ネタバレ感想 : 未読の方はお戻りください
  1. 黄金の羊毛亭  > 
  2. 掲載順リスト作家別索引 > 
  3. ミステリ&SF感想vol.199 > 
  4. パラダイス・クローズド

パラダイス・クローズド/汀こるもの

2008年発表 講談社文庫 み61-1(講談社)

 本書の最大の見どころはもちろん、何から何まで型破りの“解決篇”です。正直なところ、事件の真相そのものはさほどインパクトがあるとはいえないのですが、解決に至る展開の意外性にしてやられました。

 実際のところ、例えば密かに外部と連絡がついていたというのは、クローズドサークルものとしてかなり異色なのは確かですが、それが事件の展開を大きく左右しているわけではなく、ミステリ部分にさほど影響を与えるものではありません*1。また、密室トリックが完全に無視されてしまうのには苦笑を禁じ得ませんが、それも最終的には――湊参事官によって――解明されて読者の期待に応えています。そうすると、本書で最も“問題”なのはやはり、事件を解決するために美樹と真樹――“探偵”が何をしているか、ではないでしょうか。

 “解決篇”の中で探偵役が犯人を特定するのではなく、(本書のように)先に犯人が捕らえられてから“解決篇”が始まる作品は、必ずしも珍しいものではありません。そしてその場合、“解決篇”はどちらかといえば、捕らえられたその人物が犯人であることを他の登場人物に、ひいては読者に“いかに納得させるか”という意味合いの強いものとなります*2。しかしながら、本書の美樹と真樹による“解決篇”では、ほぼすべてが“説得”に費やされているのが特徴といえるでしょう。

 すなわち本書の“解決篇”には、殺人事件の中で見出された手がかりをもとに犯人を特定する手順が(ほとんど)存在せず、その代わりに、捕らえられた瀬尾が犯人であること――同時に(あるいはそれ以上に)美樹と真樹が犯人でないこと――を納得させるための、いわば“説得のロジック”が展開されているのです。

 実際には美樹と真樹は、“窓の施錠が甘い”(276頁)ことから、“その窓を閉めたふりをしたのが誰かもちゃんと覚えている”(277頁)というその人物に目星をつけていたようですが。またそうでなければ、つまり瀬尾以外の作家たちが犯人である可能性が残っていれば、“美樹”(真樹)がさらわれる際に煙草アレルギーで入れ替わりが露見するおそれがあるため、さらに何か別の手を打つ必要があったと考えられます。

(2012.10.13追記) 奇妙なことに、実際に“美樹”(真樹)を閉じ込めた部屋の窓が施錠される場面(218頁)では、“その窓を閉めたふりをしたのが誰か”が、おそらく意図的に読者に対して伏せられています。これは、その事実を読者に与える手がかりとはしないという意思表示だと考えられ、つまるところ読者が推理すべきはあくまでも“捕らえられた瀬尾が犯人である根拠は何か”だということなのでしょう。

 本題に戻ると、その“説得のロジック”が(犯人ではなく)“探偵”の側が弄したトリック――しかも“ノックスの十戒”をあざ笑うかのような、ぬけぬけとした双子トリックによって支えられているのが秀逸です。もっとも、その双子トリックも単純に入れ替わるだけでなく、常軌を逸した魚マニアの美樹と快活でやや軽薄にも見える真樹という、いわゆる“キャラ読み”を促すかのような過剰気味の“キャラづけ”が効果的に使われているあたり、実に周到というべきでしょう。

(2012.10.13追記) ところで、“自分たちで作り出した手がかりしか解決に使わない”という美樹と真樹の姿勢――裏を返せば、“与えられる手がかりは解決に使わない”という姿勢は、犯人が用意した偽の手がかりに惑わされる余地がないともとらえることができるわけで、いわゆる“後期クイーン問題”(→「後期クイーン的問題 - Wikipedia」を参照)へのユニークな回答になっているようにも思われます。

 結局のところ、“探偵”たる真樹(と美樹)は事件の謎解きをほぼ放棄したまま、ひたすら双子トリックの仕掛けに専念しているわけですが、それもクローズドサークル内でのサバイバルを最優先するがゆえのこと。例えば、飛鳥部勝則『ラミア虐殺』の中での“自分以外のすべてを殺せばいい”という提言*3ほど極端ではありませんが、クローズドサークルもののミステリとしては異例の能動的なサバイバル術で、なかなか面白いと思います。

*1: 後の北山猛邦『猫柳十一弦の後悔』になると、外部への連絡が公然と行われていますが、やはり謎解きには直接関係しません。
*2: その意味で、恩田陸の“本格ミステリとは説得の文学である”(大意)との発言(『夏の名残りの薔薇』巻末の作者インタビュー)にも、大いにうなずけるところがあります。
*3: 『ラミア虐殺』がそういう話だというわけではありませんので念のため。

2012.08.15読了