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君待秋ラは透きとおる/詠坂雄二

2019年発表 (KADOKAWA)

 透明化の匿技について、作中では透明化空間を作り出し、そこに対象物を潜らせることでその屈折率を空気と同等にする”(123頁)という仮説が示されており、透明化のスロー映像の様子をみると妥当に思われます。一方で、“使った瞬間、効果範囲にあるものしか透明にしない”(213頁)という現象から、“透明化空間が維持されることで透明化が維持される”のではなく、“一旦発生した透明化空間に潜った物質は、透明化空間が消滅した後も透明であり続ける*1”と考えられます。

 そうすると、透明化の“解除”とは何なのかが気になるところですが、春トの透明化を解除する様子(281頁)をみると、“透明化空間”と同じように作り出された“脱透明化空間”に潜らせる必要があるように見受けられます。そうだとすれば今度は、「第六章」の“襲撃者”のように人体の一部を透明化した場合など、透明化した領域の内外で物質が移動した状態*2から透明化を解除する際にどうすればいいのか、つまり透明化されていない物質に“脱透明化空間”が及ぼす影響が気になってきますが、明地による付箋の比喩(65頁~66頁)を借りれば、“脱透明化空間”は“貼った付箋”にだけ作用する、ということかもしれません。

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 汐見ときの遺体を狙う“襲撃者”の正体については、最初に起きた御来屋襲撃事件が最大の手がかりとなります。この事件については概要すら伏せられていますが、少なくとも御来屋の“仕事”の最中に起きたことは明らかです。しかし、厳重に警戒されていると思しき御来屋の職場に外部から侵入するのは非常に困難なはず*3ですし、御来屋の光速操作をたやすく突破できるとも考えにくいので、“襲撃者”はもともと内部にいた可能性が高いでしょう。

 そして、ここにいることが私の仕事”(142頁)という言葉を踏まえると、御来屋の仕事はいわば“看守”であり、そこに閉じ込められていた“襲撃者”の正体は――米軍との密約に必要なはずの“保証”*4と、“彼女はもう六十年以上匿技を使用していません”(145頁)という言葉に漂う“確信”、“分裂は二人まで(156頁)という“制限”、さらに“みゆきちゃん”の言動(165頁~166頁)などを考え合わせると、分裂の匿技によって生み出されたもう一人の汐見とき自身という真相が浮かんできます。

 ……というところまでは考えたのですが、作中で“烈女”(139頁)“カミカゼオトキ”(169頁)とまで評されていたとはいえ、実際に登場していた“おときさん”の穏やかな姿と“襲撃者”の苛烈な攻撃とのギャップが立ちはだかる上に、“襲撃者”の内面描写が始まると違和感満載。いわく、“スタンガンというものは便利だなと彼女は思う”(200頁)の“他人事感”に始まり、“今回の作戦にあたり用意されていた道具で、最低限の使い方しか教わっていない”(202頁)協力者の存在が匂わされ、何より麻楠や君待の匿技を知っていることが、“振興会による長年の拘束から脱出した人物”という犯人像と結びつきにくくなっています。

 それでも、「第六章」の途中には麻楠が“襲撃者”の正体を汐見とき本人と、そして動機を遺体の破壊による“匿技の解放”と推理し、“襲撃者”もそれを認めている様子ですが、その“どちらかの躯が大きく破壊されて死ぬまで次の分裂はできない”(156頁~157頁)という“制限”に、納得しがたい部分があるのも確か。

 ということで、楽しみながらもややすっきりしないものが残っていたのですが、「第七章」で明らかにされる、汐見ときの死を米軍に見せるためのフェイクという二段構えの真相に納得。と同時に、そこまでするのか――フェイクのためだけに死んでもかまわないのか、にもかかわらずそこまで本気で攻撃したのか、という意味で――と、あまりにも凄まじい人物像に圧倒されるよりほかありません。

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 最後の「第八章」に名前が出てくる“遠海市”(279頁)“韮澤秀斗”(277頁)は、ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、『電氣人閒の虞』の登場人物です。ということで、いつか『電氣人閒の虞』ラストの“アレ”が回収される日が来るのでしょうか。

*1: 最大で平均“約二十三時間”(65頁)という限界はあるようですが。
*2: “襲撃者”の場合、血液やリンパ液は循環している(混ざるのではなくほぼ置き換わる)ので普通に見えるのも納得ですが、例えば水を入れたコップを半分だけ透明化した後よくかき混ぜてみると、屈折率の違いで全体が白く濁る……ような気がします。
*3: 瞬間移動の匿技を持つ人物であれば別かもしれませんが、例えばラザロの座標交換では難しそうに思えます(御来屋の匿技空間の内外でスケールが異なるため)し、未知の匿技士が“犯人”として登場するのは、ミステリ的に考えればアンフェア気味なので、作者としてはそれは避けそうです。
*4: ただ閉じ込めるだけでなく光速操作を使用することになったのは、“自殺をしないでくれというお願い”(243頁)だけでなく(老化による)病死などの危険性も低下することになるので、米軍としても好都合だったのかもしれません。

2019.09.20読了