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11.ホリデー モード      

   
         
(4)

  

 ベッドの中で目を覚まし、暫くぐずついて、さすがに怠け過ぎかとちょっと反省する。

「……………」

 おとといは何をした?

 昨日は何をした?

 今日はこれから…何をしたらいいのか。

「なんとか、一日目は保ったんだけどな…」

 キレイに片付け過ぎた部屋を、少し散らかした。

 机と自分用の端末が欲しいという事になって、買い物に出掛けた。

 帰って来たのは夕方だったけれど、元々何もない部屋なので机を置くスペースに悩む事もなく、端末の方はといえば、箱から取り出して適当に机に載せ、その後ものの数分で……ミナミが特務室で使用していたのと同じシステムに…中身が変わった。

 恋人は、手も触れずに機械の「脳」を弄り回す、電脳。

 それで、やっぱり人間と違う、などとその恋人をからかったりして、無事一日目は終わる。

 後は……。

「ダメだ…思い出せねぇ……」

 というくらい、何もしないでごろごろしたり、半日以上ネットゲームをしていたり、社会的地位もそこそこの軍人としてそれいいのか? と思えるような怠惰っぷりだったのだ。

 ハルヴァイトが。

 ちなみにその間のミナミは、階下の掃除をしたり食事を作ったり観賞植物の世話をしたりいろいろ大変だった。そもそもハルヴァイトというのは、ミナミの居なかった時にはどうやって日常生活を送っていたのか想像出来ないほど生活能力が低いのだ。料理はしない。掃除にしても、よほど気が向いたか、本当にする事がない暇潰しにしかやらない。洗濯に至っては、下着の果てまでクリーニングに出す。それでどうしてこの家がまともな形状を保っていたのか不思議になって問いかけたミナミに、彼は平然とこう答えた。

        

「ミラキ邸には使用人が余ってるんです」

     

………おい。

 という感じ。

 呆れる前に、感心した。

 引っ越せ、ミラキ邸に。移動する手間は省ける。

 といった具合か?

 それにしても…。とミナミは、ようやくベッドから這い出してクロゼットを開け、黒いタートルネックに鉄紺色の細いパンツを履き、鏡に映った自分の顔にちょっとだけ視線を向けて、すぐにそれを閉ざした。

 おとといの夜、新しい端末をファイラン公共ネットに接続した後ミナミは、何種類かのサービス専用回線アクセス権を買って、登録した。今まではここの住所を登録申請するのがイヤだったのだが、嫌がる理由もなくなってしまったし。

 どこにも行かなくていい。と恋人は言った。

 もう、どこにも行かせない。とも言った。

 ずっと傍にいてあげます。と、そのひとは言った。

 そこで。

 実はハルヴァイトがそういった特定のサービスを配信している専用回線(これには数種類のゲームも含まれている)を、実に二十以上契約していると発覚。その後、暇さえあれば某ネットゲーム…以前もそれで一騒動あったアレである…に一日十時間も入り浸っているらしいとか、わざわざ別のアカウントを取って、そちらでは完璧以外の何ものでもない調整をした「ジャケット」を保有し現在二百三十七連勝中らしいとか、明らかにハルヴァイトの生活態度がむちゃくちゃであると露呈するような事柄が幾つかバレ、結果、昨日ミナミは、食事の時以外部屋から一歩も出ないで過ごしたのだ。

 いや、つまり。

 ちょっと呆れて見せたのだが。

「もうなんつうか、俺が二ヶ月も悩んだのはなんだったんだよ…」

 本当に、衛視になってからの二ヶ月、表面上は変わりないにしてもミナミはミナミなりに大変だったし、いろんな覚悟もしたし、この家には二度と戻って来ないだろうとも思った。なのにハルヴァイトは、「波風立たないで平和に収まるなんて思ってませんでした。もっと早く言ってくれれば、ウインを炙(あぶり)り出すのは簡単だったんです」なんて事をあっさりと…リビングの大型テレビでクソ真面目にゲームなどしながら、答えたのだ。

 怒っておこうと、その時ミナミは思う。

 あまりにも、口数少な過ぎ!

 という訳で、昨日は拗ねて過ごしてみたのだが、ここでこの対応が出来るからこそハルヴァイトのハルヴァイトたる所以なのか、彼は、殆ど部屋から出て来ないミナミを一度も咎めず、それどころか、一回も…たったの一回も、ちょっとも、毛ほども、「どうかしましたか?」とさえ言わなかった。

「てか、すげーよ……ある意味」

 盛大に毛先の跳ね上がった金髪をがしがし掻き回しながら、ミナミはようやく部屋のドアを肩で押し、廊下に出た。

「…………………………つか……、変なひと…」

 で。

 ふとハルヴァイトの部屋に顔を向け、微かに口元を綻ばせて、呆れたように囁く。

「もしかして、ずっとあのままだったのか? 昨日から…。だから…なんでアンタはそう…アンバランスなんだろな…」

 ミナミの部屋から見て右の突き当たりにあるハルヴァイトの部屋のドアが、完全に開け放たれていたのだ。

 何という訳でもなく。

 どうしろという訳でもない。

 ただ、解放されているだけ。

「……負けた…」

 失笑交じりに呟いたミナミは、開け放たれたドアに爪先を向けた。

 足音を忍ばせてそっとそこに近づき、開いているから、中を覗き込む。

 室内は、相変わらず酷い有様だった。以前見たのはハルヴァイトがヘイルハム・ロッソーの件で拘束された時。それから三ヶ月近く経っているが、これまた感心しそうになるほど変わりばえなく衣服と本が床一面に広げられ、どうなっているのか、でもこれでゲームまでするのだから一応使えているのだろう端末も床に置きっぱなしで、つまり、見事なまでの散らかり放題だった。

 これを気にしないで生活出来る、というのも、ある意味才能か?

 ミナミは、その雑多な物に埋もれたベッドに視線を向け、無表情にその膨らみを見つめた。

 眠っているのか死んでいるのか判らない、動かない…ひと。

「……………………」

 思わず息を止める。

 呼吸の代わりに、そのひとの名前を呼びそうになった。

 刹那、ごそりとブランケットの塊が身じろいだではないか。

 かなり本気で驚いたミナミが、ぎく、と肩を震わせて一歩後退りそうになったのに気付かず、目を覚ましたばかりのハルヴァイトが上半身を起こす。

「? ……あぁ………………おはようございます」

「つか、もう昼過ぎだけど?」

 両手で顔を擦りながらかなり寝ぼけた声で呟くハルヴァイトに軽く突っ込んでからミナミは、なぜか…不意に俯いて……………肩を震わせくすくすと笑い出した。

 どうしてそうなのか想像出来過ぎて恐ろしいが、ハルヴァイトはいかにも普通のシャツを皺だらけにして寝ていたのだ。一応ベッドに入っていた辺りは十分誉めるべきかもしれないが、ボタンを半分も掛けないままのYシャツ姿で寝てしまえるほど、このひとは。

「常識そのものから間違ってんじゃねぇ? アンタさ」

「は?」

 笑いを含んだ声で言われ、ハルヴァイトがようやくミナミに顔を向ける。

「窮屈じゃねぇのか、って言いてぇんだけど、俺」

「あ、いえ…。寝てしまえば一緒じゃないんですか?」

「……不毛な感じするよな。アンタと常識について話し合おうとすんのは」

「不毛って、それはなかなか凄い言われようですね」

 ようやく目が覚めて来たのか、ベッドの上で大きく背伸びをしたハルヴァイトが、ブランケットを剥いで床に爪先を下ろす。その、相当乱れた着衣の胸元から微かに青緑色の炎が見え、ミナミは笑うのをやめた。

 臨界の炎。

「着替えたいんですが」

「あ…。ごめん」

 本の山を躱わしてベッドを降りたハルヴァイトが、穏やかな口調でミナミを咎める。瞬きしないダークブルーの双眸がじっと見つめて来るのをどう思ったのか、彼は、再起不能なまでに皺だらけになったシャツのくつろげていた襟元を自然な仕草で掻き寄せ、全身に刻まれた臨界占有率表示(プライマリ・テスト・パターン)を隠してしまった。

 一度だけ見た。

 色の白い肌に刻まれた、青緑色の炎。

「ディアボロ」と同じ、それは、呪文。

「珈琲の支度しとくから」

 短く言って階段を下りて行こうとするミナミの背中にハルヴァイトは、「はい」と溜め息のような呟きを返した。

  

   
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