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11.ホリデー モード      

   
         
(6)

  

 とりあえず。

 あくまでもとりあえず、だが、進路は決まった。

 それで一旦解散した議会を召集するまでの間に警備軍に残った問題を片付け、一部編成替えを済ませて、それから…。

 と、上級居住区の屋敷に向いながら、ドレイク・ミラキはしきりにこめかみを指で叩いていた。

「てか、俺ぁいつから政治家になったよ…。確かに頭脳労働専門だけどよ、分野が百八十度ひっくり返ってねぇか?」

 あの騒動以降、毎日のように呼び出される貴族どもが陛下と謁見するのを控えの間で観察し、その間にグランやローエンス、一般警備部の最高司令と警備軍の編成変えを煮詰め、どこにも支障が出ないようにシフトを再検討して、ついでに貴族院の人選にも目を通す。

「これを機会に政治家に転職なさっては?」

 喉の奥で笑いを噛み殺したようなからかう声に、ドレイクはいかにも嫌そうな声で言い返した。

「心にもねぇ事言うな。ガラ卿が俺の代わりに魔導師隊の面倒見てくれるつうなら、考えてもいいけどな」

「はは。それこそ心にもない事ですな。何せ自分は、陛下に嫌われております故」

 ドレイクに答えたのは、張りのあるバリトン。それを発したのは、警備軍の制服ではなくいかにも普通のスーツを着込んだ当代ミラキ卿の傍らを歩く、カーキ色のマントをはためかせた偉丈夫だった。

 王都警備軍一般警備部最高司令、フランチェスカ・ガラ・エステル。ダイアス・ミラキの弟にして、元電脳魔導師隊第一小隊事務官、現貴族院執行幹部であるエンデルス・エステル(現在は、エンデルス・G・エステル卿)の伴侶である。

 背丈はドレイクよりもやや小さく、しかし、姿勢がよく鍛えた体つきのおかげで、並んでも遜色ない堂々とした姿。黒にしか見えない濃い灰色の髪を短く整えており、眼の色は、ドレイクよりも薄い。

 死んだドレイクの父親と似た顎の平らな彫りの深い顔立ちの男で、全体から軍人然とした厳しい感じは受けるが、若くしてミラキ家を継承し、………彼から見て、義姉(あね)の不始末でスラムに産み捨てられたもう一人の甥、ドレイクから見れば唯一の弟を「無駄にかわいがっている?」当代ミラキ卿にはかなり甘いと評判なのである。

「嫌っちゃいねぇだろ…。ただちょっと…拗ねてるだけだよ」

 思わず苦笑いを零したドレイクの横顔に、正面に据えていた視線を流す、フランチェスカ。

「自分に魔導師としての才能があって、ミラキの家を継げて、お前もハルヴァイトも自由にさせてやれればよかったのだろうが…」

 フランチェスカ・ガラ・ミラキ。「ガラ」というのはダイアスとフランチェスカの母方の姓で、電脳魔導師としての才能に恵まれなかったフランチェスカがミラキの家を出て新しい家系を立ち上げる際、ダイアスの勧めもあって陛下に(先王だが)賜った名前である。

 ガラ・ミラキがなければ、ダイアス殉職の際ミラキ家を継ぐのはフランチェスカだったのか? といえば、それもまた違う。先述の通り、この叔父には魔導師としての才能が無かったのだ。身体に刻まれた臨界占有率表示(プライマリ・テスト・パターン)は魔導機顕現に必用なバックボーンさえ確保出来ない二行のみ。それでは、魔導師どころか城詰めの電脳技師にさえなれない。

 だからフランチェスカは早々にミラキ家を出てガラ・ミラキを立ち上げ、一般警備部最高執行機関に配属されてすぐ、ミラキの名を返上しエステル卿の伴侶に納まる。

「気にすんなって。フランツが警備部のてっぺんにいてくれるおかげでよ、こっちは大助かりなんだしな」

 気軽に言って、ドレイクは笑う。

「今回の事じゃ特に、いろいろ苦労かけてんだろ…。エンデにも」

「元気なところを見せてくれたら許してやると言っていたかな。同じに城に詰めているのに、どうして顔を合わせないのか不思議だそうだが?」

「……………俺もエンデも、忙しいって事だ」

 ドレイクは。

 父の率いていた当時の第一小隊の面々、結果的に彼の上官であり部下でもあるグラン、ローエンス以外とは、ダイアスの葬儀後一度も顔を合わせた事がないのだ。

 どうしても、何か……………言ってしまいそうで。

「…そうだな」

 溜め息のように答えたフランチェスカが、ゆっくりと視線を前に戻して首を振る。

 判っている。

 こうして自分と話していても、ドレイクは時折、不意に目を逸らす。喉まで出かかった何か、胸に痞えた何か、心に蟠った何かを無理やり黙殺するように、目を逸らし、短い溜め息を吐き、それでやっと、少年のような笑顔を見せる。

 彼はかたくなに、あの日から、父親に近しいひとを穏やかな拒絶で遠ざけて居る。

 あの日。

 屋敷に案内されたハルヴァイトが、応接室で待たされていた男の顔を冷ややかに見つめるなり、無言で、なんの感慨もなく、感情の欠片さえもなく、固めた握り拳その男を……………半殺し寸前まで殴りつけたのを見た日から。

「さみしいな」

「あ?」

 ぽつりと呟いたフランチェスカの顔を、ドレイクがきょとんと振り向いた。

「逆立ちしても三人しか残っていない一族だというのに、忙殺されてゆっくり酒を酌み交わす時間もないというのは、寂しいな。ドレイク…」

 フランチェスカは、ハルヴァイトと直接言葉を交わした記憶が、ない。

「…ま、ぼちぼち…な。またちょっと忙しくなっちまいそうで、先送り必至って…感じだけどよ」

 上級庭園に張り巡らされた通路を歩きながらドレイクは、見え始めたミラキ邸の外壁に失笑めいた笑いを吐き付ける。

「いつか、会いに行くよ…ハルもミナミも連れて。いつかさ…」

「あぁ、楽しみにしている。なぁ、ドレイク」

「?」

 エステル邸に向う小道に爪先を向けた所でフランチェスカは、急に何かを思い出したように立ち止まり、カーキ色のマントを翻してドレイクを振り返った。

「ハルヴァイトは、幸せか?」

「あぁ」

 なんだよ、それ。とでも言いたげに小首を傾げたものの、ドレイクが口元をゆったりと綻ばせて叔父の質問に答える。それを灰色の瞳で見つめてから、では、と、フランチェスカが少し硬い声で付け加えた。

「おまえは、幸せか?」

 問われたドレイクは、なぜか、肩を竦めてさっさと歩き出してしまう。

「………幸運だよ」

 じゃね、フランツ叔父さん。と子供の頃のようにふざけてひらひら手を振りながら遠ざかって行くドレイクの背中が、いつの間にかダイアスに似て来た事にフランチェスカは、今日、やっと気づいた。

  

   
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