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11.ホリデー モード      

   
         
(14)

  

「というか、邪魔だからどけ、ガラ」

「!」

 溜め息混じりのミナミの突っ込みを待っていたのか、それでこの先どうすればいいのか判らない困惑の気配が室内に降りそうになった刹那、開け放ったままだったドアの向こうから冷え切った声が飛び出して来た。

「陛下!」

 悲鳴を上げたフランチェスカがエンデルスとウィドの腕を掴んでドアの脇に退去すると、廊下の中央に腕組みして立っていた陛下…ウォルが、ほう、と関心したように漆黒の双眸を細める。

「来賓の顔ぶれを見て、まさかそんな丁重に扱われるとは思っていなかったから、新鮮な感じだな。なんだか、僕が陛下みたいじゃないか」

「………………いや、一応みんなが挨拶し終わるまでは、陛下なんじゃねぇ?」

「とか言いながら、最初に突っ込むな、アイリー」

 きっ! と眦(まなじり)を吊り上げてミナミを睨んでみたものの、鉄紺色の長上着と白いシャツで飾り立てられたミナミが事のほかお気に召したらしいウォルは、すぐに艶やかな笑顔を振り撒いて、勝手に応接室に入って来た。

「なんだ、似合うじゃないか、アイリー。でも、ちょっと地味じゃない? そうだ、今度城の衣装班に何からせよう。眩暈がするほど可愛いので着飾らせて、僕だけ愛でる」

「来た途端に横暴じゃねぇか? それ…」

「というか、わたしのミナミをウォルだけが愛でるというのは、許せないんですが」

「黙れ、ガリュー。お前のものは陛下である僕のものでもある」

「…………………てか、ミラキ卿…黙ってねぇでなんとかしろ…」

「つか、お前はなんでそんな派手な一張羅着てんだよ…」

 そう。

 まさか陛下が衛視も連れずにひとりで現れると思っていなかったフランチェスカたちはその事実に唖然としたのだが、残りの…つまりドレイクとウォルの関係を知らされていた連中は、ウォルの衣装に…唖然としたのだ。

「……………………」

 上着は漆黒のビロード。袖の降り返しと襟には、金糸の見事な刺繍。基本はタキシードなのか、前面は短めで背面が膝まで流れているのだが、その裾、袖口、襟元からは、ミナミのものより数倍豪華なレースがふんだんに見えており、判っていても目を奪われるような白皙と漆黒の瞳、腰まで長い艶やかな黒髪をますます鮮やかに飾っていた。

 文句の言いようもない、完璧な美しさである。

「私的な招待で来たんだ」

「? あぁ…そうかもな」

「だから、公務じゃないんだ」

「?? クラバインは?」

「……………殴るぞ、ドレイク!」

 細い眉を吊り上げてドレイクを睨んだウォルの横顔に、ミナミが短い笑いを向ける。

「ウォル…、諦めて、ミラキ卿の招待だからだつったら?」

 ドレイクが私用で招待してくれたから、普段は意外に地味な衣装で通しているウォルがこうも華やかな上着に袖を通したのだ、と、当のドレイク意外は、なんとなく判っていたのだが…。

「しかもこの顔ぶれなら、ウォルが「陛下」な必要ねぇし」

 招待客のリストをアリスと同じ方法で入手したとすれば、ここに居るのはつまり「共犯者」ばかり。だとすれば、私用でしかも着飾って、ドレイクが「綺麗だ」などと言ってくれても、誰もそれを不自然だとは思わない。

「…………こんな鈍い男だとは知らなかったよ、僕は。それなら余程、アイリーの方がいいや」

 ふん。と盛大にドレイクから顔を背けたウォルは、呆気に取られる一部をよそに、まず、ワゴンを押しているイルシュを捕まえた。

「やぁ、元気かい? イルくん」

「ははははは…はいっ! 陛下!」

「………もういじめないから、そんな蒼い顔するのやめてくれないかな?」

「前回初対面で、しかもいつかの「noise」騒ぎの憂さ晴らされたんだもの、すぐには仲良く出来る訳ないでしょう? ウォル」

「そうかな…。あぁ、アリスは今日も美人だな。似合っているよ、そのドレス」

「あら、光栄ですわ、陛下」

「ウォル様! あたしは?」

「マーリィもいつになく可愛いよ。今日は特におめかしだな」

「だって、陛下もいらっしゃられると聞きましたもの、おしゃれしないと失礼だわ」

「それは嬉しいな。おいで、キスしてあげよう」

 横柄に室内の中央に置かれたソファに腰を下ろしたウォルが笑顔でマーリィに手招きし、駆け寄って来た少女の頬に唇で軽く触れ、そのまま傍らに座らせる。

「? キースは、どうも居心地悪そうだな」

「最もですよ、陛下。まさかおれぁこんな場所に呼ばれるようになるなんて、夢にも思ってなかったもんで」

「なるほど。それなら、ゴッヘルの横で眉間に皺を寄せているコルソンの顔も頷けるな」

 くすくす笑うウォルに名前を呼ばれて、デリラが座っていた肘掛椅子から立ち上がった。

「まったくですね。しかも今日はスゥの監視付きで、陛下に失礼があったら蹴飛ばされかねないんでね」

「細かい事は気にするな、ゴッヘル。あまり窮屈にすると、折角素敵なお前の伴侶が疲れてしまうぞ」

「ありがとうございます、陛下。これでデリも、少しは肩の力が抜けて程よく失礼になりますよ」

「うん。でも、必要以上に失礼だったら、僕が蹴飛ばしていいかな?」

 楽しげなウォルの声に、スーシェは笑顔で言い返した。

「それはぼくの役割なので、ご遠慮願いたいですね」

 あはは、と壁際に立っていたアン少年が笑い、ウォルがそちらに顔を向ける。

「アンくんも今日は随分かわいらしいな。お前にもキスしてやろうか?」

「え! う………それは嬉しいような…」

「嬉しいならこっちにおいで。今日の僕はおおいに寛大だから、キスの出し惜しみはしないよ」

 そう言われてしまってはまさか行かない訳にも行かず、アン少年がウォルの前に進み出る。

 で、いきなりウォルは、アンの金髪をぐるぐる撫で回した。

「なんとなく、アンくんにはキスよりこっちの方がいいと思うのは、僕だけか?」

「うう…酷いですよぉ、陛下」

 どこまでも子供扱いか! と半泣きのアンに「ごめんごめん」と謝りながら、ウォルが本当に機嫌良く少年を引き寄せその頬に唇を寄せる。

「!!!!!!!!!!!!!!」

 見た通り艶やかな黒髪が視界に割り込み、見たより細く滑らかな掌で頬を撫でられ、笑いを含んだ赤い唇がふわりと触れて、少年…思わず硬直。

「うん、本当にアンくんはかわいいな。黙ってキスさえさせないどこかの誰かにも、少し見習って貰いたいものだ」

「………突っ込みてぇ…」

「……ミナミ、それは俺の名誉のためにやめてくれ」

 額に手を当てたドレイクが溜め息混じりに吐き出したのと、少し離れた場所で無表情に悔しがっているらしいミナミを、当事者であるだろうウォルが笑う。

「スレイサー」

「何か? 陛下」

 アン少年を解放し、でも、マーリィと反対隣りに座らせたウォルは、黙って腕を組んで壁に寄りかかっていたヒューに顔を向け、彼を呼んだ。と、普段からそれに慣れているヒューは、答えるのと同じ速さで動き出し、数秒後にはウォルの前に進み出て頭を下げそうになっていた。

「僕は私的な招待で来たんだって言ったよ。お前……それ以上頭を下げたら、ひっぱたくぞ」

「……………大人の礼儀としてごあいさつ差し上げようとしたまでですが? 陛下」

 なんだか意味不明の文句と共に黒瞳に睨まれたヒューが、会釈、程度で踏みとどまって顔だけを上げ、いかにもわざとらしい朗らかな笑みをウォルに向ける。

「ほー」

 さも胡散臭げな返答のウォルに、ヒューは心なし引きつった笑みで追い討ちをかけた。

「本日は殊更お美しく、それはそれは…まるでわたくしのお仕えいたします主人のごとき神々しさでございますね、ウォル様」

 言って、さも気障ったらしくウォルの手を取り、その甲にくちづけを落す。

「うん、まぁ、いいだろう。衣装が予想より似合ってたから許す」

「…………じゃぁ、本当はもっと似合ってねぇと思ってたのか?」

「こんなバカ派手な黒い衣装誰が着られるんだ、と思ってたよ」

 遥か遠くで突っ込んだミナミに、ウォルが華やかな笑みを見せた。

 それで思わずアンが苦笑いし、「バカ派手な衣装の似合ってしまった」ヒューが、肩を竦める。

「お褒めに預り、光栄です」

 うんざり気味にそう言ってウォルの前からヒューが下がった途端、まやもや、しつこいよだが、アスカ・エノーが…。

「クラバイン・フェロウ様、レジーナ・イエイガー様、御到着でございます」

 これが最後になるのか、そうでないのか、とりあえず、招待されていると判明している最後の一組が現われて、ドレイクは笑顔で彼ら…、多分、三年ぶりに肩を並べて入室して来た恋人同士(?)に「ようこそ、ミラキ邸へ」と大仰に頭を下げた。

  

   
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