[紹介]
親友の結婚披露宴で一堂に会した、女子校時代の文芸部の仲間たち。当時のことを懐かしく振り返るうちに、一同の頭の中には自然と、校内で起きた未解決の殺人事件の記憶がよみがえってくる。放課後のシャワールームで、見知らぬ若い女性の絞殺死体が発見されたのだ。事件から十五年の時を経て、その真犯人が今ようやく明らかになる……。
- 「スクランブル」
- 殺人事件に校内が動揺する中、彦坂夏見は貝原マナミとともに職員室に呼び出される。別のクラスでちょっとした盗難事件が相次ぎ、同じ文芸部の宇佐春美が疑われているというのだ……。
- 「ボイルド」
- スポーツ大会の短距離走選手に選ばれたのを鼻にかけていた生徒が、階段から転落する。彼女と反りが合わず、悪口を言っていた貝原マナミが、クラス中から責められることになり……。
- 「サニーサイド・アップ」
- スポーツ大会の最中、養護室で事件が発生する。五十嵐洋子が兼部する研究会の後輩が、吐瀉剤が混入された水を飲んで救急車で搬送されたのだ。洋子が彼女に話を聞いてみると……。
- 「ココット」
- 沢渡静子と一緒に図書委員をしていた生徒が、明日夏見に話があると言い残して帰り、ひき逃げに遭って亡くなってしまう。彼女はこのところ、なぜか急に多くの本を借り出していたが……。
- 「フライド」
- 間近に迫った修学旅行の班分けで、飛鳥しのぶはあまり親しくない生徒に人数合わせで誘われ、文芸部との間で悩む。一方クラスでは、殺人事件の犯人を知る生徒がいるという噂が……。
- 「オムレット」
- 文化祭の最中、文芸部部長の宇佐春美はトラブルの発生を知らされる。図書室から『三国志』の一冊が紛失したと騒ぐ教師が、『三国志』の展示をした文芸部に疑いをかけてきたのだ……。
[感想]
第51回日本推理作家協会賞の候補となった、若竹七海による青春ミステリの傑作です。「スクランブル」・「ボイルド」・「サニーサイド・アップ」・「ココット」・「フライド」・「オムレット」と題名が卵料理で統一された六つのエピソードが並び、各エピソードでは校内でのささやかな(?)“事件”の顛末が一つ一つ描かれていく、連作短編集とも受け取れるような体裁ですが、最初の「スクランブル」で起きた殺人事件が本書全体を貫く軸となっており、内容としてはどちらかといえば長編に近い作品といえるでしょう(*1)。
舞台となるのは私立の中高一貫の女子校ですが、高等部から編入した生徒が〈アウター〉と呼ばれて異分子扱いされるなど、傍からみると何とも凄まじい世界。その中にあって、本書の主役となる六人の文芸部員(*2)は、全員が〈アウター〉というわけではないものの、大なり小なり周囲から浮き気味で、文芸部以外ではしばしば居心地の悪さを覚えています。というわけで、苦さや痛み、鬱屈や息苦しさを伴う青春の光景が描かれていくのですが、それを包み込む“枠”となる十五年後のパート――過去を振り返る視点が用意されることで、どこかノスタルジックな雰囲気を帯びることになるのが魅力的です。
各エピソードではちょっとした“事件”が発生して、そのたびに文芸部員たちも翻弄されることになり、その騒動の顛末の方が謎解きよりも印象深くなっている部分もないではないですが、あくまでも高校生の日常で起きる“事件”としてはまずまずといっていいように思います。加えて、「スクランブル」での殺人事件についてそれぞれが独自の推理を披露する、アントニイ・バークリー『毒入りチョコレート事件』風の“多重推理”が展開されるのが大きな見どころで、推理としてはいささか強引さが目につくものの、“推理がどのように否定されるのか”まで含めて、ある意味愉快な推理合戦となっています。
実のところ、本書冒頭の十五年後のパートには“あの未解決の事件の真相と、その犯人とが。いまになって、急にわかったのだ。” とあり、高校時代の推理が誤りであることは当初から明らかでしょう。のみならず、同じく冒頭で真犯人が暗示される大胆な構成となっているのがユニークで、読者はいわば過去と現在とを俯瞰しながら、犯人が誰なのか、さらにはどうしてその人物が犯人なのか、という謎に挑むことになります。そして、最後に明らかになる真相がよくできているのはもちろんのこと、そこで“高校時代になぜ解明できなかったのか”がクローズアップされることで、十五年の歳月の重みのようなものが伝わってくるのが見事です。
謎が解かれた十五年後のパートで物語が終わるのではなく、最後に高校時代の一幕が置かれているのがまた印象深いところで、過去を振り返る十五年後の視点と対比させるように、高校生の主役たちが不安を抱えながらも未来に目を向ける姿が描かれているところに、感慨を覚えずにはいられません。と同時に、主役たちとほぼ同世代でありながら命/未来を奪われてしまった被害者の悲哀が、改めて浮かび上がる結末となっているように思います。
*1: 日本推理作家協会賞では〈短編および連作短編集部門〉で候補となりましたが、 「1998年 第51回 日本推理作家協会賞|日本推理作家協会」の選評によれば、選考委員のうち生島治郎氏と佐々木譲氏は、連作短編集としてのノミネートに疑問を呈したようです。
*2: ちなみに、 『ぼくのミステリな日常』中の 「箱の虫」には彦坂夏見が登場し、 「ココット」で宇佐春美が企画している夏休みの箱根合宿の様子が語られているのですが、そこに存在している “七人目”が、なぜか本書には登場していません(もしかすると“パラレルワールド”なのかもしれませんが)。
2001.12.11再読了
2016.05.25再読了 (2016.06.15改稿) [若竹七海] |