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    1.ファイラン浮遊都市    
       
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 最早人類の住めなくなった大地から、異常進化した生物たちの見上げる空。その雲の切れ間から覗いた太陽を遮るように、巨大な円盤が地平線の向こうから徐々に迫り上がってくる。

 真っ赤に濁った海と、真っ白に死んだ大地と、深緑色の密林が地表を占めるこの星で、人の住む場所は、その円盤、ファイラン浮遊都市を筆頭とする数百の浮遊都市しかない。

 なぜ、この星がそんな境遇に陥ったのか。それは未だ、解明されていない。

 ともあれ、それらの円盤では数万人単位の人間が生活しており、生活しているからには普通の都市機能を持っており、政治、経済、などに代表される国家らしい機関も存在する。

 ファイラン浮遊都市も当然その例に漏れず、都市最高機関は「王城」。最高指導者は「王」。つまりそこは、立派な一個の王国だった。

 円盤の中央に位置する王城エリアはまさに円形で、尖塔を何本も建てた城と、一般市民の暮らす居住区、食物プラントなどが蒸気を吐き続ける栽培区、それに、バラックの犇めいたスラムで構成されている。

 その王城エリアを中心にして、他のエリアは放射状に走る隔壁で区切られていた。こういった閉鎖世界では、人口の急激な増大は望まれない。そのため、王城市民管理室では常に各エリア毎の出生率などが厳しく管理されているし、エリア間の不用意な行き来も制限されている。

 理由は、多々ある。が、今更誰もそんな些細な事を考えたりしない。自分が生き残るためには、栽培プラントの食物供給量を超える人口はいらないのだ。しかし、判っていても、人は恋をする。結果、愛の形の一つとして肌を合わせ、結晶たる新しい生命を儲けてしまう。

 とても、不都合な事に…。

 だから、こういった風景は珍しくない。いや、永きに渡って管理され、適齢期、と言われる市民の男女比率が極端にかけ離れてしまった昨今、この光景はどこでも見られる日常だった。

 仕事を終えた長身の男が一人、王城の通用門を潜って姿を現す。周囲を寄せ付けない冷え切った雰囲気を纏ったまま通行人や他の下城者を躱わし、フローターと呼ばれる浮遊型の移動車両が行き来する通りを一直線に突っ切って、反対側の歩道、往来の直中にぼんやりと佇む青年の直前まで来ると、まるで自然に、通りすがるように、その…ベージュのハーフコートを着崩した青年の唇にそっと自身の唇で触れる。

 そう、珍しくない。珍しくないのだ、断固として。他にも、彼らのように一回あたり数日の登城勤務から解放された同性同士の恋人たちが、あちこちで抱き合ったり微笑みあったり、彼らよりも熱烈なくちづけを交わしているのだから。

 なのに、彼らは俄然目立っていた。

 軽いキスを交わした瞬間、周りの空気が一気に凍り付くほど。

 確かに、下城してきた男の見目姿も、その男を待っていたらしい青年の立ち姿もとびきり目立つ。それは認めよう。

 男は、そう長すぎるとも思えない鋼色の髪を頭の後ろで一つに括り、目の覚めるような緋色のマントをなびかせているのだ、それだけでも目立つ。青年は、白磁の人形のごとき真白い肌に物憂げなダークブルーの瞳を持った綺麗な顔立ちを、毛先の跳ね上がった見事な黄金の髪で飾っているのだ、色気のないベージュのコート姿でさえ、後光が射し込んでいるかのように目立つ。その二人が言葉も交わさず、いきなり路上でキスなどしようものなら、思わず目が行ってしまっても仕方がないだろう。

 だが、しかし。

 二人が異様なほど目立っている本当の理由は、それではなかった。

 男の纏った緋色のマントは、ファイラン浮遊都市王都警備軍電脳魔導師隊小隊長の証であり、その特徴的な鋼色の髪と鉛色の瞳の恐ろしく端正な面こそ、第七小隊隊長ハルヴァイト・ガリューに畏敬の念を込めて付けられた「スティール・ブレイド」という通り名の由来だった。

 それは、刃の人。触れたら切り刻まれてしまう。

 今まで特定の恋人を持たず、私生活さえ謎だとされていた男を、ある日突然出迎えるようになった青年…。

 目下王城エリアで今一番ホットな話題は、この…綺麗で無表情な青年が何者なのか。一体どうやってあのガリュー小隊長のハートを射止めたのか、という…なんとも、平和なものだった。

  

   
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