パラドックス学園 開かれた密室
[紹介]
パラドックス学園という大学に入学したワンダ・ランドは、希望のミステリ研究会が学内になかったため、パラレルワールドを研究するというパラレル研究会、通称「パラパラ研」に入部した。部長のポーをはじめ、副部長のドイル、ルブラン、アガサといった先輩たち、さらに同じ新入部員であるカーにフレデリックとマンフレッド――いずれも著名なミステリ作家であるはずの彼らは、ミステリ小説など書いたこともないという。それどころか、犯人が様々なトリックを駆使するミステリさながらの事件が現実に発生している“この世界”では、ミステリ小説そのものが存在しなかったのだ。やがて、学園内にあるシェルターで密室殺人が発生し、「パラパラ研」の部員たちは真相解明に挑むが……。
[感想]
(本格)ミステリそのものをテーマとした怪作『ミステリアス学園』の続編というか姉妹編というか、そちらの主人公だった湾田乱人が、本書の主人公ワンダ・ランドとして奇怪なパラレルワールドに“転生”したような設定の作品です。内容にはさほど関連があるわけではありませんが、やはり『ミステリアス学園』を先に読んでおいた方がより楽しめるかと思います。
物語の中心となっているのは、パラドックス学園の(ミステリ研究会ならぬ)パラレル研究会。その通称「パラパラ研」にちなんでページの隅にパラパラ漫画が印刷されているおちゃらけた(?)体裁も目を引くところですが、E.A.ポーをはじめとする著名なミステリ作家が時代を無視して一堂に会している、「パラパラ研」のメンバーに関する無理矢理な設定がやはり強烈で、“パラレルワールド”をいいことにやりたい放題の豪腕ぶりに脱帽です。
しかしミステリ作家たちを(強引に)登場させながらも、世界にミステリ小説が存在しないというあたりが何とも逆説的ですが、ミステリさながらの事件が“現実”に発生し、「パラパラ研」のメンバーたちが――“こちらの世界”で自身の書いたミステリそのままの――謎解きを行っている(*1)のが非常に興味深いところで、ミステリ作家を探偵役に据えるという趣向の変形ととらえることができるかもしれません。
『ミステリアス学園』ではミステリの歴史と要素がお題になっていましたが、本書では「最も怪しい人物は犯人ではない」といった章題にも表れているように、様々なミステリの“お約束”に焦点が当てられています。ミステリの読者にとっては暗黙の了解となっているそれらが、ミステリの存在しない世界に放り込まれることでパラドックスに変じているのが実に新鮮で、自分がすれた読者であることを改めて認識させられます(苦笑)。そして、ミステリの存在するパラレルワールドからやって来たワンダ・ランドが、いわば他の登場人物たちと読者との仲介役を果たしているのも見逃せないところです。
事件はパラドックス学園内で半ば放置された、パラレルワールドにつながっているという噂のあるシェルター内で起きた密室殺人ですが、当初は警察や「パラパラ研」のメンバーたちが正攻法で(?)謎解きに挑むものの、最終的に明らかにされる真相には思わず唖然。(おそらく)前例のない『ミステリアス学園』とは違って斬新な犯人というわけではありませんが、ある意味ばかばかしくも考え抜かれた前代未聞のトリックには、良くも悪くも呆れるより他ありません。
最後はやりすぎてぐだぐだな展開になっているのが難ですが(*2)、それを絶妙な形でフォロー(?)している佳多山大地氏の解説が秀逸で、そこまで含めて一個の作品として完成しているとみるべきでしょう。真面目な読者には正直あまりおすすめできませんが、“飛び道具”好きの方にはぜひともご一読いただきたいところです。
2009.03.05読了 [鯨統一郎]
【関連】 『ミステリアス学園』
理由{わけ}あって冬に出る
[紹介]
某市立高校の芸術棟。雑多な文科系クラブが同居するそこには、“壁男”――殺されて首を切られた男子生徒が壁に塗り込められている――という怪談が伝わっていたが、新たにフルートを吹く幽霊が出るという噂が加わった。吹奏楽部では噂に怯えた部員たちが練習に来なくなり、来る送別演奏会にも支障が出るおそれがあるため、高島部長は幽霊など出ないことを証明すべく、夜の芸術棟を見張ることを決意する。かくして、高島部長と部員の秋野麻衣、第三者として立会いを求められた美術部の葉山君に、なぜか同行を申し出た演劇部のミノの総勢四名が夜の芸術棟へと足を運ぶが、予想に反して幽霊は本当に現れたのだ……。
[感想]
第16回鮎川哲也賞佳作を受賞した作者のデビュー作で、高校の文科系クラブが雑居する芸術棟で起きる季節外れの幽霊騒ぎをお題に、“高校生探偵団”の愉快な活躍を描いた青春ミステリの快作です。
“学校の怪談”というネタそのものはさすがに陳腐に感じられなくもないのですが、(とりあえずは)事件性がなく高校生のみで――しかもどちらかといえば軽いノリで――対処できる“(非)日常の謎”(*1)としては、お手頃なものだといえます。無論、幽霊騒ぎで練習が滞っている吹奏楽部の部長にとっては深刻なところもあるのでしょうが、語り手となる葉山君の飄々としたキャラクターもあって、物語はどこかほのぼのとした感じで進んでいきます。
さらに物語に“軽さ”を加えているのが、芸術棟という舞台ゆえに必然的に焦点が当てられる文科系クラブの雰囲気で、幽霊騒ぎをよそに(?)それぞれにマイペースに振る舞う部員たちの様子には微苦笑を禁じ得ません。実をいえば、私自身はずっと運動部で文科系クラブには縁がなかったため、今ひとつピンとこないところもないではないのですが、自身では体験していないにもかかわらず十分に懐かしさのようなものが感じられるあたり、何ともいえず魅力的です。
幽霊の出現というネタは、不可能犯罪などと違って基本的に“見せるだけ”で済んでしまう話なので、トリックが小粒なものになる傾向があるかと思います。本書もその例に漏れず、幽霊の出現を演出するトリックそのものには――特に“フルートを吹く幽霊”については――あまり見るべきところがないのですが、それを解明するにあたって関係者への聞き込みや現場検証などしっかりした手順を踏んであるところは好感が持てますし、地味になりがちなそれらの作業をコミカルに描くことで読者を退屈させないのもうまいと思います。
『理由あって冬に出る』という題名でも示唆されているように、ミステリとしての最大の読みどころは“なぜ幽霊が出現したのか”というホワイダニット(*2)。特に、“フルートを吹く幽霊”に続いて“壁男”までが出現するという執拗な“犯行”によって、単なる軽い悪戯ではすまない切実な動機の存在が浮かび上がるあたりがよくできています。終盤に指摘されるように、“犯人”の目的と手段との間に齟齬が生じているのは難点といえば難点ですが、それが“幽霊ミステリ”の弱点を下敷きにしたもののようにも思えるのが興味深いところです。
すべての真相が解き明かされるとともに、“犯人”のとった“騙す”という行為の意味までが浮き彫りにされる結末の苦さも、青春ミステリとしての大きな魅力であるのは間違いないところでしょう。最後に待ち受ける、ある意味仰天(苦笑)の突拍子もないエピローグに至るまで、なかなかよくできた作品だと思います。
2009.03.19読了 [似鳥 鶏]
四隅の魔 死相学探偵2
[紹介]
城北大学に編入して学生寮〈月光荘〉の寮生となった入埜転子は、怪談会を主な活動とするサークル〈百怪倶楽部〉に入部した。新入部員を迎えた倶楽部は順調に活動を重ねていくが、やがて訪れた夏休み、寮の地下室で怪異を召喚する儀式〈四隅の間〉を行っている最中、“うらみをはらしてください”という声が聞こえるや否や、参加していた部員の一人が突然死してしまう。そしてそれ以来、部員の身辺に不気味な黒い女が出没するようになり、さらなる事件が――転子から相談を受けた弦矢俊一郎は、事件の解決に乗り出すが……。
[感想]
『十三の呪』に続く、他人の死相を視ることができる探偵・弦矢俊一郎を主役とした“死相学探偵”シリーズの第2弾です。キャラクター紹介や基本的な設定の説明が前作で済んでいることもあって、シリーズ探偵らしく――というよりも“死を未然に防ぐ探偵”にふさわしく(*1)弦矢俊一郎が登場するのは物語も半ばを過ぎてからで、それまでの前半では本題となる事件がじっくりと描かれています。
今回の事件の中心となるのは大学のオカルト系サークルで、いわくのある場所で怪異の召喚を行うという、ある意味学生らしい(?)怖いもの知らずの行為が事件につながるあたりは定番といえるかもしれません。もっとも本書の場合には、展開の都合上仕方のない部分もあるとはいえ、後に明らかにされる寮の地下室にまつわる事情を踏まえると、“お約束”にしてもあまりに無神経にすぎるように感じられてしまうのが、難といえば難ではあります。
それはともかく、怪異召喚の儀式である〈四隅の間〉の怖さはただごとではなく、本書の大きな見どころの一つとなっていることは間違いありません。暗闇の中、部屋の一隅でじっと順番を待ち、近づいてきた部員が体に触れるのを合図に壁を伝って隣の隅まで歩き、そこで待っている次の部員に触れる――その繰り返しによって“リレー”がいつ果てるともなく続いていく間、聴覚と触覚だけが研ぎ澄まされることで不安と恐怖が高まっていく様子が、事細かに、そして臨場感豊かに描かれているのが実に見事です。
その儀式の最中に部員が命を落とし、さらに事件が相次いでいくことになりますが、それらが歴然とした怪異の体裁を取ってはいないのが本書のユニークなところ。このシリーズでは超自然現象の存在が前提となってはいますが、超自然現象であることが“保証”されているのは探偵役である俊一郎の“死視”という能力であって、解き明かされるべき“死因”は怪異によるものとは限りません(*2)。本書では、怪異でも人為でもあり得る微妙な事件によって、どちら側に落ちるのか判然とせず予断を許さない状況となっているように思います。
また、予見される“死”が恐怖を呼び起こす一方で、本来ホラーにはあまりそぐわない法則性・論理性を備えた“死視”という能力が、前作よりも事件の中でうまく生かされている感があり、それによって『厭魅の如き憑くもの』に始まる〈刀城言耶シリーズ〉とは一味違った手法――ホラー要素を割り切れないものとして残すのではなく、ホラー要素も含めて(ほぼ)すべてを割り切る――が一層顕著になっているのが興味深いところです。
いずれにしても、張り巡らされた伏線をことごとく回収し、細部に至るまできっちりと説明していく解決場面は圧巻で、一部バカミス的な味わいの感じられる箇所も含めて、いかにも三津田信三らしいものといえるでしょう。そしてまた、前作ではなかなか他人とうまく関わることができず、探偵役としても今ひとつ心もとなかった俊一郎が、日々人間として進歩を続けていることを証明するかのように、実に見事な探偵ぶりを発揮しているのも印象的です。
2009.03.26読了 [三津田信三]
検死審問ふたたび Tinsley's Bones
[紹介]
コネチカットの小村トーントンでまたしても起きた事件。執筆に専念できる静かな環境を求め、村はずれのあばら家に引っ越してきた作家ティンズリー氏が、ある夜発生した火事に巻き込まれて焼死してしまったのだ――かくして、再び行われることになった検死審問。検死官リー・スローカム閣下は陪審員を選出し、ティンズリー氏にあばら家を斡旋した不動産業者を皮切りに次々と証人を喚問していく。一方、念願の陪審長に抜擢されて大いに張り切るイングリス氏は、審問に口を挟むだけでは飽き足らず、自ら現場の実地検分に赴いて……。
[感想]
本書は題名からも明らかなように、『検死審問 ―インクエスト―』の続編です。扱われる事件そのものは独立したものですが、検死官リー・スローカムや陪審員の大半は前作に引き続いての登場となっているため、やはり前作を先に読んでおくことをおすすめします。
基本的には前作と同様に関係者の証言がメイン――証人たちを語り手とする一人称多視点――となっていますが、陪審長となったイングリス氏の視点が大幅に取り入れられているのが本書の最大の特徴といえるでしょう。前回の審問で今ひとつ“活躍”しきれなかったと忸怩たる思いを抱えていたイングリス氏は、今回の審問では事あるごとに口を出すのみならず、審問記録を受け取ってそこに逐一注釈を加えていくという形で、自らの一人称視点を物語に導入しています。
しかし、ラテン語とギリシャ語の教師だったという“良識派”のイングリス氏は、ひたすら些末なことにこだわり続ける頓珍漢な人物で、審問の中でもその融通の効かなさを存分に発揮し、さらに審問記録に注釈を加える段になるとやりたい放題。イングリス氏自身は審問記録に上位の視点から的確なツッコミを入れているつもりでいながら、さらに上位に位置する読者の視点からみると的外れなボケ以外の何物でもないという、高度な(?)手法によるユーモアが本書の大きな魅力です(*1)。
前作では多数の客が訪れた中で事件が発生し、証人にも事欠かない状態となっていましたが、本書では夜中に村はずれで起きた火災という事件の性質上、事件の状況そのものを説明できる証人は限られています。そのため、審問が進んでも事件は今ひとつとらえどころのないままで、業を煮やしたイングリス氏が現場の実地検分(*2)に赴く心情も理解はできるのですが、これがまた重要な笑いどころとなっているのはお察しの通り。
とはいえ、事件と関係ないかと思われた数々の証言の中に思わぬ伏線が配置され、いつの間にか事件の真相が解明されてしまうのは前作同様で、油断も隙もあったものではありません。その真相だけを取り出してみるとさほど面白いとはいえないのですが、その周辺部分が非常によくできているのは間違いないと思いますし、審問の締めくくりもまた見事で、前作と遜色のない傑作といっていいのではないでしょうか。
2009.04.04読了 [パーシヴァル・ワイルド]
【関連】 『検死審問 ―インクエスト―』
臓物大展覧会
[紹介と感想]
書き下ろし二篇を含む非シリーズの短編九篇に、やはり書き下ろしの「プロローグ」と「エピローグ」を加えて“枠物語”風の形式(*1)に仕立てられた作品集。『臓物大展覧会』という凄まじい題名の割には、SF寄りでショートショート風味の作品が多めで、得意のグロ描写に力が注がれた作品は半分ほどですが、それらの作品の内容はいずれも強烈です。
- 「透明女」
- 高校を卒業してから五年、義子は久しぶりにかかってきた康子からの電話で、同級生で同じ班だった信美が、班のみんなに連絡を取りたがっていると聞かされる。しかし、“透明女”とあだ名されるほどに影が薄かった信美のことを、義子はなかなか思い出せなかった。そして、その話を知らせてくれた康子は無残な姿で……。
- “いじめに対する復讐”というわかりやすい構図を前面に押し出しつつ、作者らしい“記憶の曖昧さ”を絡めてひねりを加えたプロットの作品。しかし最大の見どころはやはり狂気に満ちた偏執的なグロ描写で、かなり耐性があると自負していた私自身も一部読み飛ばしてしまったほどです。数ある小林泰三作品の中でも随一といっていいのではないでしょうか。
- 「ホロ」
- 生前のデータをもとにした死者のシミュレーションである幽霊{ホロ}システムが普及してから十年以上が経ち、今では誰もが埋め込み式のチップにより幽霊{ホロ}と共存した生活を送っていた。だが、とあるきっかけで幽霊{ホロ}システムの実体に疑問を抱いた男は、その答えを見つけようと模索した挙げ句、ついに……。
- いかにも作者らしい作品で、既視感さえ感じられてしまうのは正直いかがなものかと思いますが、疑問に取りつかれてしまった男の狂気じみた行為は見ごたえがあります。
- 「少女、あるいは自動人形」
- 深い森の中にある屋敷に招かれた僕。その前に現れた初老の紳士は、おびただしい数の人形を披露する。それは、紳士の娘マリアを模したというオートマータ――からくり人形で、人間と見まがうばかりの滑らかな動きを見せた。だが紳士は、不完全な人間の動きを洗練させたオートマータこそが完璧な存在だという……。
- ある意味予想通りの展開を見せながらも、いつの間にか眩惑されてしまうあたりは練達の技というべきでしょうか。オチの示し方がなかなかしゃれていると思います。
- 「攫われて」
- 小学校からの帰り道、一緒に遊んでいた恵美と友達の幸子、そして馨の三人は、知らないおじさんに誘拐されてしまった。だが、金持ちの家の子供を攫うつもりで人違いをした犯人はやけを起こし、三人を山奥の粗末な小屋に閉じ込めると怒りのままに暴虐の限りを尽くす。何とか脱出しようと試みる恵美たちは……。
- 角川スニーカー文庫のミステリアンソロジー『殺人鬼の放課後』に収録された作品でありながら、誘拐犯の残虐行為がエスカレートしていくばかりでどうなることかと思っていると、突然思わぬ形で謎が提示されます。
“謎はすべて解けた!”
という台詞が場違いに感じられてしまうのが何ともいえませんが、事件の凄絶な幕切れの果てに待ち受ける悪夢のような結末が秀逸です。
- 「釣り人」
- エヌ氏に釣りに誘われた僕は、都会から離れた山奥の渓流で初めての釣りを楽しんだ……はずだったが、なぜかそれから悪夢にうなされるようになる。エヌ氏の方も同様で、さらに当日エヌ氏が連れていたはずの犬が、帰る時には行方不明になっていたのだった。失われた記憶を取り戻そうと協力した二人は……。
- “エヌ氏”というネーミングにも表れているように、あからさまに星新一のショートショートを意識したパロディ風の作品ですが、作者ならではの気持ち悪さは随所に感じられるものの、見え見えのオチはやや物足りないところです。
- 「SRP」
- SRP――科学捜査研究隊とは、厄介者を押し込めておくための名目だけの組織で、メンバーも隊長のフジ・ユリコと隊員のイノウ・ブキチ二人だけだった。だがある日、そんなSRPに出動の要請がかかる。相次いで世界を襲った天変地異の果てに、東京駅に巨大な骸骨が出現して暴れまわったというのだ……。
- パロディ仕立ての怪獣SFで、本書の中でほぼ唯一“狂気”という要素が盛り込まれていないこともあり、ストレートに楽しめる愉快な作品となっています。特に、フジ・ユリコ隊長のとぼけた造形が印象的。
- 「十番星」
- 普段から気に障ることばかり口にする悪友・物也の誘いを断りきれず、事司は物也の家を訪れた。世紀の大発見をしたという物也が見せてくれたのは、十番目の惑星(*2)を写したという望遠鏡写真だった。一日に一度しか光らず、暗くてほとんど見えないという十番星に、ただ一人気づいたという物也はやがて……。
- オチよりも何よりも、全編を通じて気持ちの悪さを追求したような作品で、何とも異様な結末は圧巻です。
- 「造られしもの」
- いつしか世界にはロボットが満ちあふれ、人間たちはその奉仕を受けて安楽に暮らすようになっていた。だが、ロボットに取り囲まれる中で人間としての存在意義を見失い、すさんだ生活を送るようになった男は、ある出会いをきっかけに光明を見出し、ロボットからは決して得られないものを追求し始める……。
- ロボットと人間との対比という意味で、「少女、あるいは自動人形」と対になっているともいえる作品(*3)。一見すると“いい話”のようでいてまったくそうではないところが、実に作者らしいといえるでしょう。
- 「悪魔の不在証明」
- 都会から小さな村に引っ越してきた文筆家は、村に溶け込もうと様々な努力を払った結果、ようやくその一員として受け入れられた。そんな中、同じように村に移り住んできたもう一人の男は、いきなり神の教えを説き始める。そして文筆家は、男と対決して神の不在を証明する羽目になってしまったのだ……。
- “悪魔の証明”や“オッカムの剃刀”などを絡めた、作者好みのひたすらかみ合わない議論を中心に据えた作品ですが、それが予期せぬ形で“逆流”して狂気の暴発につながっていく展開が圧倒的。そして題名にちなんだ薄気味悪い結末もよくできています。
*2: 冒頭の注意書きにもあるように、冥王星が太陽系の九番目の惑星だとされていた時期に発表された作品です。
*3: そしてまた、ある点で本書の中の別の作品とも対になっているといえます。
2009.04.16読了 [小林泰三]