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 今更だとは思わない。

 あのか弱い腕に抱き締められた日から、判っていたのかもしれない。

 世界は、データで出来ている。

 それだけで、他には感慨もなく、わたしは、わたしを赦せない。

――――――面倒だ。

   
   
(3)ハルヴァイト・ガリュー(@)

  

 極秘任務、という口実は、アリスやドレイクのために用意されていたのだと、王都警備軍電脳魔導師隊大隊長グラン・ガンと、同じく、電脳魔導師隊第六小隊小隊長ローエンス・エスト・ガンが知ったのは、国王が議事堂で演説を開始した瞬間だった。

 拘置棟特別防電室の待機所に用意されていたのは、防電室内部を監視する小さ目のモニターと、議会中継を垂れ流す大き目のモニター。人払いし、ふたつのモニターの前にパイプ椅子を持ち出して腰を落ち着けたふたりの魔導師は、浅く永遠に終われない溜め息を吐きながら、何度も首を横に振った。

「性急に事を終結させようとし過ぎだ、と思えるかい? グラン」

「いいや」

「陛下とミナミくんが勝手に事を荒立てようとしている、とは?」

「いいや」

「どうして私たちに相談してくれなかったのだろう、と情けない気持ちには?」

「それも、否だ」

 では! と、普段は掴み所なくにやついている印象の顔にあからさまな怒りを漲らせ、ローエンスは腕を組んだまま身じろごうともしないグランを睨んだ。

「貴様は何をそんなに落ち着いている? 睨下は「まだ時でない」と申されていたろうに! これでは、今まで我らが内々に調べ上げた事も無駄になってしまうのだぞ!」

「お前は何をそんなに怒っているのだ? ローエンス。

 所詮我らなど…睨下も含めた我らなど、ミナミくんが何を想い悩みながらああしてガリューの傍らに居たのかも知らぬ、部外者でしかない」

 固めた握り拳を震わせた従兄弟に顔も向けず、グランは溜め息のように言い放った。

「覚悟を決めたのだ、陛下は。ミナミくんも…。あの冷え切った青い目でファイランという閉鎖都市を見つめ続けた青年は、ガリューのために内心に抱えた「恐怖と秘密」を白日の下に晒し、その…忌むべきファイランを護り通さなければならない陛下は、「秘密」を永遠に手放そうとしている。

 判らないのか? 邪魔をするな。と言われているのだぞ、我らは。

 ガリューに邪魔をさせるな、と言い渡されているのだ。

 ならば我らがすべきは、その責務を果たす事と、自らも堕ちた情欲さえ一片も残さず告白しようとするミナミくんと、唯一…ミラキの振る舞いを不問にさえすれば生涯ファイランに傅いて生きようと言った陛下がそのミラキに恨まれる事を承知で議会を招集したという英断に、ただ平伏して戦き、跪く事だけだ」

 急に歳を取ってしまったかのような呟き。

 ローエンスは、モニターに視線を転じた。

……………議会中継の、ではなく、狭い室内に佇んでいるだけの、ハルヴァイト・ガリューに。

「我らは…決められなかったのだ。誰も傷付かずにこの件を終わらせようとしたばかりに、我らが………………睨下と我らが、今日の事態を招いたのだ。耐えろ、ローエンス。我らに出来るのは、それだけだ」

 判っているさ、グラン。と惚けたように答えたローエンスは、ハルヴァイトの背中から視線を逸らさずに、深く深く、嘆息した。

 無力だなと思った。最強だからなんだとも思った。自分に…失望した。

…………………。ローエンスにとって、ハルヴァイトの背中を見てそう思うのは、二度目だった。

「…こちらは大隊長グラン・ガンだ。電脳魔導師隊各小隊の指示を確認する。待機中の第六小隊、及び、第八、第十、第十一小隊は、拘置棟前にて警備任務を続行、第十二小隊…第九小隊は、電脳魔導師隊執務棟一階エントランスに展開し、万一第七小隊が執務棟より出んとする場合は、それを阻止せよ。命令を受諾の後、速やかに配置に着け。以上」

 打ちのめされる寸前のローエンスを無視して、魔導師隊に…一部変わってしまった指示…を出し終えたグラン。ハッとして顔を上げ、それからわざとのように不愉快そうな顔つきでキッとグランを睨んだローエンスが、口元にいつものような捉え所ないにやにや笑いを貼り付ける。

「―――何が「耐えろ」だ。貴様性格悪いぞ。貴様の方こそ耐えようとする気が全くないじゃないか。今の状況で、ゴッヘルをわざわざ…一番最初に第七小隊と遭遇するように配備するのは、何かしたうちに入らないのか?」

「さて。わたしがいつゴッヘルに「何かしろ」と指示した? まぁ、あの若様が愛しい伴侶のために何かしてしまうのは、わたしの管理責任ではないけれどな」

 この議会中継を見て、果たしてあの第七小隊が黙っているか、といったら、まず無理だろう。そして第七小隊には、あの、スーシェ・ゴッヘルに家名まで捨てさせた、上官を上官とも、電脳魔導師を電脳魔導師とも思わないデリラ・コルソンがいるのだ。

 にーっと口元に笑みを浮かべ、グランは緋色のマントを止める組紐に手をやった。

「せいぜい我らは、アイリー次長と陛下のお望み通りガリューをここから出さない努力でもしようではないか、ローエンス。ミラキにガリュー…ルー家の三男坊とゴッヘルまで付けて、お前の「アルバトロス」とわたしの「ヴリトラ」がどこまで「耐えられる」のかは、たかが知れているだろうが」

「負け試合を強要か? なんて嫌なヤツなんだ、貴様は…。お前なんか大嫌いだ」

 パイプ椅子に腰を下ろして議会中継に視線を戻したローエンスの横顔をこっそりと窺い、グランがくすくす喉の奥で笑った。

「それは哀しい、わたしはお前が大好きなのにな。仕方がない、この悲しさは後でフロイラインとルードリッヒに聞いて貰うとしよう」

「…………………貴様、私の家庭を崩壊させる気か?」

「上級庭園に住まう本妻をほったらかして築いた貴様のささやかな幸せは、そんなに脆いものだったのか? それを聞いたら、フラウとルードが怒り狂うぞ、ローエンス」

「…………………」

「いい家庭をお持ちだな、エスト卿。何せお前の「伴侶」はお前の浮気癖も貴族としての責務も理解しているし、息子はまさか片親がお前だとは思えないほど好青年に育ったではないか」

「…………………お前なんか、大っ嫌いだ…」

 ふん! と鼻息も荒く吐き捨てたローエンスに微笑みかけたグランが、「うむ」と大仰に頷く。

「ちょっとした妬みだ。気にするな」

 それで結局、ローエンスは盛大に吹き出してしまった。

  

   
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