幻を追う男/J.D.カー
Speak of the Devil and Other Stories/J.D.Carr
2006年刊 森英俊訳 論創海外ミステリ60(論創社)
- 「誰がマシュー・コービンを殺したか?」
- 森英俊氏の解説にも記されているように、「絞首人は待ってくれない」(『幽霊射手』)でも同じ手がかりが使われているので、わかる人にはすぐにわかってしまうでしょう。ただ、大胆に提示されながらも簡単には意味がわからない秀逸な手がかりだと思いますし、16頁~17頁にかけてのフェル博士の語りが強力なミスディレクションとなっている(
“われわれは彼の立場に身を置き、彼が目にしたものを思い浮かべてみる必要がある”
という前置きがありますが、フェル博士の口から語られていることで、客観的な事実であるように思わされる)ところも見逃せません。
そして、何とも意外な形で登場する犯人には驚かされます。実際にラジオ放送を聴いていた人たちはもっと驚いたことでしょうが(苦笑)。ちなみに、この作品の次に放送された「暗黒の一瞬」(『ヴァンパイアの塔』収録)には、“このまえフェル博士が殺人犯の究明に乗りだしたときには、たしかBBCのアナウンサーがつかまったんですよね。”
(47頁)という台詞があり、ニヤリとさせられます。
- 「あずまやの悪魔」(オリジナル版)
- 『黒い塔の恐怖』に収録されたバージョンでは自殺という形で一度決着しているのに対し、こちらでは他殺であることが最初から明らかになっており、しかもほとんどイザベルのアリバイだけが問題になっているというストレートな状況です。その分、真相を見抜く手がかりとなる軍帽が大きくクローズアップされ、謎解き色が強くなっています。
なお、編み物袋のトリックは、後に長編(以下伏せ字)『疑惑の影』(ここまで)に応用されています。
- 「幻を追う男」
- メアリーが絞首刑を免れた軽業的なトリックには苦笑を禁じ得ませんが、かつてサーカスにいたという伏線はまずまず、といったところでしょうか。
カーヴァー夫人殺しについては、外部犯の可能性を否定する根拠とされた犬が吠えなかったという事実が、メアリーが金を盗んで持ち出したという仮説と矛盾する逆方向の決め手となっているところが非常によくできています。