ミステリ&SF感想vol.48

2002.12.01
『宇宙消失』 『警察官よ汝を守れ』 『3000年の密室』 『地の果てから来た怪物』 『迷蝶の島』


宇宙消失 Quarantine  グレッグ・イーガン
 1992年発表 (山岸 真訳 創元SF文庫711-01)

[紹介]
 2034年、夜空は闇に閉ざされた。正体不明の暗黒の球体が太陽系を包み込み、宇宙の星々が見えなくなってしまったのだ。世界は恐慌に襲われ、カルト教団が勢力を伸ばす。科学者は議論を重ねるが、暗黒の正体は解明できないまま――33年後、元警察官のニックは、厳重に監視されていたはずの病室から消失した若い女性の捜索依頼を受けた。だが、手がかりを追い求めるうちに、謎の組織〈アンサンブル〉に遭遇したニックは、予想もしなかった事態に巻き込まれていく……。

[感想]

 主人公のニックが依頼を受けて捜索に乗り出す序盤の展開は、G.A.エフィンジャー『重力が衰えるとき』を彷彿とさせる電脳ハードボイルドです。特に、登場人物の脳内にセットされた“モッド”の機能は、『重力が衰えるとき』の“モディー”を思い起こさせます。

 中盤以降は一転して、量子力学の波動関数の収縮をキーワードとしたハードSF的な展開になっていきます。しかも、ただハードなだけではなく途方もない奇想が繰り広げられているのがうれしいところです。特に、太陽系を包み込んだ暗黒の球体〈バブル〉の正体が明らかになるあたりは、ミステリの解決にも似たカタルシスを体験させてくれます。

 〈アンサンブル〉をめぐる登場人物の目論みが暴走し、カタストロフへとつながっていく終盤も印象的。ある意味で非常にSFらしい、奔放なアイデアが魅力的な作品です。

2002.11.15読了  [グレッグ・イーガン]



警察官よ汝を守れ  Constable Guard Thyself!  ヘンリー・ウェイド
 1934年発表 (鈴木絵美訳 国書刊行会 世界探偵小説全集34)ネタバレ感想

[紹介]
 ブロドシャー州警察本部長のスコール大尉は、復讐を誓うアルバート・ハインドに脅かされていた。密猟を摘発されて森番を射殺したハインドは、スコール大尉の目撃証言により謀殺との判決を受け、20年の刑務所暮らしを余儀なくされたのだった。そして、厳重な警戒の中、警察本部に銃声が響き渡り、スコール大尉は射殺されてしまった。だが、すぐさま容疑者として手配されたハインドは、一足違いで行方をくらましてしまう。やがて、スコットランド・ヤードから派遣されたプール警部の捜査により、事件の背景が少しずつ明らかになっていくが……。

[感想]

 警察署内での本部長殺害という事件はショッキングですが、その後の展開はかなり地味です。犯人と目されるハインドは逃亡してしまい、その追跡はよその警察任せ。プール警部は現場の状況の検証と事件の背景の調査という地道な捜査を続けます。その結果、ある疑惑が浮かび上がってくるのですが……このあたりがかなり見え見えなのがやや辛いところです。最終的な真相もよくできてはいるものの、さほど意外なものではありません。

 作者自身も、凝った本格ミステリではなく、どちらかといえばリアルな警察小説を目指したようにも感じられますし、その意味では成功しているといえるのかもしれませんが。

2002.11.21読了  [ヘンリー・ウェイド]



3000年の密室  柄刀 一
 1998年発表 (原書房)ネタバレ感想

[紹介]
 長野県の山間にある洞窟内で、3000年前の縄文人のミイラが発見された。“サイモン”と名づけられたその縄文人は、背中に石斧を突き立てられ、死後に右腕を切断されていたことから殺人事件の被害者と判断されたが、現場となった洞窟は内側から石を積んで閉ざされた密室だったのだ。“サイモン”の発見に世間の注目が集まり、専門家たちによる徹底的な研究が行われる中、“サイモン”の発見者の一人が失踪し、やがて死体となって発見された……。

[感想]

 柄刀一のデビュー作にして、スケールの大きな考古学ミステリです。序盤はまず、発見された“サイモン”の出自の謎、すなわちどこから来て何をしていたのか、が緻密な科学的調査によって徹底的に追及されていきます。このあたりはもちろん、歴史上の出来事の真相を推理していく歴史ミステリと似たような魅力がありますが、その内容はむしろ法医学そのもの(対象が死体なので当然といえば当然ですが)で、一種独特の面白さを備えています。また、手がかり(科学的調査の結果)の解釈について専門家たちの間に対立が生じるあたりなどは、法廷ミステリに通じる雰囲気ともいえるのではないでしょうか。

 その謎は終盤になって、“サイモン”の死の真相(3000年前の密室殺人!)とともに解明されます。鮮やかに浮き彫りにされた“サイモン”の生前の行動には十分な説得力が感じられますし、密室の真相の方も、盲点を突いた非常に見事なものです。難をいえば、終盤に至るまで密室の検討がされないところはやや不自然ですが、これもさほどの瑕疵にはならないでしょう。

 ただ、残念ながら、中盤をつなぐ現代の事件が今ひとつ物足りなく感じられます。動機には見るべきものがありますし、手段もトリッキーではありますが、いかにもとってつけたような感じがぬぐえません。一時期の乱歩賞作品にみられるような(といったら失礼かもしれませんが)、ミステリの賞に応募するために付け足した事件(本書も、もともと鮎川哲也賞の最終候補となった作品です)という印象を受けてしまいます。少なくとも、“サイモン”の謎に比べるとかなり弱いといわざるを得ません。全体的にみて、もう少しのところで傑作になりそこねた作品、といったところでしょうか。

2002.11.24読了  [柄刀 一]



地の果てから来た怪物 The Monster from Earth's End  マレー・ラインスター
 1959年発表 (高橋泰邦訳 創元SF文庫621-03)

[紹介]
 南極基地への中継点となっている孤島・ガウ島。10人の人間を乗せて基地から米国へと帰還する途中、そのガウ島に立ち寄るはずだった輸送機に、何かが起こった。島の周囲をふらふらと飛び回った輸送機は、ほとんど墜落するように胴体着陸した。そしてパイロットは拳銃で自殺し、同乗していた9人は姿を消していたのだ。不可解な事態に困惑するガウ島の駐在員たち。やがて、パイロットの遺体は何者かによって運び去られ、“姿なき怪物”が跋扈し始めた。そしてついに、駐在員にも犠牲者が……。

[感想]

 比較的ストレートなパニックSF/ホラーですが、怪物の正体探しが中心となっているため、期せずしてミステリ風の作品になっています。手がかりの提示が露骨すぎ、怪物の正体はかなり早い段階で見え見えになってしまっているのがもったいないところですが、これは明らかに、ミステリ仕立てにする意図が作者になかったと考えるべきでしょう。むしろ、ホラー映画で何も知らない登場人物の背後に危険が迫る場面などにも通じる、読者にだけ怪物の所在を知らせることでスリルを高める手法を意図したのかもしれません。残念ながら、さほど効果的には機能していないようですが……。

 その怪物の正体にはSF的な説明がつけられていますが、かなり強引で何となく笑えてしまいます。ラストも含めて、B級ホラー映画の雰囲気が漂う怪作です。

2002.11.25読了  [マレー・ラインスター]



迷蝶の島  泡坂妻夫
 1980年発表 (文春文庫378-2・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 甘やかされて育った大学生・達夫は、伊豆で趣味のクルージングを楽しんでいる最中に、ふとしたことからモモコとトキコという二人の若い女性と知り合った。一目でモモコに惹かれた達夫は、思いを告げる手紙を彼女に渡す。紆余曲折を経て、二人は結ばれることになった……。
 ……思わぬことから結ばれた二人の間には、やがて激しい憎悪が生じ、高まる緊張は殺意へとつながっていく。その殺意は太平洋上のヨットの中であらわになり――達夫を乗せて漂流するヨットは、絶海の孤島へとたどり着いた。だが、助けを待つ彼の前に、死者が姿を現した……。

[感想]

 一章がある登場人物の手記、二章が警察の報告書や関係者の証言記録、三章が別の登場人物の手記というユニークな構成のミステリです。つまり、作中で起こる一つの事件に、ある登場人物の主観的な視点、第三者の視点、そして別の登場人物の視点という三方向から光が当てられているわけで、同じ事件が視点の違いによってまったく異なる様相を呈する面白さ、といえばいいでしょうか。

 内容は、手記という形式を十分に生かした、登場人物の心理描写が中心となったものですが、じっくりと描かれたその心の動きは手に取るように伝わってきます。山前譲氏による文庫版解説では“泡坂風フランス・ミステリィ”と表現されていますが、まさにボアロー/ナルスジャックらの作品にも通じる魅力的な心理描写です。

 作中の最大の謎は死者の復活という幻想ですが、非常にシンプルなトリックによって達成されているところは見逃せません。やや不自然に感じられる箇所がないではないのですが、非常によくできた作品といえるでしょう。

2002.11.27再読了  [泡坂妻夫]


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