山田正紀作品感想vol.5

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破壊軍団 スーパーカンサー・シリーズ1  山田正紀

1987年発表 (徳間文庫 や3-13)

[紹介]
 大学受験に失敗し、腕ききのトップ屋となった県大輔は、ガールフレンドとドライブの最中に、“Bombピザ”という商標のついた不審な大型トラックとトラブルを起こしてしまった。トラックの荷台には戦車砲が積み込まれ、助手席からは美少女が助けを求めて飛びおりてきたのだ。全身に銃弾を浴びながらも、奇跡的に甦った大輔のもとに、日本進出が決ったピザレストラン“Bombピザ”の経営者・岩動兵器の調査依頼が……。

[感想]
 アクション小説〈スーパーカンサー・シリーズ〉第一弾。次々と襲いくる危機を切り抜け、銃弾を浴びても甦ってくる大輔のタフネスぶり、そしてスピーディな展開が楽しめるシリーズです。
 とはいえ、山田正紀の作品にしては今ひとつという印象が拭えません。最大の問題は、主人公の敵が絶対悪であるところでしょうか。
 山田正紀の作品の多くでは、“対立”構造はあるものの、そこに“善悪”という概念の存在は少ないため、読者は双方に共感することが可能となり、物語がより深みを増していることが多いと思います。しかしながらこの作品では、敵が絶対悪であるために主人公も屈託が少なく、単なる勧善懲悪の物語となっていて、やや薄っぺらい印象を受けてしまいます。
 エンターテインメントとしてはまずまずだと思いますが、どうしても物足りなさが感じられるシリーズです。

2000.10.27再読了

超人軍団 スーパーカンサー・シリーズ2  山田正紀

1987年発表 (徳間文庫 や3-14)

[紹介]
 ガールフレンドのマコとドライブに出かけたトップ屋の県大輔は、バットマンのステッカーを貼った車とのレースに負け、マコの紹介で映画スター・青山敬二のスタントマンになることを承諾させられる。撮影所で出会った清純派女優・朝霧百合子に一目惚れしてしまった大輔だったが、百合子の兄が怪死をとげたことから事件に巻き込まれてしまう。敵は“スパイダーマン”“ワンダーウーマン”など、コミックの世界から抜け出してきたような超人たち。さらわれた百合子を取り戻すため、大輔は超人たちに戦いを挑むが……。

[感想]
 〈スーパーカンサー・シリーズ〉第二弾。
 シリーズ中では一番いいのではないかと思います。まず、大輔の戦う動機が惚れた女を取り戻すというきわめて個人的なものであること、そして敵役である〈ドクトル・ペガサス〉の行動原理も強烈なコンプレックスの裏返しという理解しやすいものであること。この二点において、前作及び次作とは一線を画しているように思われます。また、ラストシーンも非常に印象的です。

2000.10.28再読了

幽霊軍団 スーパーカンサー・シリーズ3  山田正紀

1987年発表 (徳間文庫 や3-15)

[紹介]
 トップ屋の県大輔には、孤児時代から匿名の援助者がいた。その代理人である矢高弁護士に呼び出された大輔は、深夜訪ねた事務所で自分と瓜二つの若者に会う。だが、彼は大輔の身代わりとして殺され、大輔自身も拉致されてしまったのだ。窮地を脱した大輔は復讐を誓い、ルポライターと名のるルミとともに、ついに幻の援助者・虎将軍を捜し出す。虎将軍は大輔の出生の秘密を明かし、さらにとてつもない計画を打ち明けた……。

[感想]
 〈スーパーカンサー・シリーズ〉第三弾。
 ついに大輔の出生の秘密、そしてその超人的なパワーの秘密が明らかにされます。が、どうもこれには無理があるといわざるを得ません。細かいところは気にせず、力を抜いて楽しむべき作品であることは承知していますが、どうしても気になってしまいます。無理に理屈付けをしない方がよかったのではないでしょうか。
 虎将軍の計画はまずまずですが、“魔術師”の扱いが中途半端に感じられます。もう少し位置付けをはっきりさせた方がよかったのではないかと思います。

2000.10.28再読了

鏡の殺意  山田正紀

ネタバレ感想 1987年発表 (双葉文庫 や05-3)

[紹介]
 芝浦埠頭で起きた不可解な通り魔殺人事件から二年。犯人の小島直巳と被害者の関谷実の間には何も接点が見つからず、小島にはすでに“心神喪失で責任能力なし”という判決が下されていた。だが、そんなある日、未亡人の関谷礼子のもとに、ワープロ打ちされた奇妙な手紙が届けられる。小島は密かに実を殺す動機を持っていたというのだ。礼子から相談を受けた元刑事の水島則男が調査を続けるうちに、宮内怜子という謎の女性の存在が浮かび上がってくる……。

[感想]
 奇妙な味の心理サスペンスです。
 それぞれ立場は違いながら、どこか共通したものを持つ登場人物たち。それは、虚無とも呼べるほどの強烈な孤独であり、また現実からの疎外感<でもあります。どちらが原因でどちらが結果なのかはすでに定かではありませんが、虚無を抱えた登場人物たちは、それぞれ同じように虚ろな人々に引きつけられていきます。孤独であるがゆえに、自分と似た人々を求めてしまうという心理には、納得できる部分があります。

 そしてそこに生じる、どこか現実感を欠いた空虚な殺意。奇妙な“ねじれ”のようなものを感じさせるラストも相まって、不思議な印象を残す作品に仕上がっています。

2000.10.03再読了

闇の太守II~IV  山田正紀

1987~1990年発表 (講談社ノベルス ヤE-02,03,04)

[紹介]
 越前朝倉家に姿を現した謎の老人・是界は、当主の義景に先祖との約定を告げた。「生まれた子を渡さねば、男児は夭逝、女児は家を滅ぼす」――やがて生まれた女児は家臣の飯田仁右衛門に預けられ、男でもなく女でもなく育てられることとなった……。
 時が過ぎ、運命の子・疾風が成長した頃、越前一乗谷に暗雲が立ちこめる。朝倉家に取り入った謎の浪人・明智光秀が、是界の命を受けて大乱を起こそうと画策していたのだ。陰謀に巻き込まれていく疾風を守るかのように姿を現したのは、闇の太守・贄塔九郎に率いられた御贄衆だった……。

 「御贄衆の巻」・「梟雄の巻」・「桃源の巻」の三冊で完結です。

[感想]
 越前朝倉家の姫君にして剣士・疾風を主人公とし、『闇の太守』の主役である贄塔九郎率いる御贄衆と、妖術師・是界や明智光秀らの戦いを描いた戦国伝奇ロマンです。
 朝倉義景の長女でありながら、たたりを避けるために男でもなく女でもなく育てられたという数奇な運命にもかかわらず、力強く生きていく疾風は、主人公として非常に魅力的です。また、これを支える脇役陣もそれぞれに印象的で、充実しています。御贄衆の面々や、敵方である三巫女、花鈿衆の頭領・蘭奢丸などの特殊な能力も、山田風太郎の忍法帖を思い起こさせるユニークなものです。
 物語の方は、史実の裏側に重ねるように丹念に作り上げられています。特に“本能寺”のあたりはよくできていると思います。後半がやや駆け足になっているように感じられるのが残念ですが、山田正紀の伝奇作家としての資質を示す傑作です。

2000.10.30 / 2000.10.31 / 2000.11.01再読了
【関連】 『闇の太守』

エンジェル・エコー  山田正紀

ネタバレ感想 1987年発表 (新潮文庫や30-1)

[紹介]
 ビッグバン以前の宇宙から残された時空間のゆらぎ、“超空間”。その中に発見された、超光速で移動する巨大な人工構造物は、〈カクテル・グラス〉と名づけられた。そして、その謎を解明するために、多国籍コングロマリットが〈ドライ・マティニ・プロジェクト〉をスタートさせた。銀河最高のキャンペーン・ガールにして冒険家である香青玉とともに、有人制御突入体〈オリーブ〉に乗り込むのは、親を持たない培養槽{ヴァット}チャイルドの“ぼく”……。

[感想]
 カバーイラストやあらすじからわかるように宇宙SFですが、いきなり冒頭から変化球「Part 1」と題された前半部分は、そのほとんどが、コールドスリープから目覚めて超空間に突入する寸前の、“ぼく”のとりとめのない回想で占められています。例えば、〈ドライ・マティニ・プロジェクト〉からの連想で、『惑星ベスト・バーテンダー』というガイドブックを引き合いに出し、さらに時空共鳴振動増幅子〈シェイカー〉の形状から、〈ウニ型感光器〉に関する子供の頃の思い出、トラウマといった具合です。

 しかし、この回想の脈絡のなさによって、“ぼく”のキャラクターに奥行きが出ていると同時に、背景となるこの“世界”の全体像が次第につかめるようになっています。かつて『超・博物誌』で、小さな生物たちの姿を通じて“世界”が描かれていたように、この作品では“ぼく”の回想によって“世界”が構築されているのです。

 「Part 1」を読み終えた時点で、超空間で何が起こるか見当がつく人も多いと思いますし、結末まで予想できる人もいるかもしれません。しかし、この作品の真価は、“何が語られるか”ではなく“どのように語られるか”にあるのだと思います。

 ハードで骨太の宇宙SFとはいえないかもしれませんが、不思議と印象に残る佳作です。

2000.05.08再読了 (ミステリ&SF感想vol.5より移動)

人喰いの時代  山田正紀

ネタバレ感想 1988年発表 (ハルキ文庫や2-8/徳間文庫や3-17)

[紹介と感想]
 椹{さわら}秀助と呪師{しゅし}霊太郎という二人の若者を主役に、昭和初期北海道O-市を主な舞台とした連作ミステリで、山田正紀の本格ミステリの原点であるとともに、後の『ミステリ・オペラ』などに通じるテーマ――“探偵小説〈昭和〉を描く”――の先駆けとなっている作品です。
 人々が巨大なものに飲み込まれていったような“人喰いの時代”が、それぞれに“時代”を反映したようなところのある数々の事件を通して描き出されている上に、事件に際して表れる人間心理に興味を抱く探偵役・呪師霊太郎が解き明かす真相――主に“Why?”が、その時代に生きた人々の様々な心情を浮かび上がらせていくのが印象的。

 また、若竹七海『ぼくのミステリな日常』や加納朋子『ななつのこ』など東京創元社の一連の作品によって“定着”するよりも前に、いち早く(?)〈連鎖式〉の構成が採用されている*1のも注目すべきところで、連作短編の体裁を取っていた物語が最後の一篇「人喰い博覧会」で大胆かつ鮮やかに変貌を遂げるのが見事です。

 なお、探偵役の呪師霊太郎は本書の他に、長編『金魚の眼が光る』と短編「見えない風景」『見えない風景』収録)、さらに短編集『屍人の時代』にも登場しています*2

「人喰い船」
 東京からカラフトに向かう船上で、秀助は霊太郎と出会った――やがて秀助は船内で、あくどい事業で各方面から恨みを買っていた貿易会社社長が、ロープで首を絞められて殺されているのを発見する。だが、その死体は服を着ていたはずが、いつの間にか下着姿になっていたらしい……。
 死体の衣服の謎をはじめ、奇妙な点が目に付く事件ですが、真相が解き明かされてみると納得させられるもので、なかなかよくできています。そして結末での犯人の最後の一言が、何とも凄まじい印象を残します。

「人喰いバス」
 そのバスは男女五人の客を乗せたはずだった――O-市のはずれにある温泉旅館を出たバスが、途中の山道に乗り捨てられているのが発見された。しかもその車内には、酔いつぶれて眠り込んでいたという乗客ただ一人がとり残され、運転手を含めた五人の男女が姿を消していたのだ……。
 冒頭で“メアリー・セレスト号事件”*3を思わせる人間消失の謎が示されるものの、そこからカットバックで“いかにして消失に至ったか”が描かれていく展開には、倒叙ミステリにも通じる味わいがあります。大胆な伏線がうまく生かされているところに脱帽。

「人喰い谷」
 O-市の旧家の夫婦とそこに寄宿する新進画家は、三角関係に苦悩していたらしい。そしてある夜、近郊のスキー場で尾根へと向かった夫と画家はそのまま消息を絶ち、誤って谷底へ転落したと考えられた。だが、ようやく深い雪が解けた翌春、谷底に二人の死体は影も形もなかった……。
 “あるはずの死体が見つからない”という一風変わった謎で、「人喰いバス」と同様に“何が起こったのか?”が興味の中心となる作品。ある程度の部分までは予想できなくもないものの、最後の最後に明かされる“ある真相”のインパクトが強烈です。

「人喰い倉」
 O-市の遊郭に居続けをしていた霊太郎は、娼妓から奇妙な話を聞かされる。彼女の恋人が、内側から鍵のかかった新築の倉庫の中で手首を切って死んだというのだが、自殺とされたにもかかわらず、倉庫の中には刃物がなかったらしい。話を聞いた霊太郎はその謎を解いてみせるが……。
 やむを得ない事情に迫られて霊太郎が安楽椅子探偵をつとめるエピソードで、(ある意味では真相以上に)霊太郎が“どのように謎を解くか”が大きな見どころとなっています。やりきれなさの残る結末も印象的。

「人喰い雪まつり」
 少女の父親は思想犯として逮捕され、長い取り調べの末にようやく釈放されたが、ついに帰宅することなくO-市の雪まつりの校庭で喉をかき切られて殺されてしまう。死体の周囲の雪の上には足跡一つ残っていなかったことから、一時間ほど雪が降っていた間の犯行と思われたのだが……。
 いわゆる“足跡のない殺人”かと思えばそうでもないような、何ともとらえどころのない謎。事件を遠い過去として振り返る視点の存在が、その印象をより強めている――だけでなく、残された母娘の苦しい境遇や事件の背景に漂う陰鬱さを中和している感があります。真相もまたしかり。

「人喰い博覧会」
 開会を目前に控えた大博覧会の会場で、不可解な事件が発生した。ある夜、特高の刑事が放送塔から墜落したのだ。居合わせた秀助や霊太郎らが放送塔に駆けつけてみると、その内部には誰一人いなかったが、刑事が墜落の前に心臓麻痺を起こしてすでに死んでいたことがわかり……。
 単行本の刊行に際して書き下ろされた*4、連作の最後を締めるエピソード。これまでの五篇を読んできた読者は早い段階で“違和感”を覚えるかと思いますが、作者が重きを置くのはあくまでもその陰にある心理で、事件の意外な真相とともにある“思い”が掘り起こされ、思わぬ波紋を広げるのが秀逸です。
 そして霊太郎が最後の謎を解いた時、全篇の裏に横たわっていた“人喰いの時代”の呪縛がついに断ち切られ、大いなるカタルシスをもたらしてくれます。
*1: 山田正紀は本書以前にも、SF『地球・精神分析記録』や犯罪小説『ふしぎの国の犯罪者たち』で同じような構成を採用しています。
*2: また、雑誌連載が未完に終わっている長編『ハムレットの密室』にも登場しているようです(こんなページがあるように、刊行が予告されたこともあったのですが……)。
*3: 「メアリー・セレスト号 - Wikipedia」を参照。なお、後の『風水火那子の冒険』に収録された「極東メリー」でも、類似の謎が扱われています。
*4: 「人喰い船」から「人喰い雪まつり」までの五篇は雑誌「問題小説」に掲載されました。

2000.06.08再読了 (ミステリ&SF感想vol.7より移動)
2013.10.09再読了 (2013.10.15改稿)
【関連】 『金魚の眼が光る』 『見えない風景』 『屍人の時代』

天動説 江戸幻想篇/蝦夷伝奇篇  山田正紀

ネタバレ感想 1988~1989年発表 『天動説(一)(二)』カドカワノベルズ86-3,4/山田正紀時代小説コレクション1『天動説(全)』戎光祥出版)

[紹介]
 時は天保。船頭たちの死体を乗せた血まみれの千石舟が、操る人もいないまま品川沖に漂流してきた――これが江戸の町に次々と起こった怪異の発端だった。闇夜の汐留川を漂う小船に積み込まれた、不気味な絞様に飾られた棺桶。よみがえる死者。跋扈する謎の忍術遣いたち。“こうもり”の異名を持つ貧乏侍・小森鉄太郎、切れ者の岡っ引・玉子屋仙三、さらに鉄太郎の兄で腕利きの同心・主馬とその妻・加津らは、“さたん”をめぐる事件に巻き込まれていく……。

[感想]
 初刊はカドカワノベルズの二冊組みでしたが、2015年2月に〈山田正紀時代小説コレクション〉の第一弾*1として、二冊を合本にした形で復刊された作品*2で、江戸で頻発する凄惨な事件の裏側で繰り広げられる、異国から渡ってきた“さたん”と呼ばれる妖怪をめぐる謀略と戦いを、史実も巧みに絡めながら描き出した時代伝奇小説の傑作です。

 横溝正史『髑髏検校』を下敷きにしているらしい*3不気味な発端で物語は幕を開け、やがて江戸の町で相次いで起きる奇怪な事件が、連作短編風の形式で描かれていきます。その事件に、幼なじみの岡っ引・玉子屋仙三とともに巻き込まれていく主人公・小森鉄太郎は、刀も質に入れてのんきに暮らす貧乏侍で、武士とも町人ともつかない“こうもり”とも呼ばれていますが、夜になると別人のような剣の冴えをみせるという、“こうもり”の異名さながらのユニークな造形が魅力的です。

 鳥居耀蔵や河内山宗俊、間宮林蔵に“お富さん”*4まで虚実織り交ぜて有名人(?)たちも顔を出し、事件の背後には江戸城大奥の本丸と西の丸の争いが配され、虚無僧や人形遣いなどに扮した忍術遣いに凄腕の浪人・間重四郎も加わって熾烈な戦いが繰り広げられる物語は、時代伝奇小説として見ごたえがあります。と同時に、『天動説(全)』の帯に前述の『髑髏検校』と並んで“あの作品”*5が挙げられているように、それら両作品を下敷きにした、おなじみの“アレ”が登場する怪奇小説でもある、というのが見どころです。

 恐るべき妖怪に対して人間はあまりにも無力ですが、事件に巻き込まれて哀れにも命を落としていく市井の人々の悲しみにもしっかりと光が当てられているところが心に残ります。そして、主人公の鉄太郎をはじめ、仙三や鉄太郎の兄・主馬らが、犠牲になった人々の無念を晴らすために立ち上がり、強大すぎる敵に絶望的な戦いを挑んでいく姿には、デビュー作『神狩り』以来ほぼ一貫している山田正紀らしいテーマが表れており、強く引き込まれずにはいられません。

 終盤にかけて、展開がやや駆け足気味になっている――“さたん”らの動きもややちぐはぐに感じられる――きらいもないではないですが、物語の最後を締めくくる、刊行に際して書き下ろされた連作の最終話が見事。一見すると、そこまでの流れから浮いているようでもあるものの、次第にどういうことなのかが明らかになっていき、一つの決着へとなだれ込んでいくのが圧巻です。そして、“天動説”という印象的な題名*6を絡めて暗澹たる“真実”を示唆しつつ、それでもなお希望を残す結末が何より秀逸です。

*1: 第二弾として吉原蛍珠天神風の七人が、さらに第三弾として延暦十三年のフランケンシュタイン天保からくり船が予定されていますいましたが……。
*2: カドカワノベルズ版に付されていた天野喜孝のイラストが、(カバーイラストを除いて)再録されているのもうれしいところです。
*3: 残念ながらそちらは未読なので、よくわかりませんでしたが……。
*4: あの有名な台詞が、実に面白い形で使われているのにニヤリとさせられます。
*5: 恥ずかしながらこちらも未読。実は映像もきちんと観たことがなかったり。
*6: 『天動説(全)』に付されたあとがき「「天動説」雑感」には、この題名がいわば“見切り発車”でつけられたことが記されており、驚かされました。

2000.11.02 / 2000.11.03 『天動説(一)(二)』再読了
2015.03.26 『天動説(全)』読了 (2015.04.25改稿)

24時間の男 一千億円を盗め  山田正紀

1988年発表 (ノン・ノベル N-270)

[紹介]
 最先端のハイテク警備ビル“ゴールクリーズ・センター”内に保管された、1000億円にも相当するという企業秘密。システム破りの専門家・榊周助は、この企業秘密を奪うために奇想天外な計画を立てた。鉄壁のアリバイを作るために、傷害事件を起こして東京拘置所に入所。そこから極秘裏に脱獄し、24時間以内に仕事を済ませて再び拘置所に戻るという、大胆な計画だった。だが、拘置所から見事に脱獄して、相棒との待ち合わせ場所にたどり着いた榊の前に、刑事たちが姿を現したのだ……。

[感想]
 山田正紀お得意の泥棒小説ですが、“少しポイントを外したオフ・ビートなおもしろさを狙った”という作者自身の言葉どおりの作品です。例えば、最初から最後までハイテク警備ビルを中心にした物語かと思いきや、意外にも中盤で舞台はハイテク警備ビルから離れてしまいます。皮肉でユーモラスなラストまで、強引な展開でご都合主義に感じられる部分もありますが、これでもかというほどひねりにひねった作品です。

2000.11.04読了

延暦十三年のフランケンシュタイン  山田正紀

1988年発表 (徳間書店)

[紹介]
 南都・奈良を蹂躙する盗賊・千手丸の一味が、比叡山の高僧・最澄を襲おうとする場面を目撃した経師・三嶋大人{みしまのうし}は、そのまま千手丸一味にかかわることになってしまう。最澄の法力により一度は撃退されながらも、再度の襲撃をたくらむ千手丸一味の前に、強い呪力を持つ謎の若者・真魚{まお}が現れた。そして……(「経師三嶋大人の告白」)。
 他に、「沙門広達の回想」・「偸盗千手丸の懺悔」・「夢占師乙魚の夢解き」の三篇を収録。

[感想]
 “空海伝説”をもとにした、歴史ゴシックロマン。“空海伝説”にあるものを組み合わせて、「延暦十三年のフランケンシュタイン」という題名でまとめあげたセンスには脱帽です。
 また、主役である真魚をめぐる四人の登場人物の、一人称による語りというスタイルを採用することによって、謎の若者・真魚の人物像をうまく浮き彫りにしているところはさすがです。四篇すべてに登場する三嶋大人の人物像がいい味を出しています。

2000.08.16再読了 (ミステリ&SF感想vol.13より移動)