最終更新日03/10/21 |
コラム137
お話好きと信頼性 |
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私が他人との接点で自分が珍しい人間で在る事を感じて来た事を何例か話してきましたが、今回もその一つの例です。
私は話好きです、話す事でしか人とコミニケーションを取れないと思うから自分から他人と接して、分野も問わないで色んな話をしますが、一般的に話をする、話し好きな人は信用されて見られていない場合があります。 私から見ても知り合いで話好きな人がいますが、「その人を信用、信頼、出来るか?」と言われれば、疑問が残る人もまた居るのが正直な話です。 話をする人は話していい話と話していけない話を区別する事無く他人との会話で平気で話してしまう人がいます。 私の知り合いで、現にあった事ですが、他人との会話で気を引くために私の内緒話を平気で話したと言う事があり、それが原因で私を知らない人が私を判断する材料とした事がありました。 人よりも『話をする』と言う事は多くの事を話をしなくてはならない訳で、話のネタが尽きてくれば接点のある友人、知人の話などをしますから他人を中傷する事も有ります。 でも、多くの知識や経験をもっていれば、話の内容などをさまざまなジャンルに振る事も出来る筈なのですが、そんなに人は多くの話が出来るものでは無いのが実情です・・・・。 私は、身近な人が見れば間違いなく『話好き』と言われます。 ですが、話す人は大体、軽いと思われがちです。それが上辺ではない人間性を求められた時、かなり損する事は間違いないのですが、一度、軽く見られるとそれを振い落すのにかなりの時間がかかるので大変ですね。 単純に話し好きが信頼でないと言うことでは有りませんが、話し好きな人の中に信用できない人がいると言う事も否定できません。ただ、話をしない、無口な人だから信用出来るかと言うとそれもまた違う話で、会話をする人が軽く見えやすいと言うだけで、人独り独りの信用性は、人と接した時にそれぞれが決めれば良いのですが、安易に話し好きだから信用されないと言う場合が有る事も否定できませんね・・・・・。 今回の話も他人が他人を上辺で判断している例に過ぎませんが・・・・・。 |
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