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おとり捜査官4 嗅覚/山田正紀

1996年発表 朝日文庫 や23-4(朝日新聞出版)/(『女囮捜査官4 嗅覚』幻冬舎文庫 や6-4(幻冬舎))

 本書では、連続放火事件と「人形連続殺人事件」の捜査が平行して進んでいく“モジュラー形式”が採用されていますが、放火事件の方は容疑者(烏森一光)が比較的すんなりと特定されていることもあり、さほど面白味がないようにも思えます。しかし、一応は独立した事件でありながらも、「人形連続殺人事件」との間に微妙なつながりが設定されているのが巧妙です。

 まず冒頭、放火犯よう撃捜査の最中に室井君子の死体が出現したことで捜査陣が混乱をきたし、殺人とも死体遺棄ともつかない中途半端な扱いとなったことが、“見立て殺人”という誤解を招いた一因となったのは間違いありません。一方、ユカちゃん人形の出所から、かつて放火の罪に問われた斉田豊次が捜査線上に浮かび上がったことが、若干のミスリードになっている感があります。

 そして何より、現場となった芝公園で二人の犯人が交錯するという状況が非常に秀逸。放火犯である烏森の証言が重要な手がかりとなっているところもよくできていますし、その“酔っぱらい”とすれ違う場面が描かれている冒頭、“――刑事たちか。/と放火犯の男はそう思った。”(朝日文庫版22頁)という独白で、高瀬邦男とともに“もう一人の男”がいたことが(読者に対して)示唆されているのが見事です。さらに、放火犯ならではのガソリンという小道具によって、嗅覚障害というもう一つの手がかりが示されているのもうまいところです。

*

 「人形連続殺人事件」の発端となった“ユカちゃん人形そっくりの死体”が、(1)室井君子自身の特異な習慣、(2)中学生たちによる死体遺棄、(3)宇野鉦子が捨てたユカちゃん人形、そして(4)死体を発見した斉田豊次による“見立て”という、実に四者四様の思惑が重なった結果であるところにまず脱帽。そしてこの複雑な構図が、“モジュラー形式”をより充実させているところが非常によくできています。

 袴田と税関検査員・椎名とのやり取りで、日焼け止めクリームを用いて麻薬の臭いをごまかすという室井君子の意図は見えてきますが、そのために全身のムダ毛を徹底的に処理するというのは想像の埒外で、さすがに若干無理も感じられます*が、面白いアイデアではあると思います。

 学校の制服を利用した“見えない人”トリックは、単体でみればさほどでもないかもしれませんが、(一応伏せ字)『おとり捜査官1 触覚』のバリエーション(ここまで)という意味で興味深いものがあります。また、トリックの要請とはいえ、法律を逆手に取った中学生たちの行為とまったく悪びれない態度には、薄ら寒いものを感じずにはいられないところで、トリックから一つの物語を組み立てる作者の手腕が光ります。

 捨てられたユカちゃん人形と室井君子の死体との遭遇が一つの“啓示”となり、それに応える“合図”として見立て殺人が始まったという転倒した構図がユニークですが、過去、そしてユカちゃん人形に対する鉦子と斉田の対照的な思いが、何ともいえない悲哀をもたらしています。

*: 作中でも、“常識的に考えれば(中略)体毛は関係ないと思うのだが、それだけ室井君子が神経質になっていたということだろう。”(朝日文庫版337頁)と、言い訳めいた説明がされていますが。

2000.10.12再読了
2009.06.08再読了 (2009.06.15改稿)