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迷路館の殺人/綾辻行人 |
1988年発表 講談社ノベルス(講談社)/(講談社文庫 あ52-20(講談社)) |
まず“第一の作品”では、“作中作中作”の見立てが見事な効果を上げているのが目を引きます。須崎昌輔による(とされた)「ミノタウロスの首」の冒頭が、事件の現場の描写として、すなわち“鹿谷門実『迷路館の殺人』”の「第四章 第一の作品」の冒頭としてほぼそのまま“借用”されることで、“現実”が“虚構”に侵食されたかのような異様な印象を与えており、またそれだけに島田潔が指摘する両者の差異――“余計な工作”が際立つようになっている感があります。 続く“第二の作品”はやや地味ながら、E.クイーン『Xの悲劇』を踏まえた殺害手段と、迷路の構造を生かして被害者を現場に誘導するトリックがよくできています。また、清村淳一による(とされた)「闇の中の毒牙」の中で紹介されているギリシャ神話の“メデイアがテセウスを毒殺しようとした”エピソードが、「闇の中の毒牙」で〈メデイア〉の部屋が現場に選ばれることの理由となり、そこで“作中作中作”の見立てが強調されることで、〈メデイア〉の部屋でしか成立しないトリックがカムフラージュされている(*1)のも見逃すべきではないでしょう。 そして“第三の作品”では、“作中作中作”である「硝子張りの伝言」自体がさらに二重構造とされ、いわば“作中作中作中作”の形になっている上に、“wwh”というダイイングメッセージそのものが“現実”なのか“虚構”なのか――犯人に襲われた“現実”の林宏也が残したものか、それとも「硝子張りの伝言」の被害者である“私”が残したという設定なのか、一見判然としないところがユニークです。そのダイイングメッセージが〈親指シフト〉絡みであることは誰しも予想できるところでしょうが、犯人の名前でなく秘密の通路の出入り口を示しているというひねりは、なかなか面白いと思います。 最後の“第四の作品”では、舟丘まどかのポケットブザーによって犯人の作業が中断されるアクシデントが生じていますが、しかしその割には、秘密の通路の存在を強く示唆する“予期せぬ密室”、“競作・迷路館の殺人”の真相を暴露するフロッピーの落とし物、そして黒江辰夫の“医師という立場”に疑いを投げかける手がかりとなるまどかの手記といった具合に、ちょうどこのあたりのタイミングで宮垣葉太郎に疑惑を向けたい犯人にとって都合のいい状況となっているのが少々気になるところ。もっとも、秘密の通路は“第三の作品”でもすでに示唆されていますし、フロッピーは落とし物ではなく意図的に残されたとも解釈できるので、さほど大きな瑕疵とはいえないように思います。 かくして“鹿谷門実『迷路館の殺人』”は老推理作家・宮垣葉太郎を犯人として幕を閉じますが、その“遺書”によって明かされた事件の構図が、鹿谷門実による“現実事件の推理小説的再現”の正反対というべき“推理小説の現実的再現”とされているのが非常に興味深いところで、“推理小説”が“現実”に投影された事件を“推理小説”に仕立てるという操作により、本書のメタミステリとしての性格が強調されているようにも思われます。 しかして、“作中作”に対する“外枠部分”に当たる〈エピローグ〉に用意されている、さらなるどんでん返しは実に強烈。“別に真犯人がいる”くらいは見え見えともいえますし、生き残った登場人物を考えればそれが鮫嶋智生であることまでは予想もできそうですが、“首切りの論理”の思いがけない再浮上と、そのロジックを巧みに隠蔽する仕掛け――性別誤認の叙述トリック(→拙文「叙述トリック分類#[A-2-1-1]女性を男性と誤認させるもの」)は、十分なインパクトを備えています。
もっともこの仕掛けについては、〈エピローグ〉で鹿谷門実と島田が“フェア/アンフェア”の検討をしてはいます(*2)が、実際のところ、“鹿谷門実『迷路館の殺人』”の中には鮫嶋が女性であることを示す手がかりは見当たりません(*3)し、
むしろ、作中で真犯人が指摘されるまでの経緯をみれば、本書(綾辻行人『迷路館の殺人』)の“問題篇”は“鹿谷門実『迷路館の殺人』”だけではなく、少なくとも〈エピローグ〉での 作中で説明されているように、子供が認知されていれば遺留分として十分に多額の財産を相続できるので、金銭面だけを考えると宮垣葉太郎の他に五人も殺すのは不自然なようにも思えますが、何としても宮垣葉太郎に“狂気の殺人者”の烙印を押したかった――それほどに宮垣葉太郎への憎悪が深かったと考えれば、必ずしもあり得ないことではないように思います。それよりも問題なのは、“遺書”の内容が明らかになると自動的に隠されていた鮫嶋の動機が浮かび上がる点で、現実的に考えれば有力な容疑者として扱われるのは間違いないのではないでしょうか。そしてまたその時点で、たとえ島田潔自身が気づかないとしても、宇多山桂子が鮫嶋の生理出血に思い至る可能性は低くないと思われるので、結局のところ鮫嶋が容疑を免れるのは難しいのではないかと考えられます。 *
なお、本書の講談社ノベルス版と講談社文庫〈新装改訂版〉をざっと比較してみましたが、目についたのは“角松冨美”→“角松フミヱ”と“佐藤辰夫”→“黒江辰夫”の変更、角松フミヱの年齢の変更(59→63)、そして
*1: 実際にはトリックのために〈メデイア〉の部屋が選ばれているにもかかわらず、「闇の中の毒牙」の設定が先行しているかのようにミスリードされるため。
*2: このような検討が可能なのは、“作中作”という構成ならではといえるでしょう(参考→ “叙述トリックに関するフェアな伏線というのは、上位のレベルに属するため、物語中で言及することができないという宿命を負っている。(中略)額縁部分(作者の存在するレベル)で言及するしかないのである”(別の作家による某作品の解説より))。 *3: 宮垣葉太郎の“遺書”の中で思わせぶりに言及されている “血を分けた後継者”(ノベルス265頁/〈新装改訂版〉420頁)に該当しそうなのが、作中作中で名前の挙がった人物の中では鮫嶋洋児しかいないということが、かろうじて手がかりといえなくもないかもしれません。 *4: 本当に男性であれば、 “若い頃は美青年だっただろうなと思わせる。”といったストレートな表現になるのが自然ともいえるのですが……。 *5: お分かりの方もいらっしゃるかと思いますが、これは(一応伏せ字)『暗黒館の殺人』(講談社文庫版)(ここまで)に合わせたものです。 2010.06.23再読了 |
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