ミステリ&SF感想vol.27

2001.10.14
『三人の中の一人』 『King and Joker』 『16品の殺人メニュー』 『分解された男』 『2001年宇宙の旅』


三人の中の一人 Un dans trois  S=A・ステーマン
 1932年発表 (松村喜雄訳 番町書房イフ・ノベルズ17・入手困難  探索中 ネタバレ感想

[紹介]
 城主のユーゴー・スリムに招かれて、黒衣の手相見サン・ファールがロベェルヴァル城に到着した嵐の夜、殺人事件が起こった。扉に鍵のかかった一室で、城主の友人ネッペル医師が射殺されたのだ。だが、放たれた銃弾の弾道を調べてみると、身長2メートルを超える巨人が容疑者として浮かび上がり、実際に“原人”と呼ばれる大男が現場付近にいたことが判明するのだが……。

[感想]

 ヴァン・ダイン『ベンスン殺人事件』をヒントに書かれたと思われる異色の作品です(作中にも登場しています)。『ベンスン殺人事件』は未読なのですが、発射された銃弾の弾道から犯人像を導き出すあたりが関連しているようです。しかしこの弾道から、“原人”や“人間ガエル”といった異形の人物が容疑者となってしまうところがステーマンらしいといえるかもしれません。

 この弾道にかかわるネタは本来メインではないはずなのですが、作中では弾道の検証の比重が大きすぎるために、全体のバランスがやや悪くなっています。メインのネタ自体は、古典的(古典なので当然ですが)ではあるもののよくできていると思いますが、弾道ネタよりも目立たなくなっているように感じられます。また、主要登場人物に関する作者の趣向も今ひとつ効果的ではありません。決してつまらなくはないのですが、佳作とはいいがたいところです。

2001.09.24読了  [S=A・ステーマン]



King and Joker  Peter Dickinson
 1976年発表 (Pantheon Books・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 朝食のハムを食べようとしたイギリス国王ビクター2世が蓋を取ってみると、皿の上に現れたのは巨大ながま蛙だった――深紅の×印が書かれた紙を署名代わりに残しながら、次々と王室に対してイタズラを仕掛ける正体不明の〈ジョーカー〉。13歳の王女ルイーズは〈ジョーカー〉の正体を探る一方で、隠された家族の秘密の一端に気づき、三代にわたって王室の乳母をつとめてきたダーディに相談をするのだが……。やがて〈ジョーカー〉の魔の手はルイーズ自身にも及び、そしてついに殺人事件が……。

[感想]

 ピーター・ディキンスンの入手困難作『キングとジョーカー』(サンリオSF文庫)の原書です。この作品はR.ギャレット〈ダーシー卿シリーズ〉などと同じく架空の英国を舞台としているためかサンリオSF文庫で刊行されましたが、実際にはほぼ純然たるミステリです。事件の謎そのものは比較的きっちりとしたもので、わかりやすい部分もあるため若干物足りなさも感じられます。犯人の正体はともかく、それ以外の仕掛けは見抜くことも可能ではないでしょうか。

 この作品の醍醐味はむしろ、特異な舞台設定と登場人物たちにあるといっていいでしょう。
 物語は基本的に主人公のルイーズ王女の視点で進行していきますが、彼女の内面が克明に描かれているところがまず大きな魅力です。彼女は、公的な顔と私的な顔を使い分けて一種のショーを演じる必要がある王室という世界に反発し、普通の女の子に憧れを持っています。その反面、危機が迫った時などには、究極の公的な顔である“物語の王女様”に自分をなぞらえることでそれを乗り切ろうとします。後半には次々と苛酷な運命に襲われる彼女ですが、その姿には一種のしたたかさすら感じられ、重くなりがちな物語に明るい印象を加えています。
 一方、乳母ダーディの回想が時おり挿入されますが、年老いて死に直面した彼女が思い出す一つ一つのエピソードが現代の出来事や人物たちに微妙につながってくることで、架空の王室という舞台に奥行きをもたらしています。
 この二人の視点が重なるクライマックスはまさに圧巻です。復刊の要望が高いのもうなずける傑作です。

 なお、未訳ですが『Skeleton in Waiting』という続編が1989年に刊行されています。結婚して母親となったルイーズ王女が再び事件に巻き込まれる物語のようで、こちらも気になります。


 最後に、原書ならではの感想を書いておきます。
 この作品の英語表現にはかなり苦労させられました。まず、スペイン出身のイザベラ王妃は“Huat huas it like to huait so long”(What was it like to wait so long)などとしゃべっています。どうやらスペイン語では“w”の発音があまり存在しないようです。さらにスコットランド出身のマッギヴァンは“Verra much improvit”(Very much improved)、“Baith o'ye”(Both of you)、“Verra guid”(Very good)といったスコットランド訛りでしゃべっていますし、ダーディの看護婦キヌヌ(マレー人)は“Ee thay me”(He said to me)、“pleethman”(policeman)といった不思議な英語でしゃべっています。このような見慣れない表記にかなり戸惑わされました(邦訳ではどうなっているのでしょうか?)。
 また、唐突に出てくる“HM”“HRH”といった略語にも悩みました。前者が“His Majesty”(国王陛下)、後者が“Her Royal Highness”((王女)殿下)だと気づいたのは物語終盤でした。“GBP”という略語の意味はいまだにわかりません(“Great Britain 〜”だろうとは思いますが)。

 なお、本書はkashibaさん(「猟奇の鉄人」日記(8月29日参照)の情報をもとに入手することができました。ここに感謝いたします。

2001.09.28読了  [ピーター・ディキンスン]



16品の殺人メニュー Murder on the Menu  アイザック・アシモフ他編
 1984年発表 (東 理夫訳 新潮文庫 ア6-9・入手困難

[紹介と感想]
 [スープ]から[飼犬へのお土産](!)まで、フルコースのメニューにちなんだミステリを集めたアンソロジーです。バラエティに富んだユニークな作品が収録されていますが、アンソロジーのテーマの性質上、いくつかの作品のネタがわかりやすくなっているところがやや残念です。
 個人的ベストは「二本の調味料壜」

「チキン・スープ・キッド」 The Chicken Soup Kid (R.L.スティーヴンス)
 レース前には必ず母親の届けたチキン・スープを飲むという騎手エングル。カジノで莫大な借金を抱えたスポーツ記者クインリンは、大レースを前にエングルが飲むはずのチキン・スープに怪しげな薬を入れるよう強要されたのだが……。
 非常にシンプルな作品です。もう一ひねりほしい気もしますが。

「茸のシチュー事件」 The Case of the Shaggy Caps (ルース・レンデル)
 バルコニーから落ちて死亡した女性。最近の落ち込んだ様子から、その死は自殺と判断されるところだった。ところが彼女の弟が、殺人事件だと告発したのだ。2週間ほど前にも、彼女は夫が作った茸のシチューを食べて殺されかけたという。だが、同時にシチューを食べた他の3人は何ともなかったのだ……。
 同じ料理を食べた中でただ一人が中毒症状に陥るという奇妙な状況が魅力的です。

「毒薬ア・ラ・カルト」 Poison a la Carte (レックス・スタウト)
 一人のゲストにつき、若い女性の給仕が一人――そのような形式で行われる〈美食学派十人会〉の晩餐会だったが、席上でメンバーの一人が毒殺されてしまった。被害者を担当していた給仕の女性が疑われるが、彼女が問題の料理を運んだときには、すでに被害者の前にが置かれていたという……。
 ネロ・ウルフ、アーチー・グッドウィンらが登場する1篇です。序盤の状況は非常に面白いのですが、肝心の解決が“数撃ちゃ当たる”方式なのが残念。

「凶悪な庭」 Garden of Evil (キャロル・カイル)
 老女は突然、長年手入れをしてきたはずの畑に何か邪悪なものを感じて食べ物を収穫することができなくなっていた。偶然訪ねてきた孫娘に収穫作業を押しつけて当座の飢えをしのぐことができたものの、孫娘の何気ない一言が……。
 ミステリというよりはホラー風味の作品です。静かに生きている存在であるだけに、余計に怖いものが感じられます。

「特別料理」 The Speciality of the House (スタンリー・エリン)
 上司に連れられて初めて訪れたレストラン〈スビーロズ〉。シェフのスビーロが腕を振るう数々の料理は、他では決して味わうことのできないものだった。上司はさらに、“アミルスタン羊”の特別料理の存在を教えてくれたのだが、それはめったに出されないのだという……。
 最後のオチは見え見えかもしれませんが、それ自体は暗示する程度にとどめ、そこへ持っていくまでの淡々とした描写に気を配るという手法が印象的です。

「おとなしい凶器」 Lamb to the Slaughter (ロアルド・ダール)
 食事の準備をしながら警察官の夫の帰りを待っていたメリー。しかし、帰ってくるなり食事もせずにいきなり別れ話を切り出した夫を、彼女は手近にあったもので撲殺してしまった。われに返って犯行を隠そうとするメリー。まず凶器を何とかしなくては……。
 ぼかして書いてはみたものの、この作品のネタをご存じの方は多いでしょう。もはや古典的ではありますが、やはりよくできていると思います。また、ラストの奇妙な味が秀逸です。

「追われずとも」 When No Man Pursueth (アイザック・アシモフ)
 〈黒後家蜘蛛の会〉今夜のゲストは、幅広いジャンルで活躍する高名な作家だった。書いた原稿は必ず売れると豪語する彼の唯一の失敗談、雑誌のための原稿を受け取りながら一向に掲載しようとしない編集者の謎とは……?
 アシモフの短編ミステリ・シリーズ〈黒後家蜘蛛の会〉からの1篇です(『黒後家蜘蛛の会2』(創元推理文庫)にも「追われてもいないのに」という題名で収録されています)。基本的には、招かれたゲストの話す謎についてひとしきり議論が交わされた後、“名誉会員”である給仕のヘンリーが謎を解くという形式で書かれています。この作品では、原稿料まで支払いながらも原稿を死蔵する編集者という謎が魅力的です。

「二本の調味料壜」 The Two Bottles of Relish (ダンセイニ卿)
 調味料を売り歩く行商人が語る奇怪な事件――少女が姿を消したとき、まず疑われたのは一緒に暮らしていた男だった。少女は殺されたのではないか? しかし彼には死体を運び出す機会はなく、家宅捜索でも死体は見つからなかった。だが、男の奇妙な行動が疑惑を招き……。
 ダンセイニ卿またはロード・ダンセイニの、おそらく最も有名な短編です(江戸川乱歩編『世界短編傑作集3』(創元推理文庫)にも「二壜のソース」という題名で収録されています)。事件の真相自体も面白いと思いますが、巧妙に張り巡らされた伏線がよくできています。そして、男の奇妙な行動の謎を解き明かすラストの台詞が衝撃的。

「使用済みティーバッグ窃盗事件」 The Theft of the Used Teabag (エドワード・D・ホック)
 休暇でフロリダにやってきたニックは、グロリアの旧友から依頼を受けた。高速ボートの持ち主が集まるクラブで、シーモアという男が紅茶を飲んだ後の使用済みティーバッグを盗んでほしいというのだ。どうも裏には麻薬密輸に関する秘密が隠されているらしい……。
 高額の報酬と引き換えに、価値のないものばかりを盗む怪盗ニック・ヴェルヴェットを主人公とした作品です(他の作品については、〈怪盗ニック〉にまとめてあります)。この作品ではティーバッグの秘密自体は中盤で明らかになりますが、麻薬密輸疑惑のからくりや、窮地に陥ったニックの逆襲など、見所の多い作品です。

「亡命者たち」 The Refugees (T.S.ストリブリング)
 ベネズエラを追われて西インド諸島へと亡命してきた元独裁者とその一行に、新たな災難が降りかかる。ホテルのオーナーとの会食中に、オーナーが毒入りワインを飲んで死んでしまったのだ。ワインに毒を入れる機会があったのは誰なのか? 偶然その場に居合わせた心理学者のポジオリ教授が事件の謎を解く……。
 事件自体もさることながら、アメリカ人のポジオリ教授の目を通して描き出されるラテン気質が印象的です。なお、ポジオリ教授の活躍は『カリブ諸島の手がかり』(国書刊行会)にまとめられています。

「幸せな結婚へのレシピ」 Recipe for a Happy Marriage (ネドラ・タイアー)
 幸せな結婚を何度も繰り返してきた“私”は、雑誌記者のインタビューを受けながら回想にふける。数多い夫たちの誰もが、わが家に伝わる特製のケーキを食べて満足の微笑を浮かべたのだ。そして今……。
 この作品はよくわかりません。ミステリのようでもあり、そうでなさそうでもあり……。

「死の卵」 The Deadly Egg (ヤンウィレム・ヴァン・デ・ウェテリング)
 復活祭の日曜の朝、公園の森で首吊り死体が発見された。休暇中に呼び出されて現場検証に赴いたフレイプストラ警部だったが、朝食をとる暇もなく今度はチョコレートの卵を使った毒殺未遂事件に駆り出されることに。一見関係のなさそうな二つの事件が、やがて……。
 比較的地味な作品ですが、事件解決につながる手がかりがユニークです。

「ノルウェイ林檎の謎」 The Norwegian Apple Mystery (ジェイムズ・ホールディング)
 世界一周旅行中の豪華客船で、若い女性が林檎を喉に詰まらせて死んでしまった。ミステリ作家のリロイとキングは、いかにもミステリ向きな事故に、妄想をたくましくして架空の推理を繰り広げるのだが……。
 “リロイ・キング”なる探偵役が活躍するミステリを合作しているリロイとキングは、E.クイーン(F.ダネイとM.リー)をモデルとしているようです。この作品では、西澤保彦(『麦酒の家の冒険』など)にも通じる妄想推理が楽しめます。

「ギデオンと焼栗売り」 Gideon and the Chestnut Vendor (J.J.マリック)
 スコットランド・ヤードのギデオン犯罪捜査部長の古い顔なじみ、焼栗売りの老人がならず者に襲われてしまった。犯人たちは、老人のを全部奪い去っていったという。当初は単なる喧嘩とみられたこの事件だったが……。
 “犯人たちはなぜ栗を残らず奪ったのか?”という謎は〈怪盗ニック〉などにも通じるものですが、この作品はややあっさりしすぎているように感じられます。

「いつもの苦役」 The Same Old Grind (ビル・プロンジーニ)
 汚い仕事で大金をつかんだミッチェルは、寂れたデリカテッセンの常連だった。彼にとって、驚くほど安い値段でうまい食べ物と、年老いた店の主人をからかうことが楽しみだったのだ。だが今日はいつもと違っていた。主人に頼まれてキッチンへと入っていった彼は……。
 英語の洒落はわかりにくいものですが、この作品ではまずまずわかりやすく表現されていると思います。訳者の苦労がうかがえます。

「ドッグズボディ」 Dogsbody (フランシス・M・ネヴィンズJr.)
 ドイツ出身の犯罪学者を装って詐欺を企んでいた“私”は、地元の警察署長に捜査を手伝うよう依頼される。町の飼い犬たちが次々と毒殺されるという事件が起こったのだ。犬に恨みを持つ人物の犯行なのか? しかし、犬だけでなくまでもが毒殺されるに及んで……。
 短くすっきりとまとまった中にひねりも加えられた佳作です。

2001.10.03読了  [アイザック・アシモフ・他 編]



分解された男 The Demolished Man  アルフレッド・ベスター
 1953年発表 (沼沢洽治訳 創元SF文庫)ネタバレ感想

[紹介]
 人の心を透視する超感覚者が日常的に存在する24世紀の世界。全太陽系を支配する産業王国の樹立を狙うベン・ライクは、その障害となるライバル企業のトップを殺害することを決意する。超感覚者の護衛をかいくぐって商売敵の排除に成功したライクだったが、第一級の超感覚者であるニューヨーク警察本部の刑事部長パウエルはその犯行を見抜いた。かくして、“分解刑”をまぬがれようと画策するライクと、客観的な証拠を求めて捜査を行うパウエルとの攻防戦が始まった……。

[感想]

 テレパシーが存在する世界での殺人事件を一種の倒叙形式で描いたSFミステリです。犯人のライクとしては、事前に犯行を防止されないよう超感覚者の透視を妨害する必要があります。一方のパウエルは、ライクが犯人だと見抜きながらも裁判で採用される客観的な証拠、すなわち方法・機会・動機を立証しなければなりません。こうして展開される、通常のミステリとは一線を画したユニークな攻防が非常に魅力的です。さらに、夜ごとライクの夢に現れて彼を悩ませる“顔のない男”、そしてライクをつけ狙う見えない爆弾魔の正体も見どころです。

 一方、超感覚者の存在する世界自体の姿もうまく描かれていると思います。特に、潜在的な超感覚者を選抜する試験のシステムは秀逸です。また、タイポグラフィック的に表現された超感覚者同士の会話もよくできています。そのような世界の中で、ライクとパウエルという二人の主人公の際立ったキャラクターが鮮やかに描き出されています。非常に印象に残る作品です。

2001.10.05読了  [アルフレッド・ベスター]



2001年宇宙の旅 2001:A Space Odyssey  アーサー・C・クラーク
 1968年発表 (伊藤典夫訳 ハヤカワ文庫SF243)ネタバレ感想

[紹介]
 原始時代のある日、地上に忽然と姿を現し、ヒトザルに人間への進化を促した謎の石板“モノリス”。それが姿を消してから300万年後、人類は月面に同じ石板を発見したのだ。石板の秘密を探るため、土星への長い旅に出た宇宙船ディスカバリー号。しかし目的地が目前に迫ってきたその時、宇宙船を管理するコンピューターHAL9000が突如反乱を起こしたのだった。唯一生き残った乗組員ボーマンは、目的地で予想もしなかったものを目にする……。

[感想]

 短編「前哨」『前哨』(ハヤカワ文庫SF)収録)をもとにして、映画の制作と平行して書かれた作品です。もちろん多くのエピソードが追加されているわけですが、もともとが短編であるせいか、物語は比較的淡々と進行しています。ディテールはしっかりしていますし、壮大なスケールの物語ではありますが、やや物足りなく感じられます。映画と合わせて楽しむのがベストかもしれません。

 なお、ネタバレ感想には、SF作家ロバート・J・ソウヤーからのメールの中でこの作品に言及されている部分を掲載しておきます(掲載/翻訳については了承済み)。

2001.10.11読了  [アーサー・C・クラーク]


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