2002.02.28改稿

J.D.カー短編集vol.2

幽霊射手 黒い塔の恐怖 ヴァンパイアの塔



幽霊射手 The Door to Doom & other detections
 1980年発表 (宇野利泰訳 創元推理文庫118-20)ネタバレ感想

 カーの死後、ダグラス・G・グリーンによって編纂された、初期の短編、ラジオドラマ、エッセイなどを含む短編集です。創元文庫版では、本書と『黒い塔の恐怖』の2冊に分けて刊行されています。
 本書には、歴史ミステリ1篇、『夜歩く』以前に発表されたバンコランもの4篇、そしてラジオドラマ4篇が収録されています。
 個人的ベストは「正義の果て」

「死者を飲むかのように……」 As Drink the Dead... (歴史ミステリ)
 年老いた貴族のもとを訪れた作家、フォン・アルンハイム。彼は、かつてチェザレ・ボルジアの命を奪ったとされる“悪魔の聖杯”の謎を解き明かすためにやってきたのだ。その推理を書き記す彼を目の前にして、館の主は“悪魔の聖杯”で酒を飲み干す……。
 “悪魔の聖杯”を間に挟んで繰り広げられる、フォン・アルンハイムと館の主との息詰まる対決がスリリングな作品です。

「山羊の影」 The Shadow of the Goat (バンコラン)
 “鍵のかけられた密室から姿を消すことができる”と宣言した男は、賭けに乗ってその言葉通り消え失せてしまった。しかも、その間に遠く離れた場所で殺人を犯した容疑をかけられたのだ。バンコランは敢然と謎に挑むが……。
 密室からの消失トリック自体は古典的ですが、姿を消している間に殺人を犯した容疑がかかるという状況がユニークです。もう一つのトリックはなかなかよくできています。

「第四の容疑者」 The Fourth Suspect (バンコラン)
 銃声が響いたその時、窓からは部屋の中にいる女性の影が見えていた。しかし、扉も窓も内側から鍵がかかったその部屋の中には、スパイ容疑のかかった男ただ一人が、銃で頭を撃ち抜かれて死んでいたのだ……。
 密室殺人もさることながら、捜査当局が求める、スパイの証拠となる紙片の隠し場所がよくできています。皮肉なラストも秀逸。

「正義の果て」 The End of Justice (バンコラン)
 財産目当てで従兄弟を殺した容疑で絞首刑を待つ男。本人は罪を否認していたものの、状況証拠は歴然としていた。だが、刑の執行寸前にパリに戻ってきたバンコランは、懸命に男の容疑を晴らそうとする……。
 手がかりの一つが怪しげなのが残念ですが、物語は非常によくできています。ラストのバンコランの台詞に込められた心情が何ともいえません。

「四号車室の殺人」 The Murder in Number Four (バンコラン)
 幽霊が出るという噂のある夜行列車。その四号車室で、得体の知れない男が殺された。車室のドアには内側から掛け金がかけられていたが、走行中の列車の窓から犯人が侵入できるはずはなかった……。
 途中から登場して颯爽と謎を解くバンコランの姿が印象的です。事件の方は、ミスディレクションがよくできていると思います。

「B13号船室」 Cabin B-13 (ラジオドラマ)
 新婚旅行に出るため、客船に乗り込んだ夫婦。しかし、夫がどこかへ姿を消してしまった。残された妻の訴えにもかかわらず、船員たちは夫の存在を否定する。さらに船室までもが消え失せてしまい……。
 新婚の夫が姿を消し、船室も消えて、船員も話を信じてくれないという状況で、残された妻の強烈な不安が伝わってきます。トリックは古典的ですが、よくできていると思います。

「絞首人は待ってくれない」 The Hangman Won't Wait (ラジオドラマ;フェル博士)
 恋人を殺した容疑で絞首刑の判決を受けた女。目撃証言から犯行は明らかだと思われたが、彼女は事件の直後に記憶を失っていた。しかし、刑の執行寸前に記憶を取り戻した彼女は、必死に無実を訴える……。
 「正義の果て」とよく似た状況の作品ですが、記憶を失った女死刑囚の視点が取り入れられているため、よりスリリングなものとなっています。また、手がかりが非常によくできています。

「幽霊射手」 The Phantom Archer (ラジオドラマ)
 古城の中にある鍵のかかった画廊内で、弓を手にした木像が矢を射るという謎の事件が三晩続けて発生した。そして四日目の晩、ついに城主が木像に殺されてしまったのだ……。
 トリックはやや拍子抜けですが、ミスディレクションがなかなかよくできています。ただ、一つミスがあるのが残念ですが。

「花嫁消失」 The Bride Vanishes (ラジオドラマ)
 イタリア・カプリ島を訪れた新婚夫婦。だが、地元の人々は花嫁を奇妙な目で見つめていた。数年前、別荘のバルコニーから忽然と姿を消した女性と瓜二つだというのだ。やがて花嫁は、同じようにバルコニーから消えてしまった……。
 謎解きは今ひとつ物足りないところがありますが、サスペンスとしてはよくできていると思います。

1999.11.24読了
2002.02.15再読了



黒い塔の恐怖 The Door to Doom & other detections
 1980年発表 (宇野利泰・永井 淳訳 創元推理文庫118-21)ネタバレ感想

 詳細については『幽霊射手』参照。
 本書には、ラジオドラマ2篇、超自然ミステリ3篇、シャーロック・ホームズ・パロディ1篇(『ミニ・ミステリ傑作選』に収録された「パラドール・チェンバーの怪事件」は割愛(→その他短編参照))、エッセイ2篇、さらに江戸川乱歩によるエッセイ「カー問答」が収録されています。
 個人的ベストは「黒い塔の恐怖」「死を賭けるか?」

「死を賭けるか?」 Will You Make a Bet with Death? (ラジオドラマ)
 継父の提案してきた奇妙な賭け。それは、命を狙ってくる継父の魔の手をかわして半年間生き延びることができれば、大金を手にすることができるというものだった。継父に脅かされながら、ようやく約束の期限が目の前に迫ったとき……。
 奇妙な賭けによって高まるサスペンス、期限を目の前にしながら予想外の罠にはまってしまう主人公、そして皮肉なラストまで、短い中にも非常に巧妙なプロットが展開されていますが、さらにロマンスまでも予感させるのがカーらしいところでしょうか。
 なお、この奇妙な賭けは長編『九つの答』に生かされています。また、冒頭の場面はリレー小説『殺意の海辺』にも採用されています。

「あずまやの悪魔」 The Devil in the Summer House (ラジオドラマ)
 暑い夏のある日、あずまやで頭を撃ち抜いて死んでいた男。その間、母屋を離れた人間はおらず、事件は自殺として処理された。だが、25年以上もの時を経て、今その真相が明らかにされる……。
 事件のトリックもまずまずですが、真相が明らかになる状況があまりにも尋常でなく、サスペンスフルな作品に仕上がっています。

「死んでいた男」 The Man Who Was Dead (超自然ミステリ)
 船旅から帰ってきた男が手に取った新聞には、自分の死亡を告げる記事が! あわてて帰宅しようとするものの、彼には怪しい男の影がつきまとっていた……。
 『不可能犯罪捜査課』に収録された「二つの死」の別バージョンです。途中まではこちらの方が描写も不気味なのですが、ラストがやや説明的すぎるところが残念です。

「死への扉」 The Door to Doom (超自然ミステリ)
 嵐の中、暗い森の中の一軒家に宿を求めた旅人。だが、その土地には不気味な伝説が伝わっていた。やがて、一息つく間もなく、恐るべき魔の手が彼に迫る。そして“捕まえ、押しつぶして殺す”ものが……。
 冒頭から、嵐、暗い森、不気味な伝説、怪しげな宿屋の人々と、雰囲気は十分です。本書に収録された“超自然ミステリ”3篇の中で最も怖い作品です。

「黒い塔の恐怖」 Terror's Dark Tower (超自然ミステリ)
 結婚を前にして、の上の小部屋に鍵をかけて閉じこもった姉は、忌まわしい伝説の通りに何者かにをえぐられて死んでしまった。そして今夜、同じく塔に登った妹は……。
 “超自然ミステリ”と銘打たれていますが、超自然的に見える現象を合理的に解体するという意味で、カーの普通のミステリに近いと思います。トリックはなかなかよくできています。

「コンク・シングルトン卿文書事件」 The Adventure of the Conk-Singleton Papers (シャーロック・ホームズ・パロディ)
 深夜、ホームズのもとを訪ねてきた仮面の訪問者は、奇妙な文書を携えていた。それは、首相暗殺計画を示唆するものだった……。
 アメリカ推理作家協会の年次総会(1948年)で上演された素人劇の脚本です。カー自身は訪問者に扮したようです(ホームズ役はクレイトン・ロースン)。非常に短い作品ですが、カーらしい笑劇{ファルス}の要素がよく表れています。

「有り金残らずおいてゆけ!」 Stand and Deliver! (エッセイ)
 17世紀から18世紀にイギリスの街道沿いに出没した追いはぎたちを紹介するエッセイです。

「地上最高のゲーム」 The Grandest Game in the World (エッセイ)
 カー自身がミステリの技法について分析したエッセイです。

「カー問答」 (江戸川乱歩によるエッセイ)
 対話形式でカーの魅力を熱く語るエッセイです。

2000.01.17読了
2002.02.18再読了



ヴァンパイアの塔 The Dead Sleep Lightly
 1983年発表 (大村美根子・高見 浩・深町眞理子訳 創元推理文庫118-25)ネタバレ感想

 カーの死後、ダグラス・G・グリーンによって編纂されたラジオドラマ集です。創元文庫版ではさらに単行本未収録の「刑事の休日」、そして松田道弘によるエッセイ「新カー問答」が収録されています。
 個人的ベストは、「死の四方位」「悪魔の原稿」

「暗黒の一瞬」 The Black Minute (ラジオドラマ;フェル博士)
 暗闇の中で行われた降霊会の最中に、心霊術師が刺し殺されてしまった。しかし、降霊会の間は参加者全員が手をつないでいたはずだった。しかも、凶器のナイフには指紋も残されていなかったのだ……。
 闇の中の降霊会という雰囲気たっぷりの舞台、意表を突いたトリック、そして絶妙の伏線や手がかりと、なかなかよくできた作品なのですが、惜しむらくはラストが今ひとつに感じられます。

「悪魔の使徒」 The Devil's Saint (ラジオドラマ)
 愛する娘とその頑固な伯父の暮らす城を訪れた若者は、<タペストリーの間>に泊まることを余儀なくされる。だが、その部屋で眠る者はみな死んでしまうというのだ。そして夜中に彼を訪ねてきたのは……。
 謎解きの要素は薄い作品ですが、さりげなく提示される手がかりはよくできています。恐怖感を煽っていくカーの語りの技術はお見事。

「プールのなかの竜」 The Dragon in the Pool (ラジオドラマ)
 不可解な状況で父を失った娘は、完全なアリバイを持っていたはずの義兄を父殺しの罪で告発した。義兄はその告発に取りあわず、いつものように屋敷の地下にあるプールに飛び込もうとしたのだが……。
 トリックはある短編でも使われたものですが、その使い方に一工夫されています。ラストの衝撃が強烈です。

「死者の眠りは浅い」 The Dead Sleep Lightly (ラジオドラマ;フェル博士)
 かつて愛し合った女性を捨てた男は、亡くなった彼女に取り憑かれることになった。回線が絶たれたはずの電話が死者につながり、再会を告げる彼女のを聞いて怯え上がった男は、フェル博士のもとを訪れたが……。
 一箇所無理があるようにも感じられるところもありますが、死者との会話は秀逸です。ラストはまた何というか……。

「死の四方位」 Death Has Four Faces (ラジオドラマ)
 不審な男の頼みを引き受け、高額の報酬と引き換えに薬を届けることになった若者。だが、降りしきる雨の中、ようやく目的地に着いた彼の目の前で、先ほどの男が刺殺されてしまった。周囲には誰一人いなかったにもかかわらず……。
 『不可能犯罪捜査課』収録の「銀色のカーテン」を、ほぼそのままラジオドラマ化したものです。冒頭のカジノの場面など、音響効果によって臨場感が増しています。

「ヴァンパイアの塔」 Vampire Tower (ラジオドラマ)
 村の祭りで占い師に扮した著名な病理学者は、アランに婚約者の真の姿を告げた。彼女は何人もの男を殺した毒殺魔だというのだ。動揺するアランの目の前で、彼女の誤射した銃弾が病理学者に命中した……。
 長編『死が二人をわかつまで』の序盤とほぼ同じ状況設定です。よくできてはいるのですが、さらにひねりの加えられた長編に比べると物足りなく感じられます。

「悪魔の原稿」 The Devil's Manuscript (ラジオドラマ)
 怪奇作家が書き上げた究極の怪奇小説。彼は友人に、それを真にふさわしい環境で読むようにすすめる。約束を果たそうとした友人は、夜中に人里はなれた家でただ一人、究極の怪奇小説に挑むが……。
 A.ビアスの作品をラジオドラマに仕立て直したものです。いかにも超自然ミステリの雰囲気なのですが、それが最後の最後で合理的に解体される、見事なプロットの作品です。

「白虎の通路」 White Tiger Passage (ラジオドラマ)
 フランスから殺人鬼<並木通りの切り裂き魔>を追ってきた刑事が殺されてしまった。事件の直前に刑事に取材した記者は、残されたごくわずかの手がかりをもとに殺人鬼を追う。しかし、次々と容疑者が現れて……。
 カーのラジオドラマにしては珍しく、ユーモラスな雰囲気の漂う作品です。真相が唐突に提示されるのがやや残念ですが、奇妙な手がかりとそれによって引き起こされる事態はなかなかユニークです。

「亡者の家」 The Villa of the Damned (ラジオドラマ)
 300年前に惨殺された男の亡霊が、古の風景を呼び戻してしまったのか? 窓の外に広がるはずの郊外の町並みが消え失せ、そこには何もない一面の野原が! そして衣服のかたまりが立ち上がり……。
 伏線がさりげなさすぎるために、解決に鮮やかさが感じられないのが残念です。事件の構図は一風変わったものです。

「刑事の休日」 Scotland Yard's Christmas (ミステリ)
 クリスマスを間近に控えたロンドン。警察官に追跡されて電話ボックスに飛びこんだはずの強盗が、忽然と姿を消してしまった。そして強盗から獲物を受け取るはずの仲間も、まったく同じ状況で姿を消した……。
 残念ながら、ミステリとしてはあまり出来がよくありません。消失した状況の説明が中途半端に感じられるところも問題でしょうか。

「新カー問答」 (松田道弘によるエッセイ)
 「カー問答」『黒い塔の恐怖』収録)にならった対話形式で、カーの新たな魅力に迫るエッセイです。なお、『三つの棺』『九人と死で十人だ』などのネタバレが含まれているので、未読の方はご注意下さい。

2000.01.19読了
2002.02.22再読了


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