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鏡の中は日曜日/殊能将之

2001年/2002年発表 講談社文庫 し68-4(講談社)

『鏡の中は日曜日』

 この作品については、「Junk Land」内の「超絶技巧の迷宮」(GooBoo乱入スペシャル 第6回「鏡の中は日曜日」 with TANISHIさん)をお読みになることをおすすめします。失礼ながら、ayaさんの見解には同意しかねる部分もある*1のですが、“信じられないくらい念の入った“名探偵殺し”という見方にはなるほどと思わされました。

*

 というわけで、落ち穂拾いをいくつか。

 まず作中作『梵貝荘事件』は、ハウダニットやフーダニットはさほどのものではありませんが、何とも凄まじい動機――より正確いえば、“見立てのための殺人”という逆転した構図が強烈。しかもその“見立て”がフランス語の脚韻という衒学的な――というほどのものでもないのかもしれませんが(苦笑)――ものであるところがまた何ともいえません。

 一方、作中でも石動戯作が気づいているように、『梵貝荘事件』の記述からは古田川智子が容疑を免れた理由が明確でなく、“ツッコミどころ”が残ってしまっているのは確か。鮎井郁介としては、“名探偵・水城優臣”の解決を完璧なものとしたかったのはやまやまでしょうが、そのためには鮎井が意図的に伏せてきた事実――水城優臣が女性であることを明かさざるを得ないわけで、〈水城優臣最後の事件〉の結末を別にしても発表を断念したのはやむなし、といったところでしょうか。

 さて本書には、その“水城優臣”の性別誤認以外にも数々の叙述トリック(?)が仕掛けられています。

対象誤認真相
「第一章」の“ぼく”瑞門龍司郎水城誠伸
「第一章」の“ユキ”瑞門有紀子水城優姫
「第一章」の被害者石動戯作鮎井郁介
「第一章」の舞台鎌倉の梵貝荘金沢の水城邸
“水城優臣”の性別男性女性

 「第一章」の“ぼく”による怪しげな語りから、そこに何らかのトリックが仕掛けられていることは明白ですが、それがどのようなものなのかはなかなか見えにくくなっています。もちろん、殺された“石動戯作”が別人であることは「第一章」を読んだだけでも十分に予想できるところ*2でしょうし、「第二章」でアルツハイマー病を患った龍司郎とその世話をする有紀子が登場した時点で、それが“ぼく”や“ユキ”だと読者に思わせようとしていることは理解できます。が、事実がそうでないとすれば“ぼく”や“ユキ”は一体誰なのか、「第二章」が終わってもそれらしい“候補”は見当たりません。

 そして「第三章」に入るといきなり、(「第一章」で描かれた)“石動戯作殺し”が金沢で起きたこと、被害者が鮎井郁介であること、アルツハイマー病を患った容疑者が水城という人物であることが立て続けに明かされていきます。このあたりについては確かに手がかりらしい手がかりがあまり見当たらないため、アンフェアといわざるを得ないかもしれません。しかしながら、本書の“本命”はあくまでも、容疑者の妻が“水城優臣”その人だったという真相にあると考えるべきではないでしょうか。

 実のところ、石動とは違って「第一章」を読んでいる読者にとっては、石川県警本部を訪れた“容疑者の妻”が“ユキ”であることは明らかでしょう。そうすると、普通に考えればそれが古田川智子ではないこともまた明らか――古田川智子(もしくは水城智子)の名前に“ユキ”と呼ばれる要素はなく、また偽名を名乗る理由もない――だということになります。そうだとすれば、石動がすでに会った人物と古田川智子を除いた“梵貝荘事件”の関係者の一人――“水城優臣”こそが彼女であるという可能性に思い至ることも、決して不可能ではないように思います。

*

 さて、本書では巻末に「参考・引用文献」として挙げられているように、綾辻行人の〈館シリーズ〉『十角館の殺人』から『黒猫館の殺人』まで)を意識している節がありますので、そちらとの関連について少し検討してみます。

 以下、『十角館の殺人』~『黒猫館の殺人』の内容に触れますので、そちらを未読の方はご注意下さい。

[↓以下伏せ字;範囲指定してお読み下さい]

 まずわかりやすいところでは、作中作『梵貝荘事件』における“水城優臣”の性別誤認、さらにそれが作中作で描かれた事件の解決に影響を与えるところが、『迷路館の殺人』と共通しています。そして結局は作中作の解決が正しかったという結末は、『迷路館の殺人』の裏返しといえるでしょう。
 また、金沢の水城邸を鎌倉の梵貝荘だと誤認させる“場所の誤認”は『黒猫館の殺人』に通じるところがありますし、「第一章」で殺害された鮎井郁介が“石動戯作”だと見せかけられること――“偽のシリーズ探偵”という仕掛けは、『人形館の殺人』を思い起こさせます。
 さらに、パート間での“一人二役”や“二人一役”などの人物誤認は、『十角館の殺人』や『水車館の殺人』の応用ととらえることも可能でしょう。
 残念ながら、唯一『時計館の殺人』との関連が見出せなかったのですが……あるいは石動の最後の推理で示されている“操り”の構図でしょうか。

[↑ここまで伏せ字]

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『樒/榁』

「樒」
 “天狗の斧”の隠し場所は、作中にもあるように“木を隠すには森の中”の原理そのままではありますが、高見旅館の特殊な調度をうまく利用してあるのが面白いところです。
 “密室殺人”の愉快な(?)真相は、密室を開く作業がそのまま“犯行”になったという点で某海外長編*3に通じるものがあり、巧みなバリエーションといえるでしょう。
 天狗の正体については、いわれればそう見えないこともないかもしれませんが……といったところですが、そのお間抜けぶりに苦笑せざるを得ません。

「榁」
 まず、「樒」に登場していた“シュンちゃん”の正体にしてやられました。“春泥”という俳号は『美濃牛』で大々的に扱われていましたが、まさかそれほど若い頃から使っていたとは思いもよらず(苦笑)
 密室での事件は、中に誰もいない“からっぽの密室”であることがホワイダニットの要素を付け加えているのが面白いところ。そして、「樒」での事件と同じ部屋、同じ状況(に見える)であることが、ミスディレクションとして利用されているのが巧妙です。十六年前の事件を踏まえて、“密室を開く作業”が違ったものになることも想定されているあたり、なかなかよくできていると思います。

* * *

*1: 例えば「3. 絶対矛盾とフェアプレイと」中には、“そういう(注:「第一章」の舞台が鎌倉の梵貝荘でないことを示す)手がかりの多さと前述の(注:「第一章」と「第二章」での)セリフの一致という偶然が決定的に矛盾しているのよ。それぞれの証拠が全く逆の方向をさしている。論理的に破綻してるわけね。”とありますが、別の場所での“一致”については偶然と見なせる余地があるのに対して、同じ場所での“相違”は本来あり得ないことを考えれば、前者(“そういう手がかり”)と後者(“セリフの一致”)は完全に対等とはいえず、論理的に破綻しているわけではないでしょう。
*2: 〈石動戯作シリーズ〉の後続作品がすでに発表されている今となっては当然ですが、本書の発表当時であっても十分に疑う余地はあったのではないでしょうか、。
*3: (作家名)ピーター・アントニイ(ここまで)(作品名)『衣裳戸棚の女』(ここまで)

2011.03.26読了