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造花の蜜(上下)/連城三紀彦

2008年発表 ハルキ文庫 れ1-8,9(角川春樹事務所)

 まず、誘拐されて人質となっていた圭太少年に、“母親の方が誘拐された”と思い込ませたところが巧妙。人質をおとなしくさせておくために“自身が誘拐されていることを気づかせない”、という手口には前例があったように思いますが*1、本書では誘拐事件の発生を隠すことなく〈人質〉をすり替えることで、事件に二重の意味を持たせてあるのが面白いところです。しかも、圭太少年が誘拐された際の“スズメバチに刺された”という嘘で、すでに同じ構図が示されているのがまた見事。

 そして、これまた“事件のダブルミーニング”という構図を生かしたメインのネタが非常に秀逸。事件が二重構造となっていることは、“楽屋裏では子供の命と引き換えにちゃんと身代金を受け取るわ。”(下巻68頁)という『蘭』の台詞でも示されていますが、『蘭』の共犯者として圭太誘拐事件で重要な役割を果たした“川田”=沼田実の立場を、〈誘拐犯〉から〈人質〉へと鮮やかに逆転させた仕掛けには完全に脱帽です。役割のスライドという点では、〈誘拐犯〉を〈探偵〉に据えた(注:ネタバレではありません)岡嶋二人の傑作『あした天気にしておくれ』などに通じるところがあるようにも思いますが、前述の“自身が誘拐されていることを気づかせない”手口の究極というべきもので、これ以上ないほど効果的といえるでしょう。

 単なる二重構造にしては必要以上に派手な身代金受け渡しが、読んでいて少々引っかかったところではあるのですが、続く「女王の犯罪」の章での視点の切り替え――当の“川田”=沼田実の視点で事件に至る経緯を倒叙ミステリ風に描くことで、巧みに真相を隠蔽する構成が絶妙です*2。と同時に、その中で『蘭』が沼田実を〈人質〉として捕らえていく過程が――“蜜”と“蜂”の、あるいは“女王蜂”と“働き蜂”の比喩を用いながら――しっかりと描かれることで、前代未聞の犯罪の説得力が高まっているのも見逃せません。

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 “本編”に続く「最後で最大の犯罪」の章では、まさかここで仕掛けてくるとは予想もしなかった大胆不敵なネタに思わず苦笑。“本編”で『蘭』の前に完敗を喫しはしたものの十分に存在感を発揮した、橋場警部のリベンジなるかと思わせておいて、ぬけぬけと偽者――もう一つの“造花”を用意する作者の手際は鮮やかです。

 比較的単純な叙述トリックながら、この章全体が手記であることを中盤まで伏せておくのがうまいところですし、記述者である“私”の複雑な心理が重要な要素として犯行にしっかり組み込まれているところもよくできています。

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*1: しかし具体的なところがどうにも思い出せません。心当たりのある方はご教示下さい。
*2: その一方で、小川香奈子らが完全に表舞台から退場してしまうことで、香奈子が“犯人です”(上巻198頁)と断じた人物の正体が“本編”終了後の「最後で最大の犯罪」の章になってようやく明かされる(下巻258頁)のは、少々いただけないところですが。

2011.02.10 / 02.14読了

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