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ゴールデン・フリース/R.J.ソウヤー

Golden Fleece/R.J.Sawyer

1990年発表 内田昌之訳 ハヤカワ文庫SF991(早川書房)

 イアソンが犯人であれば、自殺に見せかけた密室殺人なども簡単にできたとは思いますが、乗組員一人一人をモニターすべき存在なので、普通の自殺を止めることができないのは不自然になってしまいます。したがって、騙されて着陸機を強奪され、脅迫されたために手出しができなかったというこの作品の状況は、疑惑を招かないだけの説得力を備えた、うまい説明だと思います。

 犯人が探偵役のシミュレーションを作って対応するというのも、ある意味無茶苦茶ではありますが、ユニークだと思います。そして、このニューラルネットワークを作るときの問答も面白いです。

 ラストで明かされる真相の、スケールの大きさには脱帽です。コンピューターのバグによるカタストロフというのは、例えば石原藤夫『コンピュータが死んだ日』などでも描かれていますが、この作品ではより進歩したコンピューターを扱っているため、コンピューター自身が対策を案出しています。この、恒星間宇宙船による移住という対策はノアの箱船的なイメージを感じさせてくれますが、さらにそこにトリックが仕掛けられているのがすばらしいと思います。“ウラシマ効果”を逆手に取った、“相対論的時間かせぎ”は、まさにコロンブスの卵のような発想です。

 真相が発覚する糸口が、ダイアナの手荷物として船内に持ち込まれた、骨董品の時計であるというのも秀逸です。ダイアナと同じように、疑惑を抱いて検証するアーロン(余談ですが、この「一ミシシッピ、二ミシシッピ、……」というのは、試してみましたが、確かにほぼ一秒になるようです)。コンピューターによって立てられた、万全だったはずの計画が、時代遅れの時計によって崩れ去ってしまうというのはかなり皮肉です。

 最後に。翻訳はよくできています。特に、ニューラルネットワークを作るときの三のジョークには感心しました。
 原文では、こうなっています。

 (1) Question: What do you call a mushroom that tells jokes? Answer: A fungi to be with.
 (2) Question: Why do crabs have circles under their eyes? Answer: From sleeping in snatches.
 (3) Question: What do you call a clumsy German? Answer: Oaf Wiedersehen.
(Tor Trade Paperback版117頁)
 (1)と(2)はよくわかりません(誰か教えて下さい)。(3)は、「ぶきっちょなドイツ人のことをなんと呼ぶか?」という質問に対して、ドイツ語の“Auf Wiedersehen(さようなら)”の“Auf”を“Oaf(まぬけ)”に変えた駄洒落です。
 これが、次のように翻訳されています。
 一番。質問――なまいきなキノコのことをなんと呼ぶか。答え――テングタケ。
 二番。質問――どうしてシオマネキはいつも寝不足なのか。答え――夜ごとに潮を吹かせているから。
 三番。質問――やくざなドイツ人にはなんとあいさつするか。答え――フーテン・ターク
(ハヤカワ文庫版135頁)
 一番と二番は原文の意味がよくわからないので比較できませんが、三番は原文のニュアンスを出しつつ、日本語でも通じるジョークに変えてあります(“グーテン・ターク(Guten Tag/こんにちは)”にかけた駄洒落です)。うまいものです。

(2000.04.06 追記)
 上記の英語のジョーク(1)及び(2)について、メールで情報をいただきました。

 まず(1)ですが、「ジョークを飛ばすマッシュルームのことをなんと呼ぶか?」という質問に対して、“A fun guy to be with(つきあうと面白いやつ)”を“fungi(キノコ)”に変えてあります。

 (2)の方は、「どうしてカニは目の下にくまがあるのか?」という質問に対して“From sleeping in snatches(寝不足だから)”という答えですが、“snatch”には「ひったくる」という意味があるので、「はさみで睡眠時間を切り取ってしまうから」といったニュアンスになるようです。

 情報を寄せていただいたなかやまさん、そしてそのお知り合いの方、どうもありがとうございました。

(2001.10.14 追記)
 この作品は倒叙形式のホワイダニットというユニークな構成になっています。フーダニットではなくホワイダニットとしたのはなぜなのか、ソウヤー本人にメールで問い合わせてみたところ、丁寧な返事をいただいたので紹介しておきます。
(前略)
 My first goal for that book was to tell a story entirely from the point of view of an artificial intelligence, so the choice of JASON as the point-of-view character is one I made at the beginning. Indeed, I decided I was going to do this even before I decided to write a mystery story.

 Of course, GOLDEN FLEECE was inspired to some degree by 2001: A SPACE ODYSSEY. I always thought the official explanation for why HAL committed murder was rather lame: he had been given conflicting instructions, and didn't know how to resolve them. It seemed to me a truly sophisticated AI wouldn't be so easily confused, and so I found myself concentrating on what might be a sensible reason for an AI to contemplate committing murder. That led to JASON being the murderer, and the story focusing on his motive for killing Diana, rather than on figuring out WHO had killed Diana.
(後略)

* * *
(前略)
 この本の第一の目標は、物語全体を人工知能の視点で記述することでした。それで、まず最初にイアソンを視点人物として設定しました。実際のところ、そう決めた時にはまだミステリを書くつもりもなかったのです。

 もちろん、『ゴールデン・フリース』は『2001年宇宙の旅』にある程度の影響を受けています。私は常々、HAL9000が殺人を犯した理由についての公式の説明はどうもつじつまが合わないものだと考えていました。彼は相反する命令を受けて、それをどのように解決すればいいかわからなかった、ということになっています。私には、本当に進歩した人工知能がそれほど簡単に混乱するとは思えなかったので、人工知能が殺人を企てる理由として納得できるのはどのようなものか、じっくりと考えるようになっていました。それでイアソンを殺人者とすることになり、“誰がダイアナを殺したか”を解き明かす物語ではなく、イアソンが彼女を殺す動機の方に重点を置くことになったのです。
(後略)
(掲載・翻訳については了承済み/かなり意訳しています)