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ハイチムニー荘の醜聞/J.D.カー

Scandal at High Chimneys/J.D.Carr

1959年発表 真野明裕訳 ハヤカワ文庫HM5-14(1539)(早川書房)

 本来、この事件はとてもシンプルだったはずです。マシュー弁護士を殺す動機があるのは、死刑囚の子供だけです。そして、マシュー自身とウィッチャー元警部はそれが誰かを知っていたのですから。ところが、登場人物たちの怪しげな会話のせいで、犯人が隠されてしまっています。しかしそれでいて、例えば“踏み車”の話題など、手がかりは少しずつ提示されています。いわゆる“叙述トリック”とは違いますが、細かいところまで叙述に気を使い、トリックを仕掛けたカーの手腕はさすがです。

 実際、ウィッチャー元警部がクライヴにきちんと話しておけばそれで終わりだったわけで、ちょっと思わせぶりに過ぎるようにも感じられます。ただ、クライヴは本来部外者である上に、ウィッチャー自身がコンスタンス・ケント事件で逮捕を急いでしくじった経歴の持ち主なので、むやみにしゃべらないというのも説得力があるように思えますし、何でもない事件を無理やりミステリに仕立て上げたという印象は受けません。

 各章の終わりの、次の章への引っ張り方が見事です。ちょっとあざといようにも思えますが、読者の興味を引くという意味では成功していると思います。叙述によるトリックとあわせ、カーの語りの技術の最高峰といってもいいでしょう。

 余談ですが、対照的な姉妹が登場するところなどは、フェル博士ものの長編『眠れるスフィンクス』と似たような印象を受けました。

2000.02.09再読了