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完全無欠の名探偵/西澤保彦

1995年発表 講談社文庫 に24-2(講談社)

 まず「fragment」では、“少女”=白鹿毛りんが“彼女”を失うきっかけとなった出来事――買ってきたケーキの箱の中身がハトの死骸にすり替わっていたという謎が発端に置かれ、ミステリ仕立てとなっています。

 この発端の謎は現象としては鮮やかですが、手段としては“どこかですり替えられた”としか考えられず、その一方で犯人と動機については手がかりが不足しているだけでなく、その所在すら皆目わからない状態*1。というわけで、(「fragment」の終盤でそうなっているように)“関係者を集める”とともに“手がかりとなる事実を証言させる”ことが解決には不可欠であり、それを実現可能な超能力が物語に導入されるのもうなずけるところです。

 実際のところは、“後期クイーン問題”についての考察からひねり出されたりんと山吹みはるの超能力が(超能力として)あまりに特殊すぎるため、多少なりとも説得力を与えるために、その背景を描く「fragment」が必要になったのではないかと思われますが、いずれにしても、天性の超能力ではなくそれを獲得する過程が描かれることで、物語がSF的展開をみせているのが興味深いところです。

 感情と引き換えに多層世界の“わたし”から得た超能力によって、ついに関係者が集まったところで解き明かされる真相は、特に動機についてはすんなりとまではいかないものの何とか受け入れられるもので、突拍子もない発端の謎に対してよく考えられているといっていいのではないでしょうか。

 ところで、「fragment 8」では“関係者”たる四人の生徒たちと顧問の先生が自身で推理しているかどうか不明ですが、「SCENE」の方でも推理の結果は大半が口に出されないわけですし、推理していないとはいいきれません。もちろん、ケーキの箱の中身がハトの死骸にすり替わったことまでは知る由もないでしょうが、“なぜ前回の『スーパーガール』が没になったのか”という別の謎があり、またそれを推理する材料も揃っているのですから、“真相”に思い至る“関係者”もいたのではないでしょうか。

 そう考えると、みはるの超能力は“推理をさせる”のではなく、あくまでも“手がかりとなり得る事実を証言させる”ものであるように思われますし、またそれを与えた“少女”=りんの目的にもその方が合致していると思います。したがって、「SCENE」で“関係者”が行っている推理は、本来の謎解き役であるりんが不在ゆえの結果的なものであり、みはるの能力の“副産物”というべきなのかもしれません。

 もう一つ、りんの“関係者を集める”能力ですが、顧問の先生はともかく、前回『スーパーガール』を撮影しようとした当事者たちの代わりにその後輩たちが“関係者”として集められているところに、ある種の“限界”というか、目的を達成するために必要最小限の“労力”が使われるという特性が表れています。そしてそれが、「SCENE」の展開にも影響を与えているように思われます。

* * *

 さて、「SCENE」の全体像はかなり複雑なので、とりあえず一覧表にしてみました。が、大きな表になって見づらいので別ページに(→ 「完全無欠の名探偵/一覧表」)。一覧表にまとめてみて改めて実感しましたが、メインの謎解き役をつとめるりんが知り得た事実は全体のごく一部にすぎない、というのがかなり異色です。これは、“完全無欠の名探偵”であるみはるに自覚がなく、そのためにせっかく聞いた話のすべてをりんに伝えてはいないということもあるでしょう。

 しかしそれ以上に、そもそも各エピソードの間で事件としてのつながりが少ないという、〈連鎖式〉らしからぬ本書の特徴があるのはもちろんです。代わりに本書では、(みはるの超能力の小手調べ的な「SCENE 1」*2を除いて)同じ人物があちらこちらにちょっとずつ顔を出す“人物つながり”になっているわけですが、りんが追いかけているメインの謎の解明に直接関係のないエピソードが、りんに必要とされないのも理解できるところです。

 とはいえ、それらりんの知らないエピソードが積み重ねられることで、関係者たち――とりわけ龍胆隆義、浅鈍慶太、紫苑瑞枝、そして赤練光子らの人物像に裏打ちが加わり、終盤に明らかにされていく意外な真相にも読者が納得しやすくなっているのは確かでしょう。つまりそれらは、真相解明に必須の手がかりではないとしても、真相に説得力を与える伏線の役割を担っているということになります。

*

 それでは、個々の推理/真相について。

「SCENE 1」
白鹿毛源衛門の推理

 “コートのポケットに開けられた穴”という小さな謎から蓋然性の殺人という結論に至る推理が展開されていますが、自覚がない割にみはるの相づちが絶妙すぎるのが面白いところ。穴の開いたポケットに手を入れていたこと、買い物と掃除をしていなかったこと、源衛門が帰るのを確認できたことなど、いずれも解明には必須の手がかりですし、特に最後の“車が出てゆくのを彼女の部屋から見ることができますか?”(38頁)という質問は世間話の流れとしてはかなり不自然なのですが、それがかえってみはるの超能力の特殊性を際立たせている感があります。

「SCENE 2」
青竹玉子の推理

 事故死の前日に突然、玉子の身長を測るという奇妙な行動をみせた母親――“おまえももうこんなに大きくなったのね”(64頁)という言葉も相まって、あたかも虫の知らせのような“いい話”にも思えた出来事が、庭に落ちた人形を目にした母親の変な態度が手がかりとして加わることで、“背比べ”の実際的な意味が浮かび上がり、不穏な方向へ転じていくところがよくできています。

 玉子の推理は母親の死が殺人だったのではないかと疑うところまで進んでいくものの、父親による犯行の可能性は一応否定され*3、あとは推理の材料の不足によって穏当なところに落ち着いています。が、しかし……。

赤練亘の推理

 殺された母親が履いていたサイズの合わない靴と、なくなっていた金色のハイヒールという手がかりをつなぎ合わせれば、間違い殺人という真相は一目瞭然のようにも思えますが、後者はやや後になってから発覚したこともあって、捜査の際には見抜かれなくてもおかしくはないでしょうか。

 面白いのは、光子の犯行に気づいた赤練が、過去の不倫相手の死についても疑惑を抱くことで、青竹玉子の推理に不足していた材料が補われている点で、今ひとつすっきりしない形で終わっていたそちらに、見事にオチがつけられています。と同時に、一見するとメインの事件とは関係がないようでありながら、赤練光子の恐るべき人物像が伏線となって、「SCENE 9」で明かされる最後の真相につながっていくところが見事です。

「SCENE 3」
水縹季里子の推理

 グラスの底の汚れという手がかりから、目印→睡眠薬というところまではかなり見えやすいと思いますが、“帰る途中の階段で声をかけられた”ことから始まる推理が秀逸にして凄絶。それがおかしいことに気づいてしまえば推理は一本道ですが、あまりにひどすぎる真相であるために想定しづらくなっている部分があるのは否めません。

 かくして季里子は、殺された裏葉ヨシキと浅鈍慶太の顔を確認するという形で、メインの事件にもかかわることになります。龍胆隆義については、“どっかで見たことあるような気がする”(336頁)という程度にとどまっていますが……。一方、ヨシキの人物像の“反転”に伴って、牡丹増子の行動の意味も――こちらはいい方向に――とらえ直されることになっているのは救いです。

牡丹増子の推理

 正統派の“日常の謎”といった感じで、ささやかといえばささやかな謎ですが、細かい推論を積み重ねて季里子の不可解な行動の意味を解き明かしていく過程は、なかなかよくできていると思います。そして、“家へ帰る理由がなくなった(147頁)という意外な結論とその意味するところが、実に印象的。

 メインの事件とは直接関係がなく、おそらくはりんの耳にも入らなかったエピソード*4ですが、高校時代の紫苑瑞枝の一面――体よく仕事を押しつけられて苦労する姿が増子の口からも詳しく語られることで、「SCENE 8」で浅鈍慶太との関係を尋ねられた際の瑞枝の弁明にも、それなりの説得力が備わることになっています。

「SCENE 4」
朱華房子の推理

 房子の話の中で玄関のロックが強調されている(175頁~176頁)ため、問題の所在はかなりわかりやすくなっていますし、そうなると龍胆隆義が夜の学校で何をしていたのかも見え見えです。推理を確実なものにするためとはいえ、房子がちらっと見ただけのテストの問題を無意識に覚えていたというのは、いささかやりすぎのような気がしないでもないですが(苦笑)

 推理が進むにつれて、房子の龍胆への思いが醒めていくのも印象的ですが、どちらかといえばメインの事件につながる人間関係の提示という意味で重要なエピソードで、謎解きがさほどでもないのも致し方ないところでしょう。

洗柿保の推理

 不慮の事故とはいえ、自分の手で母親を死なせてしまったという重い事件が、洗柿本人もすっかり忘れていた小さな手がかり――サンダルによってひっくり返され、“なぜ常夜灯に上ったのか”という新たな謎がクローズアップされるのが面白いところです。常夜灯について推理していたはずの洗柿が、いつの間にか“二階の明かりで(中略)布団は外から見えただろうか”(210頁)と思考を転じているのは少々飛躍があるように思われます*5が、布団が干されていたこと自体も不自然ではあるので、妥当なところなのかもしれません。いずれにしても、布団による遠方へのサインという真相はユニークです。

 これも本筋とは関係ないかと思いきや、「SCENE 8」での告白で母親の不倫相手が龍胆だったことが発覚し、朱華房子の推理と併せて、その“業”のようなものを強く感じさせるところがよくできています。

「SCENE 5」
木賊の推理

 発端の、娘の塔子ら*6が酒屋の店先で白昼堂々酒を飲んだという“愚行”がメインの謎かと思っていると、同日同時刻に向かいの薬局で起きた盗難事件に話の中心が移っていくのがうまいところです。それに対して、木賊が様々な仮説を展開する多重解決風の推理にも、なかなかの読みごたえがあります。そして、事件とは何の関係もないつもりで推理していた当の本人が、真犯人によってスケープゴートにされるところだったという真相――さらには、一度は犯人と疑った塔子らの“愚行”によって救われていたというあたりにも、何ともいえない皮肉な味わいが漂います。独立した短編としては、このエピソードがベストでしょう。

 メインの事件とのつながりは皆無に近いですが、増子らに仲間に引き入れられて補導される羽目になったというだけでなく、(木賊の推測によれば)しっかりとすべての計画を立案した“委員長”こと紫苑瑞枝の人物像が、牡丹増子の推理と同様に印象に残ります。

「SCENE 6」
青磁の推理

 大胆にして脆弱なアリバイトリック。というのも、青磁が朱鷺(藤)の家を再訪すればたちまち露見してしまうからで、青磁が弥生にアタックしなかったのは色々な意味で幸いというか何というか……。そのあたりも含めて、脆弱なトリックを何とか成立させている、作者の状況設定が巧妙だというべきでしょう。

 なお、この推理の場にはりんが同席しているものの、晃至のマンションのベランダから“山並みが綺麗に一望できる”(333頁)という龍胆の言葉を気にする様子は見せている(340頁)とはいえ、決定的な手がかり――ベランダから海が見えたことは口に出されることなく、りんも(ある程度の推測は可能だったかもしれませんが)真相を知らないまま終わっています。これだけを知ったところで、“最後の真相”まで見抜くのは不可能かと思いますが……。

「SCENE 7」
瓶覗良介の推理

 恐喝の被害者と思っていた娘(瓶覗高子)が、実は恐喝犯の一員だった――と、ひっくり返すとすればここしかない真相ではありますが、推理の端緒となる“気づき”――高子が私服を着ていた――がさりげなくよくできていますし、良介の進める推理を通じて高子のしたたかさが伝わってくるのもうまいところです。

 高子に騙されていた高知大の学生――浅鈍慶太の人物像は、「SCENE 8」で紫苑瑞枝が語る浅鈍との関係を補強する伏線となっています。一方、浅鈍と高子の意外な接点が浮かび上がりながら、それがうまく生かされていないのがもったいないところ。例えば、高子の学割を使った暴行計画について、龍胆が“ヨシキの提案を断ったのは彼と些細な喧嘩をしたから”(432頁)とされているところを、“瓶覗高子と顔見知りの浅鈍が危険を主張したから”とでもすれば、生かすことができたのではないでしょうか。

「SCENE 8」
白鹿毛りんの推理(前半)

 ここまでのところですでに、りんが追いかけてきた事件が何かも、そして現在起きている連続殺人事件の構図も、おおよそのところは明らかになっていますが、その中で、龍胆と晃至の役どころを逆だと思わせるミスリードが周到に仕掛けられています。例えば、龍胆の手の怪我(332頁)に対して浅鈍を殺した犯人が“かなり深い傷を負っている”(309頁)ことや、晃至からの電話を受けた青磁が睡眠薬に言及している(358頁)こと、あるいは龍胆晃至殺そうとしているというりんの説明(359頁~360頁)――と、“ある男が例の自殺した女子学生の復讐を決行する模様”(363頁)という黒鶴の説明――などです。

 しかし、龍胆の“復讐の動機”として最も強力に真相を隠蔽しているのはもちろん、“紫苑瑞枝が自殺した”という偽装です。実のところ、「SCENE 7」の終わり近く、りんが刑事に逮捕を促すところでもまだ、“哀れむように龍胆を見降ろす。「刑事さん。残念ですけど……裏葉ヨシキ及び浅鈍慶太殺しの犯人です。それからもうひとりは睡眠薬グループの残党。(後略)」”(405頁)と、あたかも龍胆の方が殺人犯であるかのような記述がなされていますが、最後に瑞枝本人の登場でこれ以上ないほど劇的な反転をみせているのがお見事です。

 りん自身が語っているように、その推理は自殺したのが瑞枝ではなく藤弥生だったという事実から出発するもので、読者が同じ結論に到達することは困難なようにも思われますが、「SCENE 5」での路考茶刑事と弁柄刑事の話(242頁~243頁)――これ自体が、自殺した女子学生(弥生)と発見者である短大の講師(晃至)を、瑞枝と龍胆だと思わせるミスディレクションになっていますが――の中で、道ならぬ恋(243頁)という言葉が使われていることが、自殺したのが瑞枝ではないことを示す――「SCENE 6」の青磁の推理で示唆されている晃至と弥生につながる、一応の手がかりといえます。

 なお、「SCENE 6」で晃至の新しい名字を尋ねられた龍胆が“まさか、と呻くように呟いた”(335頁)のは、自分を襲った犯人の“声が晃至のものだと思い当たった”(434頁)からでしょう。

白鹿毛りんの推理(後半)

 自殺したのが“紫苑瑞枝”だという偽装の張本人だった瑞枝――その動機として口にした、“もう誰かさん(龍胆)に付きまとわれることもない”(436頁)というのは確かに決定的な失言で、噂を聞いてもその真偽を確認まではしない(と思われる)第三者とは違って、龍胆の場合は“瑞枝が自殺した”という噂を聞けば間違いなくそれを確認するはず――つまり、“龍胆は噂が広まるより前に、瑞枝が自殺したと思い込んでいる”ことを前提としているからです。

 どんでん返しとしてはよくできていると思いますが、何が起こるか知りながら、自分の代役として弥生を“献上”した瑞枝の強烈な悪意は、何とも後味の悪いものです。

「SCENE 9」

 りんもみはるも知り得なかった最後の真相は、さらなる悪意に満ちた凄まじいものですが、「SCENE 2」でその“実力行使”が明らかになった赤練光子が、長男・誠一の死に関して恨みを抱く晃至と弥生に何もしないはずはない、ということもあって、収まるべきところへ収まった感もないではありません。とはいえ、赤練光子と裏葉ヨシキの関係はほぼ完全に伏せられている――ヨシキの“お家が小料理屋(中略)チェーンの。”(125頁)であり、また赤練海産が“小料理屋もチェーンでやりゆうき”(59頁)という、一応の手がかりらしきものもありますが――ため、読者が真相に思い至ることも限りなく不可能に近いでしょう。

 この最後の真相については、諸岡卓真『現代本格ミステリの研究』(北海道大学出版会)でも指摘されている*7ように、りんの目的*8である、““彼女”を彷彿とさせるあの女性――紫苑瑞枝”(456頁)との決別――そのための、“紫苑瑞枝が自殺した”という噂についての真相解明――を達成する上で不要であり、例えば青竹玉子のような“関係者”と同様にりんの手がかり収集から漏れたと考えられます。そう考えると、「SCENE 6」での青磁の推理が、りんとみはるが同席しているにもかかわらず決定的な部分が口に出されずに終わったことも、同じように手がかり収集から“排除”されたととらえるべきなのかもしれません*9

* * *

 ところで三村美衣氏の解説では、染色の色名にちなんだという登場人物たちの名前にも、“ちょっとしたトリックが仕掛けられている”(487頁)とされているのですが、今ひとつよくわかりません(実際の色をある程度は見てみることもできる(→「「完全無欠の名探偵」登場人物の色」など)のですが……)。というわけで、心当たりのある方はご教示いただければ幸いです。

* * *

*1: そもそも“容疑者”を絞り込むのが難しい状況ですが、行きがかり上、当事者たる“彼女”に事情を尋ねることができないのが致命的です。
*2: もっとも「SCENE 1」での謎解きは、みはるが高知へ行くために必要不可欠でもあるわけですが。
*3: 厳密にいえば、“父親が玉子と同じ推理で母親の不倫に気づいた”可能性が否定されているにすぎず、(赤練亘の推理で示唆されている赤練光子のように)別の機会に不倫に気づいていた可能性は残ります。
*4: 後にりんは季里子と増子から話を聞いています(314頁)が、いくら紫苑瑞枝も登場するとはいえ高校時代の話をするとは考えられず、流れからしてヨシキの件(水縹季里子の推理)だけだと思われます。
*5: もちろん、みはるの超能力の影響と考えれば話は簡単ではあるのですが……。
*6: 「SCENE 3」で牡丹増子が“塔子ちゃん”(142頁)の名前を出していることから、ここで増子らが登場するのも必然といえます。
*7: “「“彼女”と完全に決別する」という目的を一番シンプルに達成するには、推理の場に光子がいる必要はなかった。つまり、りんは自らの目的を最短距離で達成するために、無意識に光子を集めなかった可能性があるのだ。”(諸岡卓真『現代本格ミステリの研究』96頁)
*8: 「fragment 8」で、りんの“能力”について“何か特定の目的を定めた場合、その目的達成に必要な“関係者たち”を自分のもとに集めることができる――(中略)それが自分の“能力”なのだ。”(415頁)と説明されています。
*9: 「SCENE 7」での瓶覗良介の推理も同様でしょうか。

2012.08.20再読了