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シンフォニック・ロスト/千澤のり子

2011年発表 講談社ノベルス(講談社)

 まず事件については、工藤麻衣子と成瀬光男に対する動機を考えれば(本来は)かなりわかりやすいはずですし、物語終盤での泉正博の“気づき”(250頁)を待たなくとも、工藤麻衣子の死体が“真新しいこげ茶色のローファー”(60頁)を履いていた描写と“学校指定の白いスニーカーではなく、茶色い革製のローファーをはいている”(24頁)という記述は比較的目につきやすいこともあります。

 しかしやや真相が見えにくくなっているのは、その犯人――市ノ瀬愛絵その人が死んでしまったこともありますが、見逃せないのが視点人物である泉正博に疑惑が向くように描かれている点です。例えば“あの感覚が起きたら、もっと、もっともっと綺麗な音が出るはずだ。/衝動が起きるのを待つべきか、自分で起こすべきなのか”(187頁〜188頁)のようにサイコな動機*1が匂わされているのは、真相にしてはいささか露骨にすぎるようにも思われますが、事件発生後の“矛盾したことを話さないよう、泉は生徒手帳に話してもいいことを簡単にメモしておいた。”(69頁)など、泉正博が少なくとも何かを隠していることははっきりと示されています。

 さらに、「第四章」から始まる泉に対しての告発と、それを受けた泉の独白が、泉正博に対する疑惑を補強しているのはいうまでもないでしょう。そしてその裏にある、奇数章と偶数章を連続した物語と見せかける叙述トリック――1990年(奇数章)と2007年(偶数章)とを同時期に見せかけるトリック(→拙文「叙述トリック分類#[B-1-2]」;[表7-A]を参照)と、“正博”と“日向”を同一人物に見せかける“二人一役”トリック(→拙文「叙述トリック分類#[A-1-2]」を参照)の組み合わせ――が秀逸です。

 もちろん、二つのトリックのそれぞれは見慣れたものではありますし、それらを組み合わせた前例もあります。名字と名前の混同による“二人一役”トリックは意外に珍しいようにも思いますが、それでも少なくとも近年の作品に一つ前例があります*2。しかし本書の場合、トリックの扱い方に非常にユニークなところがあると思いますので、そのあたりを少し詳しく検討してみます。

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 実際のところ、本書に何らかの叙述トリックが仕掛けられていること自体は、早い段階から見え見えといってもいいでしょう。端的に表れているのは、一部の人物以外はやけに名前が出てこない点で、とりわけ部長や副部長、そして偶数章の“パーカッション一年生男子”については、それなりに納得できそうな理由もないではない――“部活の時は一応〈部長〉って呼んでくださいね。”(30頁)という発言や、泉正博が“未だに同じパートのホルンの一年生ですら(中略)どっちがどっちだか区別がついていない”(23頁)ことなど――とはいえ、やはり不自然なのは確かです。

 そして、奇数章と偶数章が連続していないことを示す決定的な手がかり――奇数章と偶数章の間の明らかな不一致としては、少なくとも以下の表に示す(1)部長の名前、(2)副部長の名前、(3)音楽室のベランダの柵、があり*3、特に(1)と(2)については前述のように具体的な名前がなかなか出てこないことが読者の注意を引いてしまうために、かなり目立つものになっていると思います。

手がかり奇数章偶数章備考
部長の名前遠野、いや、部長。”(208頁)太田くん”と呼ばれた人物が“部活の時は一応〈部長〉って呼んでくださいね。”と返している(30頁) 偶数章では冒頭で、一方の奇数章ではかなり後になってから部長の名前が出てきますが、比較的はっきりと示されているので目につきやすいでしょう。
副部長の名前“なんで副部長の私に相談してくれないのよ”(223頁)に続いて、“部長と同じ二年一組の草葉(中略)部長と語り始めた。”(224頁)とある。“定期演奏会については、松浦さんの方から”(30頁)というフリに続いて“代わりに(中略)副部長が指揮台に立つ。”(31頁)
“女子部員代表 副部長松浦美里(132頁)
 偶数章ではしっかり明示されているのに対して、奇数章では“草葉”と“副部長”が別人とも受け取れる曖昧な書き方がされていますが、少なくとも左に引用した箇所の記述をみれば、同一人物だと断定していいでしょう。
音楽室のベランダの柵岡こずえが、もう少しで“真っ逆さまに落ちてしまいそう”なほど、柵から身を乗り出している(83頁)“ベランダは泉の背よりも高い柵でずっと囲まれている”(64頁) 岡こずえが“泉の背よりも高い柵”から“身を乗り出す”のはいくら何でも無茶なので、柵の高さが違っているのは明らかです*4

 このように、叙述トリックの存在がかなりあからさまなだけでなく、奇数章と偶数章が“別の物語”だという真相に直結する手がかりまでもがわかりやすく示されているのは、叙述トリックものとしては相当に異色といえますが、それでもトリックの具体的な細部まで見抜くことは困難ではないかと思われます。それは、手がかりのわかりやすさとバランスを取るように、読者をミスリードする仕掛けが卑怯なまでに強力(苦笑)だからです。

 奇数章と偶数章が連続していると見せかけるトリックを支えているのが、両者の著しい類似であることはいうまでもありません。そのうち、“事件”の進行がシンクロしている点については、(作中にも“偶然が、重なっただけだ。”(67頁)というエクスキューズ(?)があるように)まだしも偶然の一致と考える余地がありますが、“奇数章の泉”と“偶数章の泉”――人物の共通性についてはまったくの別人とするにはいささか無理があり、(“別人だとすれば誰なのか”も含めて)仕掛けをきっちりと見通すことは難しいのではないでしょうか。

 実をいえば、上記の手がかり(1)と(2)は初読時に気づいたものの、自分ではどうにも筋の通った説明をつけることができないまま、親切なヒントとして用意されている桜刑事の“一生〈さくら〉って名前の子を嫁にもらうことはできない(中略)君ならこの気持ちわかるだろう”(228頁)という言葉にも、引っかかりは覚えながらも真相には思い至らず。「第十六章」冒頭の“今日は部活が早く終了し”(260頁)という記述――「第十五章」“吹奏楽部は、三月いっぱいまで活動停止(259頁)と矛盾する――でようやく“時間のずれ”が確信できたのも束の間、262頁での“彼”の登場には仰天してしまいました。

 taipeimonochromeさんが指摘している*5ように、この過剰ともいえる共通性を“ホルンを吹くようになったのは、彼と同じ楽器を吹きたかったからだ。”(271頁)から明らかにされていく日向泉の想いでしっかり支えると同時に、年月を経ても変わらないその想いの強さと、それゆえに際立つ事件の陰に隠された哀しみを印象づける、作者の手腕に脱帽です。

 「第十六章」は切なさに満ちた幕切れとなっていますが、次の「終章」で再び仕掛けられた時間差トリック(?)がうれしい驚きにつながっているのが巧妙で、実に見事な結末といえるでしょう。

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 ところで、一つ気になるのが「第十章」で日向泉のもとに送られてきたCD。その内容は1990年当時のデモ演奏とそれに続く部員たちの雑談ですが、過去の音源が吹奏楽部に残されていたのはいいとしても、1990年にはまだCDレコーダーは(少なくとも一般的では)なかったはずで、直接CDに録音するのは不可能だったということになります。

 そうすると*6、1990年当時にカセットテープ(かMD……はすでにあったかどうか)に録音された――“音に締まりがなく、ぼやけている”(163頁)のも当然かと――ものを、後に誰かがCDに焼き直したと考えるのが妥当でしょうが、デモ演奏が目的ならば雑談はカットするのが自然ですし、何よりラベルに“薄く〈二月十六日(金)〉と日付が記載されている”(163頁)のは――それだけしか記載されていないのはおかしな話です。

 つまり、音源をCDに焼き直してラベルを書いた人物の目的は、それを2007年2月16日に録音されたCDとすり替えて日向泉に送りつけることだったと考えられるわけで、これも太田部長の“告発”の一環だったということではないでしょうか。

*1: 終盤に示されている、“死体がなかったら、自分で作ればいい。”(242頁)というもの。
*2: (発表年)2010年(ここまで)に発表された作品 → (作家名と作品名)飛鳥部勝則『黒と愛』(ここまで)です。
*3: とりあえず私が気づいたのはこれだけですが、他にもあるかもしれません。
 なお、“〈おっかさん〉”(33頁)“おかちゃん”(143頁)は、両方同時に存在していても矛盾がないので決定的な手がかりとはいえません。
*4: 事件を受けて、転落防止の対策が施されたというところでしょうか。
*5: “この仕掛けの要となるのは、ある人物におけるある設定で、普通であればこうした仕掛けのための設定は人工的に過ぎて物語から遊離してしまうこともしばしばながら、本作の場合、ボーイの恋模様を中心に据えた青春物語としての骨格が明確であるからこそ、その設定の「動機」が明らかにされた刹那(271p上段)、事件の構図から滲み出す悲哀と切なさが最大限の効力を発揮するという趣向になっています。”「taipeimonochrome ミステリっぽい本とプログレっぽい音樂 » シンフォニック・ロスト / 千澤 のり子」
*6: (失礼かもしれませんが)作者の生年が1973年であることを考えれば、“1990年にCD録音が可能だった”という勘違いの可能性はないでしょう。

2011.03.09読了

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