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検死審問ふたたび/P.ワイルド

Tinsley's Bones/P.Wilde

1942年発表 越前俊弥訳 創元推理文庫274-05(東京創元社)

 本書では陪審長であるイングリス氏が、審問記録への注釈などで読者に鬱陶しがられる(苦笑)のみならず、欠席となった「第三回公判」では散々に言われた*1挙げ句、その帳面が“遺留品”扱い、つまりは死んだことにされてしまう*2など、狂言回しとして大変な目に遭わされています。これはもちろんブラックなユーモアを狙ったものでもあるでしょうが、前作『検死審問 ―インクエスト―』とは違った本書ならではの事情もあるように思います。

 ネタバレなしの感想にも書いたように、本書では事件の状況を語ることができる証人が限られていることもあり、審問が事件の背景――ティンズリー氏の身辺事情を明らかにする方向へ向かうのは自然ともいえるのですが、ティンズリー氏をよく知る人物を多く登場させるのはネタ的にまずいわけで、どうしても証人が少なくなってしまうのをカバーする苦肉の策として、イングリス氏の“大活躍”が盛り込まれることになったのではないかと思うのですが……。

*

 あばら家の火事がティンズリー氏の自作自演だという真相は、さすがに陳腐だといわざるを得ませんし、また比較的見通しやすいのではないかと思います。終盤にリー・スローカム閣下が言及する伏線の一部――とりわけタイプライターと散弾銃に関するもの――は巧妙に配置されていますが、火災保険に関するくだりなどわかりやすいものもありますし、何より(すれた)読者の視点では他殺にしては犯人の“気配”がなさすぎるのが大きな手がかりとなっている感があります。

 となれば、後は“ティンズリー氏がどこから登場してくるか”が興味の中心となるわけですが、よりによって陪審員の中に紛れ込んでいたというのは皮肉が利いていますし、それが恐ろしく早い段階で真相を見抜いたリー・スローカム閣下の企みだったという仕掛けには脱帽です。ティンズリー氏=フェンウィック氏を罪に問わない――コネチカット州法ではそもそも罪に問うことができない*3ようですが――どころか、評決を却下して審問そのものをうやむやにしてしまう結末に至るまで、実に見事な法廷指揮といえるのではないでしょうか。

*1: “ミスター・イングリスがいなくなって、われわれは平和ですばらしい朝の時間を手に入れたんだ。”悪貨と同じで、あの男もかならずもどってくる。”(いずれも174頁)など。
*2: この点に関して、「『検死審問ふたたび』(パーシヴァル・ワイルド/創元推理文庫) - 三軒茶屋 別館」“これまで影の語りであったイングリス視点を表に晒すという腹黒いユーモアという意味もありますが、犯人(?)と読者に対して真相を暗に仄めかしているものだともいえるでしょう。”という考察には、なるほどと思わされました。
*3: 上記「『検死審問ふたたび』(パーシヴァル・ワイルド/創元推理文庫) - 三軒茶屋 別館」では、ティンズリー氏=フェンウィック氏の行為を日本の刑法に当てはめた検討がなされていますので、興味のある方はぜひご一読を。

2009.04.04読了