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 何もかもが苛立たしい。

 陛下が一体「何をした」というのでしょうか。

 ミナミさんが一体「何をした」というのでしょうか。

 どちらも、多大な犠牲を払ってこのファイランを護ろうとしているのに、ファイランは、そこに住む人間どもは、それを微塵も判ろうとしない。

 陛下は、するべき事を必死になされているだけ。

 ミナミさんは、出来る事を必死になされようとしているだけ。

 見ず知らずの誰か。その誰かと繋がる誰か。連鎖的に繋がって繋がって、そういう「見ず知らずの誰かたち」のために、果たして私は私の抱えた感情を無視し、手放して、自分の勝手なのだから、とああも潔く微笑んでいられるだろうか。

 私には、きっと出来ない。

 たったひとり、生涯を掛け大切に護りたいとしたひとを遠ざける事しか知らなかった私には、絶対に出来ない。

 傷つける事も、傷付く事もしたくないと臆病になり、結局、傷つけるだけしか出来なかった私には。

 だから今私に出来るのは、ただ……………変わらず陛下にお仕えする事と、ミナミさんを「護る」事だけ…なのだろうか…。

   
   
(7)クラバイン・フェロウ

  

 緊張という重圧が議事堂を締め上げる。

 アドオル・ウインの狂気さえも息を潜めた空間で動くものは、天蓋に描かれた「天使」のように気高く脆い、漆黒の衛視服に身を包んだ青年ひとりだった。

 ミナミ・アイリー。

 議事堂正面大扉が開け放たれ、そこに佇む彼を目にした瞬間、誰もが、全ての眼が、盛大に毛先の跳ね上がった素晴らしい金髪と、物憂げなダークブルーの双眸を収めた乳白色の綺麗な面差しとに見とれ、しかし、胸を抉ってくるような危うさに…戦く。

 彼はまさに、フレスコ画の天使そのものか、それ以上に現実的で綺麗で、恐かった。

 ミナミは注がれる視線を無視して陛下の待つ証言台まで真っ直ぐ進むと、そこでウォルに一礼した。

 翻った長上着の裾と、ゆっくりとした瞬き。それでやっと、並み居る議員どもは、その青年が本当に「ひと」なのだと知る。

 天蓋を飾る「天使」。

 ではない。

「では、ミナミ・アイリーに訊ねる。お前は、アドオル・ウインを憶えているか?」

「話す声と話された内容は憶えています。しかし、顔や姿は「見た事」がありません」

「なぜ?」

「…………………いつも、部屋の灯かりを落し、入って来るなり目隠しされたからです」

「しかしお前はアドオル・ウインを告発した。それは、なぜだ?」

「「議事堂の天使のように美しい」と俺に言ったからです」

 ミナミは言いながらゆっくり首を巡らせて被疑者席を見回し、がたがた震える両の拳を強く握り締めた。

 上品そうな衣装に身を包み、ミナミを凝視している紳士ども。しかしその下に隠された「本性」を知るミナミには、彼らの驚きの表情さえ虫唾が走る不快でしかない。

 欲望に正直で、冷酷で貪欲で、ひとをひととも思わない男たち。

「その言葉に聞き覚えがあったのか?」

「……ありました…」

 問われてアドオル・ウインに視線を移し、ミナミはぎゅっと瞼を閉じた。

「あの部屋の最初の記憶…。俺は暗闇が恐くて泣いてて、…ドアが開いて…、逆光の中に立ってる誰かに、助けてくれって………そう…言って、そしたらその男が…俺を見て、「泣いてはいけない。お前は、議事堂の天使のように美しいのだから」って…」

「あぁ、言ったよ、わたしの「天使」。当然の台詞だ。そうだろう? だってお前は、わたしが、この世に、降ろしてやった、天使、なのだからね」

 ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひ……。

 と、アドオル・ウインは、全身を震わせて、笑った。

  

   
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