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赤後家の殺人/C.ディクスン

The Red Widow Murders/C.Dickson

1935年発表 宇野利泰訳 創元推理文庫119-01(東京創元社)

 “部屋が人を殺す”という謎は、同じ現場(部屋)で原因不明の死が繰り返されるというものですから、どうしても何らかの仕掛けによる殺人――遠隔殺人を連想させますが、本書の場合には部屋に仕掛けがあることをあからさまに匂わせつつも、もともとあった仕掛けが取り去られていたというひねりがよくできています。

 そして、毒を血管に注入する必要があるにもかかわらず、死体に痕跡が残っていないという不可解な現象を演出する毒殺トリックが非常に秀逸です。伏線が少々不足している感はあります*1し、検視の際に気づかれなかったというのも少々気になりますが、虫歯の治療による歯茎の切開創という盲点を突いた巧妙なトリックといえるのではないでしょうか*2。毒の入ったフラスコを回収する早業トリックそのものは陳腐ですが、これはあくまでも毒殺トリックが明らかになって初めて検討の対象となる、瑣末な部分にすぎないというべきでしょう。

 ただしこのトリックと密室との組み合わせは、あまりいいとはいえないように思います。そもそも、犯人が現場にいることを必ずしも要しない毒殺という手段は、密室――犯人が現場に入ることができないという不可能状況――とは相性がよくないわけですが、本書の場合には(後述の返事の問題もありますが)血管に注入する必要のある即効性の毒が使われているところだけをみると、犯人が密室内に入って犯行に及んだ可能性が示唆されているともいえます。が、死体に注射痕などが残っていないために、犯人が直接被害者を殺害したというミスリードは弱く、結果として密室がさほど意味を持たないということになってしまうのが何とも微妙なところです。

 事件の様相をさらに不可解なものにしているのが、“死者が返事をする”というもう一つの謎です。それによって、犯人が密室内に入ったという可能性が(一応は)浮上するとともに、本来毒殺では問題にならないはずのアリバイが取り沙汰されることになっているのが興味深いところです。もっとも、窓越しに律儀に返事を続けるというどこか間の抜けたトリックが示され、さらにそれが犯人ではないガイによるもの*3だということが明らかになった時点で、どちらもあまり意味のないものになってしまうわけで、わざわざ盛り込む必要がなかったようにも思えてしまいます。

*1: 《赤い龍》(376頁)はさすがにどうかと思います(苦笑)
*2: ちなみに、都筑道夫が〈なめくじ長屋捕り物さわぎ〉の一篇(以下伏せ字)「舟徳」(『きまぐれ砂絵』収録)(ここまで)で、このトリックにひねりを加えて不思議な状況を作り出しています。
*3: ついでにいえば、ガイが当初主張していたアリバイ――イザベルの偽証――もいただけませんし、犯人ではないにもかかわらずわざわざそんなことをした理由も少々説得力を欠いている感があります。

2008.11.21再読了 (2008.12.31改稿)