ミステリ&SF感想vol.144

2007.04.24

狂嵐の銃弾 Bullets of Rain  デイヴィッド・J・スカウ

2003年発表 (夏来健次訳 扶桑社文庫 ス28-1)

[紹介]
 人気のない海辺に建てられた邸に住む銃器マニアの建築家・アートは、愛妻・ローレルが去っていった後、番犬のブリッツとともに孤独な暮らしを送っていた。そんなある日、巨大なハリケーンが接近しつつある中、突然の旧友の訪問に心を揺さぶられるアート。そしてハリケーンの訪れとともに、謎の女が邸に転がり込んでくる。彼女は、近隣の邸で行われている怪しげなパーティーから逃げ出してきたというのだ。彼女を連れてそちらへ赴いたアートは、やがて荒れ狂う暴風雨の最中に大事件に巻き込まれ……。

[感想]
 えーっと(苦笑)。怪作としか表現しようのない、実に風変わりな作品です。ジャンルでいえばやはりサスペンスに該当するのでしょうが、事件の割にはどこか淡々と物語が進行していき、クライマックスに向けて不安感が高まっていくというよりも“奇妙な味”に近い雰囲気に終始している感があります。

 誰をみても変人ばかりの登場人物たちが、ハリケーンの襲来という特異な状況の下、常軌を逸した騒動(事件)を起こしてしまうといった感じの物語ですが、そのような中にありながらしばしば回想と内省にふけってしまう主人公・アートのキャラクターが、一見すると派手な物語との間に強烈なミスマッチ感覚を生じているのが何ともいえません。読んでいる側としても、銃撃戦が起きても死体が転がっても、すべてがハリケーンの(あるいはパーティーの)副産物にすぎないとでもいうかのような奇妙な感覚にとらわれてしまいます。

 挙げ句の果てに、終盤近くには思わず唖然とさせられる真相が炸裂。いや、ネタそのものはさほど珍しいものでもないのですが、この展開でこれを持ってくる神経が尋常ではありません(←ほめ言葉、かも?)。しかもその扱いが、単なる小ネタだといわんばかりに妙にあっさりとしているあたりも不可解。結局、読者を置き去りにするかのようにそのまま物語は進み、ハリケーンの通過とともに不思議な余韻を残して幕を下ろします。

 例えばジョン・フランクリン・バーディン『死を呼ぶペルシュロン』などのような、“天然もの”のバカミスに通じるところはあるかもしれませんが、やはり「訳者あとがき」に記されたように“なんなんだ、これは?”という言葉を口にせざるを得ない、何ともとらえどころのない作品。とにかく変な小説を読んでみたいという方におすすめです。

2007.04.01読了

殺人鬼  綾辻行人

ネタバレ感想 1990年発表 (新潮文庫 あ36-2)

[紹介]
 親睦を深めるための夏期合宿で、双葉山を訪れた〈TCメンバーズ〉の一行。人里離れた山中で、楽しくサマーキャンプを行う予定だったが、一転して阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられることになってしまった。たわいもない怪談にすぎないと思われていた“双葉山の殺人鬼”が、その恐るべき姿を一行の前に現し、凶暴な衝動の赴くままに血まみれの殺戮を開始したのだ。手足を切断され、眼球をえぐり出され、生首を飛ばされ……繰り返される惨劇の果てに待ち受ける結末は……?

[感想]
 解説の大森望氏いわく、綾辻行人の“裏の代表作”。残虐な殺戮場面を執拗に描き、血みどろの死体を続々と量産するスプラッタ趣味と、フェアプレイを十分に意識しつつ、驚くべき大トリックを仕掛けるという本格ミステリ魂(?)が融合して産まれた、狂気のスプラッタ・ミステリです。

 どこか不吉な予感を漂わせる冒頭から、いきなり目を背けたくなる(方もいらっしゃると思います)ようなグロテスクな描写が始まったかと思えば、後はそのままどんどんエスカレートいくばかり。相手が誰であろうとお構いなしにその無慈悲な腕をふるい、次々と肉塊に変えていく“殺人鬼”の姿は、「13日の金曜日」のジェイソンなどを思い起こさせる類型的なものともいえますが、これはやはり“お約束”と考えるべきでしょうか。いずれにせよ、被害者の視点で描かれる容赦ない殺戮場面は凄絶で、読者を選ぶ作品であることは間違いないでしょう。

 生存者が残り少なくなり、繰り返される惨劇にもようやく終わりがみえてきた終盤、突然明かされる驚愕の真相はさすがに強烈。今回再読してみて驚いたことに、数々の手がかりがかなりあからさまに配置されているのですが、それに気づきにくくさせるための工夫が非常に巧妙です。もっとも、真相があまりにも豪快に意表を突いたものであるために、見抜くことが困難になっている感もありますが……。

 同じようなスプラッタ・ミステリでも、例えばマイケル・スレイド『髑髏島の惨劇』などと比べるときっちりしすぎている感があり、“B級感”が不足しているところが個人的にはやや不満ですが、“裏の代表作”という評にふさわしい、よくできた作品ではあると思います。

2007.04.04再読了  [綾辻行人]
【関連】 『殺人鬼II ―逆襲篇―』

死体をどうぞ Have His Carcase  ドロシー・L・セイヤーズ

ネタバレ感想 1932年発表 (浅羽莢子訳 創元推理文庫183-08)

[紹介]
 イングランド南西部を旅行中の探偵作家ハリエット・ヴェインは、とある海岸の波打ち際にそびえる岩の上で、喉を掻き切られた男の死体を発見した。その手元には一振りの剃刀、そして浜辺には見渡す限り死んだ男のものらしき足跡しか印されていない。やがて死体は満潮に乗って海に消え、残されたのはハリエットが撮影した死体の写真とわずかな証拠のみ。はたして自殺か? それとも他殺なのか? ハリエットのもとに駆けつけたピーター卿は、困難きわまる捜査に乗り出すが……。

[感想]
 『毒を食らわば』でピーター卿に窮地を救われたヒロイン、ハリエット・ヴェインが再び登場し、またしても事件に巻き込まれるというシリーズ第七長編です。『毒を食らわば』でハリエットに恋してしまったピーター卿ですが、“ついでに訊くが、結婚してくれないか?”(66頁)といった感じの(一見すると)軽いノリの求婚には苦笑を禁じ得ません。このような、どうかするとラブコメディかとも思えるエピソードを織り交ぜつつ、ピーター卿とハリエットの探偵合戦が繰り広げられる本書は、なかなかユーモラスな作品に仕上がっていると思います。

 事件の方は、発端でいきなり死体が消失してしまいますが、発見者のハリエットがしっかりと証拠を確保したことで、死体が存在したこと自体が疑問視されるというありがちな展開になっていないところにまず安心。ただし、状況からは自殺か他殺かが明確でなく、探偵コンビと警察関係者との意見は分かれます(まあ、読者の中で自殺だと思う方はいらっしゃらないでしょうが……)。肝心の死体がなかなか見つからないために、捜査は難航をきわめますが、ハリエットの証言から被害者の死亡時刻が明らかになるのがポイントです。

 そこから先は、死亡時刻を中心とした時間帯のアリバイ崩しがメインとなりますが、ハリエットが犯人を目撃することなく、また現場に犯人の足跡も残されていないことから、一種の不可能状況の様相も呈します。その謎を解決するため、ピーター卿とハリエット(さらには警察関係者も)がおびただしい仮説を構築しては破棄していく過程が、本書の最大の見どころといっていいでしょう。結果として、本書のボリュームと複雑さは『五匹の赤い鰊』と並ぶほどのものになっていますが、そちらよりははるかに読みやすいと思います*

 およそありとあらゆる可能性を網羅しつくしたのではないかと思われる中、それでも完全に予想外の真相を持ってくるところはさすが……というよりも、作者の意地の悪さが表れているというべきか(若干アンフェア気味に感じられるところもありますし)。その解決が非常に鮮やかなものであることは確かで、全体としてまずまずの作品とはいえると思うのですが、終盤近くまでの展開と結末との落差が大きすぎるために、再読しようという気がなかなか起こりにくいのが難点かもしれません。

*: 容疑者たちの行動に関する膨大な情報が積み重ねられていく一方の『五匹の赤い鰊』に対して、本書では仮説が次々と破棄(修正)されていくことで常に一つの有力な仮説だけが残る形になっているため、さほど煩雑な印象は受けません。

2007.04.10読了  [ドロシー・L・セイヤーズ]

殺人鬼II ―逆襲篇―  綾辻行人

ネタバレ感想 1993年発表 (新潮文庫 あ36-3)

[紹介]
 たびたび殺戮を繰り返してきたとされる“双葉山の殺人鬼”が、ついに山を下りて麓の街に姿を現した。出会った親子三人を手土産代わりに血祭りに上げた後、かつてその魔手から辛くも逃れた犠牲者が意識不明のまま眠り続ける病院へと向かったのだ。他人の“目”になる不思議な能力を持った真実哉少年は、“殺人鬼”の凶暴な殺意を感じ取って周囲に警告を発するが、病院ではすでに凄惨きわまりない狂宴が繰り広げられていた。そして……。

[注意]
 本書は『殺人鬼』の続編であり、本書の中にそちらの真相を示唆する記述がありますので、前作を未読の方はご注意下さい。

[感想]
 前作『殺人鬼』では双葉山を舞台に殺戮を繰り広げた“殺人鬼”ですが、本書ではついに山を下りて街中に進出。しかもその残虐性はパワーアップし、冒頭からいきなりショッキングな場面が描かれています。私自身はこの手の描写は比較的平気な方だと思うのですが、それでも本書は少々きついものがありました。グロテスクな描写が少しでも苦手に感じられる方は、お読みにならない方が無難かもしれません。

 スプラッタ描写がエスカレートしているのに加えて、真実哉少年が他人の“目”になる超常能力を有しているというオカルト設定が導入され、全体的に前作よりもホラー色が強まっている印象を受けます。また、この能力で全体の状況をある程度把握できることもあって、真実哉少年にはっきりと主人公の立場が割り振られ、主人公と“殺人鬼”の対決の構図が鮮明になっているところも前作との大きな相違といえます。

 一方、本書でも前作と同様にミステリとしての仕掛けが施されていますが、一つにはネタが見えやすいこともあり、また一つにはネタの選択自体がやや微妙であるため、その衝撃は残念ながら前作には及びません。よく考えられてはいると思うのですが、ミステリとしては明らかに前作より落ちるといわざるを得ないでしょう。作者としては、ミステリよりもホラーの方に力点を移したという意識があるのかもしれませんが……。

 当初は頼りない印象だった真実哉少年が、大事なものを守るために必死に“殺人鬼”に立ち向かおうとしていく成長物語としてはまずまずで、クライマックスはなかなか見応えがあります。また、不気味な余韻を残す結末も、ホラーとしては十分といっていいでしょう。しかし、やはりどうしてもミステリとしての期待を抱いてしまう分、やや物足りなく感じられるのは否めません。

 なお、さらなる続編『殺人鬼III ―復活篇―』、そして外伝的な短編連作が予定されているようです「綾辻行人データベースAyalist」内の「綾辻行人 著作リスト」を参照)が、現在のところはまだ発表されていません。

2007.04.11読了  [綾辻行人]
【関連】 『殺人鬼』

輪廻の蛇 The Unpleasant Profession of Jonathan Hoag  ロバート・A・ハインライン

1959年発表 (矢野 徹・他訳 ハヤカワ文庫SF487)

[紹介と感想]
 アイザック・アシモフやアーサー・C・クラークとともにSF界の“ビッグスリー”と称されるロバート・A・ハインラインの、〈未来史〉シリーズ以外の中短編を収録した〈傑作集〉の第2弾。意外にも、SFというよりファンタジーに近いような作品が多く収められている印象です。
 個人的には、どういうわけかハインラインはあまり好きではないのですが、やはり「輪廻の蛇」は傑作です。

「ジョナサン・ホーグ氏の不愉快な職業」 The Unpleasant Profession of Jonathan Hoag
 ある夜、探偵事務所を訪れたジョナサン・ホーグ氏は、自らの尾行という奇妙な仕事を依頼してきた。驚くべきことにホーグ氏は、自分が昼間何をやっているのかさっぱりわからず、ぜひともそれを突き止めてほしいというのだ。依頼を受けた私立探偵夫婦エドワードとシンシアは、早速ホーグ氏の尾行を開始するが、やがて何とも奇怪な事態に巻き込まれていき……。
 200頁近くに及ぶ分量の中編。日常の中の奇妙な出来事から始まり、思いもよらない奇怪な事件、そして恐るべき結末に至るまで、なかなか面白い作品です。ただ、今となってはアイデアにさほど新鮮味は感じられませんし、少々長すぎるという印象も拭えません。

「象を売る男」 The Man Who Traveled in Elephants
 亡くなった妻・マーサとの約束を守り、象のセールスという理由で旅を続けるジョン。とある町を訪れ、そこで催されている祭りをしばらく楽しんでいたジョンだったが、やがてその前に……。
 奇妙な味わいの発端から、幻想的で心温まる結末へとつながる一篇。祭りの魔法というべきか。

「輪廻の蛇」 ― All You Zombies ―
 1970年11月。バーテンダーの“わたし”は、店を訪れた“私生児の母”と呼ばれる男に話しかけた。わたしの正体は航時局員で、その男を航時局にスカウトするという任務を帯びていたのだ……。
 タイムパラドックス・テーマの傑作。なぜか“私生児の母”と呼ばれる男の、あまりにも数奇な運命が忘れられません(限りなくあり得ない現象ではあるのですが……)。結末の悲痛な独白も印象的。

「かれら」 They
 かれらは、どうしてもかれを一人にしておかなかった。看護人が、医師が、そして妻のアリスがひっきりなしに病室を訪れ、かれに考えを改めさせようとするのだ。かれらの陰謀に騙されるわけにはいかない……。
 これも今となってはありがちなオチ。偏執的なまでに細かく描かれた思考は面白くはありますが。

「わが美しき町」 Our Fair City
 年取った駐車場管理人は、町を自在に飛び回るつむじ風に“キトン”と名づけた。驚くべきことに“キトン”は生きていて、管理人の言葉も理解できるようなのだ。町はやがて“キトン”をめぐって大騒ぎとなり……。
 ファンタジー風のアイデアをもとにした、ドタバタ風刺小説。終始ユーモラスで楽しい作品です。

「歪んだ家」 ― And He Built a Crooked House ―
 奇妙な思いつきにとらわれた公認建築士のティールは、四次元の家を建て始めた。だが、ようやく完成した家は、いつの間にか何の変哲もない立方体に変化してしまった。彼がおそるおそる中に入ってみると……。
 数学SFを集めた『第四次元の小説』(C.ファディマン編)や、時間と異次元をテーマとした『時と次元の彼方から』(福島正実編)などのアンソロジーにも収録されている、トポロジーSFの古典です。といっても、さして小難しい話ではなく、素直にドタバタぶりを楽しむべき作品でしょう。

2007.04.15再読了