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俳優パズル/P.クェンティン

Puzzle for Players/P.Quentin

1938年発表 白須清美訳 創元推理文庫147-07(東京創元社)

 本書で探偵役をつとめるレンツ博士が、解決直前に“問題がいかに単純なものだったか(中略)無関係な問題を取り除いてみれば”(319頁)と述べているように、解き明かされてみればシンプルともいえる事件の周囲に、『洪水』への出演をもくろむローランド・ゲイツの野心や、ジョージ・クレイマーによる恐喝、さらにはミラベル・ルーら俳優たちの問題――例えばセオ・フォークスが目撃した“幽霊”や、消えたコデインなど――といった、犯人以外の人物の思惑が配置されることで、複雑な様相となって真相が見えにくくなっているのが巧妙です。

 主にそれら“無関係な問題”を解決していくのは主役のピーターで、『巡礼者パズル』の解説で飯城勇三氏が指摘している*ように、レンツ博士との間で探偵役の役割分担がなされているのが興味深いところですが、そこにもう一つの効果があることを見逃すべきではないでしょう。すなわち、芝居が上演できなくなることを何よりも恐れ、トラブルを解決しようとするピーターの視点で物語が進んでいくことで、犯人が芝居の成功を望む人物であることが盲点となっているのです。

 よく考えてみれば、ライオネル・カムストックの命を奪った仕掛けも本来はコンラッド・ウェスラーに心理的なダメージを与えようとしたにすぎないものですし、クレイマー殺害が事故を装ったものになっているところにも、できる限り事態を深刻なものにしないという犯人の意図が表れているのですが、ピーターの思考に引きずられて“犯人が上演を妨害しようとしている”とミスリードされてしまうところがよくできています。

 終盤になると、ついにウェスラーに対して直接暴力がふるわれる事態となりますが、何としてでもウェスラーを排除しようとする犯人の意図がクローズアップされたところで、弟のウォルフガング・フォン・ブラントというダミーの容疑者が用意されているのも周到なところ。いくら何でも露骨過ぎるのは確かですが、実際にブラントがウェスラーの代役として『洪水』の主役を演じることで疑念が強まり、他の可能性を考えづらくさせられてしまいます。

 そして、舞台が成功裏に終わった後のカーテンコールによって、『洪水』がブラントの作品だったことが明かされる結末が実に見事。どうしてもエキセントリックな俳優たちに目を引かれてしまうために、劇作家という立場が目立たなくなっていることもあって、完全に盲点に追いやられてしまっている感のある真相を、これ以上ないほど鮮やかに提示するすばらしい演出だと思います。

 真相を踏まえて読み返してみると、ウェスラーがウィーンでクレイマーに会ったことがあると話しかけた際に、クレイマーが“ミスター・ウェスラーはおまえに訊いているんだぞ”(41頁)とヘンリー・プリンスに話をふっているのが、ウェスラーとヘンリーの面識を暗示する伏線となっていたことがわかります。

*: 飯城勇三氏による『巡礼者パズル』の解説では、本書に関して“俳優たちが隠しているさまざまな問題はダルースが最終章の前までに解決、最終章ではレンツ博士が殺人の謎を解決、という分担がなされている”(同書342頁)と指摘されています。

2012.10.05読了