼ばれる巨大なアカニシュタの樹がそびえる村。長者の屋敷の回廊には、四つの不思議な壁画――崖の街、蓮の街、石の街、そして天まで届く巨大な樹――が描かれていた。その壁画は、それぞれつながりのある四つの物語を表しているというのだが……。

[感想]

 豊かな想像力によって紡ぎ出された、奇妙な四つの世界を舞台とする幻想SFの連作です。

 まず目につくのはやはり、最初の3篇の印象的な舞台です。「白い環」に登場する、向かい側の崖の鏡面に浮かび上がった、垂直に広がる“崖の街”「性炎樹の花咲くとき」の、華やかな原色に彩られ、プリミティブで猥雑な生命のエネルギーに満ちた“蓮の街”。そして、「石機械」で描かれた、モノトーンの迷路に閉じ込められ、あらゆる変化が許されない中でただ時だけが動き続ける“石の街”。この三つの世界は、いずれも想像力を刺激する魅力的なものですが、それらが鮮やかなコントラストを生み出すことで一際印象深いものになっています。

 それぞれの舞台で展開される物語に共通するのは、世界の真の姿を知ろうとする衝動です。その衝動を抱える登場人物たちは明らかに異端者であり、それにふさわしい結末を迎えているともいえるのですが、その思いは世界を越えて受け継がれていきます。そして、これら三つの物語を取り込んだ形の最終話「時の葦舟」では、四つの物語の関係と世界の実相が暗示されています(このあたりは「夢の構図」と題されたあとがきで補足説明されているので、本文より先にこれを読んでしまわないようご注意下さい)。それぞれに幻想的な物語を、非常に面白い形で組み合わせた傑作です。

2003.07.04読了  [荒巻義雄]



OZの迷宮 ケンタウロスの殺人  柄刀 一
 2003年発表 (カッパ・ノベルス)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 冒頭に掲げられた“名探偵は生き方ではなく、宿命である”という文章に沿って、全体を通じた趣向が仕掛けられたユニークな連作短編集です(趣向が説明されている本編必読後のあとがき」を先に読んでしまわないよう、くれぐれもご注意下さい)。

 “名探偵とは、存在であり意思である”←正確な引用ではありません)という名文句とともに独自の名探偵像を示した北村薫『冬のオペラ』と同様、本書もまた“名探偵とは何か?”という問いに正面から向かい合い、一つの答を提示した意欲的な作品といえるでしょう。そして、それを体現する“趣向”は、見事にこちらの予想を裏切る、非常に面白いものになっていると思います。個々の作品も、おおむね魅力的な謎と鮮やかな解決を兼ね備えており、傑作といっていいのではないでしょうか。
 個人的ベストは、「絵の中で溺れた男」「わらの密室」

「密室の矢」
 密室状態の書斎の中に横たわる死体。そしてその横には、半分に折れた血まみれの矢と、同じく血塗られた弓が落ちていた……。
 本書の中では最もオーソドックスな作品といえるでしょう。密室トリックよりも、巧妙なミスディレクション(といっていいでしょう)が光っています。

「逆密室の夕べ」
 被害者を撲殺した犯人は、目撃者を監禁した後、シャワールームで足を滑らせて転倒し、頭を強打して事故死したと思われたのだが……。
 トリック一発のハウダニット。なかなか巧妙ですが、見通しやすいのが難点というべきでしょうか。

「獅子の城」
 殺害された恐喝者、発見された凶器、逮捕された容疑者。そして――もう一人の容疑者の、鉄壁とも思えるアリバイ……。
 圧倒的に不利な立場にある容疑者と、鉄壁のアリバイを持つもう一人の容疑者。名探偵自身に関わる事件は、予想外の結末へとなだれ込んでいきます。トリックよりもプロットの勝利。

「絵の中で溺れた男」
 異端の画家は、施錠されたアトリエの中、自らが描いた川の絵の前で溺死していた。だが、室内には溺れるほどの水は見当たらなかった……。
 いかにも柄刀一らしい、強烈なインパクトのある謎と、力業ともいえる豪快なトリックが組み合わされた作品です。

「わらの密室」
 犯人は、密かに密室トリックの予行演習を繰り返していた。やがて起こる凄惨な密室殺人。そして、ドアの下に残された一本のわら……。
 正体が不明な犯人の独白から始まりますが、倒叙形式かと思いきや、事件は次第に意外な展開を見せ始め、結末には衝撃が待ち受けています。非常に巧妙な罠が仕掛けられた作品です。

「イエローロード」
 川に浮かんでいた、身元不明の男の死体。そしてそのポケットには、なぜか50枚もの10円玉が残されていたのだった……。
 「承前」「承運」という二つのパートに分かれています。柄刀一にしては珍しく、トリックよりもロジックが中心となった作品ですが、その解決は見事という他ありません。

「ケンタウロスの殺人」
 地中から発見された、上半身が人間で下半身が馬という奇怪な骨。それは、四年前の奇妙な事件と関わりがあるのか……?
 発見された骨よりも、過去の事件の方が中心となっているのですが、こちらにもケンタウロスが関わってくるので、“題名に偽りあり”というわけではありません。二つの事件の絡み具合にやや難がありますが、解決は非常に鮮やかです。

「美羽の足跡」
 幼い少女・美羽が語った不思議な事件。ウサギの玩具と少女の足跡は、魔法のように消え失せてしまったのだ……。
 悪くはないのですが、他の作品とは雰囲気がかなり違っていて、本書の中では浮いている印象。それもそのはず……なのか?

2003.07.06読了  [柄刀 一]



五番目のコード The Fifth Cord  D.M.ディヴァイン
 1967年発表 (野中千恵子訳 現代教養文庫3043・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 “八人がわたしの手にかかって死ぬだろう”――殺人者の告白の通り、地方の町ケンバラで次々と起こる殺人事件。その現場には必ず、八つの取っ手{コード}がついた棺の絵が描かれたカードが残されていたのだ。そしてカードの裏には、取っ手の位置を示す番号が記されていた。地方紙の記者ジェレミー・ビールドは、相次ぐ事件の犠牲者たちと関わりを持っていたことで容疑者として疑われながらも、必死に殺人者を追い求めるが……。

[感想]

 現場に毎回残されていく棺の絵のカードが何とも異様な雰囲気をかもし出すシリアルキラーものであり、またミッシングリンク・テーマの秀作です。ミッシングリンクそのものもまずまずだと思いますが、その扱い方が特に秀逸です。伏線やミスディレクションもしっかりしていて、フーダニットとしても巧妙な作品といっていいでしょう。

 また、人物造形が非常によくできているところも見逃せません。特に主人公となるジェレミーは、豊かな才能を持ちながら挫折し、過去を引きずりながらくすぶっている屈折した人物で、非常に魅力的に描かれています(個人的には、山田正紀作品の登場人物に通じるようにも思えるのですが、そのあたりも魅力的に感じられるのかもしれません)。追い討ちをかけるように容疑者という立場に追い込まれた彼が、これまた魅力的なヒロインと協力して、いわば“敗者復活”を成し遂げていく過程は、十分なカタルシスを感じさせてくれます。

 欲をいえば、事件の真相にもう少し意外性やインパクトがほしかったところですが、全体的にバランスよくまとまった作品であることは間違いありません。

 なお、作中にA.クリスティ『ABC殺人事件』ネタバレがあるので、未読の方はご注意下さい。

2003.07.08読了  [D.M.ディヴァイン]



光のロボット The Rod of Light  バリントン・J・ベイリー
 1985年発表 (大森 望訳 創元SF文庫697-05・入手困難

[紹介]
 一旦崩壊した後、再興されつつある人類文明に対して、人間の支配から逃れて独自の文明を築こうとしつつあるロボットたち。その中にあって、孤高のロボット・ジャスペロダスは、荒野をさまよい、探求の旅を続けていた。だが、ある日彼のもとを訪れた一体のロボットに〈ガーガン計画〉の存在を告げられる。世界最高の知性を持つというロボット・ガーガンが、ロボットたちを集めて“超越的光”の獲得を目指す究極の計画を進めているというのだ……。

[感想]

 “ロボットと意識”をテーマとしたユニークなSF『ロボットの魂』の続編ですが、ロボットと意識の問題そのものには前作で一応の決着がつけられているため、作品の根本部分が新味を欠いているように感じられるのは否めません。しかし、ベイリーの“インチキ理論”がゾロアスター教の世界観によって補強されているところは興味深いところですし、ジャスペロダスの意識の有無が焦点となっていた前作に対して、意識を持たないロボットによる意識の獲得を中心に据えるというアプローチの違いも面白いと思います。

 前作で大暴れ(?)していたジャスペロダスも本書ではやや抑え気味で、どちらかといえばその内的な葛藤を描くことに重点が置かれていますが、その印象的な個性は健在です。また、もう一方の主役であるガーガンも、高い知性に裏付けされたカリスマ性のようにも思える独特の魅力を放っています。そして、この2体のロボットを中心に進行していく物語には、前作と対照的にほとんど人間の入り込む余地はありません。

 その意味でこの作品は、ガーガンの計画に象徴されるように文明の主役が人間からロボットへと移りつつある中で、葛藤を抱えつつもその流れを止めようと奔走するジャスペロダスの、孤独な戦いの物語といえるのかもしれません。

2003.07.10再読了  [バリントン・J・ベイリー]
【関連】 『ロボットの魂』


黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.66