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1.ファイラン浮遊都市 | |||
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まず俺の話でもしようか。とドレイクは言った。 「俺は、王城エリアで言うところの…つまり貴族階級でよ、親父が死んじまってミラキ家を継いだ、由緒正しい電脳魔導師家系の当主なんだ。ただ、俺にゃぁそう大した才能がねぇから、次の大隊長には…多分ハルがなるだろうって気楽に構えてたら…、歳ばっか食った頭の固ぇ爺どもが、ぽっと出のガリューに栄誉ある大隊長の職務を渡す訳には行かねぇとか言い出しやがって、一時期…、あいつの電脳陣に読み込み速度を落とすブロックプログラムってのをかけちまってたんだよ…」 「…さっぱ判んねぇ」 きょと、と見つめてくるミナミに曖昧な笑みを向け、ドレイクは続けた。 「使える力が一〇〇あるのに無理矢理出口を一〇にしちまうような、乱暴なプログラムでさ、そいつが。でもハルは文句一つ言わねぇまま、黙って幹部連中の言いなりになってたんだが、結局、出口がなくって溜まってた力場がある日暴走を起こして、…聞いたろ? あの時。同じ小隊の二人吹っ飛ばして、自分も死にかけたんだ」 「…………」 「あの時、一番傷ついたのはハル自身だった。自分だけが生き残ったのを後悔したのは、ハルだった。…原因を作った幹部連中はハルを軍法会議に掛けて、事実を隠すために幽閉するか……、死刑にしようとまで考えてたんだ」 「それ、おかしいんじゃねぇ?」 「そうだ。俺もそう思った。だから幹部連中を脅して、事故を不問にさせようとした…………。それに、十日掛かった」 十日…。死にかけて、きっと病院か…もしかしたら王下医療院に居て…十日…………。 「…まさか」 「そう。ハルの言ってた退院を待たされた十日、ってのは、俺のせいなんだ」 どこか惚けたように呟いたミナミの言葉を、ドレイクがあっさり肯定する。今更言い訳する気もないのだろう、その時の彼はあまりもに淡々とした表情をしていた。 「結局よ、ハルがそんな…ディアボロの暴走騒ぎを起こす原因も、つまり俺にあった訳だから、俺は…罪滅ぼしなんてかっこよかねぇけどよ、ハルのためならなんでもやろうと思った。ミナミにあの時ハルが言ってたみてぇに、これ以上ハルが傷付かないでくれるように…なんでもさ」 溜め息みたいに呟いて、ドレイクは背凭れに沈んだ。 「でも、俺は何か間違ってたんだよな。それから何人もハルの恋人志願は出たし、でもみんなあいつを、結局傷つけた。だから…、ミナミが現れた時も、俺はお前を疑ったんだ…。まさかハルに、あんな覚悟があったとは知らねぇからな」 それについては、ミナミも無言で頷くしかない。何せ、ハルヴァイトが四年半も前からミナミを護ってやろうとしていた、などとは、ミナミ自身も知らなかったのだから。 「俺が軽率だった…、それは認める。何も知らないのに、ハルヴァイトに傷ついて欲しくないってそれだけで、ミナミを傷つけた。それは、全面的に俺が悪かった。すまねぇ」 自分の膝に手を突いて深々と頭を下げたドレイクの、整えられた白髪。それをじっと、相変わらず無感情なダークブルーの瞳で見つめたままだったミナミが、不意に口元を歪め、困ったように金色の髪を掻き回した。 「気ぃ遣うの、性にあわねぇんじゃなかったっけ?」 「ばっかやろう。気ぃ遣うのとけじめつけんのは別だろが」 「じゃぁ、俺も謝っとくよ…、ミラキ卿」 顔だけを上げたドレイクを見据えて、ミナミは「ごめんなさい」ときっぱり謝った。 「俺は…その………、心因性の極度接触恐怖症とか…なんかそういうのらしくてさ、とにかく、他人に手とか肩とか、……、身体に触られるのがホントだめで…、…すっげー恐くて…、あのひとはそれを知ってたから……、それで、ここに居る間はあんま気にしなくてよかったから…、ちゃんと、あのひとにも言っとけばよかったのに、俺は…多分………甘えてた」 言いながら、ミナミは震える瞼を閉じた。 「あの…、……俺」 膝の上で組み合わせた手も、震えている。指先が白くなるほど力を込めて握り締めた両手。ドレイクはその両手から人形のように綺麗な顔に視線を移し、ミナミの告白を静かに待ち続けた。 「あのひとは、俺を王下医療院で見たって…、そう言ったんだよ。四年半くらい前だって…。俺はその時……………喉斬られて、死にかけで運び込まれて、ようやくその傷が塞がったくらいじゃねぇかと…思う」 ではなぜ、ミナミがそんな目に遇ったのか…。 「……………俺には、ファイラン王都民としての登録が…ねぇんだ」 「………え?」 予想外の言葉に、思わず間の抜けた声を上げてしまう。 「…いつどこで生まれたのか、俺にはなんの証明もなくて、…ただ…、気が付いたら地下室みてぇな部屋に押し込まれてて…。その………客を…」 「? 客?」 「非合法の売春宿…。俺はその、王城エリアで最大とか言われた地下組織の手入れん時に、死にかけで見つけられたって……、聞いた」 ドレイクの頭の中が、一気に真っ白になる。その話は、ある人物から聞いて彼も知っていた。資料も…、事情があって目を通した。 詳しい事はすぐに思い出せなかった。もしかしたら、その、悪夢のような環境でなんとか生きて来たのだろう「被害者」が、今目の前にいるから、脳が思い出すのを拒否しているのかもしれない。…とにかく、酷い場所。という記憶は鮮明に残っている。 少年達は商品だった。長くは生きられない。物のように扱われ、毎日毎日入れ替わり立ち替わり現れる「客」にさんざん慰み物にされ、壊れたら、捨てられる…。身元不明の死体になって。 「それが…そこでの記憶が消えなくて、それで…他人の体温とか、そういうのが全部ダメで…」 「だから、触れない、ってのか?」 「……………恐いんだ」 ミナミの、ダークブルーの瞳が中空を揺らめき、やっとドレイクを捉える。 「俺はきっと、あのひとを……………もう傷つけてる」 だから…。と言いたげに曇ったミナミの表情に、ドレイクは首を横に振ってみせた。 「俺なぁ」 で、がしがしと白髪を掻きむしる。 「アリスって友達がいてよぉ、そいつはハルとも友達でな、いろいろあって、俺達は一蓮托生、共犯者、って感じなんだが…、そのアリスにな、過保護でバカで自分勝手でお節介だって、よく言われんだよな」 失笑。またやっちまった、とでも言うような、笑い。 「……ミラキ卿…、あのひとに、少し似てんじゃねぇ?」 「? どこが?」 小さく笑ってそう言ったミナミが、ゆっくりとテーブルに視線を落とす。 「なんとなく…かな」 あのひとが、家に帰って来てからソファで眠らなくなったのは、いつからだっただろう、とミナミは考えていた。 「……俺は一回も、寂しいなんて…言わなかったのにな」 呟いて、ミナミは…ふわりと笑った。 「………………」 ドレイクはその時、なぜハルヴァイトがこの無表情な青年を四年半も捜し続けたのか、ようやく判った気がした。
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