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  4. 予言の島

予言の島/澤村伊智

2019年発表 (KADOKAWA)

 まず、島民たちが恐れていた“ヒキタの怨霊”の正体が、産業廃棄物から生じた硫化水素という、即物的かつ現実的な危険だったという真相にはしてやられました。“あんな汚い島”(30頁)という春夫の言葉と、それについての説明(102頁~103頁)が伏線となっている*1ところもよくできていますし、橘の家で大量に見つかった“くろむし”の意味が明らかになるのも鮮やかです。

 一方、宇津木幽子が遺した予言に従うように次々と死者が出ていきますが、当初は不可解な謎となっていた春夫の死は、島の秘密が明かされると同時に犯人も動機も判明し、橘が古畑に殺されたことも明らかになり、サナエとヨシロウの二人はガスによる死、そして古畑は自殺――という具合に、終盤は謎も何もないまま進んでいき、一体どう収拾をつけるのかと思っていると、最後の最後にきて突然、“誰が沙千花を殺したのか”という謎が飛び出してくるのが面白いところ。そしてそこで、全編にわたって仕掛けられた叙述トリックにより隠されていた人物が、犯人として“現れる”のが圧巻です。

 この一人称を三人称に偽装する叙述トリック(→拙文「叙述トリック分類#[A-3-1]視点人物の隠匿」を参照)には、いくつかの前例がある*2のですが、本書ではそれらの前例とはかなり違った処理がされているのが注目すべきところでしょう。具体的には、(1)隠された人物の“隔離”、そして(2)犯行のタイミング、の二点です。

(1)隠された人物の“隔離”
 このトリックは、一人称を三人称に見えるように記述するのがポイントですが、それだけでは必ずしも十分ではなく、“読者の目から隠されながらも作中には登場している”人物の存在を浮かび上がらせないように、会話など他の人物との“相互作用”を制限する必要があるため、隠された人物と他の人物とが何らかの手段*3により“隔離”されるのが常道です。
 しかし本書では、隠された人物(淳の母親・敏江)はほとんど隔離されていないのが大きな特徴で、ほぼ一貫して(淳と)行動を共にするのみならず、かなり普通に他の人物と会話を交わしています。もちろん、直接言及されることがない――例えば霊子が敏江のことを“強力な守護霊”(48頁)と表現しているように――あたりは“心理的な隔離”(遠慮)があるといえるかもしれませんが、それにしても前例と比べて“弱い”のは確かです。
 さらに細かいことをいえば、本書では隠された人物が隔離されることなく淳に“寄り添って”いることで、前例の大半が三人称客観視点に偽装されているのに対して、内面描写のある三人称視点(淳の視点)に偽装されているのがユニークで、前例を知っていてもトリックに気づきにくくなっている感があります。

(2)犯行のタイミング
 読者には見えない人物が存在するというのは、フーダニットにおいては(作者にとっての)大きなアドバンテージなので、ほとんどの前例と同様に本書でも、隠された人物が犯人とされています。が、本書の場合、隠された犯人による犯行が結末ぎりぎりのところに配置され、著しくタイミングが遅いのも特徴的です。これはおそらく、隠された犯人が作中で隔離されていないことによるもので、犯人が犯行に及んでしまえば、たとえ読者には存在が見えないとしても、本書のように作中では犯人が一目瞭然……とはいかないまでも、少なくとも容疑者の一人として検討せざるを得なくなり*4、トリックが露見しやすくなるからです。
 本書が巧妙なのは、タイミングを遅くせざるを得ない“本命”の事件までの間を、別の事件と“怨霊”騒動、そして予言によってうまくつないである点で、しかも春夫殺しと橘殺しについては、あからさまな容疑者――春夫殺しでは嘘をついた橘、橘殺しでは現場にいたはずの宗作→古畑――が用意されているため、隠された人物の容疑が検討されないのが効果的。
 また、“生き残るために先手を打って予言を成就させる”という動機そのものはありがちですが、これが予言に裏付けがない限り生じない動機であること、すなわちある程度事態が進行してから初めて発生するものであるため、必然的に犯行のタイミングが遅くなることに注目すべきでしょう。したがって、トリックの要請に合致した動機といえるのですが、その意味ではむしろ、本書ではトリックをうまく成立させるために予言テーマが導入されたととらえるべきなのかもしれません。

 作中で隔離されていないだけに、隠された人物の存在を見抜く手がかりはしっかりと用意されています。まず「第一章」の冒頭、淳との会話で“おかん”の存在は明示されています(17頁)し、その後の宗作と会う喫茶店の場面では、宗作の“テーブルのグラスはアイスコーヒーで満たされている”(18頁)にもかかわらず、“店員が(中略)アイスコーヒーを二つ置き”(21頁)と数が合わなくなっています。また春夫から電話がかかってきた場面では、“もしもし”という応答の後に“淳は(中略)慌てて携帯を摑んだ”(いずれも25頁)と、順序がおかしくなっています。さらに、“お久しぶり、です(18頁)という宗作の微妙な挨拶や、春夫までもが“物持ちはええんですよ”(28頁)と時おり敬語交じりでしゃべっているあたりも、淳以外の(敬語を使うべき)人物の存在を示唆する手がかりといえそうです。

 他にも、作中で(真相が明かされた後に)言及された以下のような手がかりがあります*5

作中での言及該当箇所の記述
宗作が“自販機で飲み物を買って、わたしに振る舞ってくれたりもした。”(301頁)“宗作が(中略)緑茶のボトルを差し出した。黙って受け取る。”(65頁)←→“淳は飲みかけのサイダーボトルを差し出す。”(72頁)
春夫が“四人で遊べるゲームを提案してくれた。”(301頁)“熱血高校チーム“連合チーム(いずれも27頁)*6
“最大四人で遊べる”(28頁)三人でも遊べる”ではない
“電話に出たのは淳の母親で、春夫は明らかに戸惑っていた。”(308頁)“びっくりした、かけ間違えたんかと思ったわ”(25頁)
“三人席に三人で掛けていただろう。”(309頁)“座席が横に三列(中略)すぐ前の席で宗作と春夫が”(53頁)
“宗作をおんぶしてる時、誰が傘差してあげてたと思てんの?”(313頁)“宗作を背負った淳”(197頁)←→“傘を差しているせいで視界は悪く歩きにくい。”(202頁)“宗作が濡れないように傘の位置を調整し”(204頁)

 このような手がかりがあるとはいえ、三十代後半の息子に母親が始終寄り添い*7、友達との旅行にまでついてくるというのは、(失礼ながら)さすがにあまりにも異様なので、予想するのは困難ではないかと思われます。また、いわば“目隠し”として登場している遠藤親子について、地の文で“母親が息子から離れないでいるせいだ。離れられないでいるからだ。”(89頁)と――自分を棚上げして――厳しく書かれているのも、強力なミスディレクションとなっています。

 真相が明かされてみると、当初のホラー風味とは違った形の――サイコホラー風の恐ろしさに転じるのが秀逸。特に、上で挙げた遠藤親子への厳しい視線や、“何でいつまでも彼女でけへんねやろな(中略)何かアブノーマルな趣味でも……”(81頁)のあたりなどは、何とも空恐ろしいものがあります。

*1: しかも、“歪んでるんは直島豊島に限ったことちゃうわな。ひょっとしたら――”(103頁)と、読み返してみれば、霧久井島の秘密を匂わせるところまでいっているのに恐れ入ります。
*2: “メインのトリックはすでに先例があるもので、(中略)それをこういう料理の仕方なら許されるかな、というところまでアレンジしました。”「【新刊インタビュー 澤村伊智『予言の島』】スマホの普及した現代で、「外界からの孤立」を描く | カドブン」と、作者自身も前例を知った上で挑んだことがうかがえます(なお、引用で省略した部分は、前例のネタバレ的な意味で少々危うい気がします)。
*3: 私見では、物理的な隔離、心理的な隔離、感覚的な隔離に三分されます。
*4: 人物を隠匿する叙述トリックを使った作品で、この部分を大胆にカットしてしまったものもありますが、やはり若干アンフェア気味な印象になってしまうのは否めません。
*5: “優先席に案内し、座らせてくれた。”(301頁)は、“顎と首の境に生えた、一本だけ長い髭が目立つ。”(36頁)との記述では“彼の顎鬚を見上げていた(301頁)とまではいい切れないので微妙。
 “民宿に泊まる時も一部屋で足りただろう。”(309頁)も、二部屋使っているかどうかは描写から今ひとつ判然としません。
 また“宗作追っかけて階段上る時も、わたしのペースに合わせてゆっくりしてくれてた”(313頁)については、“先を行く淳はわずかに歩調を緩めて”“淳も立ち止まって「ごめん」と声をかけ”(いずれも133頁)といった記述がありますが、沙千花との関係と考えてもおかしくはありません。
 そして“学校の四階でライト照らしてたんは?”(313頁)については、“淳は(中略)ペンライトを取り落す。”(276頁)の後、“足元のペンライトを拾い上げ”(277頁)たのは“視点人物”ですが、それが淳であっても不可能ではないので、手がかりとはいえないでしょう。
*6: ただし、このゲームはよく知らないので、二人で遊ぶ場合にも“チーム”になっている可能性もありますが。
*7: “伊丹大卒でちっちゃい駄菓子メーカーの平社員”(19頁)というのは淳自身のことだと考えられます――その後に“会社も有給残ってるし”(29頁)という台詞もあります――が、大学や会社は一体どうだったのか……?

2019.05.24読了