最終更新日04/11/10 |
コラム195
好きと言ったから |
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えーと、この話は何度も書き直しました、思いつくままに書いたら自分で読んでいてかなり怖い話になってしまったのでちょっと修正(笑)・・・・ちょっと長めのコラムです。
人を好きになると言う感情が何が好きなのか?と言う事を掘り下げて考えれば・・・・答えが出ません(笑)。 「すきと言ってくれるから」この部分に限って言うのならば、僕の嫌いな部分です。 相手が自分に行為を持っているから、自分はそんなに好きじゃないけど付き合った、結婚した、しかもその過程で情が移ったから・・・・・。 でも、これらの感情の中に自分が年だから自分を好きといってくれる人がいないから・・・というような・・・・これらは自分の状況に合わせて好きでもないのに一緒になった場合は、典型的な妥協の選択ですが、お互いの問題で何か有った時にこれらの選択が大きく膨らんで相手への不満となって爆発します(よく相談されました(涙))。 と言うのは、一緒になる要因が相手の人間性の本質に迫る部分で好きだと言うのではなく、相手に言い寄られる、口説かれるとなると元々の本質が見えないまま、相手の行動に合せていると言う例です。 自分が「相手の何が好きなの?」と言う事例で、ある人が「相手の見えない部分が好き(影があるところ)」と言った人がいましたが、そのとき「んじゃ、見え無い所が見えたら・・・・」と予測したら見えないところが見えたら予測どおり駄目になりました(苦笑) こんな事言うのも変ですが、私は実際に好意を持ってくれた女性と付き合わなかった方が多いです。自分が相手を望まなければ・・そのままでした。 この考え方は正しいと思います。 でも、友達としてサークル内で接したり、相手の子と個人的に食事をしたり(この時点で付き合っているようなもんジャンといわないように(笑))しても、相手の人を僕が彼女として見えなければ友達のままにしました。 例え付き合っても人間性が合わなければ結局駄目になります。 それをサークルや個人的な会話の中で考えながら接しました、そして好きならば「自分が相手の何が好きなの?」「外観だけなのか」「人間的に好きなのか?」では全然違いますから・・・・。 こんな事と言えば「選んでいた」と言われそうですが、自分の中でそう言う基準を元に人を見ていたと言う事です。 結局、人は周りに居るのに自分が好きになれる人に出会うのは非常に少ないと言う事です。 私の場合、異性との会話で趣味の共通点をあんまり必要としませんでした、それは日常の会話である程度は繋げるから、ましてや付き合うと言う事になれば精神的な話が出来なければ駄目でした・・・・。 まぁ〜あくまで私の考え方ですが、「独りが寂しいから」「恋人欲しい」というのは当たり前の感情です、そして、いざ彼女を作る時に相手と自分があうのか?と言う事を考える必要があるんですが・・・・独りである寂しさに負けた為に、やさしくしてくれる人になびいた・・・・・という人も結構いますが、その人の気持ちも個人的にわかるので難しいんですよねぇ〜。 今回の話も理想的な事をほざいていますが、私の考え方は昔も今もかわりませんね(笑) |
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