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時計館の殺人/綾辻行人

1991年発表 講談社ノベルス(講談社)

 本書では主要登場人物が次々と命を落としていき、生存者がかなり少なくなることもあって、真犯人はかなり見え見えになっていますが、それはまったく瑕疵ではありません。というのは、少なくとも「第十六章 3」の表(ノベルス400頁〜405頁)で明確にされているように、本書の本質がアリバイものであるからで、アリバイを崩すためにはその対象となる容疑者が(ある程度)特定される必要があるわけですから、犯人の意外性との両立がほとんど不可能となるのも致し方ないところでしょう*1

 しかして、本書で犯人を守っているアリバイは、“《旧館》内部での犯行時刻に《旧館》外部にいた”という単純明快なものだけに、そこに錯誤が入り込む余地を見出しにくいのが見事なところ。有栖川有栖『マジックミラー』の感想の中に書いた「アリバイトリックの分類(仮)」でいえば、〈トリックの原理〉が“時間の偽装”であることまでは予想できなくはない――“場所”も“人物”もまったく偽装できそうにない――ものの、《旧館》外部の時刻は探偵役である鹿谷門実によって確認される一方、《旧館》内部の時刻は108個もの時計――しかもそのうち一つは江南孝明が肌身離さず持っていたもの――によって“保証”されており、非常に強固な壁となっています。

 そのアリバイを成立させる、“《旧館》内部では時間の流れ方が外部と違っていた”という設定は、やはり秀逸。未確認ながら、進み方の違う時計を利用したアリバイトリックには前例もあるようですが、108個もの時計がすべて、しかも長期にわたって“狂わされていた”という真相は壮観で、〈時計館〉の《旧館》が外部の時間の流れから完全に切り離された“異世界”として存在していた*2というあたり、〈館シリーズ〉のコンセプトをさらに推し進めたものになっている感があります。

 アリバイトリックを成立させている《旧館》の設定が犯人自身の仕掛けによるものではなく、〈時計館〉の主だった古峨倫典の意向――妄執の産物であることで、説得力が高まっているのも見逃せないところ。その妄執が生じるに至る経緯がじっくりと描かれているところもよくできていますし、〈時計館〉の中の時間が“幻想”にすぎないことを知らされた永遠が自殺したことが、事件の動機(のさらに原因)となっているという因縁話めいた構図、さらに占い師・野々宮の不吉な予言がすべての発端となっているところなど、作者らしさがよく表れた作品といえるのではないでしょうか。

 最後には〈時計館〉そのものが恐るべき時計仕掛けによって崩壊し、“幻想”が跡形もなく消滅してしまうという幕切れは、“現実”の中に力技で“異世界”を構築した本書に、これ以上ないほどふさわしいものだと思います。

*1: アリバイもので意外な犯人を狙った作品がないわけではありませんが、知る限りではさほど成功しているとはいえません。
*2: このあたりのアイデアは、某海外SF作品((作家名)ロバート・J・ソウヤー(ここまで)(作品名)『ゴールデン・フリース』(ここまで))に類似したところがあるのですが、それが邦訳されたのは本書の発表後です。

2010.06.29再読了

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