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八獄の界/三津田信三

2016年発表 角川ホラー文庫 み2-6(KADOKAWA)

 最初に〈ブラック〉が殺された時点では、〈小林君〉が提唱する“探偵=犯人”説、すなわち〈ブラック〉が“探偵”の正体に気づきかけたために殺されたという推理が優勢ですが、“探偵≠犯人”であることを知っている俊一郎が密かに、やや動機を変形させた“別解”――“探偵捜し”で〈ブラック〉に先を越されそうになったため――をひねり出して、〈アキバ〉に疑いを向けているのも見逃せません。

 その〈アキバ〉が次に殺されると、“探偵=犯人”説に代わって*1〈猫娘〉の“馬骨婆”犯人説が浮上してくるのが、ホラー世界を舞台とした本書ならでは。“……ばぁ……ばぁ”(228頁)というダイイングメッセージに符合する*2ところもよくできていますが、〈八獄の界〉の呪符を破る手口が死地人峠から離れた場所で殺された〈ブラック〉と同じで、連続殺人の様相を呈しているのが苦しいところです。

 さらに俊一郎が、“探偵”でも“馬骨婆”でもない“犯人”として、〈アキバ〉のダイイングメッセージを“……まとばぁ……まとばぁ”(246頁)と解釈した 的場犯人説を提唱します。“聞き間違い”はいかにも三津田信三らしい解釈*3ですが、(『シェルター 終末の殺人』をヒントとして)運転手の的場が異質な存在であることに着目しているのが面白いところ。続いて〈猫娘〉が殺された際には、“馬骨婆が出た”(276頁)というダイイングメッセージや〈猫娘〉視点の描写に登場する“着物姿の老婆”(268頁)から、的場が“犯人”ではあり得ないはずですが、途中の保養所にあった仮装グッズをもとにした(ブラフの)推理をひねり出してあるのが巧妙です。

 一方、〈小林君〉が口にした被害者が殺される順番の仮説――最初に事故死した〈ビッグ〉を除いて、〈ブラック〉→〈アキバ〉→〈猫娘〉と後ろの席から殺されていく*4――は、着眼点は面白いものの、最後尾の席の〈学者〉こと俊一郎が順番を“飛ばされた”のが難点……と思いきや、それを逆手に取って〈学者〉犯人説に結び付けてくるのにニヤリとさせられます。さらに〈ドクター〉が再び的場犯人説を持ち出して、ツアー参加者の皆殺しを目論む的場が、“探偵”である俊一郎は除外したと解釈しているのも面白いと思います。

 このように、ディスカッションを通じて様々な仮説が示されますが、外界から切り離された結界の中での事件ゆえに、“犯人”を結界の内側に求めてしまうのは自然ですし、作中で『シェルター 終末の殺人』との類似に言及されることで、(そちらの内容を知っている読者は)本書も同じく〈テン・リトル・インディアン型ミステリ〉*5だとミスリードされてしまい、“犯人”が結界の外側にいることを想定しづらくなっているように思います。そこで俊一郎が最後に明らかにする、俊一郎の祖母・愛染様が“犯人”という真相には、唖然とさせられるよりほかありません*6

 呪符を破られて“殺害”された〈ブラック〉・〈アキバ〉・〈猫娘〉の死相が薄くなっていたことは本来ならば(後述)強力な手がかりですし、ダイイングメッセージもさることながら、〈猫娘〉が目撃した“着物姿の老婆”が大胆な伏線となっているのにうならされます。また、俊一郎が救出の順番を“飛ばされた”ことも、愛染様が“犯人”だとすれば心情的に十分に納得できるところでしょう。そして俊一郎が指摘する、“犯人”による(?)“遺体の始末”(320頁)や数々の“現実的ではない出来事”(328頁)*7が、結界の内部が肉体から切り離された“魂”の世界であること、ひいては呪符を破られたことによる“死”が結界からの脱出――現実世界への生還であることを示唆しているともいえるでしょう。

 少々気になるのが、結界内の“ルール”がわからないことがミスディレクションにつながっている点で、死相が薄くなっていた〈ブラック〉が殺された際の“この世界では、死視の力も歪められてしまうのか”(192頁)という俊一郎の独白には、特殊設定の“ルール”をはっきり示さずにおいてそれを“悪用”したようなあざとさが感じられます。とはいえ、後に“霧”に殺された〈ドクター〉の死相が濃くなっていたこと――死視の力が歪められていないことを手がかりとして、結界内の“ルール”を読み解くことはできるので、決してアンフェアというわけではありません。

 「終章」では最後の謎として、潜入捜査の計画を“黒術師”に漏らした“内通者捜し”が行われますが、計画を知っていた六人がそれぞれに納得のいく理由で除外されていき、容疑者圏外のはずの曲矢刑事の妹・亜弓まで疑われた後、さらに(?)圏外にいた猫の“メタル”が犯人と名指しされるのに仰天。本書冒頭の“僕”の話(?)が愉快なこともありますが、少なくとも前作『十二の贄』「終章」から“メタル”の名前は出ていたわけで、そこから仕込まれていた意外な真相に脱帽です。

*1: 俊一郎による〈アキバ〉犯人説が否定されるのは当然ですが、“探偵=犯人”説が(一旦は)捨てられるきっかけとなる、“〈アキバ〉が“探偵”の正体を知ったとは考えにくい”という〈ドクター〉の意見が何ともいえません(苦笑)。
*2: ただし、〈アキバ〉は〈猫娘〉の“馬骨婆”の話を聞いていないので、〈ドクター〉の“馬骨婆は、少なくとも『ば』で始まる”(245頁)という解釈は勘違いです(もっとも、〈猫娘〉が殺された際に的場犯人説を一応成立させるために、俊一郎だけが“馬骨婆”の話を聞いたことをこの時点では気取られるわけにはいかないので、致し方ないところでしょう)。
*3: “(一人)多重解決”を作り出す上で便利なため、作者の他の作品でもしばしば使われています。
*4: “殺害”の状況が異なるとはいえ、〈猫娘〉の次に〈ドクター〉が殺されることで、“殺害”の順番が維持されているのも心憎いところです。
*5: 『シェルター 終末の殺人』では、以下のように定義されています。
 一、事件の起こる舞台が完全に外界と隔絶されていること。
 二、登場人物が完全に限定されていること。
 三、事件の終結後には登場人物の全員が完全に死んでいること。
 四、犯人となるべき人物がいないこと。
  (『シェルター 終末の殺人』講談社文庫429頁)
*6: もう一つ、〈小林君〉らの“探偵=犯人”説に対抗すべく、俊一郎が“探偵”とは無関係の“犯人”という推理に重点を置くことで、“探偵≠犯人”だとわかっている読者もそれに引きずられ、よもや“犯人”が“探偵”側の(善意の)人物とは考えにくくなっているところもあるように思います。
*7: こちらは、物語に付き物の省略/ご都合主義とも解釈できるようにも思われますが……。

2016.12.26読了