ロバート・J・ソウヤー作品紹介vol.1

  1. 黄金の羊毛亭  > 
  2. ロバート・J・ソウヤー > 
  3. 作品紹介vol.1
 ソウヤーのサイト「SFWRITER.COM」に掲載されている、各作品の"Opening Chapters"にもリンクしてあります。
 なお、未訳作品のネタバレ感想についてはパスワードによる制限をかけてありますので、ご了承ください。

ゴールデン・フリース Golde Fleece

ネタバレ感想 1990年発表 (内田昌之訳 ハヤカワ文庫SF991) "Opening Chapters"
[『Golden Fleece』北米版Trade PBカバー(Bob Eggleton)] [『ゴールデン・フリース』日本版文庫カバー(長谷川正治)]

[紹介]
 太陽系外の惑星を調査するために、10,000人の調査隊員を乗せて亜光速で航行する宇宙船〈アルゴー号〉で、イアソンは天文学者ダイアナを自殺に見せかけて殺害する。状況からみて調査隊員の誰もが自殺であることを疑わない中、ダイアナの前夫アーロンだけはひとり疑問を持ち、事件の謎を探っていく。少しずつ事件の真相に迫り、イアソンに疑いを持ち始めるアーロン。だが、事件の背後には予想もしなかった事実が待ち受けていた……!

[感想]
  この作品は、『刑事コロンボ』でおなじみの倒叙形式犯人の一人称で書かれたSFミステリです。語り手であるイアソンの、乾いた、しかしどこかユーモラスなキャラクターが際立っています。
 冒頭からSFならではの意外な凶器を用いた殺人場面、中盤ではアーロンに対するイアソンの対抗手段が実に面白いと思います。そして終盤、イアソンとアーロンの息詰まる対決を経て、最後に明かされるスケールの大きな真相。“謎”を物語の中心に据えて、さらにSFならではのアイデアを存分に盛り込んだ、SFミステリのお手本のような傑作です。

(2001.10.14) ネタバレ感想にソウヤー本人からのコメントを追加しました。




〈キンタグリオ三部作〉

 以下の三作品は、恐竜型の知的種族であるキンタグリオ族を主役としたシリーズです。舞台は地球でいえば中世風に設定されており、その中で世界や種族にまつわる秘密が解き明かされていきます。三作を通じて、迷信あるいは本能と、理性的思考との対決がテーマになっているようです。

 残念ながら、第二作及び第三作は現在のところ未訳です。


占星師アフサンの遠見鏡 Far-Seer

ネタバレ感想 1992年発表 (内田昌之訳 ハヤカワ文庫SF1053) "Opening Chapters"
[『Far-Seer』英版PBカバー(Mick Posen)] [『占星師アフサンの遠見鏡』日本版文庫カバー(小菅久美)] [『占星師アフサンの遠見鏡』日本版文庫カバー(木嶋俊)]

[紹介]
 宮廷占星師の見習いアフサンは、成人を迎える儀式として、空に浮かぶ〈神の顔〉を見る巡礼の旅に出る。旅のあいだ、遠見鏡で空の観察を続けるアフサンは、次第に〈神の顔〉の、そして世界の真の姿に気づいていく。だが、それはキンタグリオ族の信仰と、真っ向から対立するものだった……。

[感想]
 一言で言うと、恐竜ガリレオ少年の物語です。
 冒頭こそ異世界ファンタジー風ですが、観察力、理性的な思考、そして聡明さを備えたアフサンにより、次第に世界の実体が明らかになっていきます。この、ファンタジーとも思える物語が次第にSFへと変貌していく展開が実に見事です。観測される一つ一つの事実をもとに理論を組み立て、少しずつ真実に迫っていく過程はエレガントです。ここがこの作品の最大の魅力でしょう。
 また、肉食恐竜であるために狩猟を基盤として構築され、さらに〈なわばり本能〉*に影響を受けている独特の文明も魅力的ですし、実際に狩猟を行う場面や、ラストのスペクタクルは迫力満点です。
 三部作なので、当然ながらキンタグリオ族の運命は次作以降へ持ち越されます。続編の翻訳を切望します。

*: キンタグリオ族には〈なわばり本能〉があり、(生殖行為の際を除いて)二頭が一定距離以内に近づくと、理性では抑えきれない凶暴な状態となり、どちらかが死ぬまでその状態が続きます。


Fossil Hunter

ネタバレ感想 1993年発表 (New English Library・未訳 "Opening Chapters"
[『Fossil Hunter』英版PBカバー(イラスト:Mick Posen)]

[紹介]
 辺境で、地質学調査のさなか、地中から発掘された謎の物体。さらに、長い航海の果てに南極で発見された未知の動物たち。調査隊長トロカは、これらの謎を解き明かすことができるのか? 一方、突然勃発した皇位継承争いに揺れる帝都では、さらに前代未聞の連続殺害事件が起こっていた……。

[感想]
 こちらは、恐竜ダーウィン少年の物語です。
 前作ではキンタグリオ族の世界の秘密が明らかになりましたが、この作品ではキンタグリオ族の出自が明らかになります。こちらも前作と同様に、一つ一つの事実をもとに、少しずつ真実が明らかにされていく過程がよくできています。また、辺境と帝都で同時に進行し、まったく無関係に思えた二つの物語が、微妙に絡んでくるあたりもうまいと思います。さらに、三作を通じた伏線も、次第にその意味が明らかになってきます。

 前作『占星師アフサンの遠見鏡』のネタバレを避けるため、そちらのネタバレ感想の方にもう少し詳しい紹介を書いておきます。



Foreigner

ネタバレ感想 1994年発表 (New English Library・未訳 "Opening Chapters"
[『Foreigner』英版PBカバー(イラスト:Mick Posen)]

[紹介]
 心療師モクレブは、カウンセリングを通じてキンタグリオ族の意識に秘められた闇に迫っていく。一方、辺境の島では、キンタグリオ族と同じく知性を持つ恐竜型の異種族が発見される。しかし、彼らはキンタグリオ族のような〈なわばり本能〉を持っていなかった。そして悲劇が……。キンタグリオ族の真の姿、その全貌がついに明らかになる。

[感想]
 最後は、恐竜フロイト博士の物語です。
 冒頭の文章が印象的なので、引用してみます(注:かなり意訳しています)

 歴史的にみて、キンタグリオの自我は三度にわたって衝撃を受けた。
 まず、アフサンが天文学的な衝撃を与えた。神が空から一掃され、我々は宇宙の中心から無数にある辺境の一つへと追いやられた。
 続いて、トロカが生物学的な衝撃を加えた。我々は神の手によって創造されたのではなく、自然の手により他の動物から進化したことが明らかにされた。
 そして最後に、モクレブが心理学的な衝撃をもたらした。我々は高尚な原理に基づいて行動する理性的な存在ではなく、実際には我々の潜在意識を牛耳る闇の力によって動かされていることが証明された。

――ブリズ=トルハーブ
キンタグリオ文明博物館館長

 後年の歴史研究の引用という形をとりながら、三部作のあらすじがうまく説明されています。

 伏線がきっちりと説明され、複数の物語がきれいに収束している点は見事ですが、その反面、広げた風呂敷を畳みにかかっているところが感じられて、一抹の寂しさを禁じ得ません。しかし、ラストはやはり感動的です。ぜひ翻訳してほしいものです。

 この作品についても、『Fossil Hunter』ネタバレ感想の方にもう少し詳しい紹介を書いておきます。





さよならダイノサウルス The End of an Era

ネタバレ感想 1994年発表 (内田昌之訳 ハヤカワ文庫SF1164) "Opening Chapters"
[『End of an Era』北米版Trade PBカバー(Bob Eggleton)] [『End of an Era』英版PBカバー(Kevin Jenkins)] [『さよならダイノサウルス』日本版文庫カバー(シブヤユウジ)]

[紹介]
 古生物学者のもとに送られてきた手記。そこには、自分と仲間が二人でタイムマシンに乗って、恐竜絶滅の謎を探りにタイムトラベルした状況が克明に記されていた。内容からは、自分が書いたものとしか思えない。だが、実際には自分はそんな経験はしていない。誰が、そしてなぜ? しかし、さらに手記を読み進むうちに、予想もできなかった白亜紀の世界の秘密が明らかになっていく……。

[感想]
 この作品は、ソウヤーの本領が発揮された、奇抜なアイデア満載の傑作です。
 タイムトラベルの秘密にも唖然とさせられますが、白亜紀の冒険自体もとんでもないものです。そして特筆すべきは、作中に盛り込まれた数々の不可解な現象が、すべて最後にきっちりと説明されている点です。どこかに穴がありそうな気がしないでもありませんが、提示される真相は合理的といっていいでしょう。題材こそSFですが、この手法は完全にミステリのものです。“恐竜はどのように絶滅したのか?”を解き明かすハウダニット、といったところでしょうか。ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』などにも通じる作品で、ミステリファンにこそぜひ読んでいただきたいと思います。



ターミナル・エクスペリメント The Terminal Experiment

ネタバレ感想 1995年発表 (内田昌之訳 ハヤカワ文庫SF1192) "Opening Chapters"
[『The Terminal Experiment』北米版PBカバー(Joe Burleson)] [『ターミナル・エクスペリメント』日本版文庫カバー(松野光洋;小倉敏夫)]

[紹介]
 臨終の瞬間に死者の肉体から離れていく微小な脳波、“魂波”を発見したホブスンは、魂をめぐる論議に巻き込まれていくうちに、やがて死後の生に興味を抱きはじめる。彼はコンピュータ上に自分の精神のシミュレーションを三つ作成する。一つは何も改変しない“コントロール”。一つは肉体に関する感覚を切り離す改変を施した死後の生のシミュレーション、“スピリット”。そしてもう一つは死や老化への恐怖を取り除いた不死の存在のシミュレーション、“アンブロトス”。ホブスンは、これらのシミュレーションを用いて死後の世界を解き明かそうとする。ところが、三つのシミュレーションのうちのどれかが、殺人を犯してしまった。犯人は一体どの『自分』なのか?

[感想]
 前半ではホブスンが“魂波”を発見するまでが描かれていますが、後半になると物語はがらりと姿を変えます。この、ある意味で読者の予想を裏切る展開がソウヤーらしいともいえますが、“魂波”の発見から死後の生に興味を持つようになるのは自然だと思いますし、不死か、それとも死後の生かという“究極の選択”を迫られるようになるのも納得できます。
 作成される三つのシミュレーションの違いも興味深いものです。“自分”にわずかな改変を施すことでその精神が変容していく過程も、そして外的要因の違いによる思考形態の違いも、非常に面白いと思います。
 殺人犯人がAIシミュレーションなので、物的証拠は皆無です。したがって、犯人を推理するためには質問に対する反応の違いのみに頼らざるを得ません。このあたりがミステリとしてユニークな部分でもあり、やや弱いところでもあるかと思います。
 しかし、特殊な状況のフーダニットとして、ミステリファンが読んでも楽しめる作品であることは間違いないでしょう。



スタープレックス Starplex

1996年発表 (内田昌之訳 ハヤカワ文庫SF1257) "Opening Chapters"
[『Starplex』北米版PBカバー(Doug Struthers)] [『スタープレックス』日本版文庫カバー(加藤直之;ハヤカワ・デザイン)]

[紹介]
 何者かによって建造された、瞬時の移動を可能にする〈ショートカット〉のネットワーク。人間、イルカ、ウォルダフード族、イブ族の四つの種族からなる乗組員を乗せた巨大宇宙船スタープレックス号は、〈ショートカット〉を通じて未知の星域の調査を行っていたが、その途上で異なる“存在”を発見し、コンタクトに成功する。だが、それもつかの間、突然〈ショートカット〉から緑色の恒星が出現し、事態は一変してしまう。〈ショートカット〉の建造者たちが送り込んできたものなのか? だが、何のために?

[感想]
 物語の展開は読者の予想を裏切り続けます。
 フレデリック・ポールの名作『ゲイトウェイ』を思い起こさせるような〈ショートカット〉、この構造物の謎を中心に物語が進んでいくのかと思いきや、謎の“存在”との遭遇、緑色の恒星の出現、種族間の軋轢、さらには中年に至った夫婦の危機まで。加えて、冒頭から章の合間に挟み込まれる、スタープレックス号船長のキースと、謎の“ガラスマン”との出会い。
 逆にいえば、物語の焦点がぼやけ気味、ともいえますが、それだけ多くのアイデアが盛り込まれているということでしょう。



フレームシフト Frameshift

ネタバレ感想 1997年発表 (内田昌之訳 ハヤカワ文庫SF1304) "Opening Chapters"
[『Frameshift』北米版PBカバー(Bruce Jensen;Drive Communications)] [『フレームシフト』日本版文庫カバー(加藤直之;ハヤカワ・デザイン)]

[紹介]
 ヒトゲノム計画にたずさわる研究者ピエール・タルディヴェルとその妻モリー・ボンドは、ある夜ネオナチの若者に命を狙われた。しかし、ピエールには自分が狙われる心当たりはまったくなかった。ピエールが事件の背後に潜む謎を探っていくうちに、今もなお逃亡を続ける元ナチスの戦犯の存在が浮かび上がってくる。しかし、ナチスがピエールを狙う理由は……?

[感想]
 主人公のピエールがネオナチに襲われる場面を描いた「プロローグ」で物語は幕を開けます。続く「第1部」はすべてカットバックで、1943年8月、ナチスの収容所の場面に始まり、ピエールとモリーの過去、出会い、そして「プロローグ」の事件直前までが、そして続く「第2部」では事件以後、ピエールとモリーがその背後に潜む謎を探っていく様子が描かれています。このような構成によって「プロローグ」の事件が際立つとともに、ピエールとモリーの人物像が強く印象づけられます。
 物語はいくつかのサブテーマが組み合わされていて、ユニークな遺伝理論、生命倫理、さらには社会福祉にまで広がっていきます。この、サブテーマが有機的に絡み合った複雑なプロットが印象的です。
 ピエールを襲った実行犯は冒頭から明らかになっていますが、黒幕であるネオナチのボスの正体探し、動機の謎、さらにはミッシング・リンクと、ミステリ的にも魅力です。
 ピエールとモリーはそれぞれに苦悩を抱えていますが、さらにさまざまな苦難が降りかかってきます。しかし、力を合わせてこれに立ち向かおうとする姿には、強く心を打たれます。そして感動のラスト。傑作です。

1999.11.27-1999.12.01読了
2000.03.16読了(日本語版)

イリーガル・エイリアン Illegal Alien

ネタバレ感想 1997年発表 (内田昌之訳 ハヤカワ文庫SF1418) "Opening Chapters"
[『Illeagal Alien』北米版PBカバー(Danilo Ducak;David S. Rheinhardt)] [『イリーガル・エイリアン』日本版文庫カバー(加藤直之;ハヤカワ・デザイン)]

[紹介]
 大西洋、公海上に着水した一隻の宇宙船。その中から現れた異星人〈トソク族〉は友好的な雰囲気で、地球側もすぐさま歓迎の準備を整えた。ところがやがて、〈トソク族〉をもてなしていた科学者の一人が殺害されてしまう。そして最大の容疑者は〈トソク族〉の中の一人。かくして、異星人を被告とした前代未聞の裁判が始まった……。

[感想]
 容疑者は〈トソク族〉の中の一人、ハスクという名前の異星人。動機はまったく不明のままながら、殺人現場に残された証拠から、圧倒的に容疑者に不利な状況となってしまいます。本当にハスクが犯人なのか? そうだとすれば動機は何なのか? これを明らかにしていく裁判が、非常に面白いものとなっています。
 しかも、異星人が被告となっているため、ハスク個人だけでなく、地球人と〈トソク族〉全体の運命が、裁判の結果によって大きな影響を受けることになってしまいます。ハスクの弁護にあたるデイル・ライス弁護士は、この重さを十分に認識しながらも、ベストを尽くそうと努力します。
 地球人とは異質な〈トソク族〉の生態も明らかにしながら、やがて裁判は評決のときを迎えます。その結果はどうなるのか? これだけでも興味を引きますが、さらにソウヤーはもう一つ意表をついた展開を持ってきます。スケールの大きさを感じさせるラスト。SF法廷ミステリという異色の作品ながら、傑作です。

1999.12.02-1999.12.09読了
2002.10.19読了(日本語版)

Factoring Humanity

ネタバレ感想 1998年発表 (Tor science fiction・未訳 "Opening Chapters"
[『Factoring Humanity』北米版PBカバー(Shelley Eshkar and Jan Uretsky)]

[紹介]
 アルファ・ケンタウリから送られてきた異星人のメッセージ。送信は定期的に続いていたものの、数式や化学構造式を表した冒頭の一部分を除いて、誰もそれを解読することができなかった。そして最初の受信から十年後、突然メッセージは途絶えた。メッセージの解読に挑んだ心理学者、ヘザー・デイヴィスは、少しずつその秘密に迫ってゆく。一方、ヘザーの夫、カイル・グレイヴズは、人工知能、そして量子コンピュータの開発を行っていた。量子コンピュータの実現へのブレイクスルーを目前にしたカイルだったが……。

[感想]
 ……と紹介してみましたが、この展開に予想を裏切られない人はいないでしょう。驚いて下さい。これ以上は書けません。
 エピソードの絡み方は相変わらず見事です。逆に言えば、ややご都合主義とも思える部分もないではないですが。
 いずれにしても、異色のファーストコンタクトを描いた傑作です。

1999.12.11-1999.12.18読了