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星詠師の記憶/阿津川辰海

2018年発表 (光文社)

 まず、市川尚吾氏による“回避行動の研究がなされているべきだし、今回の件でも回避行動が取れたはずである”(「2019 本格ミステリ・ベスト10」21頁)との指摘について、ネタバレに関わる部分の反論を補足しておきます。

 ネタバレなしの感想の脚注で、石神赤司は“予知した未来を回避しようとすることに少なからず抵抗もあったのではないか”と“一般論”を書きましたが、今回の事件に限っていえばもちろん、問題となる“水晶X”の映像が赤司の未来ではない(紫香楽一成が殺された過去の事件の映像である)可能性があったことは大きいでしょう。自分自身の未来予知についても回避できない/回避しようとすべきでないという意識が強かった(と考えられる)ところへ、“そもそも回避の必要がない”可能性が加われば、“何もしない”方向へ完全に秤が傾いてもおかしくはないように思います。

 逆に、それでも“ダメもと”で回避行動を試みる――“水晶X”が自身の未来であればどのみち結果は変わらない一方、過去の事件であれば無意味でも安心はできる(かもしれない)――という考え方もあるかもしれませんが、解決直前の“水晶に映っている未来は、あくまでも各人が合理的に行動した結果”(279頁)という手島臣の台詞をみると、“できるだけ合理的に行動する”という〈星詠会〉の方針*1がうかがえるので、赤司がそのような選択をしたとは考えにくいものがあります。

 結局のところ、赤司は真維那に怯えながらも特に回避行動を取ろうとすることなく、できるだけ普段どおりに過ごそうとした――いつものように〈星詠み〉をして*2、おそらくはその映像に従って〈大星詠師の間〉で仕事をした*3――のではないかと考えられますし、アルバイトの中野が〈大星詠師の間〉の絨毯に紅茶のシミを作ったことに激怒した理由も、そのような心理の延長線上にあった……のかもしれません*4。そして、“見せかけの犯行時刻”を無事に乗り切ったことで、“水晶X”の映像が“自分の予知した未来ではなかった”と安心していたところを、まったく警戒していない相手に殺害されてしまったということでしょう。

*

 さて、問題の“水晶X”の映像は以下のようになっています。

  1. 皆既月蝕の最中に、
  2. 窓から月が見える〈大星詠師の間〉で、
  3. “石神真維那”と判断された人物が、
  4. “黙れ。お前に真維那などと呼ばれたくはない”とされる言葉を口にした後、
  5. 〈大星詠師の間〉の机にいた“石神赤司”とみられる〈星眼〉を射殺した。

 〈1.〉で日時がほぼ特定され、〈2.〉は一点ものの絨毯(123頁)で確実、〈3.〉は顔認証、〈4.〉は読唇術でそれぞれ支えられ、〈5.〉はこの時点で他に殺された〈星眼〉が表向きはいない一方、これから起きる未来の事件とも考えにくい*5ことなどから、ひとまずは“赤司が殺される映像”と考えるのが妥当でしょう。このような、“真維那が赤司を殺した”ことを強固に証明するような状況を演出するトリックは、現場不在証明(アリバイ)ならぬ現場存在証明トリックといえるように思いますし、実際、映像の日時や人物の誤りを明らかにしようとする獅堂由紀夫のアプローチは、アリバイ崩しに通じるところがあります。

 ただし、アリバイ崩しとは違って真維那の“不在”を証明するだけではなく、“水晶X”の映像の真相まで解明する必要があるのが難しいところで、水晶に記録された映像が偽造されている可能性はありませんし、特定の日時を狙って映像を記録することも原則として不可能なので、映された犯行場面が“フェイク”(殺人の演技)である可能性もなく、“水晶X”の映像が“現実”であることは間違いありません。そして前述のように未来の事件とも考えられないのですから、過去の別の事件の映像だと考えるよりほかない――ということで、埋もれていた殺人事件を掘り起こす“スリーピングマーダーもの”の要素が加わってくるのも面白いところです。

 獅堂はまず、映像の中で犯人が発した“残念だが、その通りだ。あんたがここで死ぬことはすでに確定している”(82頁)という言葉を手がかりに、映像からは読み取れない〈星眼〉の台詞を推理することで、〈5.〉の被害者が赤司ではあり得ないことを明らかにしています。最初に千葉冬樹の“目撃証言”を崩した推理(32頁~33頁)を繰り返すように、映像での会話の欠落を補う推理が面白いと思いますし、映像を何度も見たにしては不自然な行動*6に着目するところは、後の“二度見の設問”と共通しています*7

 次いで明らかになる、〈4.〉の“真維那”が実は“売女”だったという真相は、[過去のパート](1973年)で“同口形異音語とは(中略)、パ」「サ、ザ、、ダ、」などがある。”(43頁)と読者に向けて示された手がかりによって、早い段階で予想できるのではないかと思います。が、その時点では“売女”が何を指すのかさっぱりわからず、赤司の妻・仁美の不倫が明らかになったところでようやく、動機も含めて腑に落ちることになります。

 かくして獅堂は、“水晶X”の映像が1989年に起きた“赤司による青砥殺し”だったという推理にたどり着くわけですが、“売女”に加えて、若い頃の赤司の顔、事件当日の皆既月蝕*8、ボヤ騒ぎによる移転前の〈大星詠師の間〉の位置と、〈1.〉から〈4.〉まできれいに符合するのが鮮やか。そして〈5.〉については、青砥が〈星眼〉ではないという大きな“壁”に対して用意されている、〈星眼〉のコンタクトレンズが、SFとしてはいささかお手軽にすぎる感はある*9ものの、不可能状況に対して“別解”を成立させるために、設定を“緩める”必要があるのも理解できるところです。

*

 しかし獅堂の推理は、青砥が月蝕の時刻以降まで生きていたという仁美の証言で、すぐさま破綻します。その結果として獅堂が、“犯人が〈星眼〉だとすれば、推理を予知して対抗することが可能ではないか”という疑念――通常のミステリよりもはるかに切実な“後期クイーン的問題”に直面することになるのが見逃せないところ。実際、作中では明言されていないものの、手島がこの段階での獅堂の推理を予知していたことは確実――さもなければ、手島が仁美の証言内容を知り得たとは考えられませんし、あらかじめ仁美を〈星詠会〉につれてくることもできないでしょう――なので、それを持ち出したからには何らかの対策が必要となります。

 本来であれば、本書に限らず未来予知ミステリでは考慮しなければならない問題ではありますが、(実際には大半が“本物”ではなくトリックだということもありますが)予知能力のない探偵の側では基本的に手の打ちようがないので、スルーせざるを得ないといったところでしょう。しかるに本書では、汎用性のある解決策でこそないものの、“犯人が謎解きを予知していない”――したがって、偽の手がかりも用意されていない*10し、謎解きへの対抗策もない――と探偵が確信できる状況を作り出してあるのがお見事。

 すなわち、手島が予知した“解決編”直前の一幕――獅堂が右腕に包帯を巻いていた映像をヒントにして*11右腕のケガを偽装して包帯を巻くことで、謎解きを始める際に関係者が偽装を見抜いていなければ、“解決編”が予知されていないことが保証されるという、よく考えられた“逆トリック”となっています。また、獅堂が“解決編だけを包帯のない時間帯にする保証の意味を込めていた”(313頁)と独白しているのも重要で、絶対に予知されてはならない時間帯を極力短くすることによって作戦の成功率を高める*12、優れた工夫といえるでしょう。

*

 順序が前後しましたが、“青砥犯人説”が否定されたところで、1989年に開発されていたコンタクトレンズとともに、紫香楽一成の毒殺を映した“水晶Y”が発見されたことが、事件解決への突破口となります……が、(よく考えてみれば)“青砥殺し”が否定された以上は紫香楽一成こそが“水晶X”の〈星眼〉であるはずが、毒殺だとはっきりしているせいで“水晶X”の映像と結びつかないのが実に巧妙。そしてその状況を打破する、獅堂が“水晶X”の映像の中に見出した“コーヒーの手がかり”――机の上にあったコーヒーのグラスがいつの間にか空になっている――が非常に秀逸です。

 この手がかり、赤司殺しで絨毯にコーヒーの“大きな黒いシミ”が残り“グラスが割れていた”(いずれも121頁)状況と矛盾することで、“水晶X”の映像が赤司殺しではないことを決定づけているのが地味ながら効果的ですが、殺された〈星眼〉が映像の途中で――銃で脅されてコーヒーを飲んだ*13ことが確実になり、“水晶X”と“水晶Y”が同じ事件の映像だったことが明らかになるのがお見事です。

 赤司が“水晶X”を自身の未来として恐れていた様子から、青砥の方が過去の事件の犯人あることは見当がつきますが、それを“水晶Y”の映像から特定する“二度見の設問”がまたよくできています。何といっても映像の内容だけでは答が出ないのが巧妙なところで、犯人が“水晶Y”の映像でコルクボードを事前に見ていた*14という未来予知ならではの事実が“補助線”となって、(“あり得ない二度見”もさることながら)“二度見の理由”が犯行直前に生じたことが判明し、そこからパラドックス的な動機*15とともに犯人が明らかになる推理の手順が鮮やかです。

 一方、現在の事件に関する“絨毯の設問”は、“機会”のあった犯人(千葉)を特定する部分は思いのほかシンプルですが、重要なのはその前の部分。絨毯の“右側は水晶Xに一度も映っていない”(299頁)ことは、映像の描写(81頁~83頁)だけでは読者には把握できないものの、“机の左側”(258頁)にできたという紅茶のシミが消えている一方、“机の右側”にコーヒーの“大きな黒いシミ”(いずれも121頁)が残っていたことから、犯人が絨毯を回転させたことまで読者にもわかるはずで、同時に犯人がなぜそうしなければならなかったかも推測できるでしょう。

*

 本書において、事件の犯人以上に大きな見どころといっても過言ではない、強固な“不可能状況”を支える二つの事件の関係については、作中では“一九八九年の事件、そしてその映像を主題にした『見立て殺人』(300頁)と説明されています……が、これはあくまでも“皆さんの理解を助けると期待して”(301頁)の獅堂の“方便”ではないかと思われます。実際のところ、現在の事件は“水晶X”の映像と区別がつかないように仕立てられたわけですから、“見立て”というにはかなり違和感がある*16――むしろ現在の事件は、“水晶X”の映像をいわば“筋書き”として忠実に再現した“筋書き殺人”*17というのが妥当ではないでしょうか。

 現在の犯人・千葉による過去の事件の再現は、四年前のボヤ騒ぎから始まっていますが、月蝕の方角に合わせて〈大星詠師の間〉を移転させるだけではなく、映像に合わせた家具の経年劣化まで再現するのにも役立つ、一石二鳥の計画となっているのが巧妙なところ。さらに、移転後の〈大星詠師の間〉の窓からの景色で邪魔になることに気づいて、入山村の物見櫓に放火して“除去”するという徹底ぶりが印象的です。獅堂が決め手として持ち出す“ライターの手がかり”には情報不足気味なところもあります*18が、それでも放火事件と結びつけて考えることは可能だと思われます。

 過去の事件を再現した千葉の思惑としては、“水晶X”の映像を偽の証拠として*19真維那に罪をかぶせるのが第一であり、赤司が“水晶X”を自分の未来として怯えることになったのは想定外だった*20わけですが、それに対して、未来に怯える“呪い”を赤司にかけることを第一に、そしてあわよくば赤司殺しの“筋書き”となることを期待して、“水晶X”の映像を入念に作り上げた過去の犯人・青砥の企みが凄まじいところ。紫香楽一成の“残された未来”を限定して狙いどおりの映像を記録する計画もさることながら、毒殺を射殺に偽装して赤司殺しにも使いやすい“筋書き”に仕立ててある*21のもうまいところですし、思わず口に出した“売女”をごまかすために(赤司の)息子に“真維那”と名付けたのは悪魔的とさえいえます。

 赤司殺しが“水晶X”の“筋書き”どおりに進むかどうかは、例えば事件当日の天気など偶然頼りだった部分もありますが、“水晶X”の“筋書き”以外にも千葉への手紙など、青砥ができる限りの手を打って赤司と千葉を誘導し、自身の死後29年を経て完成させた遠大な“操り”の構図が圧巻です。せっかく未来予知の手段を手にして弟に“追いつき”ながら、そのせいで自身の死期が近いという事実を突きつけられた結果、赤司と千葉を巻き込んだ殺人事件という形で、自分では見ることのできない未来を組み立ててしまったのが何とも悲劇的。

 結局のところ、現在の事件も過去の事件も、動機・機会・手段のすべてが未来予知を抜きにしては語れないものになっていることまで考えると、本書は究極の未来予知ミステリといってもいいのかもしれません。

* * *

*1: 未来の映像の解析を容易にする一助と考えれば、十分に理解できるところです。
*2: 謎解きの中で、“十八時二十七分、赤司さんが〈星詠みの間〉に入っているタイミングで”(308頁)とされています。
 なお、謎解きの前にはこの情報が示されていないようですが(見落としていたらすみません)、〈大星詠師の間〉入室記録(132頁~133頁)から赤司が20時5分より前に一旦〈大星詠師の間〉を離れていることがわかるので、推理に支障はないかと思います。
*3: 事件当日の赤司の〈星詠み〉の内容は(仮にプライベート指定(90頁)がされたとしても)事件との関係で確認されるはずなので、そこで問題にされていないということは、実際に赤司が殺される場面ではなかったということになります。〈大星詠師の間〉入室記録(132頁~133頁)によれば、〈星詠み〉を終えた赤司が〈大星詠師の間〉に入室してから“見せかけの犯行時刻”まで(それ以降の時間帯を予知した場合、月蝕の様子から真の犯行時刻が露見しかねない)は二時間以上あるので、赤司の最後の〈星詠み〉はその間の時間帯、〈大星詠師の間〉で仕事をしている場面だったと考えていいでしょう。
*4: 絨毯のシミは“水晶X”の映像にないので、“水晶X”の映像が過去の事件であることを確定させる、赤司にとっては“朗報”となり得たはずですが、赤司の目には自身の信念にそぐわない“未来を変えようとする無用な行為”と映ってしまった可能性もあるように思われます。
 ただしその場合、赤司が20時5分に入室した際にはシミの“消失”に大きな衝撃を受けることになるわけですが、それが“予知した未来を変えられない”メカニズムの一環と受け取るにとどまるならばまだしも、“水晶X”の映像を再現しようとする(映像を見ていないはずの真維那ではあり得ない)真犯人の存在にまで気づくことになりかねません。したがって、赤司は映像でのシミの有無にまでは気づいていなかった(中野に激怒したのは、“水晶X”の映像に怯えてピリピリしていただけ)と考える方が妥当かもしれません(映像は水晶の“中”に見えるわけですから、“画面”が“直径三センチ程度”(122頁)では絨毯のシミに気づかなくてもおかしくはないでしょう)。
*5: 現場に“水晶X”が残されていたことから、それが赤司殺しではなく未来の事件の映像だとすれば、予知した〈星眼〉こそが真犯人であって、自身が真維那に殺される未来の映像に“便乗”して赤司を殺害した――という筋は一応成り立つかもしれませんが、作中で獅堂が指摘するように“殺された〈星眼〉が事前に“水晶X”の映像を見ていない”節があることに加えて、皆既月蝕がネックとなります(「月食各地予報 - 国立天文台暦計算室」で調べてみると、2030年までの皆既月蝕では、最大食の際の方角や高度が2018年1月31日のものとはだいぶずれているようです)。
 最終的には、獅堂が〈大星詠師の間〉の絨毯に焦げ跡を作ることで、“水晶X”が未来の事件の映像ではないことが確定する……と考えると、獅堂に最初からそうするつもりがあれば、未来の事件の可能性はひとまず除外しておいてもいいのかもしれません。
*6: 会話以外の部分を少し補足しておくと、犯人が“無言で〈星眼〉がついている机のところまで近付く”(82頁)間、犯人を押しとどめようとしする様子をかけらも見せていない……のは、予知した未来を変えないように固く覚悟していれば可能かもしれませんが、犯人が拳銃を手にしていることを知っていればどうしてもそちらに目が向いてしまうはずで、“その視線が急に男の手元に動いた。”(82頁)ということにはならないでしょう。
*7: これらの推理の手法の共通性は、作者からのヒントといえなくもないかもしれません。
*8: 鶫津一郎は、““水晶X”の映像が29年前のもの”という獅堂の仮説を受けて、そこでようやく思い出したようにそういえば、あの日も月蝕の月が出ていた”(211頁)と明かしていますが、事件が関連しているとは考えないまでも、〈星詠会〉の重要人物が月蝕の夜に死んだという“不吉な偶然”に、自発的に言及してもおかしくはないように思います。
*9: 作中でも説明されている虹彩の模様の形成過程(138頁)も踏まえると、“星形の紋様”は未来予知の“原因”ではなく“結果”(害のない副作用)と考えるのが妥当ではないかと思われます。
*10: 犯人の計画は真維那に罪を着せるものですから、獅堂の謎解きを予知していない限り、真維那以外の人物につながる偽の手がかりをさらに用意するのは逆効果でしかありません。
*11: 獅堂が映像を見せられた直後にその使い方を思いついている――しかも、同じく“後期クイーン的問題”を扱った氷川透『最後から二番めの真実』を意識したような、最後から二番目(275頁)という表現を口にしている――のは、獅堂の隠れたミステリマニアぶりが表れているようでニヤリとさせられます(後に見立て殺人(300頁)に言及しているところをみても、ある程度のミステリマニアであることは間違いないでしょう)。
*12: “水晶X”に狙いどおりの映像が記録される確率を高めた青砥の計画の“逆”、と考えればわかりやすいのではないでしょうか。
*13: 獅堂が高峰瑞希を相手に“水晶X”の〈星眼〉の主について検討した際に、高峰瑞希がコーヒーに言及したのがやや唐突に感じられたのですが、銃を突き付けられながらコーヒーを飲むでもないでしょう。”(128頁)という一言が、まさかの伏線(?)として回収されているのがすごいところです。
*14: 上の*4では赤司が“絨毯のシミに気づかなくてもおかしくはない”と書きましたが、こちらの場合には、犯人がコルクボードのスケジュール表で日付を確認できる程度まで映像を拡大したことは明らかなので、封筒のデザインを把握できたのは確実ではないでしょうか。
*15: 仁美との関係を知らないうちに紫香楽一成を殺す計画を立てた、というのは確かに順序が逆転していますが、“水晶の映す未来は絶対”(293頁)というのがすでに(青砥も含めて)〈星詠会〉内での共通認識であれば、紫香楽一成を殺す未来を予知した時点で“予知した未来の映像に従う”という動機が生じたともいえますし、それが赤司への“呪い”に使えるとなればなおさら、犯行に及ばない(実際にタイムパラドックスを生じる)可能性は低いように思います。
*16: “見立て殺人”の“見立て”は、“(芸術の技法)対象を、他のものになぞらえて表現すること”「見立て - Wikipedia」より)を意味すると考えられるので、殺人事件で過去の殺人事件をそのまま再現するのはそぐわないと思いますし、何より“二つの事件”であることが隠されて表に見えない点が、二つの“もの”の類似を打ち出す“見立て”とは逆方向といえるでしょう(“似せる”という手法が共通しているのは確かですが)。
 余談ですが、その意味で「見立て殺人 - Wikipedia」(一部の作品についてはネタバレ注意!)の記述には、全体的に釈然としないものがあります。特に気になるのは、“童謡殺人”と並んで“筋書き殺人”が“見立て殺人”の一部として扱われている点で、少なくともそこで挙げられている“筋書き殺人であることがネタバレになる作品”は、“見立て殺人”に含めるのは適切ではないと考えます。
*17: 実際に作者が意識したかどうかはわかりませんが、某氏が指摘した超有名な海外作品((作家名)エラリイ・クイーン(ここまで)(作品名)『Yの悲劇』(ここまで))との関連――“筋書き”の作者がすでに死んでいる点まで含めて――には、思わず膝を打ちました(比喩)。→(2019.05.28追記)作中の(以下伏せ字)“この前読んだ外国の推理小説に、読唇術――読話が出てきた”(43頁)(ここまで)という記述が、この作品との関連を暗示する伏線(?)となっています。
*18: 獅堂は謎解きの場面で、“このライターは、物見櫓の焼け跡から見つかったものです。それも事件の翌日(注:少々まぎらわしいですが、これは物見櫓の消失事件を指していると考えられます)に、です。”(312頁)としていますが、林のおばちゃんがライターを渡した際にはただ“近所の子供がどっかから拾ってきたんだよ。”(175頁)と説明するにとどまっているので、その後に“裏取りだよ。刑事の基本だ”(275頁)ということで確認したとしても、読者に対しては情報不足といわざるを得ないでしょう。
*19: 青砥が遺した手紙と“水晶X”の映像から、赤司が“水晶X”を机の引き出しの二重底に隠していることは見当がつくでしょうし、もしも赤司が“水晶X”を処分していた場合には、青砥からの手紙に同封されていたビデオテープを代わりに残しておけば、同じ効果が得られるのではないでしょうか(普通に撮影された映像でないことは明らかなはずです)。
*20: 千葉は“赤司さんの犯罪を知っているものがいると絶えず知らせ、恐怖を味わわせるために”(312頁)と告白していますが、映像を自分の未来だと考えない限り月蝕の予定を調べることはないと考えられるので、千葉が想定したケースでは、事件当日に月蝕を見てようやく符合に気づくのがせいぜいではないかと思われます。
*21: もともと心臓が悪かった紫香楽一成とは違って、赤司を毒殺しようとすると毒薬の入手が難しくなりそうなので、それよりもすでに〈星詠会〉にある拳銃を使うのがベターでしょう。水晶の映像は〈星詠会〉の外に証拠として持ち出せないことを踏まえて、赤司殺しが自殺として処理されるような“撃ち方”をしてあるのが実に周到です。

2018.10.24読了