山田正紀作品感想vol.8

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装甲戦士1 ベトナム戦線マル秘出動令  山田正紀

1993年発表 (ノン・ノベル N-424)

[紹介]
 ベトナム戦争が泥沼化した1971年暮れ、学生・原田蒼生は手違いで米軍傘下の極秘日本人部隊に加わることになった。任務は安全な後方作業のはずだったが、なぜか過酷な訓練が課され、瀕死の落伍者が続出した。ようやく訓練を乗り切った曲者揃いの部隊に渡されたのは、宇宙服をも思わせる装甲戦闘服{パルメット・バグ}だった。これを身に着けた者は超人的な力を発揮することができるのだ。かくして部隊はベトナムの戦場へと投入され、“イヌの痩せる場所”と呼ばれる重要拠点を目指すことになったが……。

[感想]
 作者の言葉によれば、“戦場を舞台にしたダークファンタジーとのこと。戦場の救いのなさを徹底的に描きつつ、その奥から少しずつ幻想の世界がにじみ出ています。この幻想は、ベトナムのジャングルという悪夢の戦場に由来するものであり、また装甲戦闘服という装備に隠された秘密にまつわるもののようでもありますが、いずれにしても、戦場というある意味で最もリアルな舞台に生まれる幻想という対比がユニークです。

 題名、特に副題などは架空戦記を装っているように見えますが、実体は明らかにSF/ファンタジーを志向した作品で、このあたりには“SF冬の時代”の苦しさが感じられます。

2000.12.15読了

戦艦奪還指令OZ 装甲戦士2  山田正紀

1994年発表 (ノン・ノベル N-478)

[紹介]
 原田蒼生の加わる米軍傘下の極秘日本人部隊に奇妙な命令が下った。メコン河から竜巻に巻き上げられ、密林に軟着陸した戦艦を回収せよというのだ。装甲戦闘服を駆使し、鉄砲水と蛙の雨を乗り越えて戦艦を搬送する一行だったが、突然の銃撃に襲われてしまった。そして、戦闘の最中にまたしても怪現象が……。

[感想]
 〈装甲戦士シリーズ〉第二弾は、「オズの魔法使い」を下敷きにした作品となっていますが、このプロットはシリーズ当初の予定にはなかったのではないかと思われるもので、設定とうまく整合していない部分があるように感じられます。例えば、“イヌの痩せる場所”へと向かうはずが急遽戦艦回収の指令を受けている点や、主人公の蒼生が「オズの魔法使い」の配役(ライオン・ブリキの人形・カカシなど)とは関係ない傍観者となっている点です。

 しかしながら、現実から幻想への移行は前作よりもスムーズに感じられます。これは、戦艦に積み込まれたある物にもよるでしょうし、またパルメット・バグが単なる戦闘服ではなく、幻想を誘発する何らかの機能を備えたものであることがより明確になっているから、ともいえます。

 シリーズはこの作品で中断されていますが、意外な方向で面白くなってきていたところだけに、残念です。

2000.12.20読了

電脳少女 ―アイドロイド・ユイ―  山田正紀

ネタバレ感想 1993年発表 (光風社ノベルス)

[紹介]
 極度に肥大したメディアに支配され、アイドルたちの虚像が氾濫し、現実と擬似現実が錯綜する近未来都市・東京。そこでは、麻薬テクに溺れ、罪悪感をなくした若者たちが無軌道な犯罪を繰り返していた。ある事件をきっかけに超人的なパワーを持つアイドロイドとして生まれ変わった美少女・ユイは、単身麻薬テク組織の壊滅へと乗り出した。孤独な戦いの果てにユイを待ち受けていたものは……。

[感想]
 ジョージ・アレック・エフィンジャーの傑作『重力が衰えるとき』にも通じる電脳ハードボイルド(といっていいでしょう)。設定やバイオレンス/アクションの雰囲気などにはいくらか共通した部分があるように思います。しかしながら、こちらの作品がイスラム世界を舞台にしているのに対し、本書は近未来の東京を舞台とし、“メディアとアイドル”というキーワードによって特徴づけられている点で大きく相違します。

 強大な力を持つメディアに後押しされ、絶大な人気を誇るアイドルですが、その実体は、メディアに自由自在に操られるまま大衆に消費され、使い捨てられていく運命にあります。メディアと大衆のほぼ唯一の接点であり、場合によってはどちらとも相容れない孤独な存在となりかねないアイドルは、ある意味でハードボイルドの主役として適任なのかもしれません。

 本書のラストで、最後の戦いを終えたユイの姿が非常に印象的です。

 なお、本書は松本真人さんよりお譲りいただきました。あらためて感謝いたします。

2000.05.28読了

天保からくり船  山田正紀

ネタバレ感想 1994年発表 (光風社出版)

[紹介]
 江戸の鬼門を守る上野の寛永寺が炎上したことで、江戸に「魔」が侵入し、跳梁し始めた――御弓組同心の家柄でありながら、今ではしがない傘張り浪人に甘んじている弓削重四郎は、目明し・茗荷谷の藤吉、廻船問屋主人・阿波屋利兵衛、居合の達人・弓師備後、鐘つき・およその徳兵衛、元盗賊の番太郎・善助、さらに謎の人物・九十九ら、敵味方も判然としない人々とともに、江戸の「魔」を払う戦いに巻き込まれていく……。

[感想]
 『天動説』などにも通じる、江戸を舞台とした伝奇小説ですが、この作品には大きな仕掛けが施されています。この仕掛けは実に大胆で、想像を絶するといっても過言ではありません。
 江戸の風物や情緒も丹念に描かれていて、本職の時代小説家に勝るとも劣らないでき映えですが、そこに山田正紀ならではの奇想が組み込まれた、独特の作品となっています。

2000.08.23再読了 (ミステリ&感想vol.14より移動)

エイダ  山田正紀

1994年発表 (早川書房111418)

[紹介]
 メアリ・シェリーの前にフランケンシュタインの怪物が姿を現し、コナン・ドイルはシャーロック・ホームズに遭遇する――次々と物語に浸食されてゆく現実。この怪現象は、詩人バイロンの娘にして数学の天才・エイダが、バベッジが生み出したコンピュータの原型である階差機械に関わったことに端を発しているのか。やがてこの現象は現代にも到達した。自らが作り出した体感シミュレーション・システム〈宇宙船“イマジナリー号”〉にはまり込んでしまった男。物語を取り戻すために、巨大コンピュータ“エイダ”を破壊しようとする作家。そしてついに怪現象の影響は宇宙へと広がり……。

[感想]
 実在の人物が多数登場し、歴史改変ものの要素も備えていますが、物語(フィクション)と現実が交錯するメタフィクションであるといえるでしょう。物語は寸断されたいくつかのエピソードが並行して語られる重層的な構造をとっており、“エイダ”の影響が拡散していく様子がうまく描かれています。そして、このフィクションによる現実の浸食が宇宙にまで及ぶスケールの大きさが何ともいえません。

 ラストでやや息切れしている感がないでもないのですが、野心的な試みに満ちた作品といえるのではないでしょうか。

2000.12.22再読了
「ガラスの悪魔」 (単行本未収録;SFマガジン1992年1月号掲載)
 古いなじみの演出家・黒沼が突然自殺してしまった。数日前に顔を合わせたばかりだというのに……。詩人バイロンと恋人のメアリ・シェリーを題材に新作の戯曲を書いていた黒沼は、舞台女優である“わたし”に主役のメアリーを演じるよう依頼していたのだが……。
 雑誌で10頁ほどのごく短い番外編です。メアリ・シェリー絡みであることから、“わたし”の前に例によってフランケンシュタインの怪物が姿を現すのですが……最後のオチ(と参考文献)には、ある意味で仰天です。途中でもしやとは思ったのですが……。単行本に収録されていないのが、正直もったいないところです。
2001.05.16読了

郵便配達は二度死ぬ  山田正紀

ネタバレ感想 1995年発表 (徳間書店)

[紹介]
 ティーン向けの雑誌で、“恋想う坂にある夢島郵便局の郵便屋さんに手紙を出せば、恋がかなえられる”と紹介されてしまったため、夢島郵便局には連日女子高生からの郵便屋さん宛の手紙が配達されるようになっていた。
 そんな中、郵便局員の早瀬邦夫は配達途中に何者かに襲われ、制服を奪われた上に重症を負ってしまう。さらに邦夫の同僚も、歩道橋の下で死体となって発見された。だが、目撃者によれば、彼は数分前に歩道橋の上で急死したはずだった。恋想う坂では、一体何が起こっているのか……?

[感想]
 “恋想う坂”や“夢果つる森”、さらにはティーン向け雑誌に掲載された童話「イスタンブールの盗賊」といったモチーフにより、どこかおとぎ話のような雰囲気を漂わせながらも、その奥にある現実をえぐり出すような哀しみに満ちたミステリです。
 登場人物たちの様々な思惑が交錯して複雑な構成となっており、また色々な仕掛けが施されていますが、いずれもよくできています。しかし、最も重要なのはこれらを総合して最後に浮かび上がる真相です。山田正紀らしいミステリといえるでしょう。
 恋が破れた後、次の恋を予感させるラストの明るさが救いです。

 なお、本書はPWさん「名探偵礼讃」)よりお譲りいただきました。あらためて感謝いたします。

2000.09.24再読了

花面祭  山田正紀

ネタバレ感想 1995年発表 (中央公論社)

[紹介]
 華道塘松流の先代家元・芦田挿花は、東京大空襲の夜、四人の娘とともに塘松流に伝わる秘伝“しきの花”を完成させた。だが、爆弾が直撃して炎上した“花倉”から挿花が救い出されたとき、四人の娘たちは鍵がかかっていたはずの“花倉”から姿を消していた。そのまま“しきの花”に憑かれた挿花は、二年後に謎の変死を遂げてしまった……。
 そして四十数年後、挿花の母親・暁女は、次代家元・芦田藍草が挿花と同じように“しきの花”に憑かれたのを知り、塘松流四天王と呼ばれる4人の娘たちに、“しきの花”の謎を探ることを命じるが……。

[感想]
 凝った構成のミステリです。プロローグに続いて「芦田挿花」の章で挿花の日記が紹介され、それから塘松流四天王である「菅原頼子」「若槻佐和子」「小室柚子」「池田鮎子」の各章で四つの事件が起こります。そして最後の「芦田藍草」の章ですべての謎が解明されます。

 四天王の章で起こる四つの事件は、本筋に直接関わるものもあれば、その章で完結してしまうものもありますが、いずれも塘松流における花の魔力に何らかの関係があり、最終的な謎である“しきの花”の神秘性を高め、妖しい魅力を盛り上げるのに奉仕しています。つまり、作品全体が活け花のように緻密な計算によって構成され、一つの小宇宙を構築しているといえるのではないでしょうか。

2000.09.17再読了

妖虫戦線{デリヴィルス・ウォーズ}1~4  山田正紀

ネタバレ感想 1995年発表 (C★NOVELS)

[紹介]
 1991年、湾岸戦争の最中。砂漠で現在位置を見失い、偶然発見した禍々しい建物にさまよい込んだハーンズ少尉らは、邪悪の種子を解き放ってしまった……。
 その四年後、東京では子供たちが惨殺される謎の事件が発生し、発見された生き残りの少年と少女はその記憶を失っていた。そして現場には“Delivirus”という謎の血文字が残されていた。事件の謎を追い続ける刑事たちと、患者である少年と少女を守ろうとするサイコセラピスト。やがて彼らの目の前に、電子環境で誕生したデリヴィルスがその妖しい姿を現した……。

[感想]
 「バビロン・プロジェクト」・「妖虫、めざめる」・「ヘル・パラダイス」・「分岐点」の四冊で中断された未完のシリーズで、帯に書かれたコピーは〈ハイパー金融サイコ〉。ということで一見よくわかりませんが、実体はSF/ホラーといったところです。

妖虫=デリヴィルスの出現する場面などは、理屈からいえばかなり無理があるはずですが、緻密かつ迫力十分の描写で無理を感じさせません。また、他にも様々なアイデアが詰め込まれているようです。現実と幻想の境界が次第に破壊されていく展開は、山田正紀の最も得意とするところであり、この作品でも十二分にその手腕が発揮されています。

 冒頭で事件の引き金を引いた(と思われる)ハーンズ少尉が第4巻でようやく再登場し、数々の謎がいよいよ明らかになっていくかと思われるところで中断されています。個人的にはぜひとも再開してほしいと思うのですが……。

2000.09.03 / 09.04 / 09.04 / 09.04読了



おとり捜査官1~5

 警視庁・科学捜査研究所に設立された特別被害者部のおとり捜査官・北見志穂を主役とした、トリッキーなサイコスリラー+警察小説といった趣の全五巻からなる連作長編ミステリです。

 まず目を引くのが魅力的な設定の数々ですが、とりわけ“おとり捜査”という捜査手法に“被害者学”――異常犯罪の被害者データから(犯人の標的となる)“理想的な被害者像”を割り出す、いわば“被害者版”のプロファイリング――という分析手法を組み合わせた点が非常に秀逸*1。そして“被害者学”のコンセプトに基づき、“生まれながらの被害者”タイプである主人公・北見志穂が選び出され、おとり捜査専門の捜査官――“おとり捜査官”に据えられているところもよくできています。

 “五感”にちなんだ副題が付された各巻では、それぞれの感覚を連想させる異常犯罪が描かれるなど様々な趣向が凝らされており、スピーディでサスペンスフルな展開が重視されつつもフーダニット・ハウダニット・ホワイダニットが一体となったトリッキーな内容で、文庫版*2に付された解説で名だたる新本格ミステリ作家が口をそろえて絶賛しているのもうなずけます。

 主人公の北見志穂はおとり捜査官として犯罪者に対峙するのみならず、検察も含めた捜査陣内部においても“異端者”――組織の面でも、性別の点でも――として敵意や偏見にさらされることになります。が、特別被害者部を設立した犯罪心理学者である部長の遠藤慎一郎や、おとり捜査において志穂を守る相棒となる袴田刑事らのサポートを得ながら、“生まれながらの被害者”であった志穂が事件の捜査を通じて敵意や偏見を克服し、人間的な成長を遂げていくのも見逃せないところでしょう。

 各巻は単体で一応の完結をみせていますが、最終巻にはシリーズとしてのとんでもない結末が用意されていますので、必ず順番にお読みください

 なお、このシリーズはテレビ朝日系の「土曜ワイド劇場」にて松下由樹主演でドラマ化されています(→「おとり捜査官・北見志穂 - Wikipedia」)が、いくつか見た限りでは、あくまでも二時間ドラマとしてはまずまず。色々な意味で原作よりもかなりソフトな内容に変更されている*3のは仕方がないとしても、主人公のイメージが違いすぎるのがいかんともしがたいところです。

(2022.01.20追記)
 初刊のトクマ・ノベルズから幻冬舎文庫の『女囮捜査官1~5』*4、朝日文庫の『おとり捜査官1~5』と刊行されてきたこのシリーズですが、2021年12月から『囮捜査官 北見志穂』シリーズとして徳間文庫で刊行されることになりました。しかも、刊行された『囮捜査官 北見志穂1 山手線連続通り魔』巻頭の「著者の言葉」によれば、“既刊の5をシリーズから(中略)外し、そのかわりにシーズン2ともいうべき、新作を書くことにした”とのことで、大いに楽しみです。

*1: とはいえ、“被害者学”という設定があまり生かされず、一般的なおとり捜査と大差なく感じられる巻もありますが。
*2: 幻冬舎文庫に付された解説が朝日文庫にも再録されています(朝日文庫版ではさらに新保博久氏による巻末エッセイを併録)。
*3: そのせいもあって、全五巻の原作をドラマ化し終えた後もオリジナル脚本で継続されています。
*4: 副題は、初刊時の「触などから「触など(朝日文庫版も同じ)へ変更されています。
 徳間文庫版ではこれがなくなっているのが残念ではありますが、「味覚」を外すとなれば“五感推理”の趣向が成立しなくなるので、やむを得ないところでしょうか。


おとり捜査官1 触覚  山田正紀

ネタバレ感想 1996年発表 (朝日文庫 や23-1/『女囮捜査官1 触覚』幻冬舎文庫 や6-1)

[紹介]
 通勤客でごった返すJR品川駅の女子トイレの中で、若い女性がスカートをはぎ取られた無惨な姿の絞殺死体となって発見される。やがて容疑者として浮かび上がった清掃アルバイトの青年を対象に、特別被害者部によるおとり捜査が行われることになった。だが、おとり捜査官・北見志穂が挑発的な装いで容疑者の青年の前に立ったまさにその時、駅構内にある別の女子トイレで第二の犠牲者が発生したのだ。被害者の外見の類似や手口の共通性などから二つの事件は連続通り魔殺人と断定され、新たに見出された容疑者を相手に再びのおとり捜査が……。

[感想]
 シリーズ第一である本書では、まず設定や登場人物の説明にそれなりの分量が割かれていますが、捜査一課と特別被害者部との(縄張り意識による)警察組織内の対立を通じてそのあたりが説明されていくところはなかなか巧妙です。また、内部の“異端者”である主人公・北見志穂の視点から警察組織にスポットが当てられることで、非常にユニークな警察小説となっているところにも注目すべきでしょう。

 その分、扱われる事件は連続通り魔殺人という比較的単純な(?)ものとなっていますが、手がかりの少ない漠然とした事件であるために、おとり捜査が重要な役割を占めることになっているのがうまいところ。そして、容疑者が二転三転するたびにおとり捜査が繰り返されるという、ノンストップの展開が本書の大きな魅力となっているのですが、それは同時におとり捜査の危うさ――新たな“犯人”を生み出しかねない――までも暗示しているといえるかもしれません。

 その中で、主人公の志穂が再三にわたって自らの身を危険にさらすおとり捜査の描写は、第一作ということもあって特に力が注がれている感があり、十分な見ごたえがあります。しかしそのような体を張った捜査にとどまらず、他の捜査官にはない女性の視点――被害者の視点から事件を見直すことでいち早く犯人像に迫っていく志穂の姿は、警察組織内の“異端者”であるがゆえにひときわ痛快な印象を与えます。

 前述のようにある意味単純な様相を呈する事件を、「よくぞここまで」と思えるほどにひねくり回したプロットは実に見事。何度も“逆転”が繰り返される結果として、最終的な真相は少々見えやすくなっているようにも思われますが、それでも最後にクローズアップされる異様な犯人像は圧巻です。

(2022.01.20追記)
 2021年12月に『囮捜査官 北見志穂1 山手線連続通り魔』と改題されて徳間文庫から刊行されています。

2000.10.03再読了
2009.03.11再読了 (2009.03.29改稿)

おとり捜査官2 視覚  山田正紀

ネタバレ感想 1996年発表 (朝日文庫 や23-2/『女囮捜査官2 視覚』幻冬舎文庫 や6-2)

[紹介]
 首都高速・南池袋パーキングエリアに突っ込んできたトラックがタンクローリーに激突し、爆発炎上、多数の死傷者を出すという大惨事が発生した。その事故現場に倒れていた三十代後半で白髪の男の傍らには、焼けただれた女の右足が。重傷を負っていた男は、女の右足とともに救急車で搬送される途中、車内に血痕だけを残して救急隊員もろとも姿を消してしまう。そして、首都高の各所で次々と発見される、バラバラに切断された女の死体。やがて身元が判明した被害者は、おとり捜査官・北見志穂の大学時代の同級生だった……。

[感想]
 シリーズ中で最も猟奇的な犯罪が扱われた作品だけあって、狂気とエロスに満ちた「プロローグ」からして強烈な印象を与えますが、それに続く本編冒頭も、首都高パーキングエリアの大事故に、女性の右足の出現、不審人物による救急隊員の殺害、さらに直前まで暴走していた救急車からすべてが消失してしまう怪事と、これでもかといわんばかりに派手なイベントの連発で、十分すぎるほどにインパクトのある発端となっています。

 バラバラ殺人という猟奇的な事件とはいえ、本来であれば特別被害者部のおとり捜査官に出番はないはず*1のところ、主人公・北見志穂は身元の判明した被害者の知人として捜査に関わっていくことになります。シリーズ二作目にして“被害者学”というテーマから逸脱しているのは少々残念ではありますが、そこに固執すると事件が大同小異になってしまいかねないのは確かでしょうし、代わりに盛り込まれた“北見志穂自身の事件”というべき趣向はシリーズものとしてやはり魅力的です。

 被害者の身辺を探るために志穂が挑む(おとり捜査ならぬ)潜入捜査を通じて、捜査陣の誰もが予期しない“凄いもの”の存在が浮かび上がるなど、事態は単純なバラバラ殺人にとどまることなくどこまでも異常な様相を呈していきます。そして、意外な方向から光明を手にした志穂が、独自の捜査の果てにたどり着いた悪夢のような光景がもたらす、底知れない恐怖はまさに圧巻です。

 我孫子武丸氏が解説で指摘している*2ように、サイコスリラーとしての文脈と息をもつかせぬ目まぐるしい展開との陰に隠れて目立たなくなっているきらいはありますが、真相を隠蔽するトリックは出色の出来。驚くほどさらりと説明されているのはある意味仕方ないところでもあり、それを割り引いても非常に秀逸なトリックだといえるのではないでしょうか。

 最後に待ち受ける凄絶な結末に至るまでまったく目が離せない、シリーズ中随一の傑作です。

(2022.01.20追記)
 2022年1月に『囮捜査官 北見志穂2 首都高バラバラ死体』と改題されて徳間文庫から刊行されています。

*1: おとり捜査の前提として必要となる、被害者像や犯人像などを絞り込むことが困難なため。
*2: “トリックが話の中心にないことと、少々分かりにくい点が「もったいない」と言いたくなるところなのだが”(朝日文庫版380頁)

2000.10.05再読了
2009.04.10再読了 (2009.04.30改稿)

おとり捜査官3 聴覚  山田正紀

ネタバレ感想 1996年発表 (朝日文庫 や23-3/『女囮捜査官3 聴覚』幻冬舎文庫 や6-3)

[紹介]
 おとり捜査官・北見志穂は、凶暴な殺人犯を射殺したことがきっかけで精神的に追い詰められ、軽度の神経症に陥ってしまった。カウンセリングによって立ち直りの兆しを見せ始めた志穂だったが、リハビリという名目で命じられた簡単なはずの自殺事件の調査は、不可解な事態の発生により半ば頓挫してしまう。そんな中、生後二週間の赤ん坊が誘拐されて身代金が要求される事件が発生するが、犯人はなぜか志穂を名指しで身代金の運搬役に指定してきたのだ。そして事件の背後には、存在しないはずの双子の妹の影が……。

[感想]
 『贋作ゲーム』『ふしぎの国の犯罪者たち』などのようなトリッキーな犯罪小説を発表してきた山田正紀ならではの、惜し気もなくアイデアが詰め込まれた誘拐ミステリの傑作であると同時に、前作『おとり捜査官2 視覚』からの流れを受けて“北見志穂自身の事件”という趣向が前面に出された作品となっています。

 まず、メインとなる誘拐事件は、証言ができず顔を覚えられる心配のない赤ん坊という標的、奇妙な不可能状況を呈する誘拐現場*、逆探知を無効にする連絡方法、そして終始捜査陣を翻弄し続ける身代金の受け渡しに至るまで、すべてがユニークなアイデアの塊。これだけでも十分に満足のいく内容ですが、さらに捜査陣が北見志穂への疑惑を抱えているという四面楚歌の状況が、物語を一層スリリングなものとしています。

 一方、志穂がそのような窮地に陥ることになった経緯を――誘拐事件の発生に至るまで――カットバックで描いていくパートでは、単純なはずの自殺事件の陰に巨大なものが浮かび上がってくる山田正紀らしい構図もさることながら、精神的に追い詰められて神経症を患った志穂が、ついには存在しないはずの“双子の妹”の影に取り憑かれてしまうという、サイコサスペンス風の展開がやはり大きな見どころです。

 “信頼の置けない主人公”がもたらす居心地の悪さに加えて、“双子の妹”が事件の不可解な要素に対する説明として持ち出されることで、志穂の事件との深い関わりが暗示されているのが秀逸。そしてまた、シリーズ本来のおとり捜査から完全に離れてはいるものの、周囲に追い詰められて精神の安定を欠くに至った志穂自身の姿が、“虐げられる被害者”というシリーズ共通のモチーフを浮き彫りにしているところも見逃せません。

 事件が大詰めを迎える物語終盤あたりまでくると、真犯人がかなり見えてしまうのは否めませんが、それでも異様な形の“告白”によってすべてが明らかになる最終章は圧巻です。偏執的とも思える怒涛の伏線回収には脱帽せざるを得ませんし、歪んだ事件の真相と怪物的な犯人像には圧倒されます。そして、“北見志穂自身の事件”の決着として何ともいえない味わいを残す結末が印象的です。

(2022.03.07追記)
 2022年2月に『囮捜査官 北見志穂3 荒川嬰児誘拐』と改題されて徳間文庫から刊行されています。

*: それが読者に示されるのはかなり後になりますが。

2000.10.11再読了
2009.05.07再読了 (2009.05.19改稿)

おとり捜査官4 嗅覚  山田正紀

ネタバレ感想 1996年発表 (朝日文庫 や23-4/『女囮捜査官4 嗅覚』幻冬舎文庫 や6-4)

[紹介]
 港区芝公園周辺で相次ぐ外車を狙った放火事件に対して、警察は狙われやすい標的を用意して犯人をおびき出すよう撃捜査を実行。おとり捜査官・北見志穂も応援に駆り出されて張り込みに加わっていた。だが、このところ頻発していた原因不明の停電により、あたりは突然暗闇に閉ざされ、混乱する捜査陣の隙を突いて思わぬ所に火の手が上がる。さらに明かりが戻ってみると、公園のベンチに女性の全裸死体が出現していたのだ。丹念にムダ毛が処理された上に日焼け止めクリームを塗り込まれてつやつやしたその死体は、傍らに落ちていたユカちゃん人形にそっくりだった…… 。

[感想]
 本書の発端の奇抜さはシリーズ中でも特筆もので、“放火犯を捕らえるはずが奇妙な死体に出くわした”という状況の不可解さもさることながら、その死体の何とも奇怪な姿が強烈。“ユカちゃん人形”が発見されて“見立て殺人”という図式が早々に示されることで、死体の状態の意味不明さが幾分か減じているようにも思われますが、逆に見立ての“お題”そのものが犯人の常軌を逸した心理を暗示している部分もあり、物語は冒頭から異様な雰囲気に包まれます。

 そこから一転して地道な捜査に焦点が移っていくのが、警察小説としての側面も備えたこのシリーズらしいところですが、主人公・北見志穂が命じられるのは“ユカちゃん人形”に関する調査という一際地味なもの*1。しかし、それが最終的に事件解決の重要な鍵になるのはもちろんのこと、“ユカちゃん人形”(の元ネタである“リカちゃん人形”)を通じて過ぎ去った昭和という時代を浮かび上がらせる、山田正紀らしい狙い*2がそこに込められているのも注目すべきところでしょう。

 連続放火事件と連続見立て殺人事件の捜査が平行して進んでいく、いわゆる“モジュラー形式”*3となっている本書ですが、その中でさらに捜査がいくつかの筋に“分岐”していくユニークなプロットが非常に秀逸で、事件のとらえどころのなさが一層強調されている感があります。また、そこに組み込まれた志穂の相棒・袴田刑事の“暴走”ともいえる単独捜査を通じて、その秘められた過去がクローズアップされているのも見どころです。

 終盤にかけて、“分岐”した捜査の線上に次々と浮上してくる“意外な真相”はいずれもよくできていますし、それらがパズルのピースとなって事件の全体像が組み立てられていく終盤は実に見事。そして最後に残されるホワイダニット――“ユカちゃん人形”の見立ての意味は、明らかに狂気の域に踏み込んでいながらも、何ともいえない余韻を残します。

 事件に対する志穂の立ち位置が若干後退し、前作『おとり捜査官3 聴覚』までの三作で形作られた流れ――志穂の成長――から外れている点で、シリーズ中の番外編的なエピソードといえるかもしれませんが、クオリティはやはり十分な快作です。

*1: 後には本来のおとり捜査も(少しだけ)用意されてはいますが。
*2: 山田正紀が昭和という時代を重視していることは、『ミステリ・オペラ』など様々な作品に表れています(拙文「山田正紀と昭和」もご参照下さい)。
*3: “モジュラー型というのは、いくつもの事件が、時間差攻撃のようにほぼ同時に発生し、それを刑事が追いかけていくタイプの小説”(法月綸太郎氏による『おとり捜査官1 触覚』の解説(朝日文庫版332頁)より)

2000.10.12再読了
2009.06.08再読了 (2009.06.15改稿)

おとり捜査官5 味覚  山田正紀

ネタバレ感想 1996年発表 (朝日文庫 や23-5/『女囮捜査官5 味覚』幻冬舎文庫 や6-5)

[紹介]
 新宿駅西口地下通路で、若い女の切断された上半身だけの死体が発見された。被害者は、前日の午後にワインを持って現場付近で誰かと待ち合わせをしていたらしい。匿名の電話による密告を受けて、おとり捜査官・北見志穂らが西口地下通路に張り込む中、知らされた通りに再びワインを持った女が現れる。だが、同じく張り込み中の刑事がわずかな隙に殺害され、混乱の中で問題の女はボストンバッグを抱えて高速バスに乗り込んでしまった。そして、確かに生きて乗車したはずの女は、死体となってボストンバッグの中で発見されたのだ……。

[感想]
 シリーズ完結編となる本書ですが、まず目を引くのは60頁を超える長い「プロローグ」。シリーズ恒例の、名前の明かされない人物による怪しげな独白に加えて、切断された死体の発見、密告を受けての張り込み、そして第二の死体の発見――つまりは上の[紹介]に書いたところまでがプロローグにすぎないという、今まで以上に密度の濃い発端となっています。

 不可能犯罪や不可解な状況など、惜しげもなく次から次へと提示されるおびただしい謎は圧倒的。事件のあまりにめまぐるしい展開も相まって、個々の謎にさほど重きが置かれていないという印象を与えるのがもったいなくもあり、また贅沢に感じられる部分でもありますが、それらの集積としての“何が起こっているのか?”というダイナミックな謎は、混迷とスリルに満ちた非常に魅力的なものといえます。

 そして主人公・北見志穂は、事件によって計り知れない衝撃を受けると同時に、特別被害者部という後ろ盾をほとんど失ってしまうことになり、最大の窮地に追い込まれます。孤立無援に限りなく近い志穂に対して、事件は単なるサイコキラーによる無差別殺人の域を超えたスケールの大きなものとなり、捜査への様々な干渉や圧力を通じて次第に浮かび上がる強大な“敵”の存在によって、謀略小説のような色合いが強まっていくのが山田正紀らしいところといえるかもしれません。

 (本格)ミステリから謀略小説への変貌に歩調を合わせるように、事件の細かい謎解きが志穂の手を離れて他の刑事たちに委ねられていく*1のも特徴的。そして志穂は、“名探偵”から“おとり捜査官”という原点に回帰し、“敵”の懐に自ら飛び込む最後のおとり捜査に臨むことになります。かくして、終盤の物語はまったく予断を許さない怒涛の展開*2をみせ、何とも凄まじい結末へとなだれ込んでいきます。

 麻耶雄嵩氏が解説でいうところの“志穂が立つ地平が一つ上に上がった、あるいはより広くなった”結果として、後の『ミステリ・オペラ』にもつながるユニークな日本人論*3まで飛び出してくるのが興味深いところですが、やはり最も印象に残るのは最後に“生まれながらの被害者”という呪縛から脱した志穂の姿で、前作までの流れとはまったく違ったものとはいえ、シリーズの掉尾を飾るにはふさわしい見事な幕切れといえるのではないでしょうか。

*1: これが、個々の謎にさほど重きが置かれていないという印象を与える要因でもあります。
*2: このあたりまでくるとテレビドラマ「おとり捜査官・北見志穂」とはまったく別物で、そちらから入った読者は唖然とすること請け合いです。
*3: 『天保からくり船』などにも通じるところがあります。

2000.10.13再読了
2009.07.08再読了 (2009.07.16改稿)


デッドソルジャーズ・ライヴ  山田正紀

ネタバレ感想 1996年発表 (早川書房114426)

[紹介]
 “死とは何か”をテーマとしたSF連作短編集。全体が、キュブラー・ロスによる“死に至る五段階”に対応する「―否認―」(final episode part1)「―怒り―」(episode1~3)「―取り引き―」(episode4)「―抑鬱―」(episode5~6)「―受容―」(final episode part2)の五つに分けられています。
 なお、「episode7 ダート」単行本未収録です。

「final episode part1 監視塔」
 体調不良を訴えて来院した柚子尚美は、不可解な病を患っていた。夫の欧馬によれば、彼の自己免疫疾患も彼女のせいだという。やがて脳死状態に陥った尚美は、脳死移植を推進する“慈悲死協会”の魚返によって、脳死患者の意識を走査して“死”を判定する“意識共鳴スペクトローラー”にかけられた……。

「episode1 薔薇のいれずみ」
 東京・晴海で行われているヴァーチュアル・リアリティ見本市。だが、ヘッド・マウント・ディスプレイを着けた“私”が見たのは用意されたプログラムではなく、薔薇のいれずみのある女とともに機関車に押し込められ、どこへともなく運ばれていく自分の姿だった。やがて“私”は、霊柩車に追われる若い女に遭遇する。その肩には、薔薇のいれずみが……。

「episode2 偽りの微笑」
 大学の哲学科でエロティシズムの本質を研究する“ぼく”のもとに、助手の水島が持ちこんできた一本のビデオ。そこに映し出された“這う女”は、まさにエロティシズムの塊だった。想像もできない快楽と引き換えに死をもたらすという“這う女”に取り憑かれた“ぼく”は、女を捜し求めるが……。

「episode3 爬虫類」
 “おれ”と水島は、死をばらまく女たち“レプタイル”を狩る組織、“イレイザー”のエージェントだ。ところが、よりによってイレイザーのトップが、レプタイルの虜になってしまったらしい。しかもその相手は、“おれ”にとってなじみのレプタイル、ナオミだった……。

「episode4 もうひとりの私」
 不倫相手であるいとこの燵彦の車に同乗していた“わたし”は、事故に巻き込まれてしまった。燵彦は死んでしまい、妊娠していたはずの“わたし”の子供は影も形もなくなっていた。わが子を求めて病院の中をさまよう“わたし”。心の中には、夫の欧馬に対する疑惑が……。

「episode5 六本木純情派」
 自己免疫病を患う“私”は、六本木で見かけた少女に惹かれ、彼女を追い求めて六本木をさまよう。“私”の手首には薔薇のいれずみ。“慈悲死協会”がつけた、死を検知するデスピュレータだった。そして、手がかりをつかみ、少女に迫る“私”の前に、“イレイザー”のエージェントが……。

「episode6 サトウキビ」
 ドブ川に浮かんで死にかけていた男が、その手に握りしめていた広告のティッシュ。それは、ファッションヘルス〈SUGARCANE〉のものだった。“おれ”は街をさまよい、〈SUGARACANE〉を探しつづけるが……。

「final episode part2 監視塔」
 マングローブ林の彼方にそびえる監視塔。ここには三人の男女が眠り続けていた。男が二人、女が一人。彼らはそれぞれ番号で、“44”、“29”、“26”と呼ばれていた……。

[感想]
 臓器移植を目的とした脳死判定を発端として、“死”をテーマとした物語が展開されています。

 “死に臨んだ人間は何を考えるのか?” この重い命題に対して、山田正紀はあくまでもエンターテインメントの範囲内で答を出そうとしています。それが“デッドソルジャーズ・ライヴ”です。基本的なパターンを踏襲しながらも少しずつ違う断片的なエピソードを積み重ねることによって、中心となるモチーフを際立たせるという実験的な手法が採用されており、その中で語り手の態度が〈否認〉→〈怒り〉→〈取り引き〉→〈抑鬱〉→〈受容〉の五段階に沿って少しずつ変化しているようにも思われます。そしてラストには、物語の“死”が訪れます。

 エピソード相互の関連を補強しつつ豊かなイメージを喚起する“薔薇のいれずみ”、“意識共鳴スペクトローラー”、“レプタイル”などの魅力的なガジェットも秀逸です。また、冒頭と終盤に置かれたマングローブ林における“バイタル・マシン・システム”による戦闘場面も、幻想的で非常によくできています。

 ハードなテーマと想像力を刺激する描写、そしてエンターテインメント性を兼ね備えた傑作です。

2000.10.10再読了
「episode7 ダート」 (単行本未収録;SFマガジン1996年2月号掲載)
 “慈悲死協会”で技師として働く早見秀彦は、魚返理事から奇妙な仕事を言い渡された。国会図書館のスーパーコンピュータから、“慈悲死協会”に関するデータを消去するというのだ。秀彦は、魚返の妻・瑠璃子、秘書の淵沢とともに、第二次関東大震災以降閉鎖されたままの国会図書館へと向かったが……。
 単行本未収録の番外編。三人称で書かれている点(episode1~6はすべて一人称です)、“慈悲死協会”の内部の側から描かれている点、そして背景が極端に異なる点で、episode1~6と大きく相違しています。面白い作品ではありますが、本編とのつながりは薄く、単行本に収録されなかったのも致し方ないところでしょう。
2000.10.10読了