ミステリ&SF感想vol.202

2013.02.12

密室蒐集家  大山誠一郎

ネタバレ感想 2012年発表 (原書房 ミステリー・リーグ)

[紹介と感想]
 大山誠一郎の『仮面幻双曲』以来久々となる新刊は、密室あるところに姿を現す、“密室蒐集家”と名乗る謎の人物を探偵役に据えた連作短編集です。見た目は三十歳前後の好青年、しかし本名もその正体も不明な“密室蒐集家”は、なぜか警察の上層部に顔が利いて捜査に協力するというだけでなく、1937年の事件(「柳の園」)から2001年の事件(「佳也子の屋根に雪ふりつむ」)にまで同じ年格好で現れる得体の知れない人物で、物語に奇妙な味わいを加えています。

 題名の通り“密室”がテーマとされているのはもちろんですが、密室トリックそのもの――どうやって密室を作ったかの“How?”――よりも、それをどう解き明かすかの“How?”に力点が置かれているのが特徴。すなわち、謎解きの手順に工夫が凝らされているのが大きな見どころで、さらにいえばどの作品でも(一応伏せ字)密室トリック解明の糸口となる部分(ここまで)が一風変わっていると思います。

 しかして、読み終えての感想は“よくも悪くも大山誠一郎”といったところ。ほとんど謎と解明だけで組み立てられたといっても過言ではないストイックな物語は、好みの分かれるところもあるかもしれませんが、その純度の高さはミステリとしての一つの魅力ではあります。ただし、余剰の部分が少ないせいもあって、隠されるべきところが透けて見える部分がある*1のは否めません。また、個々のアイデアは非常に面白いものがあるのですが、それを具現化する部分にしばしば難がある――“偶然”が多用されたり、不都合な箇所が書き落とされたりと、ご都合主義に近いものが目につく――ため、やや釈然としないものが残るきらいもあります。

 とはいえ、それら難点の存在があってもなお十分な面白さが備わっているのは確かで、ミステリファンにとっては一読の価値がある作品集でしょう。

「柳の園」 (1937年)
 夜の女学校へ忘れ物を取りに戻った鮎田千鶴は、音楽室でピアノを弾いていた音楽教師・君塚が何者かに射殺されるのを、窓の外からカーテンの隙間越しに目撃する。慌てて宿直の英語教師・橋爪に事件を報告した千鶴だったが、駆けつけた音楽室の扉は内側から施錠されていた。しかし窓もすべて施錠された室内に、犯人はいなかったのだ……。
 本書の中では最もオーソドックスな密室殺人が扱われた作品で、推理の端緒となる“ある事実”の扱いと解釈は、意表を突いていて秀逸。そしてそこから先も、密室蒐集家の推理を丸呑みしてさらっと読む限りにおいてはなかなか面白いと思います。
 しかしながら、ちょっと具体的にイメージしてみるとたちまち、謎解きの根幹に関わる致命的な“穴”が浮かび上がってくるのが大きな難点。それを読者に気づかせないよう、作中で具体的な部分には極力触れないことで何とか成立しているように見せてあるわけで、あるいはそこのところを評価する向きもあるかもしれませんが、私見ではアンフェアといわざるを得ません*2
(2015.11.15追記)
 2015年11月に刊行された文春文庫版では、“欠陥のあった「柳の園」は手を入れました。”作者のtwitterより)と改稿されているようなので、そちらをお読みになった方がいいでしょう。

「少年と少女の密室」 (1953年)
 街で絡まれていた少年少女――鬼頭真澄と篠山薫を助けて家まで送っていった柏木刑事は、二ヵ月後、篠山家の隣の空き家を見張ることになった。やがて相次いで現れた薫と真澄が篠山家に入っていくが、柏木らの張り込みの間に、二人は何者かに殺されたらしい。だが、犯人が刑事たちの監視をすり抜けて逃げることは不可能なはずだった……。
 張り込み中の刑事たちによる“視線の密室”が扱われた作品。トリックは面白いと思いますし、一見すると強固な密室状況が、たった一つの事実をもとにひっくり返される解決は、実に鮮やかな印象を与える……はずだったのですが。
 残念なことに、作者が何をやろうとしているかがだいぶわかりやすくなっている部分があり、どうかするとほぼすべてが丸見えになってしまいかねないのが苦しいところ。また、細かい部分の処理が安直に思えてしまうところがあるのも気になります。

「死者はなぜ落ちる」 (1965年)
 六階建てビルの五階に住む伊部優子のもとに、以前交際していた根戸森一が押しかけてきて、結婚を控えた優子の迷惑もよそに帰ろうとしない。そうこうするうちに二人は、窓の外を落ちていく女の姿を目撃してしまう。六階に住む被害者は、刺殺された後に投げ落とされたらしいが、ドアにチェーン錠がかかった被害者の部屋の中に犯人の姿はなく……。
 発端の状況や登場人物の名前*3などにも表れているように、ジョン・ディクスン・カー『皇帝のかぎ煙草入れ』へのオマージュ的な作品で、できればそちらを先に読んでおくことをおすすめします。
 扱われる密室状況は、小林泰三『密室・殺人』に似たところのある密室からの死体の墜落で、奇妙な(?)不可能性の高さが興味を引きます。『皇帝のかぎ煙草入れ』を先に読んでいると多少は予想できる部分もないではないですが、そこから先がこの作品のポイントで、解き明かされるトリックは大胆でユニークなものになっていると思います。また、さりげなく配置された手がかりもよく考えられています。
 ある部分の隠し方と解き方――読者を意識しているような証言と、自らが読者であるような情報把握――は、読み返してみると少々不自然に感じられますが、全体としてはまずまずよくできた作品といえるでしょう。

「理由{わけ}ありの密室」 (1985年)
 殺人者は、警察に見破られてもかまわない陳腐な密室トリックを仕掛けて、犯行現場を後にした――警察は密室トリックを解明したものの、それが直ちに事件解決につながることはなく、三人の容疑者を一人に絞り込むことができないまま、捜査は難航する。そんな中、担当刑事らの前に現れた密室蒐集家は、犯人が密室を作った理由に着目して……。
 倒叙ミステリ風に始まるこの作品は、本書の中にあってかなりの異色作で、密室トリックは冒頭で完全に読者に明かされている上に、密室蒐集家の登場を待つまでもなく警察に解明されてしまう有様。その中で、ついに登場した密室蒐集家が展開する“密室講義(理由篇)”は圧巻で、知る限りでは*4同種の講義の中で最も充実しているように思いますし、そこにひねりが加えられているのもよくできています。
 そして“密室講義”を皮切りに、意外なところを経由しながら、本書の中では珍しくじっくりと進められる印象のある推理は、やはり大きな魅力。明らかに本書の中ではベストで、傑作といってもいいのではないでしょうか。

「佳也子の屋根に雪ふりつむ」 (2001年)
 睡眠薬を飲んで自殺を図った笹野佳也子は、個人病院の院長・香坂典子に命を救われる。だが、そのまま病室で眠りについた翌朝、佳也子が目覚めた時には、典子は何者かに殺害されていたのだ。しかも、折から降り積もった雪の上には、現場の病院兼住居に出入りしたはずの犯人の足跡はなく、佳也子自身に殺人の容疑がかかってしまった……。
 この作品で扱われるのは、いわゆる“雪密室”(足跡のない殺人)であり、またカーター・ディクスン『ユダの窓』を(おそらく)嚆矢とする“死体とともに容疑者が閉じ込められた密室”です。容疑がかかった佳也子を救うためか、密室蒐集家の登場が(感覚的には)やたらに早く、油断していると自分で考える暇がないのが難点(苦笑)ですが、あまりにもさりげない手がかりが生み出す大きな“反転”――というよりも“変貌”が非常に鮮烈。
 重要な部分が“偶然”で片付けられているのは安直な印象が拭えませんが、なかなかの佳作だと思います。

*1: 端的な例としては、(一応伏せ字)登場人物の少なさゆえに、犯人の見当をつけやすくなっている(ここまで)点が挙げられます。ただしこの点は――作者の狙いの一つがあまりうまくいっていないのは間違いないとしても――本書においてはさほどの瑕疵とはいえないように思います。
*2: 読者が思いついたとしても、“穴”に気づけば直ちに捨て去ってしまうような解決が、その“穴”について何のフォローもないまま“真相”として持ち出されるのは、とてもフェアとはいえないのではないでしょうか。あくまでも“作者の意図を汲み取ってその通りに推理・解決できるか否か”がすべてだということであれば、これでもいいのかもしれませんが……。
*3: “伊部{いべ}”と“根戸{ねど}”は、『皇帝のかぎ煙草入れ』に登場する“イヴ”と“ネッド”に対応しています。
*4: “犯人が密室を作った理由”に着目した“密室講義”は、他にカーター・ディクスン『白い僧院の殺人』や麻耶雄嵩『翼ある闇』などの例があります。

2012.10.25読了  [大山誠一郎]

空耳の森  七河迦南

ネタバレ感想 2012年発表 (ミステリ・フロンティア)

[紹介と感想]
 児童養護施設・七海学園を舞台にした『七つの海を照らす星』で鮎川哲也賞を受賞し、その続編『アルバトロスは羽ばたかない』が話題を博した七河迦南の最新作は、舞台も登場人物も様々な、バラエティに富んだ作品集となっています。とはいえ、前二作に通じるテーマが扱われた作品も散見されますし、作者らしい伏線の妙も健在で、少なくとも前二作を読んでファンになった方には間違いなくおすすめです。

 ところで……カバーや帯などの出版社による紹介文ではまったく言及されていませんし、改めてじっくり再読してみると本書単独でも楽しめるように工夫されていると思う*1のですが、実は本書には『七つの海を照らす星』『アルバトロスは羽ばたかない』の後日談的なエピソードが収録されており、そちらを先に読んでいるとより楽しめるものになっています。前二作の決定的なネタバレはないようですが、できれば最初の『七つの海を照らす星』から順番にお読みになることをおすすめします。

「冷たいホットライン」
 まだ早い春の日、尚子と正彦は初めてデートをした思い出の山に再び登っていたが、途中で尚子が足を捻挫してしまう。動けなくなった尚子をひとり山小屋に残し、トランシーバで連絡しながら単独行動を取っていた正彦だったが、突然の吹雪に襲われる羽目に。一方、トランシーバだけを頼りに正彦の帰還を待つ尚子のもとには、黒い影が忍び寄り……。
 山で離れ離れになって“ホットライン”だけでつながれた恋人たちを主役とした、サスペンス風の展開をみせる物語……と思っていると、周到に隠されていた真相にいきなり足元をすくわれます。作者の技巧がわかりやすく表れた快作。

「アイランド」
 ぼくとお姉ちゃんは、緑の木々が生い茂るこの島で、二人だけで暮らしていた。お父さんは助けを呼ぶために海へ出て、帰ってこなかった。お母さんも、お父さんの後を追っていなくなってしまった。他にはけものたちしかいないこの島で、用心しながら地底の洞くつで食べ物を手に入れ、となりの島をながめながら暮らしていたぼくたちは、ある日……。
 孤島での幼い姉弟二人だけの暮らしの様子を描いた作品で、少年の語り口に加えて人名など固有名詞が出てこない*2ことで、童話のような物語に仕上がっているのが魅力。ミステリを読み慣れた方であれば、ある程度の方向は予想できると思いますが、真相そのものはなかなか想定しがたく、また鮮やかな印象を残すものになっています。

「It's only love」
 仕事を辞めて水商売に鞍替えし、高校の頃に親しかったカナの結婚式にも出席しなかったキラ。結婚式の帰りにあたしは、彼に想いを寄せる後輩のピッカに相談を持ちかけられる。彼女は、キラが年上の変な女と付き合っているらしいと心配していた。あたしは彼女の頼みを断りきれず、キラの働く店まで会いに行くが、彼は心配いらないとだけ……。
 登場人物のどこか謎めいた言動の陰に横たわる事情と、秘められた心情とに重きが置かれた作品で、本書の中ではややインパクトに欠けるきらいもありますが、味わい深いところがあるのも確かです。緊張感を残したままの結末も、この物語にふさわしい幕切れといっていいでしょう。

「悲しみの子」
 県の福祉局のホームページに投稿されてきたイラストには、手をつないだ二人の少女が、それぞれ父親と母親らしき人物に反対方向へと引っ張られる姿が描かれていた。それを目にしたボランティアの女子学生は、イラストの送り主の家庭環境を推測し、両親の離婚によって姉妹が引き裂かれようとしているのではないかと心配するのだが……。
 前二作に通じるテーマが最もストレートに扱われていると同時に、トリックも一番面白く感じられる作品で、個人的には本書の中でのベスト。最後に明らかになる真相は、エレガントといっても過言ではないのではないでしょうか。

「さよならシンデレラ」
 私立中学に入学したものの、いつしか不良少女となってしまったリコ。小学校からの付き合いのカイエとともに、リーダー格として地元の不良中学生たちを仕切っていたが、他のグループとの揉め事が原因となって、強盗の疑いをかけられることに。窮地に陥ったリコの前に現れたのは、懐かしい小学校時代の同級生、少年探偵のマサトだった……。
 すさんだ生活を送る不良少女が事件に巻き込まれた時、小学生の頃の思い出とともに颯爽と(?)現れた少年探偵。微笑ましささえ感じられる部分もありますが、その結末は題名からイメージされるよりもはるかに苦く、重いものになっており、好みが分かれそうではあります。

「桜前線」
 同じ職場に入ってきたばかりの後輩が、ふと口にしたフランス語の単語――“カイエ”。それをきっかけに、カイエはかつて自分がそう呼ばれていた頃のことを思い出す。中学生時代には友達のリコと無茶なことを繰り返していたカイエだったが、高校生になって少し落ち着いた行動を取るようになってきた頃、リコに誘われてデートをすることに……。
 「さよならシンデレラ」の姉妹篇。そちらの結末を踏まえるとある種の感慨めいたものがあるとはいえ、物語の展開はややありがちか……と思っていると、そこで一ひねりされているところがよくできています。謎は小粒ですがうまい工夫がされていますし、過去に思いをはせつつ未来を見据えた結末も心に残ります。

「晴れたらいいな、あるいは九時だと遅すぎる(かもしれない)」
 居酒屋で思わぬ知り合いに出会った男は、その場の成り行きで、かねてから関心を寄せていた女性の話をすることに。女性のことを心配している男の話を聞いた相手は、安楽椅子探偵よろしく様々に推理を繰り広げる。その女性が口にしたという、“九時だと遅すぎる”や“晴れたらいいな”といった気になる言葉の意味するところは、一体……?
 題名でもおわかりのように、ハリイ・ケメルマン「九マイルは遠すぎる」を意識した安楽椅子探偵もの。本題の前にまず、年齢と家族構成だけをもとにシャーロック・ホームズばりの推理を展開する一幕が置かれていますが、その着眼点がユニークです。そしてその後も人名がほとんど出てくることなく進んでいくあたりは、同じように必要最小限の情報だけをもとにした推理が求められている*3ようにも見受けられます。その推理の行き着く先もさることながら、さりげなく書かれたラストがある意味で秀逸です。

「発音されない文字」
 ――内容紹介は割愛します――
 『アルバトロスは羽ばたかない』の後日談――より正確には(以下伏せ字)本篇と「エピローグ」の間の出来事(ここまで)が描かれた作品で、そちらの本筋からはやや離れて背景の部分に光を当てた、サイドストーリー的な内容となっています。具体的な人名こそほとんど伏せられているものの、独立したエピソードとして読めるように最低限必要な情報は作中で示されていますし、前二作のネタバレについても私見ではぎりぎりセーフ。誰の話なのかわからないとすっきりしないという向きもあるでしょうし、前二作を読んでいればより深く味わうことができるのは確かですが、「アイランド」などと同じように“名前のない物語”として読むこともできなくはないと思います。
 “何があったのか”が簡単に説明された後、物語はいきなり“探偵vs犯人”を彷彿とさせる“対決”へと突入しますが、細部に隠された意図を読み解く過程から、行為全体の動機が焦点となっていくところは、ホワイダニットの様相を呈しています。そしてその真相は十分に衝撃的。

「空耳の森」
 病気で急死した“永遠子{とわこ}”という女の子。かつて一緒に遊んだ森で佇んでいると、不意に「○日は必ず行くからね」という永遠子の声が――その“永遠子伝説”がお気に入りの少女が、ヘッドフォンで音楽を聴いていたところに、突然耳元で“とわこ、いつかはいくね”という不思議な声が聞こえてきたのだが……。
 謎と真相は、どちらかといえばたわいもないものではありますが、本書の掉尾を飾るエピソードとしては非常に印象深いものになっています。とりわけ、最後に希望を匂わせる結末――そしてそこにつながる思わぬ伏線――は、実に見事というよりほかありません。

*1: 初読の直後は、前二作を読んでいないと意味がわからないところがあるのではないかと感じましたが、私が前二作の内容を知っているせいでそのような印象を受けたところも多分にあると思います。
*2: このような固有名詞の排除とその効果は、例えば北山猛邦『私たちが星座を盗んだ理由』などに通じるところがあるように思います。
*3: もともと安楽椅子探偵は事件に直接関わるわけではありませんし、推理するために関係者の名前まで必要かといえば、必ずしもそうではないように思います。その意味で、“安楽椅子探偵”というスタイルが徹底されている、ととらえることもできるのではないでしょうか。

2012.11.02読了  [七河迦南]

江神二郎の洞察  有栖川有栖

ネタバレ感想 2012年発表 (東京創元社)

[紹介と感想]
 作者の人気シリーズである“学生アリス”シリーズ――学生・有栖川有栖(アリス)を語り手に、先輩の望月周平と織田光次郎(信長)、そして部長の江神二郎からなる英都大学推理小説研究会の活躍を描いたシリーズの、長らく待望されてきた第一短編集である本書には、アリスの入部から進入部員・有馬麻里亜(マリア)の加入までのエピソード九篇が、作中の時系列(1988年4月~1989年4月)に沿って収録されています*1

 アリスが出会った名探偵・江神二郎の“最初の事件”に始まり、『孤島パズル』の事件が起きる少し前まで――ということで、「有栖川有栖「江神二郎の洞察」 - ミステリその他感想帖」でも指摘されている*2ように、江神さんをいわば身近なモデルケースとして、語り手のアリスの中で“名探偵とは何か”という自問自答が積み重ねられていく――とりわけ(本書では言及のみにとどまるものの)推理研が巻き込まれた『月光ゲーム Yの悲劇'88』の事件による影響を受けて――のが大きな見どころとなっています。

「瑠璃荘事件」
 望月の住む下宿・瑠璃荘で、講義ノートの盗難事件が発生し、当の望月が疑われているという。酔っぱらって帰ってきた被害者の学生が、ちょっとうたた寝をしている間にノートが盗まれたというのだが、そのとき瑠璃荘には他に望月しかいなかったらしい。話を聞いた推理研の面々は望月の濡れ衣を晴らすために、瑠璃荘へ現場検証に赴いたが……。
 名探偵・江神二郎の最初の事件は、一見ささやかながら学生にとっては重大ともいえる絶妙な(?)事件。シンプルな状況ながらよく考えられていて、望月の濡れ衣を晴らすのはなかなか容易ではありませんが、細かい手がかりをもとにした解決はお見事。

「ハードロック・ラバーズ・オンリー」
 ドアには「HARD ROCK LOVERS ONLY」と書かれ、会話もろくにできないほどの大音量でハードロックをかける音楽喫茶に入ったアリスは、そこで一人の女の子と顔見知りになった。後日、街角で彼女を見かけたアリスは、忘れ物のハンカチを彼女に返すため、声をかけて呼び止めようとするが、彼女はなぜかそれを無視するように去っていった……。
 いわゆる“日常の謎”風の小品で、アリスの話を聞いた江神さんが示す“真相”はやや唐突にも感じられるものの、実に鮮烈なカタルシスと余韻をもたらしてくれます。

「やけた線路の上の死体」
 夏合宿として、和歌山にある望月の実家に招かれた推理研の面々は、そこで思わぬ事件に遭遇する。近くの線路上で列車に轢かれた被害者は、当初は事故死とも思われたが、どうやら殺害された後に死体を線路に横たえられたらしい。しかし、捜査線上に浮上した二人の容疑者のどちらにも、犯行が不可能な鉄壁のアリバイがあったのだ……。
 鮎川哲也による鉄道ミステリアンソロジー『無人踏切』に収録された、作者の実質的なデビュー作で、本書の中では最もオーソドックス……というか(悪い意味ではなく)素朴なスタイルのミステリです。いかにもなトリックにはニヤリとさせられますが、犯人を特定するロジック(とその作り方)も巧妙です。

「桜川のオフィーリア」
 かつて江神部長とともに推理研を創設した人物・石黒操が持ち込んできた奇妙な謎。彼の親友が持っていた写真は、高校時代に同級生の少女を撮影したものだったが、そこに写っていたのは少女が川で不慮の死を遂げた時の死に顔だったのだ。遺体を発見・通報した人物よりも前にこっそり写真を撮ったと思しき親友と、少女の死の関係は……?
 『女王国の城』にも少しだけ出てきた(はず)石黒操が登場するエピソードで、彼の親友が少女の死に際して何をしたのかという謎は、文字通りの“ホワットダニット”といっていいでしょう。ロジックもさることながら、親友の心理に深く入り込んだ江神さん――のみならず推理研一同による謎解き、さらには色濃く表れた『月光ゲーム』の事件*3の影響を受けての結末が印象的です。

「四分間では短すぎる」
 「四分間しかないので急いで。靴も忘れずに。……いや……Aから先です」――駅の公衆電話でアリスが耳にした、隣で電話をかけていた男の不可解な言葉。飲み会をしようと江神部長の下宿に集まった推理研の面々は、アリスが話題に出した謎の言葉に俄然興味を示し、意味を解き明かそうと様々な推理を繰り広げる。その行き着く先は……。
 ハリイ・ケメルマン「九マイルは遠すぎる」風のお題をもとに、ディスカッション形式の推理が繰り広げられる一篇。“「四分間」つながり”で松本清張『点と線』のトリックについての考察(ネタバレあり*4)なども飛び出すディスカッションは、熱く濃密に盛り上がります。そして、発端からは予想もつかない結論へ。快作です。

「開かずの間の怪」
 織田が大家から聞き込んできた、幽霊が出るという噂のある廃病院の話。そこには、ドアに板を打ち付けて厳重に閉ざされた“開かずの間”があり、幽霊はその中から出てくるというのだ。大家の紹介により、その廃病院で一夜を明かすことになった推理研の面々だったが、織田が突然の腹痛で一旦帰宅している間に、怪奇現象が始まって……。
 いかにも学生らしいノリの、楽しい作品。“アレ”はさすがに見え見えなので(苦笑)、何が謎になるのかと思っていると、用意されているのは一般的なものを裏返した“さかさまの謎”。解決はこれまた非常に鮮やかですが、手がかり(の一つ)にはやはり苦笑せざるを得ません。

「二十世紀的誘拐」
 望月と織田のゼミの教授が、自宅に飾っていた絵を“誘拐”されたという。亡くなった叔父が描いた絵に対して、要求された身代金はわずか千円。犯人はどうやら前夜に訪れた教授の弟のようだが、手ぶらで帰ったために絵を持ち出すことはできなかったはず。不可解な謎に首をかしげながらも、身代金の受け渡しを任された推理研の面々は……。
 誘拐の対象が絵であり、身代金はわずか千円であり、犯人もほぼ明白という、何とも異色すぎる事件。ということで、“いかにして絵を持ち出したのか”というハウダニットが中心となりますが、題名にもなっている“二十世紀的”というコンセプトの下に、巧みにポイントをずらした真相がよくできています。

「除夜を歩く」
 冬休みにも帰省せず、江神部長の下宿で一緒に年を越すアリスは、望月が以前に書いた犯人当て――「仰天荘殺人事件」に挑むことに。雪の山荘で起きた不可解な殺人事件が綴られた問題編を読み終えたアリスは、江神部長と二人で大晦日の京都の街を歩きながら、時にミステリ談義も交わしつつ推理を続け、望月の用意した真相に迫る……。
 書き下ろしのこの作品は、本書の白眉といってもいいでしょう。望月による(という設定の)愉快な作中作「仰天荘殺人事件」の謎解きとともに、アリスと江神さんが交わす興味深いミステリ談義が非常に秀逸。いわば、小説であると同時に作品解説/評論であるという形で、実に読みごたえがあり、また大いに考えさせられる作品です。
 なお、ミステリ談義の中で提示される“別のトリック問題”に関連して、(期せずして)同様の問題にユニークなアプローチで挑んだ古野まほろ『絶海ジェイル Kの悲劇'94』をおすすめしておきます。

「蕩尽に関する一考察」
 新年度、アリスと同学年のマリアがミステリ好きだということが発覚し、推理研の面々は願ってもない新入部員候補に沸く。ちょうどその頃、推理研にもおなじみの古本屋の主人が、売り物の本をただで客に渡したり、赤の他人の飲み代を払ったりするなど、妙な気前の良さをみせていた。古本屋の近所に住むマリアに様子を聞いた江神部長は……。
 マリアと推理研との出会いに重ねて描かれるのは、“日常の謎”風の奇妙な謎……というよりも、泡坂妻夫〈亜愛一郎シリーズ〉に通じるところのある謎解きで、“名探偵とは何か”というテーマにつなげてうまくまとめてあるところも含めて、なかなかの佳作だと思います。

*1: 古くは1986年発表の「やけた線路の上の死体」から、最新(書き下ろし)の「除夜を歩く」まで、書かれた時期には二十五年以上の開きがありますが、「あとがき」によれば全体を“〈一つの物語〉に構築し直す”ために加筆訂正が施されているようです。
*2: (前略)アリスと江神さんの出逢いから一年間を追うことで、アリスの「名探偵観」の変遷をたどり、作者・有栖川有栖の「名探偵像」を浮き彫りにしていった本でもあります。/いうならば本書は「月光ゲーム」を媒介としてEMCの一年間をまとめあげ、ゲームに関わる悪夢を剥ぎ取るまでの総決算です。”「有栖川有栖「江神二郎の洞察」 - ミステリその他感想帖」より)
*3: 本書の時系列でいえば、「やけた線路の上の死体」に続いての事件となります。
*4: 一応、織田の台詞の中に“『点と線』のトリックの一部と犯人を明かされたくない方は、次の説まで飛ばしてお読みください”(176頁)という注意書きを入れてあります。

2012.11.10読了  [有栖川有栖]
【関連】 『月光ゲーム Yの悲劇'88』 『孤島パズル』 『双頭の悪魔』 『女王国の城』

巡礼者パズル Puzzle for Pilgrims  パトリック・クェンティン

ネタバレ感想 1947年発表 (水野 恵訳 論創海外ミステリ98)

[注意]
 本書は、演劇プロデューサーのピーター・ダルースを主役とする〈パズル・シリーズ〉の最終作です。このシリーズは、できるだけ予備知識なしで順番に読む方が楽しめると思いますので、まだ初期の作品を読んでいないという方は、以下の[紹介]及び[感想]にもご注意下さい。

[紹介]
 従軍によって神経を病んだピーター・ダルースは、最愛の妻アイリスとの関係もうまくいかなくなり、医師のすすめもあって一時的な別居を決意、アイリスは一人メキシコへ旅立った。やがて復調したピーターは、アイリスを迎えにメキシコを訪れたが、彼女にはすでに新進作家のマーティンという新しい恋人がいたのだ。しかし、マーティンに別れ話を切り出された妻のサリーは、マーティンの過去の秘密を盾にそれをはねつける。一方、傷心のピーターはマーティンの妹マリエッタと出会い、少しずつ彼女に惹かれていくが、同じく彼女を気に入ったアメリカ人のジェイクが現れて……。かくしてもつれた愛憎の中で、ついに事件が起きてしまった……。

[感想]
 というわけで、本邦初訳となる〈パズル・シリーズ〉最終作*1ですが、初期の作品――第一作『迷走パズル』や第二作『俳優パズル』などからすると、ずいぶんと違った雰囲気になっています。シリーズの主役であるピーターとアイリスの関係の変化は、(事前に分かっていても)シリーズ読者としてはやはりショッキングですし、それを含めた泥沼のような人間模様は、舞台となっているメキシコの情景描写*2も相まって、冒頭から重苦しくけだるい空気を漂わせています。

 少ない登場人物の言動と思惑に焦点が当てられているあたりは、シリーズ前作『悪魔パズル』の延長線上にあるようにも思われますが、本書では探偵役となるピーターをも含めた六人の主要登場人物が複雑な愛憎で結ばれ、もつれた“六角関係”が構成された状態*3で話が進んでいくのが見どころで、事態――二組の夫婦の離婚など――が進展しないままに望まぬ“共同体”にとどまらざるを得ない状況のせいで、閉塞感と緊張感が高まっていきます。

 やがて、それがついに限界に達したかのように、サリーがバルコニーから不審な転落死を遂げる事件が起こり、誰も彼もが――マリエッタやアイリスでさえも*4疑わしい状況に、ピーターの苦悩は深まるばかり。そして、膠着状態の“六角関係”は事件によってやや形を変えはするものの、疑心暗鬼とある種の“共犯意識”、さらには事件を引き金として発生した新たなトラブルによって、残された五人はより強く結びつけられ、出口の見えない五角関係の“檻”に囚われることになるのが何とも皮肉です。

 ピーターが眼前のトラブルを解決することに注力し、結果として犯人探しが後回しにされているのはミステリとしてやや異色ではありますが、このシリーズでは珍しいことではなく、本書でも奥行きのある登場人物の描写*5とともに事態が“どのように決着するのか”という興味で読ませます。それでも終盤には、(“意外な犯人”を演出するのが難しい)限られた登場人物の誰もが疑わしい状況を逆手に取ったかのような、“多重解決”風の趣向が用意されており、大いに見ごたえがあります。

 最後に明らかになる真相にはさほどの驚きこそないものの、瞬時にすべてが腑に落ちる感覚がお見事。また、そこから浮かび上がってくる伏線と、真相を隠蔽していたユニークなミスディレクションが巧妙です。そして謎が解かれた後、“共同体”に訪れた終わりを描いた苦味のある結末も、実に印象深いものになっています。シリーズ全体を俯瞰する飯城勇三氏の解説もすばらしく、シリーズの掉尾を飾るにふさわしい佳作*6といっていいのではないでしょうか。

*1: もっとも、題名に〈パズル〉が冠せられた作品が本書で最後ということで、ピーター・ダルースは後の『女郎蜘蛛』などにも登場しています。
*2: 冒頭の闘牛や中盤のカーニバルはもちろんのこと、再三にわたって登場する酒場の雰囲気なども効果的です。
*3: 飯城勇三氏の解説で指摘されているように、『悪魔パズル』でもピーターは“事件の内部に立つ”ことになっていますが、しかしその“内部”にはさらに(読者には明らかにされている)“家族/部外者”という線引きがあります。その意味で、本書でのピーターは、『悪魔パズル』よりもさらにがっちりと“内部”に組み込まれているといえるのではないでしょうか。
*4: 『迷走パズル』とは対照的に、ピーターがアイリスの潔白を今ひとつ信じきれないところにも、二人の関係の変化が色濃く表れています。
*5: “山の頂を目指す巡礼者”マーティンと、その呪縛から脱することができず苦悩するマリエッタが、特に印象的です。
*6: 探偵小説研究会・編著「2013本格ミステリ・ベスト10」(原書房)の海外本格ミステリ・ランキングで、『俳優パズル』『迷走パズル』を抑えて第1位となっている本書ですが、個人的にはやはり『俳優パズル』に軍配を上げたいところです(そちらが初訳ではないことがランキングに影響しているのはもちろんでしょうが)。

2012.11.21読了  [パトリック・クェンティン]
【関連】 『迷走パズル』 『俳優パズル』 『人形パズル』 『悪女パズル』 『悪魔パズル』 『死への疾走』 『女郎蜘蛛』

六花の勇者2  山形石雄

ネタバレ感想 2012年発表 (スーパーダッシュ文庫 や1-12)

[紹介]
 依然として“偽者は誰なのか”という疑念にとらわれたまま、間近に迫った〈魔神〉の復活を阻止するために、魔哭領の奥へと進んでいく、総勢七人の〈六花の勇者〉たち。しかしその中に一人だけ、他の誰にも語れない秘密を抱え、もう一つの期限に焦る人物がいた……。やがて一行の前に突然、凶魔を率いる統率者の一体・テグネウが現れ、真正面から襲いかかってくる。テグネウの圧倒的な力の前に、“七人目”の裏切りを警戒して本来の力を発揮できない勇者たちは劣勢を強いられるが、アドレットが隠し持っていた必殺の武器がついにテグネウの息の根を止める――はずだった……。

[感想]
 ファンタジー・ミステリ風ライトノベルの快作、『六花の勇者』に続くシリーズ第2巻です*1。前巻から引き続いて、“六人であるはずの〈六花の勇者〉に紛れ込んだ七人目――偽者は誰か”を大前提の謎としながらも、前作でのストレートな“偽者探し”から一転、やや変則的な構成による一味違った趣向で読ませる作品となっています。

 いきなり“犯人”のショッキングな“犯行”が明かされる「プロローグ」に始まり、そこから“犯行”に至るまでの経緯が描かれていく、いわば倒叙ミステリ風の展開をみせる物語ですが、“犯人”が最初から明かされていても一筋縄ではいきません。何と三年も前に端を発する“犯人”の物語は、密かに進行する企みをあらわにするにとどまらず、“いかにして相手の裏をかくか”というコン・ゲーム的な様相を呈していくのが見どころです。

 一方、(“犯人”を除けば)そんな企みなど露知らぬ勇者たちは、凶魔の統率者・テグネウ*2と遭遇し、前巻以上に熾烈な戦いを繰り広げることになりますが、その中にもしっかりと謎が組み込まれているのが面白いところ。すなわち、どんな凶魔も倒すことができるはずの“必殺の武器”が、なぜテグネウには通用しなかったのか――という一種の不可能状況で、ファンタジー・ミステリならではの特殊設定を生かしたユニークで魅力的な謎といえます。

 ただし……ミステリ的な真相/結末はよく考えられているとは思うのですが、惜しむらくはいずれもかなり見え見えになっており、あらかた予想できてしまったために、個人的に物足りなく感じられたのは確かです。もちろん、ミステリ読者向けに書かれた作品ではないことを考えれば、決して瑕疵とはいえないのでしょうが、手がかりの見せ方がいささか親切にすぎるように思われます。

 また、ファンタジー・ミステリに限らず特殊設定ミステリの難しさというか、特有の事情によってわかりやすくなっているという、ある程度仕方ない部分もあるにはありますが、謎やその見せ方が全体としてややちぐはぐになっているせいで、うまく隠しきれていないところがあるのも否めません。というわけで、あまり驚きがなかったのが残念ではありますが、物語そのものは十分に面白いと思いますし、ラストの引きも期待を持たせてくれるものです。

*1: 第1刷のカバーのあらすじには前巻の致命的なネタバレがありますので、前巻を未読の方はご注意ください(第2刷では修正されています)。
*2: 強大な敵であるにもかかわらず、とぼけた味わいのあるキャラクターが一つの魅力となっています。

2012.11.24読了  [山形石雄]