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最終更新日03/06/30

コラム

コラム117

自分と言う名の他人

 私が学生の頃、妙に孤独感を感じ出した事がありました。
この事はすでに孤独で話していますが、自分は自分であるのに関わらず友達と遊んでいる最中に、孤独感を感じるようになりました。

孤独感は具体的に言うと友達と遊んでいてその場が楽しいのに関わらず、笑っている自分をもう一人の自分が客観的にその風景を眺めているような気分になったのです。
こう感じてからは、この感覚が消えて無くなる事は無くなり。逆に、この感覚を定期的に感じ続けるようになりました。

この感覚を上手く説明できないのですが・・・孤独を感じる反面、自分が自分で無い感覚です・・・自分が他人であるような感じ・・・。
その時の感覚を昔は嫌でした・・・・すごく寂しさを感じたからです。
自分の周りに人が居るのに関わらず自分自身が『他人』のような・・・・・孤独感を強く感じる為に何故か冷静になるのです・・・・今では、ある程度慣れちゃいましたが(笑)

恐らく自分を客観的に見れると言う事なんでしょうね・・・私は昔から客観的に物事を判断するところがあって、この事がいい意味では相談役、まとめ役に役立ちましたが逆に感情面では冷めて見られる事もありました。

冷静に物事を判断する為、感情を制御している事があるようです。
どこかで冷静な所があるのは私自身としても感じています。
感情よりも理性の方が強いのが分かるので感情に流されて行動したと言う事は自分の中では少ないと思います。

この頃、
感情に流されない事が原因で自分自身を客観的に見る事が出来る為、自分と言う人間の感情を制御している事も時と場合で何だか『良し』『悪し』のような気がします。

自分が自分自身であるのに自分が他人の様に見えてしまう・・・・・感情を制御してしまう事がいい事ばかりではない・・・と言う事かもしれませんね。
ふと思い出して見ると私の周りの友人に結構、感情的、情熱的に行動した方がいいよ(特に恋愛)とか言われた記憶があります、自分では感情的に接した事が無い訳ではないのですが、どうもそう見えるらしいです・・・(苦笑)。

考え方の違いは人間誰しもある事ですが『感情』、または精神下層の本音を出さない、出せない。
自分がそれだけ他人を信用しづらい時がある所も否めません。
それは、私のプライドが人より高いと言う事にも当てはまるのですが、自分でも何故ここまで感情を制御してしまうのか偶に不思議になります。
私自身の考え込む性格が原因かもしれませんね(笑)

自分の存在って、自分自身が一番よくわからなくなる『存在』そのものかもしれませんね・・・。

だから不安になったりするので、自分を確認する意味で、僕の場合、記録や写真を撮ったりして自分がここに居ると言う事を確認している気がします・・・。
左は寝る前の写真で、ちょっと目が虚ろですが(笑)。

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