殺人鬼II ―逆襲篇―/綾辻行人
本書のミステリとしての仕掛けは、もちろん叙述トリックによる人物の誤認ですが、具体的には「叙述トリック分類」の[A-1-2]二人一役トリックを応用した、“三人二役”ともいうべきものになっています。
まず、病院内で殺戮を繰り広げる“殺人鬼”が、「第1章 遭遇」で冴島親子を惨殺した“殺人鬼”(いわゆる“双葉山の殺人鬼”(*1))とは別人であることは、例えば「第4章 始動」冒頭の“殺人鬼。/やはり今、我々は彼のことをその名でこそ呼ぶべきであろう。”
(108頁)という記述から予想することもできると思います。一見すると単なる再確認とも思えるこの記述は、実際には地の文で“彼”を“殺人鬼”と呼ぶことを読者に向けて宣言するものであるわけですが、やはり少々わざとらしさが目立っている印象です(*2)。
一方、「第3章 覚醒」の冒頭で報道されている逃亡犯・曾根崎荘介が物語に絡んでくることはほぼ確実ですし、冬木貞之を殺害するのに使われた“大振りなナイフ”
(93頁)という凶器は、いわゆる“双葉山の殺人鬼”には似つかわしくないものですから、これが曾根崎の犯行だと見抜くことは難しくないでしょう。要するに、この冬木殺害の場面に犯人を“殺人鬼”と誤認させる叙述トリックが一応は仕掛けられているものの、あまりにもあからさまにすぎて二人一役という“真相”が見え見えの状態です。
しかし、それはもちろんあくまでもダミーの真相にすぎません。作者の真の企みは、511号室で“殺人鬼”が“ベッドの上に仰向けになって横たわった男”
(110頁)を惨殺する場面以降も“双葉山の殺人鬼”と曾根崎の(犯人役としての)二人一役が続いていると見せかけておいて、そこにもう一人――殺される“役”だったはずの白河誠二郎――を加えた“三人二役”トリックなのです。
“殺人鬼の右手には今、血を滴らせたナイフが握られている。つい三十分ほど前、この病院の事務員冬木貞之を刺し殺したのと同じ凶器である”
(110頁)という、“殺人鬼=冬木を殺した犯人(=曾根崎)”との誤認を誘う記述も絶妙ですが、読者としてはそもそも“植物状態”の誠二郎が“殺人鬼”だという真相はさすがに予想しがたいところです(少なくともこの時点では)。もっとも、一応の伏線として真実哉や愛香が“双葉山の殺人鬼”の強烈な殺意に支配されてしまう場面(「第3章 覚醒」)がある(*3)のでそれなりの説得力はあると思いますし、511号室のベッドに横たわった死体が靴を履いている(119頁)という決定的な手がかりも配置されているので、決してアンフェアとはいえないのではないでしょうか。
問題は、この“三人二役”という真相が明かされても、さほどの衝撃が感じられない点です。“三人二役”はダミーの真相である“二人一役”にもう一人加えたものですが、トリックの方向性自体は同じであって異質な効果を生じるものではなく、いわば延長線上に位置するものであるために、強烈な驚きがもたらされるには至らないのです。
また、終盤になってくるとかなり真相が見えやすくなっているのも難点。例えば、“殺人鬼”が白川和博と対峙した場面の“堂に入った上段の構え”
(229頁)や、“殺人鬼”の顔を目にして和博が驚愕する場面(231頁)、さらに“殺人鬼”が愛香を殺すのをためらうかのような場面(259頁)など、露骨な伏線が多すぎるように思われます。
*2: “殺人鬼”の正体以外にトリックを仕掛けられそうなところがない、ということもあるのですが。
*3: 真相を踏まえてみると、「第4章 始動」冒頭の
“いずことも知れぬ深い闇の彼方から飛来する邪悪な波動だけが、彼の行動を支配するすべてなのだ”(107頁)という記述にも感心させられます。
ところで、“殺人鬼”の凶暴な殺意が白河誠二郎に“憑依した”かのような本書の真相をみると、“殺人鬼”はその強靭な肉体ゆえに倒すことが困難というだけでなく、新たな肉体への憑依を繰り返すことで実質的に不滅であるようにも思われます(*4)。実際に、本書のラストで“殺人鬼”が完全に首を切り落とされていながらも、『殺人鬼III ―復活篇―』というさらなる続編が予定されていることを考えると、その可能性が高いといえるのかもしれません。
2007.04.11読了