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 初対面の印象が悪かった順番に知人を並べると、一位がデリで二位がガリューになる。

 ガリューを始めて見たのは、彼がスラムから連行されて来て、その後、城に隣接する三号官舎に住み始めてすぐだった。貴族用官舎というだけあって立派な建物なんだけれど、その中央にある大階段の上から…忘れもしない、エイリス・オーン・ガンという、グラン大隊長の遠い親戚が…………転がり落ちて来た。

 喧嘩だと聞いて、相手を仰ぎ見、ぼくは…ぞっと背筋を凍らせる。

 幼さの欠片もない整った顔の中で、冷え切った鉛色の眼が空ろにぼくらを見下ろしていた。たったの、それだけ…。

 そのガリューがいつの間にかああいう風に…つまり、ミナミさんに振り回されているのを、ぼくはとても好ましいと思う。

 やっとガリューも、何か、当たり前の物を手に入れたのかな…とね。

 そしてぼくは、デリと始めて交わした言葉も、忘れていない。

「よぅ」と…彼は気安く声を掛けて来た。

「第九小隊の「ひめさん」てのは、あんたかね?」

「…誰です? そんな失礼な事を言ったのは」

「? 失礼じゃねぇでしょ。あんた確かに…なんつかほっとけねぇ感じだし、美人だしね」

 その軽薄な言い方が気に入らなくてぼくは、その場でデリを引っぱたいた。

…………想い出話だけれど。

 デリは、殴られなかったらすぐに忘れてた、とぼくに言い、ぼくは、殴らなければこんなに好きにならなかった、と答えた。

 そういうもの。

   
   
(6)スーシェ・ゴッヘル

  

 今にも泣き出しそうなイムデ・ナイ・ゴッヘルの手を握ったまま、スーシェ・ゴッヘルは電脳魔導師隊執務棟のエントランスに儲けられている、待ち合い用のソファに腰を下ろしていた。

「第七小隊を停めろってのは…一体どういう事なんだ? ゴッヘル卿…」

 無言で、壁に埋め込まれているモニターを見つめているスーシェに問い掛けて来たのは、第十二小隊の制御系魔導師エンリ・ノイエ副長である。

「…………………大した事じゃないよ。ただ、第七小隊が今から盛大に軍規違反をしまくる程度」

 朝から嫌な予感はしていた。

 ついさっき、それまでの執務室待機命令がエントランスの警備命令に変わるより少し前に議会中継が城中に流され始め、唖然とするスーシェの元には、グランからの命令変更。それで、エントランスで「逃げた」第七小隊を待ち、一体…何をどうすればいいのやら。

「待て待て、軍規違反は大した事じゃないのか? ゴッヘル卿!」

 エンリが思わずソファから腰を浮かせると、スーシェにしがみついていたイムデ少年がひくっ、っとしゃくりあげて、目に涙を溜める。

「あ…。いや、失礼」

 もう一度ソファに腰を落ち着け、やりにくい。とエンリが短い頭髪を掻き毟ると、スーシェが小さくそれを笑う。

 しかしその間も、スーシェの視線は吸い付いてしまったかのようにモニターから離れない。何人もの議員が「被疑者席」に移動させられると今度は、衛視に連行され議事堂に…アドオル・ウインが入場して来る。

 無性に苛々して来た。

「しかし…しばらく大人しいと思ったら大間違いか? 第七小隊は、どうしてもうちょっと平和に暮らせないのかなぁ」

「……確かにここ一年はずっと大人しかったですが、元々は、軍規を守る気があるのかどうか、とまで言われてましたからね」

 スーシェがそう言い、はははは、とエンリが…笑った。

 モニターの中のアドオルも、笑う。

「……………………黙れ」

「え?」

「!」

 ぽつ、と低く呟いたスーシェの声に、エンリとイムデ少年が目を見開いて彼の顔を凝視する。平素と変らぬ落ち着いた表情ながらなぜか、優しげなはずの瞳には何か…物騒な光が微かに見えた気さえした。

「ゴッヘル卿! あの……第七小隊が執務室前を突破し、こちらに向かっているそうです」

 通信を任せていた第十二小隊の事務官が言い難そうに告げた途端、イムデ少年が全身を緊張させる。

「あ……あの、あの……、スゥは…その…………あの!」

 握り締められた手に視線を落し、それを両手で包んでぽんと叩いてから、スーシェはほんのりとイムデに笑って見せた。

 少年は心配しているのだ。大好きなスゥの大好きな伴侶が、第七小隊に居る事を。

「…第十二小隊、第九小隊とも、予定通り展開してください。命令は絶対ですから…ね」

 そして少年は心配しているのだ。大好きなスゥが……。

「あの…、…スゥは………あ…その…、ボクの側に…」

「ベッカー、小隊長を頼みます」

 立ち上がり、真正面に見えるエレベータボックスと、その左右を回り込むような造りになっている階段を見つめたまま、スーシェは第九小隊攻撃系魔導師イムデ・ナイ・ゴッヘルを入り口左に配置し、既に配備の終わった第十二小隊隊長に…なぜか、にっこり微笑んで見せ、深々と頭を…下げた。

「すみませんが、イルフィ小隊長。後で証言を求められたら、ぼくの独断だったと…言って貰えますか?」

「………スゥ…」

 で、イルフィ小隊長が溜め息とともにがっくり肩を落とす。

「軍法会議ものだぞ! スーシェ・ゴッヘル!」

「判ってます。だから……………申し訳ありませんが、隊でなくデリの方に行こうと思います。それとですね…」

 言いながら、スーシェは黒い革ベルトを外し、青い長上着を脱いで床に落し、細長い黒ネクタイを緩めた。

「第七小隊には今、攻撃系魔導師が不在なんですよ」

 どこかから、堅い足音が近付いて来る。それは、スーシェだけが独白するエントランスに、確実に彼らが……拘置棟に一刻も早く行かなければならない、と自らに言い聞かせた彼らが迫っている足音だった。

「…ガリューは………いないのか?!」

「はい」

 それでエントランスに、一瞬、安堵の溜め息のようなものが降りた。

「ですので…」

 カツカツカツ! と階段を駆け下りているらしい靴音を数えつつ、スーシェは大股でエレベーターボックスの前まで移動し、くるりと…第九小隊と第十二小隊を振り返った。

「…おや、まぁ、こいつぁ準備いいな。ナイ小隊長とイルフィかい…。第七小隊(うち)は主砲不在でよ、ちょっと戦力不足なんでそこ空けて貰えねぇか?」

 と、こちらは相当だらしなくシャツを着崩したドレイクとデリラが、丁度エレベーターボックスの陰から姿を現す。それににっこり微笑んで見せたスーシェから、苦虫を噛み潰したような顔付きで視線を逸らす、第七小隊の面々。

「一応訊くけどね、スゥ。お前は、何をしようってのかね?」

「君を待ってたんだよ。そろそろ来る頃だと思って」

「それと、床に落ちてる制服と、どの辺関係あんのかおれにちゃんと説明しな」

 咎めるようにじっとスーシェを見つめるデリラ。それにスーシェは、金縁の眼鏡を外して胸のポケットに収めながら、晴れやかに微笑んで見せたではないか。

「ぼくね、君の次くらいに、ミナミさんが好きなんだよ」

 それでデリラは一瞬ぽかんとし、それから困ったように短い髪をがしがし掻いて、スーシェから顔を背けた。

「はいはい。おれだって勝手なんだしね、最初からお前を停めようなんて大それた事、考えてねぇんだけどね」

「しかもこの状況じゃ、絶対ぼくに感謝するだろう? ねぇ、ミラキ」

「……………するつうかよ…、俺ぁまさか、自分がアレのサポートに入るなんて夢にも思ってなかったぞ、マジで…」

 それでもこのエントランスに居る二つの小隊を退けさせなければ、先へは進めない。

「ま、実際は、ゴッヘル卿にも多少期待してたんだけどな」

 俯いてにやにやしながら、ドレイクはデリラに「諦めて」後ろに下がれ、と手で命令した。

「悪ぃな、デリ。スゥまで巻き込みたくねぇってのは俺だって判んだけどよ、今の俺たちにゃぁ、効果的に戦える魔導機がいねぇのも確かなんだし」

「………………それで、話はついたか? ミラキ…」

 複雑そうな顔でじっとドレイクを観察していた第十二小隊小隊長がうんざりと問い掛けると、それにいつもの愛想いい笑顔を向けたドレイクが、「おう」と…まるっきり緊張感なく答えた。

「お前達、怪我しない程度に全力でやれ…。八機の「フィンチ」にゴッヘル卿の「スペクター」では、「ディアボロ」相手に草木も残らないほど完敗、ではないにせよ、勝てたら二階級特進モンだぞ」

「だったらよ、最初から諦めてそこ退けねぇか?」

「抵抗して見せるのとあっさり引き下がるのでは、心意気がまったく別だぞ、ミラキ!」

 言うなり、イルフィ・ヘイズの足下に一次電脳陣が立ち上がった。

「そりゃそうだ」

 ドレイクの感心したような呟きと同時に、第七小隊側のふたりも電脳陣を立ち上げる。ドレイクの立体陣はそう珍しくなかったが、軽く身体の前に手を組んで佇むスーシェの周囲にも同様の立体陣が立ち上がったのに、彼が魔導師階級を返上してからしか知らない隊員たちが、思わず「おお」と唸り声を発した。

 確かに、化け物呼ばわりのミラキ卿に比べれば遅めかもしれないが、他の、一次電脳陣を平面で描く魔導師だとか、立体陣の描き出し訓練中の魔導師に比べれば、スーシェの陣が起動までに要する時間は十分に短いと言えた。

 微かに金色を帯びた白い陣が立ち上がり、中空に臨界接触陣がぽっかりと浮かぶ。その頃には既に「フィンチ」の顕現は終了しており、そう広くないエントランスの上空を四機の小鳥が飛び回っている。

「今日は索敵陣圧縮してねぇから、不可視な」

 ドレイクの、特徴的な銅っぽい文字列がスーシェの立体陣に割り込む。その索敵内容はスーシェの「相棒」以上に詳細で、動体観測値はリアルタイムだった。

「…すいません。お手数かけます」

 舌を巻くような、ではない、諸手を挙げて謝りたいくらいに細かく、その殆どが「現在」を示す、完璧な索敵内容。スーシェでは表示された情報の半分も有効に使えないのではないか、と彼が少し不安な吐息を漏らすと、ドレイクは、「俺ぁ不器用でよ、ハル用のカスタマイズしか表示出来ねぇんだよ」と笑った。

 一メートルの立体陣に囲まれたドレイクとスーシェがそんな暢気な会話を交わしているうちに、第十二小隊イルフィ・ヘイズの「ダコン」と索敵機「ビートル」が、それから…第九小隊イムデ・ナイ・ゴッヘルの「クラウド」と索敵機「ジェリー・フィッシュ」がエントランスに顕現し、威嚇するように旋回する「フィンチ」を睨んだ。

「最後にもう一回だけ訊くぞ、ミラキ…。諦めて執務室に戻ってくれませんか?」

「つか、訊いてんじゃねぇだろ、そりゃぁ…。お願いしてんのか?」

「そうだよ! だから帰れっ!」

「断る!」

 言って、ドレイクはにっと口元を笑いの形に吊り上げた。

 倣岸に腕を組み、二組の魔導師たちをにやにや笑いで見下すドレイク。その傍らには、あくまで穏やかな笑顔を崩さないスーシェが、ハルヴァイトの代りに佇んでいる。

「降参だったら早めに言えよ。どうせ軍法会議モンだしな、手加減しねぇぞ」

 ドレイクの声を合図に、四機の「フィンチ」が一斉に相手攻撃系魔導師の立ち上げた一次電脳陣に飛び付こうとする。索敵系魔導機はとりあえず無視して、いきなり主砲を臨界に還してしまおうというのか。

 しかし、無視された「ビートル」と「ジェリーフィッシュ」も黙ってはいない。果敢にも「フィンチ」を追い回し、時折囀りに似た超音波を食らってふらつきながら、なんとか小鳥を攻撃系魔導師から遠ざけようとしていた。

「…索敵機をあまり近付かせないで。それと、エネルギーの監視モニターは優先して邪魔するように」

「つか、どこに居んのか俺にも見えねぇのかよ」

「ぼくの「スペクター」は、恥ずかしがりやなんで」

 そう言ってスーシェが笑った途端、エントランス上空にかなり巨大な臨界接触陣が出現し、一瞬激しく輝いて、すぐに…消えてしまった。

 きききききき…来たっ! と………スーシェ・ゴッヘルの魔導機を知っている者ならば、誰もが思っただろう…。

「相変わらず」

「どこにいるのか判らないですねぇ…」

「名前の通りなんで、しょうがないんじゃないかね」

 消えた臨界接触陣。本当なら顕現しているはずの魔導機も、見えない。

 そう…スーシェの「スペクター」は、完全にステルスされた外殻を持つ四足歩行タイプ(らしい)で、つまり…姿がまったく見えないのだ。

 ガッガッ! と床のタイルが時折抉り出され中空に飛び散ったりするので、どこかには居るらしいが……。

 スーシェだけは特殊フィルターの空間監視モニターを立ち上げているので、「スペクター」がどんな姿をしていて今どこに居るのか判ったが、あえてそれは誰にも教えない。

 こうなると、制御系魔導師は躍起になって「スペクター」を特定しようとする。しかし、いつの間にか八機全て顕現し終えた「フィンチ」がそれを許す訳もなく、大体の場所を座標として教えられているドレイクが、索敵機をあちこち誘導しては追い回し、上手く「スペクター」から遠ざけていた。

 それで、二機の攻撃系魔導機は足音を頼りにエントランス内をぎくしゃくと移動するのだが、そのうち、正面でタイルが捲れ上がった、と認識するなり反射的に突っ込んだ「ダコン」が、いきなり前のめりに引っくり返って顔面(?)から床に突っ伏す。という…なんとも奇妙な事態が起こった。

「ゴッヘル、お前なんで事務官なんてやってるんだ! 事務官にこんな…高等魔導機必要ないだろう!」

 ぱっくり割れた命令陣を再構築しながら、イルフィが唸る。

「その件は、そのうち暇があって気が向いたら話し合ってもいいですよ」

「今すぐ話し合おう、ゴッヘル卿…」

 そんな会話の後ろで、スーシェにはドレイクから文字通信が入っていた。

 索敵機を一時任せる。

 その意味が判らなくて首を傾げたスーシェにドレイクは、唇の端を持ち上げてにっと不敵に笑って見せた。

「俺の本職は、ハッカーだって事だよ」

 囁き。刹那、「フィンチ」が一瞬で臨界へ逃げ帰る。

 それでひとり残された「スペクター」は、高温の腐食ガスを吐くイムデ少年の「クラウド」に音もなく肉迫し、ガス射出腔のある多面体に体当たりしてそれを遠くに追いやった。

 実は、姿の見えない「スペクター」も、「クラウド」相手では利点が半分しか生かされないのだ。何せ「クラウド」は三百六十度どの方向にも腐食ガスを吐いて来るのだから、姿が見えようと見えまいと、関係ない。

 そういう訳で邪魔な「クラウド」と距離を取り、エントランスの内部で「スペクター」を探す索敵機にそっと忍び寄って、片っ端からまるで…煩い羽根虫でも叩き落とすかのように…長い尾で床に転がす。

…というか、尾があるのか。

 見えない何かに叩き落とされて、床に次々転がるビートルとジェリーフィッシュ。それはまるで一瞬制御を失い、自ら床を目指して全力で突進しているかのような錯覚さえ受ける、異様な光景だった。

 後方で静かに佇むデリラは、それを肯定する。

 スーシェ・ゴッヘルという伴侶が実は、ファイランにとって「必要」な電脳魔導師だという事を、思い知らされる。

 不可視の魔導機を操る彼の伴侶はしかし、相手魔導機が「適当に脅えて」見せれば、追いかけてまでとどめを刺そうとはしない。

 そう、彼の上官たちのように、情け容赦なく、手加減もせず、持てる力の半分で相手を威圧し徹底的な強さを見せつけ…それで戦意を喪失させるような真似は…出来ない。

 だからスーシェは、魔導師で在り続ける事が出来ないのだ。

 生涯か弱く、穏やかで、美しいまま。

「……おれぁ幸せモンなのかね?」

 微かに苦笑いじみた呟きを聞き咎めて、傍らのアリスが小さく吹き出した。

「そうに決まってるでしょ? デリ。だってスゥには、逆立ちしたってあんな真似出来ないもの」

 半球型の胴体に短い手足を六本生やしたエンリのビートルが、体勢を立て直すために一時退去、同じく「スペクター」を見つけられないジェリーフィッシュも後方に退き、代って、タイルを跳ね上げる足音を頼りに飛び出してきた「ダコン」と「クラウド」がそれぞれ距離を取り、イルフィがエントランス中央付近の空間を「閉鎖」するための隔離魔法を「ダコン」にプラグインし、イムデ少年が「クラウド」の腐食ガスをその内部に吐きつけようか、と………、

「「エンター」」

 命令を下した刹那、突然、都合六つの三次元球形陣が赤紫色の漠炎をあげて空中に出現した。

「………ミラキぃっ!」

 怒声を、といより悲鳴を上げたのは、第十二小隊隊長のイルフィ・ヘイズ。

 上空で、回転するミラーボールのように細かな光の粒子を吐きながら稼動する赤紫色の球。その正体を知らないイムデ小隊長は果敢にも新しい電脳陣を立上げようとし、しかしなぜか命令が勝手にキャンセルされて、あまつさえ、足下の一次電脳陣さえはらはらとゆっくり崩壊して行く…。

「無駄だ、ナイ小隊長…。既に我々の一次電脳陣は、臨界から切断されている」

 呆然と佇む電脳魔導師たちの間を縫って、陣を消したドレイクとスーシェ、それに、残りの三人が執務棟の出入口から駆け出して行く。彼らはそこで一度だけ振り返り、稼動する陣が消えるまで動けない同僚に敬礼し、ドレイクだけが、「すまねぇな」と……本当に申し訳なさそうに呟いた。

「…ミラキ。そこまでやって、一体お前達は何をしようとしてるんだ」

 精根尽き果てたようなイルフィの呟きにドレイクは、こんな騒ぎなど知らず淡々と議会を中継しているモニターに視線を流し、灰色の瞳で……アドオル・ウインを睨んだ。

「あの人でなしをよ、ぶん殴って貰おうって…………それだけさ」

 言って、ドレイクが執務棟から消えて、刹那、上空の球形陣が爆裂した。

「小隊長…、何があったんですか?」

 第十二小隊の砲撃手が気の抜けたように呟き、答えたのは、渋い顔のイルフィではなく、ドレイクと同じ制御系のエンリ。

「ハッキングされたんだよ。ミラキ卿は、ここにいる魔導師全員の一次電脳陣のうち、エネルギーバイパスのアクセスコードだけをハッキングして、仮想臨界…しかも、自分のバックボーンに繋いだ「偽のバイパス」で命令を受諾、片っ端からキャンセルするような、性質(たち)の悪いダミーを造ったんだ」

「…ガリューに負けず劣らずの化け物だよ、あの…兄貴もな…」

 何が大隊長向きじゃねぇ、だ…。とイルフィは、ぼんやり議会の中継を眺めながら、口元を歪めた。

「悔しいと思うか? お前ら」

 込み上げて来る笑いに抵抗出来ずついにげらげら笑い出したイルフィは、報告書なんて出すもんか、と心に決め、落胆する部下たちに問い掛ける。

「おれは悔しくないな。そうだろう? エンリ、ベッカー。お前らなら判るだろう? ありゃぁな、生身の人間が追いついていい次元の話じゃない。これで判ったろう? あのミラキとあのガリューを黙らせておける陛下に、生涯の忠誠を誓えよ…」

 それから。

 とイルフィ・ヘイズは、演習室であの「ディアボロ」と話をしていた綺麗な青年を思い出す。

「………アイリー次長にも、生涯の忠誠を誓うべきだな」

 呟いて、彼は執務室に爪先を向けた。

  

   
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