ミステリ&SF感想vol.52

2003.01.16
『妖異金瓶梅』 『へびつかい座ホットライン』 『誕生パーティの17人』 『レイトン・コートの謎』 『デクストロII接触』


妖異金瓶梅  山田風太郎
 2001年刊 (扶桑社文庫S10-1 昭和ミステリ秘宝)ネタバレ感想

[紹介]
 中国は宋の時代。県下随一の豪商にして稀代の好色漢・西門慶は、妻と七人の妾を同居させて放埒な日々を送っていた。だが、その西門家ではいつしか怪事件が頻発するようになっていく。西門慶の友人・応伯爵は懸命に知恵を絞り、事件の謎を解き明かそうとするが……。

「赤い靴」
 頭痛を訴えてそれぞれの房に引っ込んだ第七夫人の宋恵蓮と第八夫人の鳳素秋が、やがて無惨な死体となって発見された。二人とも両脚を切断され、しかも鳳夫人の脚は持ち去られていたのだ……。
「美童と美女」
 妻と妾たちに加えて、二人の美少年・琴童と画童を寵愛する西門慶。だが、第五夫人・潘金蓮との不義が発覚したことで局部を切断されてしまった琴童は、密告した画童への恨みを募らせる……。
「閻魔天女」
 故あって西門慶の娘が婿の陳敬済を連れて帰ってきた。西門慶は同行してきた美声の侍女・朱香蘭に早速目を止め、自分の第七夫人としてしまう。だが、実は朱香蘭はすでに陳敬済といい仲だったのだ……。
「西門家の謝肉祭」
 西門慶は知県閣下夫人・林黛玉と意気投合し、夫の出張中に夫人を邸に招いた。食い道楽の夫人は、美食家でもある西門慶のもてなしに感激し、逗留を続ける。だがある日、夫人は不慮の事故で急死してしまった……。
「変化牡丹」
 高名な画家に夫人たちを描かせようとする西門慶。だが、美人から順番に描いてほしいという頼みが、混乱の始まりだった。最初に選ばれた第七夫人の楊艶芳は、手にした牡丹の花から飛び出したに顔を刺されて……。
「銭鬼」
 西門慶の手代をつとめる韓道国が、錬金術を完成させたという元の主人・宋鉄棍を連れてきた。早速、西門家で錬金の秘技が開始されたが、その最中に西門慶は韓道国の妻・揺琴に手を出し、第七夫人として迎えた……。
「麝香姫」
 潘金蓮の前夫の弟にして、西門慶の寵妓・李桂姐のかつての愛人だった武松が町に帰ってきた。豪勇を誇る武松は、間違いなく西門家に恨みを抱いているはず。西門慶が潘金蓮・李桂姐らとともに怯え暮らす中、ついに……。
「漆絵の美女」
 第六夫人の李瓶児が亡くなった。生きている夫人たちはそっちのけで、漆絵に描かれた李瓶児の姿を見て悲しみにひたる西門慶。ところがある日、その漆絵の前で事件が起こり、絵姿の李瓶児はを流す……。
「妖瞳記」
 新しく第六夫人となった美しい瞳の持ち主・劉麗華は、潘金蓮の房の隣室に覗き穴を発見し、誘惑に耐えかねて西門慶と潘金蓮の情事を覗き見してしまう。だが、それがやがて恐ろしい事件につながっていくのだった……。
「邪淫の烙印」
 遙かタージから怪僧とともに西門家を訪れ、逗留を続けるゾオラ姫。彼女が持ち込んだ見事な真珠が、西門慶の目の前で何者かに盗まれてしまった。そして、ゾオラ姫の背中には、不思議な十字架の痣が浮かび上がる……。
「黒い乳房」
 決して癒えぬ傷を負った劉麗華は、ふとしたことから自らを傷つけた者の正体に気づき、復讐を思い立つ。一方、西門慶の寵愛は、新しく妾として迎えられた葛翠屏へと向いていたのだが……。

「凍る歓喜仏」・「女人大魔王」・「蓮華往生」・「死せる潘金蓮」
 このところ、西門慶の顔色がすぐれない。実は、自分の家で死んでいった者たちのが夜ごと現れるというのだ。応伯爵のすすめで、魔除けの祈祷を受けるために雪澗洞へ向かった西門家一行だったが、そこへ恨みに燃える武松が梁山泊の面々とともに現れた。何とかその場は潘金蓮が体を張って西門慶を守ったものの、梁山泊の魔の手は西門家へと……。

[感想]

 山田風太郎が中国の奇書『金瓶梅』から舞台や登場人物を借用して独自の物語を作り上げた、特異な連作短編ミステリです。
 まず、第一話「赤い靴」では、謎解き役の応伯爵による真相の解明までは比較的オーソドックスなミステリの形式にのっとって進行します。この特殊な舞台ならではともいえる動機に唖然とさせられるものの、普通のミステリといっていいでしょう。しかしながら、その結末に至って、通常の連作短編との大きな違いが明確になります。
 次の「美童と美女」から「黒い乳房」までは同様の形式が繰り返されるわけですが、豪快なトリックによるユニークなハウダニットであるとともに、“犯人がどのような形で目的を達するのか?(どのような現象が起きるのか?)”という、ややミステリ的興味から外れたところにも趣向が凝らされています。
 ところがさらに、「凍る歓喜仏」から「死せる潘金蓮」までは一転して、それぞれのエピソードが長編としてつながっていきます。
 このような特殊な構成が、この作品のミステリとしての最大の特徴といえるでしょう。

 そして、この作品のもう一つの特徴は、魅力的な登場人物です。謎解き役である応伯爵のとぼけた味わいや、すでに枯れたようでいながら内に秘めた情熱なども印象的ですが、やはりヒロインである潘金蓮の存在感は圧倒的で、彼女の魅力によってこの作品が成立しているといっても過言ではありません。他にも、好色にして時に残虐ながらどこか憎めない西門慶、潘金蓮の小間使いをつとめながら重要な役割を果たす春梅、あるいは梁山泊に投じた豪傑・武松など、それぞれに生き生きと描かれた登場人物たちは強く印象に残ります。

 個人的には、登場人物たちがあまりにも魅力的であるだけに、「凍る歓喜仏」以降、物語が一気に終幕へと向かってしまうのがやや残念にも感じられてしまいます。しかしながら、世評に違わぬ傑作であることは間違いありません。

「人魚燈籠」
 西門慶が贈り物として受け取った高価な真珠が盗まれた。妾たちの喧嘩で燭台が倒れ、暗闇となったわずかの間に、西門慶の目の前で消え失せてしまったのだ。応伯爵は見事にその謎を解いたのだが……。
 単行本未収録だった幻の作品です。前半の真珠盗難事件は「邪淫の烙印」とほぼ同じですが、そこから先はまったく違った展開になっています。ミステリの要素は薄いものの、何ともいえない妖しいイメージが印象的です。
2003.01.06読了  [山田風太郎]



へびつかい座ホットライン The Ophiuchi Hotline  ジョン・ヴァーリイ
 1977年発表 (浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF647)

[紹介]
 外宇宙から侵入してきた“インベーダー”によって地球を追われた人類は、水星、金星、月、火星など八つの植民地で再び文明を再建していた。それには、へびつかい座70番星の方向から送られてくる謎のメッセージに含まれた未知の科学技術が大きな役割を果たしていた。だが、この〈へびつかい座ホットライン〉の真の目的は一体何なのか? 禁断の実験である人間の遺伝子改変に手を出し、死刑囚となってしまった科学者リロと彼女のクローンは、いつしか〈へびつかい座ホットライン〉をめぐる大事件に巻き込まれていく……。

[感想]

 J.ヴァーリイの未来史〈八世界シリーズ〉に含まれる長編です。人類が暮らす環境が、さらには技術の進歩により倫理が大きく変わり、クローニングや臓器移植、性転換などが日常的となった未来世界が舞台となっていて、この作品でもまずそのあたりを描くところから始まっています。過酷な運命に翻弄される主人公・リロたちを通して、変容し、あるいは新たに構築された世界の姿が徹底的に描き出されています。ただ、やはりこの作品だけではそこへ至る過程が把握しにくくなっているのが残念です。

 後半になるとようやく〈へびつかい座ホットライン〉が物語の中心に位置するようになります。遙か彼方から送られてくる謎のメッセージに隠された真の意味が明らかになっていき、壮大なビジョンが提示されます。このあたりのスケールの大きさは、やはりSFならではというべきでしょう。終盤の展開がやや唐突に感じられるのが玉に瑕ですが、なかなかの佳作といっていいのではないでしょうか。

2003.01.09読了  [ジョン・ヴァーリイ]



誕生パーティの17人 Attestupan  ヤーン・エクストレム
 1975年発表 (後藤安彦訳 創元推理文庫227-1・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 資産家エバ・レタンデルの90歳の誕生日。彼女の邸には一族の面々17人が呼び集められ、誕生パーティが行われた。だが、それぞれにエバの資産を当てにする人々は、彼女の希望とは裏腹に、少しでも多くの遺産を手に入れるためにライバルを蹴落とそうと画策し、トラブルを引き起こす。そしてその夜、密室の中で二つの死体が発見された。当初は単純な事件かと思われたが、ドゥレル警部の捜査により、事態は少しずつ不可解な様相を呈していく……。

[感想]

 “スウェーデンのカー”という触れ込みですが、それにはやや疑問があります。密室殺人こそ登場するものの、さほど凝ったものではなく、また怪奇趣味などもみられません。しかし決して面白くないというわけではなく、大人数の一族の確執を中心とした物語はなかなか読ませますし、探偵役のドゥレル警部も人間味あふれるキャラクターで、この作品ではE.C.ベントリイのトレント氏(『トレント最後の事件』)ばりに事件と恋愛とに悩むことになります。また事件の方も、派手さはないものの細かい伏線やひねりがよくできていると思います。

 難点はといえば、やはり登場人物が多すぎるところでしょう。スウェーデンが舞台とはいえ、予期したほどには見慣れない名前は多くなかったのですが、よく似た名前(ファーストネーム)の一家が登場していることもあって、どうしても読んでいて混乱してしまいます。また、特に前半に回想場面が多いのも、混乱に拍車をかけています。このあたりをもう少し整理してくれればよかったのですが。

2003.01.11読了  [ヤーン・エクストレム]



レイトン・コートの謎 The Layton Court Mystery  アントニイ・バークリー
 1925年発表 (巴 妙子訳 国書刊行会 世界探偵小説全集36)ネタバレ感想

[紹介]
 レイトン・コートの主人であるスタンワース氏が、書斎の椅子に座り、手にしたリボルバーで頭部を撃ち抜いて死んでいるのが発見された。現場は密室状況で、銃を持つ手にも不自然な点はなかったことから警察は自殺と判断したが、疑惑を抱いた泊り客のロジャー・シェリンガムは、友人のアレックをワトソン役に素人探偵として捜査に乗り出した。果たして捜査の行方はいかに……?

[感想]

 A.バークリーが“?”名義で発表した処女作にして、ロジャー・シェリンガムが素人探偵としての第一歩を踏み出した記念すべき作品です。まず驚かされるのは、比較的ストレートなパロディ・ミステリともいうべき作品に仕上がっているところです。初めて事件の謎解きに挑戦するシェリンガムの捜査はかなり危なっかしいものですが、それもまたどこか微笑ましく感じられますし、H.M卿(C.ディクスン)か、はたまたフェン教授(E.クリスピン)かと見まがうドタバタもあり、後の作品にみられるような屈折した(皮肉な)形ではなく、ストレートに喜劇的な雰囲気に満ちています。

 事件の真相はかなりわかりやすいため(密室の謎も大したことはありません)、謎解きとしては物足りなく感じられますが、この作品の中心はあくまでもシェリンガムの繰り出す数々の推理であり、またその迷走ぶりです。ユーモラスなパロディ・ミステリとして肩の力を抜いて楽しむのが正しいのではないでしょうか。

2003.01.14読了  [アントニイ・バークリー]



デクストロII接触 Under Heaven's Bridge  イアン・ワトスン&マイクル・ビショップ
 1979年発表 (増田まもる訳 創元推理文庫SF695-1・入手困難

[紹介]
 超光速船ヘヴンブリッジの調査隊一行がジェミニ星系デクストロ第2惑星で遭遇したのは、全身を覆う金色の甲殻と有機質からなる肉体を持つ、機械とも生物ともつかない知性体だった。〈カイバー〉と名づけられたその知性体は、自らの生理や文化については一切明かさないまま、言語学者・高橋恵子のレクチャーを受けて人類の知識体系を恐るべきスピードで吸収していく。だが、その〈カイバー〉たちはある日突然、一斉に休眠状態に入ってしまった。それは、刻一刻とノヴァ化に向かいつつある恒星デクストロの状態と関係があるのか……?

[感想]

 海外作品ながら日本人を主人公とし、京都・三十三間堂の場面から始まるという異色のファースト・コンタクトSFです。著者の一人であるワトスンは日本在住の経験があり、変な描写がされているわけではありませんが、やはりどこかに西洋人の目を通した見慣れない(あるいは普段意識することのない)日本人像が感じられます。この作品では、より異質な存在である〈カイバー〉とのコンタクトに重点が置かれているためにさほど目立っていませんが、日本人である主人公と、西洋人であるその恋人との間に交わされるコミュニケーションもなかなか興味深いものがあります。

 〈カイバー〉とのコンタクトに関しては、異質な存在を理解することの困難性以上に、異質な存在に対する恐怖が前面に出ているところが、ファースト・コンタクトものとしてはかえって新鮮にさえ感じられます。これは物理的な恐怖ではなく、〈カイバー〉があまりにも異質な存在であるがゆえに潜在的な(しかも強力な)“敵”とみなしてしまう心理的な恐怖で、主人公が日本人であることも相まって、何ともいえない効果を醸し出しているように思えます。

 後半になると、デクストロのノヴァ化が迫ってくることもあって、物語は次第に加速していきます。撤退のタイムリミット間際に行われた“休眠状態”の〈カイバー〉と主人公とのコンタクトは、後の『星の書』などを思い起こさせるワトスンらしいイメージの奔流。しかし、そのあっけないほどの幕切れは、潔いといえば潔いかもしれませんが、正直やや物足りなくも感じられます。むしろ、その後に待ち受けている、思わずツッコミを入れたくなるラスト(決してけなしているわけではありません)の方が強く印象に残ってしまいます。やはり、どこまでも異色の作品というべきでしょうか。

2003.01.15読了  [ワトスン&ビショップ]


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