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あやかし砂絵/都筑道夫

1976年発表 角川文庫 緑425-25(角川書店)
「張形心中」
 冒頭で提示した判じものの引札も小道具に、ダイイングメッセージものとミスリードしておいて“ご隠居が判じもの好きだといっても、お福さんのほうに、判じものを作る才があったとは、かぎらねえ”(37頁)という合理的な結論に落とす、“アンチ・ダイイングメッセージもの”ともいうべき仕掛けの狙いはなかなか面白いと思います*
 ただし、その狙いが今ひとつ成功していない感があるのは、適当な“ダミーの真相”が用意されていないこともあり、真相がかなり見えやすくなっているせいでしょう。とりわけ「張形心中」という題名が、“張形心中”という真相をストレートに連想させてしまうのがもったいないところです。

「夜鷹ころし」
 五人目の殺しで最初に駆けつけたのがユータ(幽霊)だったために多少ややこしくなってはいますが、“幽霊”という言葉を素直に解釈すれば“死んだはずの人間”というのが妥当で、顔を刃物で傷つけるという手口を考え合わせれば、いわゆる“バールストン先攻法”に思い至ることはさほど難しくないでしょう。

「不動の滝」
 自発的な“消失”にしてもトリックはあまりに他愛もないものですが、理由のわからない“神隠し”から自発的に姿を隠す理由が判明し、さらに清吉→源次夫婦→徳太郎と容疑者が変遷していく展開には工夫が凝らされています。そして、“着物の柄があのときのお節の”(119頁)という決め手が見事です。

「首提灯」
 仕方なく首を運んだという情けない真相には苦笑を禁じ得ませんが、不可解な状況が関係者の偽証によって成立しているというのは、やはり面白味を欠いています。

「人食い屏風」
 虎の絵の欠点を巧妙に隠しつつ、孤松に名を成さしめるという目論見が見事。さらに真相を知る曙山を殺害した上で、同じように描かれた虎の仕業と見せかけることで、ミスディレクションがより効果的になっています。
 それにしても、惚れ合った曙山を殺す羽目になったお菊の、あまりに凄絶な心情には言葉もありません。

「寝小便小町」
 C.ディクスン『ユダの窓』を思わせる発端に対して、自殺という真相はなかなか意外。というのはやはり、明らかにされていくお吉の人物像――尻に河童の刺青があり、支度金を騙し取る“しょんべん組”の“悪婆”(240頁)――が自殺とはほど遠いものであるためで、不可能状況のハウダニットと見せて実はホワイダニット――なぜ自殺したのか――がポイントになっているあたりが巧みです。

「あぶな絵もどき」
 まず“落し文”に書かれた女たちに疑いが向くのは当然といえますが、しかしそれが真相ではいくら何でもそのまますぎるところ、次にばらまかれる予定だった書きかけの女という真犯人が絶妙です。
 犯人が文次郎の着物を着ていたために、文次郎が帰ってきたところだと勘違いされるところや、お蝶を見かけたと証言することでアリバイが一応成立するなど小技も利いていますが、裸で窓から降りるというトリックはなかなか強烈。不可能状況そのものが今ひとつ目立っていないのが難点ではありますが……。

*: 同じシリーズ中に、ダイイングメッセージものの傑作(一応伏せ字)『くらやみ砂絵』収録の「地口行灯」(ここまで)があるだけに、何とも皮肉な狙いに感じられます。

2009.07.18再読了

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