河原町ルヴォワール/円居 挽
本書の見どころである〈双龍会〉では、圧倒的に優勢な状況で御贖・龍樹大和と青龍師・城坂論語が“仲間割れ”を始めた挙げ句、窮地に陥った撫子に対戦相手の選択を迫る、意外な展開が用意されています。しかしそれにとどまらず、撫子対論語の〈双龍会〉が一段落した後、選ばれなかった可能性――“決して語られることのないもう一つの双龍会”
(166頁)が語られる超展開に、しばし唖然とさせられます。
もっとも、本書では“デザイナー・チャイルド”や“クローン人間”といった半ばSF的なガジェットが登場していることもあり、また(黄昏卿の“現実改変”能力についてはすでに説明されているものの)“更なる改変が必要になるかもしれぬ。”
(165頁)という思わせぶりな黄昏卿の(と思しき)独白も“そちら方面”の展開をうかがわせる(*1)ことで、“実現しなかったはずの対決が語られる”というおかしな事態を、比較的すんなりと受け入れさせられてしまうのがうまいところです。
……といったところで、『烏丸ルヴォワール』でおなじみ(?)の“双鴉の計”だったという真相には、脱帽せざるを得ません。落花が撫子を演じるのも『丸太町ルヴォワール』ですでにお披露目済みで、真相に思い至ってもよさそうなところではあるのですが、本書では撫子の代役をつとめることができる落花の“不在”が非常に効果的なミスディレクションとなり、“双鴉の計”が強固に隠蔽されているのが秀逸です。
もちろん、真相を踏まえてみると、落花の“死”が描かれた冒頭の一幕(11頁~14頁)は、さすがにアンフェアというべきでしょうか。“「撫子……堪忍な」/そう言い終えた後、濁流が落花の身体を呑み込んでしまった。”
(14頁)という記述では、マネキン(220頁)が流された時の描写ではあり得ませんし、携帯電話に録音された会話(102頁)に含まれていない台詞もあるので、それをもとにした“再現”描写ということもないでしょう(*2)。あるいは、『丸太町ルヴォワール』の「第一章」の仕掛けと同じように、大和による供述(黄昏卿への報告?)と考えることもできるかもしれませんが……。
しかしながら、読み返してみると“双鴉の計”を示唆する伏線は随所に――“臥虎の間、蔵竜の間”
(22頁)と二部屋用意されたこと、撫子対論語の〈双龍会〉では“火帝の傍らには医師が控えていた”
(129頁)こと(*3)、そして“もう一つの双龍会”では視点人物の名前が地の文に記されていないこと、など――配置されているので、それらをもとに“双鴉の計”を見抜くことで、撫子の代役たり得る落花の生存を導き出すことも、不可能ではないかもしれません。
実際のところ、序盤で出てくるウィッグ(19頁)が、落花の“死”がフェイクであることを匂わせてはいるのですが、確認された死体の存在がこれまた強力なミスディレクションとなっています。これについては、母親・桜花のエピソードが“落龍疫”に絡めて少しずつ披露され、その中でさりげなく手がかりが示されている――例えば“落花は桜花さんの生き写しだった。ただ、桜花さんは二十代で命を落としている。”
(40頁)など――のが巧妙(*4)。また、サントアリオ病院から“二十代女性Tの遺体を搬送”
(188頁)したという情報の出し方が絶妙です。
〈双龍会〉の決着がついた後の結末では、自らがクローンであり寿命が短いと信じる論語に対して、撫子が“クローンでなく、また別の方法で作られた人間だったのかもしれないよ”
(223頁)と言葉をかけています。この時点では二人には知るよしもないことですが、“もう一つの双龍会”では、“撫子”こと落花によって“論語が祖父・慈恩によるデザイナー・チャイルドだった”という推理が示され(198頁)、黄昏卿――城坂慈恩はそれを肯定している様子なので、幸いなことに撫子の言葉は正鵠を射ていたということでしょう。
*2: この場合、誰が/何のために、というのも疑問です。
*3: これはいうまでもなく、その場にいる“黄昏卿”が、外出の際には
“医師を随伴”(67頁)する必要があるノックスマンであることを示唆するものです。
*4:
“死体はほんの少し老け込んだようだった。”(19頁)というのも手がかりといえるでしょうか。
2014.03.16読了