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パラドックス学園/鯨統一郎

2006年発表 光文社文庫 く10-8(光文社)

 本書には、“読者=犯人”という大技が仕掛けられています。佳多山大地氏による解説でも“書物の世界の外側にいるはずの〈読者〉を犯人だと糾弾するミステリは、稀に作例はある。”(296頁)指摘されているように、“読者=犯人”という真相そのものにはいくつかの前例がある*1のですが、本書でユニークなのは仕掛けの具体的な内容、すなわち“いかにして読者を犯人とするか”という“ハウダニット”です。

 “読者=犯人”という趣向を謳った(←ネタバレではありません)深水黎一郎『最後のトリック』『ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!』)のネタバレ感想には、“作者は読者に対して“読む”こと以外の行為を期待することはできないと書きましたが、パラパラ漫画を仕掛けることで読者に“読む”以外の行為をとらせるというアイデアは想定外。普通に読むためにページをめくるのとは格段に速度が違うため、何となく“犯行手段”に説得力が出ているように感じられるところも見事で、“書物”という形態を利用したトリックという点で小森健太朗(以下伏せ字)『ローウェル城の密室』(ここまで)と双璧をなす奇想といえるのではないでしょうか。

 しかも、“犯行”のタイミングまでしっかり考えられていることが、以下に引用する箇所に表れています。

(前略)いま読んでいる本を確かめてみることだ。そのページの隅にパラパラ漫画が印刷されているかどうかを」
 もし今のルブランの言葉が、小説の中の一節なら、ここで読者はパラパラ漫画の存在を確かめている事だろうとワンダは思った。
「でもすでにその本にパラパラ漫画があるって判ってる人は?」
「そういう場合だって、もう一度パラパラ漫画のストーリーを確認する意味で、ページをめくってみる事をお勧めするね」
 (131頁)

 ここまで執拗に主張されると、へそ曲がりの読者*2でなければ多少なりとも試してみたくなるはずで、“操り”としてなかなかよくできていると思います。

 しかしそこから先、“最終的に指摘された犯人の向こう側に、本当の犯人がいる”(283頁)という“法則”が持ち出されたあたりから、ぐだぐだな展開になってしまっているのがいただけないところです。いや、最終的に“この本を読ませる事”(287頁)というあざとい結論につながっているあたりは、(以下伏せ字)『ミステリアス学園』の結末と歩調をそろえている(ここまで)感もあってまずまずなのですが……。

 しかしそのぐだぐだな結末を吹き飛ばすかのような、佳多山大地氏による解説の冒頭が非常に秀逸。本書を壁に叩きつけるところまで織り込み済みだとすれば、もはやためらう必要はありません……冗談です

*1: 深水黎一郎『最後のトリック』のネタバレ感想から、前例のリストを一部改変の上転載しておきます。
 ちなみに、前例を調べていくうちに本書にも行き当たったのですが、仕掛けの具体的な内容までは把握していませんでした。
*2: 他ならぬ私のことですが(苦笑)。というわけで、私は“犯人”ではありません。

2009.03.05読了