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キョウカンカク/天祢 涼 |
2010年発表 講談社ノベルス(講談社) |
本書最大のネタが奇想天外な動機だというのは衆目の一致するところでしょうが、実は“共感覚を持つ探偵”という設定そのものが(地味に)重要な仕掛けとなっているように思います。特殊設定が導入されたミステリではしばしば、それが謎や真相に直結しているため、見えやすくなってしまうきらいがあるのですが、本書では共感覚という設定を探偵の側に“押しつける”ことで、“共感覚を持つ犯人”という真相をしっかりと隠蔽している――さらには伏線を伏線と気づかせないところが実に巧妙です。 つまり、“共感覚を持つ犯人”という真相を読者に受け入れさせるために必要不可欠である、共感覚についての事前の説明を、探偵の設定として読者に提示することで、それが真相につながる伏線だと読者に気取らせることなく、最後まで真相をうまく隠し通すことに成功しているのです(*1)。
かくして、最後には伏線として機能する共感覚についての説明が、序盤から堂々と読者の眼前に示されることになっています。その中で個人的には、説明が始まってすぐの 中盤には、美夜・山紫郎・矢萩の“推理合戦”が展開されていますが、ミステリとして面白いものになりそうなのはやはり美夜の“神崎玲説”で、綾小路彩子殺しにおける鉄壁のアリバイもミステリ的にはかえって容疑を色濃くしているのは否めないところ。しかしながら、そのアリバイを支えるトリックと異常な犯行の動機――ハウダニットとホワイダニットが解決されないことにはフーダニットも確定しないという、入り組んだ謎がよくできています。 しかして、そのアリバイトリック――誘導自殺は、残念ながらそれ自体さほど面白味のあるトリックではありません(*2)が、声に表れた自殺願望を見抜く美夜の能力がうまく生かされており、その情報が読者に直接提示されはしないものの、彩子に対する美夜の不自然な態度が(一応は)“メタ的”な手がかり――“探偵が何を知ったか”を示唆するという意味で――となっているのが面白いと思います。 そして、最も強烈なインパクトを残すのがあまりにも奇天烈な犯行の動機。事前にしっかりと“食人”についても検討されている(136頁〜137頁)のが心憎いところですが、死体そのものに食人の形跡が一切なく、あくまでも共感覚との組み合わせによって初めて成立する、実にユニークなものといえるでしょう。加えて、ほとんどの読者が“灯油”とミスリードされたのではないかと思われる、美夜にかけられた液体――醤油を足がかりに、死体が遺棄された場所による巧みな偽装が暴かれて浮かび上がってくる味付けという真相が、ある意味では常識的ともいえるだけに凄まじい脱力感をもたらすのが秀逸です。
“共感覚”ならぬ“狂感覚”による“仕事人”風の決着には少々意表を突かれましたが、これについても美夜の過去のエピソードが伏線となっているのが見事(*3)。具体的な描写はないとはいえ、美夜が(おそらくは特殊な能力で)母と姉に取り返しのつかないダメージを与えたことは読み取れますし、その点も含めて矢萩がスカウトに訪れたということ――山紫郎の矢萩に対する疑念の一つ、 シリアルキラーものでは定番ながら、本書では扱われないものかと思われた被害者間のミッシングリンクが、最後の最後で――しかもこれまた過去のエピソードを伏線として――顔を出すのもうまいところで、それにより美夜と矢萩のキャラクターが強く印象づけられ、さらにラストの山紫郎とのコントラストが美夜の悲哀を際立たせるあたりなども、非常によくできていると思います。
*1: 犯人だけが共感覚の持ち主であった場合には、どうやっても共感覚についての説明が浮いてしまうのは避けられません。
*2: それほど前例を知っているわけではありませんが、有栖川有栖『マジックミラー』中の“アリバイ講義”に項目が設けられているほどなので、少なくとも新しいアイデアとはいえないでしょう。 *3: 「taipeimonochrome ミステリっぽい本とプログレっぽい音樂 » キョウカンカク / 天祢 涼」で、 “女探偵の過去のエピソードをドンドン明かしていかないと、この作品そのものが駄目になっちゃう『仕掛け』になっている”と指摘されているのも、主にこのあたりを指してのことではないでしょうか。 2011.06.06読了 |
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