エンジェル・エコー/山田正紀
1987年発表 新潮文庫や30-1(新潮社)
この作品は“ぼく”の一人称になっていますが、それに加えて“ぼく”は回想シーン以外では一言もしゃべっていません。すなわち、物語全体が“ぼく”の意識・記憶の中で形作られたものとなっているのです。そしてラストでは、“ぼく”は香青玉の身代わりとなって、自分の情報を失ってしまうことが暗示されています。つまり、最終的にはこの物語全体が消え失せてしまう運命にあるのです。
“ぼく”の言葉を借りれば、“忘れていいことなど、この世にひとつもない”
のです。それでも“ぼく”は、香青玉を救うためにすべてを忘れなければなりません。そして、“ぼく”がすべてを忘れ去る前に残された、“ぼく”の人生のエッセンスこそがこの物語なのです。
“どんな人間でも自分の人生をもとにして、ひとつだけ長編小説が書ける”
――これこそがこの作品のテーマであり、その物語、すなわち人生のはかなさが、SF的アイデアを利用することで見事に描かれているといえるでしょう。