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 誰かを好きになるってのはね、どうも疲れる事らしい。

 確かに、奇しくもおれが「好き」だと思ったヤツと来たら、普段優しそうな顔してるくせに怒ると手が付けられなくてね…。

 それでもおれは、どうしてもそれが…誰にもさらわれたくなくてね、結局その「必然的な疲労」ってのを、甘受しちまった訳だ。

 つまりねぇ。

 愛だよ、愛。恥ずかしい話。

 おれぁね、今でもスゥを、誰より愛してると言える自信が…あんですよ、大将…。

   
   
(8)デリラ・コルソン

  

「魔導師隊で今配備されてる残りは?」

「六.八.十.十一だそうです…、キース連隊長」

 城門警備の兵士から一方的に掻っ攫って来たイルシュ少年を小脇に抱え、ギイルは喉の奥で唸った。

「一般警備部にも第七小隊絡みの命令が下って来てるぜ…。いくらドレイクとひめさんがいるつってもなぁ、魔導師隊まで出て来たら苦戦必至ですよ、ミラキ卿」

「…だからっ、おれが行くんだ! お願いだから降ろしてください、キース連隊長!」

 脇の下でわたわた暴れるイルシュから顔を背け、しかしギイルは難しい顔で顎に手を当てたまま、唸り続けている。

「てか、お前はなんで外から来たよ、イルくん」

「…ドレイクさんに、置き去りにされたんです…。今朝、衛視が屋敷まで来て、それで何かただ事じゃないからって」

 確かに、ただ事じゃねぇわな。とギイルは溜め息交じりに頷いた。

 おおよその命令も聞いたし、議会の中継も見た。ハルヴァイトは防電室に監禁、第七小隊は執務室に軟禁。で、議会では青い顔をしたミナミが衝撃的な告白を始め、主犯であるらしいウインは狂ったようにげらげら笑っている…。

「お前が行っても、何も解決しね…」

「だからって、何もしないでいいんですか!」

 イルシュはいきなりそう叫ぶと、ギイルの鳩尾に握り拳を叩き付けた。

「ぐえ」

「おれは! …確かに…その、ガリュー小隊長はちょっと恐いけど、でも、嫌いなんじゃないんだ! ミナミさんだって言った! おれ「だから」ガリュー小隊長の…あの…接触…………してるから…、おれには判るんだって」

「? 接触?」

 涙目でイルシュを睨んだギイルが、急に勢いの無くなった少年を地面に降ろす。

「小隊長からミナミさんを取り上げちゃダメなんだよ、とにかく! 取り上げちゃったらきっと、小隊長はダメになっちゃうんだっ!」

 きっとハルヴァイトは、ファイランという「世界」を憎んでしまう。ミナミを「護る」という意志だけで「憎しみ」を抑えているハルヴァイトから、ミナミを取り上げてはいけないのだ、とイルシュは思った。

 少年は、今にも泣きそうな顔でギイルを睨み、睨まれたギイルは、困ったようにがしがし頭を掻きながらその場にしゃがみ込んだ。

「…だからってお前さ、一般警備部だってもう拘置棟周辺に展開してんだぞ? 確かにお前の…なんだっけ? 赤い蛇」

「「サラマンドラ」です、龍ですよ」

「それそれ。それが強ぇっても、お前そのものはちっこい非力なガキな訳だろ。そんなお前がどうやって兵士躱して、魔導師隊抑えて、ハルのとこまで行くのよ」

「……それ…は」

 まるで何も考えていなかったイルシュがギイルに問い詰められて思わず口篭もった。

「魔導機暴れさせりゃ済むって問題じゃないでしょ。…………って、まぁ…、しょうがねぇなぁ、もう」

 バシン! と自分の両膝に掌を叩き付けて立ち上がったギイルが、太い眉を器用に片方だけ持ち上げて、にーっと笑う。

「チビちゃんの心意気に負けて、おにーさんが一緒に行ってあげようかな」

「え?」

 ほれ。とまたも首根っこを掴んで持ち上げたイルシュを肩車し、ギイルが大股で歩き出す。

「おれぁさー、ミナミちゃんが大好きなのよ。判るかな? ぼくちゃん。で、なんでそんなに好きなのかつうと……………綺麗だし、かわいいし、それも理由なんだけど…、おれにゃどうしようもなかったガリューをね、ちゃーんと好きになって助けてくれる訳よ、ミナミちゃんだけが」

 にやにや笑いの独白に、ギイルの頭に掴まったイルシュが戸惑う。こんな時に一体何を言い出すのか、といった所か。

「キース連隊長…、実はガリュー小隊長が好きなの?」

「好きだね」

「……………………」

 きょと。とどんぐり眼を見開いたイルシュの気配に、ギイルが吹き出す。

「あや。ほら、変な意味じゃなくてさ、喧嘩」

「喧嘩?」

「そ。マジで殴り合いの喧嘩して、殴っただけ殴られて、おれは倒れたのに、ガリューは…………最後まで立ってた。そん時おれぁ思ったね。

 こいつはいつ「休む」んだろう、って」

 それで、ハルヴァイトをスラムから連行して来たギイルの「喪失感」は決定的なものになる。

「…おれの…歳の離れた兄貴ってのが元警備兵でさ、喧嘩の仲裁に入ったトコいきなり後ろから刺されて、命落してんだよね。んで、身寄りつったらおれしかねぇモンで、おれは…お前よりずっとガキだったけどさ、育ててくれた兄貴の死に立ち会ったのよ、その時。

 兄貴は今から自分が死ぬつうのにやたらおれを心配してよー、もう…笑っちゃうくれぇあれこれ言って、最後に「何が正義か、にーさんの代りに考えろ」って言って息引き取ったんだよな。

 それでおれぁ警備兵になった。例えば上官からの命令だって、おれが「正義」だと思わなかったら利かなかった。おれの思う正義ってのはさ、それによって王都民の安息が護られるかどうか、だったのによ…。

……………どんなにがんばっても、ガリューにはおれの「正義」は伝わらねぇのよね。あいつは…安息だとかそういう「気安い子供だまし」で満足してくれる相手じゃ無かったんだな。

 思い知ったよ。そういう風に「なっちまうヤツ」も居る。それも、この都市の責任なんだな。ってさ。

 だから…さ。

 おれがやたらガリューの恋人に会いてぇ会いてぇつってたのは、王都民全てに等しく「正義」であろうつう必死のおれが唯一撃退されたガリューを、「ちゃんと休ませて」くれたのがどんな相手なのか、知りたかったんだよね」

 ところが、蓋を開ければその恋人は、綺麗で強情で身勝手で、…でも誰よりハルヴァイト「が」愛したし、誰よりハルヴァイト「を」愛しているのだと、ギイルは思う。

 そう思う。

「勢い、ファイランごと愛してやろうなんて普通は思わねぇだろうに、それが…出来ちまうくらい、な」

 ギイルには、アドオル・ウインとは違ったニュアンスで、ミナミが「天使」に見えた。

「創世神話知ってる? ぼくちゃん」

「? えと…、天使が浮遊都市を守るアレですか? 知ってますよ」

 懐から取り出した携帯端末で議会中継を受信しながら、ギイルはゆっくりと口元の笑みを消し、静かに、怒りを漲らせた声で呟いた。

「こんな…人間の腐ったのみてぇなバカげた幻想でなくて、今ファイランでは、本物の「天使」が…都市を護ろうとしてんだよ…」

 そして…。

 肩に乗っかったままのイルシュが、ギイルの携帯端末を覗き込む。

「確か天使には…」

「そう。当り。それだ、それ。な? おれたちの軍規違反なんてのはさー、結果的に「これ以上ない正義の中の正義」だぜ? ぼくちゃん」

 そう言って、ギイルがにっとイルシュに笑って見せた、途端。

「キース連隊長!」

「…どうした、マイリー」

「配備命令です!」

 警備部執務棟近くに差し掛かったギイルとイルシュを、ギイルの部下総勢四十名が待ち構えていたのだ。

「……………あちゃぁ…。最初の難関は、よりによってこいつらかよ…」

 それを見て、ギイルは少年を肩に乗せたまま深く嘆息した。

  

   
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