■ 前へ戻る   ■ 次へ進む

      
   
   

11.ホリデー モード      

   
         
(17)

  

「晩餐を主催したミラキには申し訳ないが、所詮、この顔ぶれで何事もなく労をねぎらう、なんて上辺を取り繕って済むとは思ってなかった。本当ならそれで良かったのかもしれないけれど、貴族院の連中が思っているより以上、ここに居る魔導師隊の連中は大人しくないからね。それに、いつかは言う事だし、それが数日早くなったか、場所がどこか、なんて、連中には関係なんだろうし」

 円卓が運び出された、がらんどうの大広間。中央に置かれたカウチにくつろぐ陛下は、いつもと同じに偉そうにそう言い、目前に居並ぶ壮麗な衣装で飾った手強い相手を見つめる。

 陛下の正面には、電脳魔導師隊第七小隊四名とイルシュ・サーンス、第九小隊スーシェ・ゴッヘル事務官、一般警備部第三十六連隊連隊長ギイル・キースが並んでいた。アン・ルー・ダイ電脳魔導予備修師とイルシュ・サーンス学師はかなり緊張した面持ちだったが、他の、ハルヴァイト・ガリュー、デリラ・コルソン、アリス・ナヴィ、スーシェ、ギイルは、普段と大差ない表情で佇んでいる。

 陛下から見て右側には、手前からエンデルス・エステル卿、ウィド・ハスマ卿、王都警備軍一般警備部総司令フランチェスカ・ガラ・エステル卿、と、なぜか、いつもなら陛下の後ろに控えているはずの、王下特務衛視団衛視長クラバイン・フェロウが並び、陛下の後ろには、王下特務衛視団警護班班長ヒュー・スレイサーとミナミ・アイリーが控えさせられていた。

 そして、こちらはかなり緊張した面持ちのマーリィ・ジュダイス・レルトと、平然と室内を見つめるレジーナ・イエイガーは、陛下の左に置かれたソファに座らせられている。電脳魔導師隊大隊長グラン・ガン卿と、第六小隊小隊長ローエンス・エスト・ガン卿も、マーリィやレジーナと同じソファに着いていた。

 ドレイク・ミラキは。

 陛下の休むカウチの真横に立っていた。それは、この屋敷の主人だからではないと、誰もが判っている。

 ドレイクは、王都警備軍最高決定機関第一位なのだ。だから彼には、第七小隊制御系魔導師としてではない役目が、ある。

 ミナミが、陛下の後ろから室内を観察する。室内の空気が異様に張り詰めている。針でこの空間をちょっとでも突ついたら、全部が全部弾け飛んでしまいそうだった。

 応接室から広間に移動しようとする、間際、ウォルは一瞬だけミナミを見つめ、小さく微笑んで「ごめん、アイリー」と呟いたのだ。

 どうとでも取れる言い方。だからミナミは、余計な憶測をやめる。

 全ての賓客が賓客の顔をやめた時、陛下もまたウォルの顔をやめた。ここは議会でも軍事法定でもなかったが、それ以上に意味のある場所でもある。

「本来ならここで第七小隊の処分を言い渡すのはクラバインの仕事だけれど、今回、クラバインは「一部の事項について当事者」だから外した。となれば今度はアイリーの仕事になる訳だけど、それもアイリーが「全部の事項について当事者」だから、また外す。だから、これは…僕が直々に申し述べる」

 陛下が自ら発言するのは、前代未聞だ。

「電脳魔導師隊第七小隊を「王下特務衛視団電脳班」として本丸に召し上げたいとの希望を衛視団は申請し、貴族院臨時議会はそれを許諾した」

 ウォルの黒瞳はあくまでも静かに密やかに、居並ぶ第七小隊の面々を見つめている。

………………。は? という感じか?

「降格人事…」

 最初にその事実を受け入れたのは、意外にもデリラだった。ぼそりと低い声で呟き、溜め息を吐き、額に手を当てる。

「じゃなかったんスか? 大将」

 それで、壊れたおもちゃみたいにかくかくと首を縦に振るアン少年が、やっと、これがいわゆる「降格人事」でない、と理解し始める。

「そう来たか、って程度ですよ。わたしはてっきり、わたしだけが外されてスゥが第七小隊の小隊長になるんだと思ってましたけどね」

「…アイリー」

 いかにも偉そうに重々しく宣言したのにこのハルヴァイトの反応は面白くなかったのか、ウォルがげんなりとミナミを降り返る。

「…何?」

「突っ込め」

「命令かよ」

「僕にじゃなく、失礼なお前の恋人にだ!」

「だってさ。もうちょっと驚けって事らしいけど?」

 驚けと言われても。などと本気でどうも思っていないらしいハルヴァイトが、倣岸に腕を組んで溜め息を吐く。

「どう考えても、一時収監で特別捜査班か何かに回されて、アドオル・ウインの件を徹底的に調べさせられるだろうとしか思えなかったんですよ、自分に対しては。そうなれば、他の部下には新しい上官が来るんだろうし、来るとなったら、先日の騒ぎで「スペクター」を出して見せたスゥが適当だし、まさか、そっくり全員衛視に召し上げられるとは思っていなかったので、多少は驚いてますけど」

 などと言う割には平然と、ハルヴァイトはウォルの傍らでにやにやしているドレイクに視線を送った。

「まぁ、甘い処分だとしたらその程度かな、という、気楽な想像ですけどね、わたしのは」

「……四日間ろくに寝ないで走り回った挙句、オチがそれかよ、ハル。もうちょっとなんとか言え」

「お疲れ様でした、兄上」

 笑顔でぺこりと頭を下げたハルヴァイトのふざけた様子に、グランとローエンスが吹き出す。

「アイリー」

「だから、何」

「三日くらいお前の恋人を投獄してみて構わないか? なんとなく、そういう毒のある気持ちになった、僕は」

「…怠け癖がますます酷くなりそうだから、やめてくんねぇ?」

 投獄される事よりも、怠け癖が気になるらしい…。ミナミは。

「折角偉そうにしてみたのに、思いのほかつまらなかったな…。だからこの続きは、ドレイクに任せる」

 拗ねた物言いのウォルの手を取り、ドレイクがくすくすと笑う。この、わざとみたいに緊張した空気は悪ふざけだったのか? と内心突っ込む、ミナミ。

「? じゃぁ、なんでキース連隊長? それに…スゥさんも」

 小首を傾げたミナミに、ドレイクはちょっと…そこだけちょっと複雑そうな顔をして見せた。

「ただし、だよ、ミナミ。第七小隊が電脳班として召し上げられんにゃぁ、いくつかの条件があんだ」

 ウォルの手を彼の膝に戻し、ドレイクはカウチの背凭れに寄りかかった。

「まず。電脳班編成を実行すると、当然、電脳魔導師隊第七小隊は「なくなる」だろ? まさかそのままも出来ねぇからな、ま、ここはハルの予想した通り、新しい第七小隊の小隊長をスゥに任せて、今訓練校に居る見習いの中から一組、新しい予備修師を着任させる事にした。…つったらよ、判るか? イルシュ」

「あーーーーーーーーー。え?」

 ぽかんと口を開けてドレイクの顔を見つめ、それからゆっくり傍らのスーシェを見上げたイルシュ少年が、急に青ざめた。

「まさかそれおれ!」

「…お前ぇ…大丈夫か?」

「いや、全然ダメっ!」

「何がだよ」

 かなりいろいろ混乱し気味なイルシュに、ミナミが鋭く突っ込む。

「よく考えても見ろ、イルシュ。今訓練校で魔導機顕現に成功してる攻撃系魔導師ってなぁよ、お前ぇくれーしかいねぇだろ」

 確かに、制御系では何人か年嵩の予備修師が魔導機顕現に成功しているのだが、攻撃系魔導機はそもそも、動作プログラムが制御系より複雑なのだ。内部プログラムとしてはかなり高度な技術を必要とする制御系に比べて、攻撃系はまず呼び出して動かすのが一苦労であり、それが出来てしまえば逆に、逐次進化するプログラムを構築し続けなければならない制御系よりも、魔導機の扱いは楽なのだ。

 つまり、一長一短。という事か。

 そして、今現在警備軍付属施設である訓練校で魔導師過程に名を連ねている少年たちは、十二名。当然ながらいずれも名のある魔導師の後継ぎたちではあるが、家名が偉かろうがなんだろうが、最終的には才能のある者から魔導師隊へ編成される。

 ただし例外もある。自ら進んで魔導師に編成の直訴を行い、成績如何に関わらず訓練過程を終えたところで入隊する…かなりの無茶をやらかす連中も居たし、ここにも、居る。

……。無茶。まさしく、アン少年は無茶をしてあのハルヴァイト・ガリューに着き、様々な騒ぎに巻き込まれ、いつの間にか強くなって…ついに…衛視になりそうな勢い。

「? でも一組って言いましたよね? ドレイクさん。一組って…」

「そ。だからそこらが条件その一だ」

 不思議顔のイルシュと酷く不安げなスーシェににっと笑って見せてから、ドレイクはカウチを離れた。

「まず、スーシェ・ゴッヘル卿が返上した魔導師階級を復活する事。それから、イルシュ・サーンスが正式にコンビを組む制御系魔導師を選出し、訓練校の卒業検定に揃って合格する事。……二週間でだ」

 二週間で。

「………そーんーなー」

 みー。と情けなく泣くふりをしながら、イルシュ少年が傍らのスーシェにしがみ付く。

「おれ友達いないんだよ、ドレイクさん。せめて1ヶ月くらい余裕見てよぉ。制御系の選出ーぅー」

「つか、そっちだけなのか? 問題は」

「? 卒業検定の方はあんまり心配してない」

「……ま、いいけどな…。うん。イルくんにもさ、十分魔導師の素質あるんだなって今判った、俺」

 ある意味自信たっぷりのイルシュを微かな苦笑いで見つめていたミナミが、視線を少年からスーシェに移す。彼は泣きついてくるイルシュの肩を抱いて微笑んでいたが、その…色の薄いライトベージューの瞳が所在無く中空をさ迷っているのに、ミナミが小首を傾げた。

「すんません、ちょっと…ダンナに質問あんですけどね」

「なんだ? デリ」

「スゥが階級の復活断ったら、どうなんスか? その話」

 デリラが「今日の寝酒は何にしようか」とでも言うように気安くドレイクに問いかけると、受け取ったドレイクも、ありきたりの銘柄をすらすら並べるかのように気安くこう答えた。

「どうもなんねぇよ。どっちにしても二週間だ。その間スゥだっていろいろ悩むかも知れねぇけどな、イルシュはもっとたくさんの事を選んで、決めて、納得して、信じて、それでもだめかもしんねぇのに、二週間…そうだなー。なんつうのかね、イルくん」

 イルシュは、スーシェが魔導師階級を返上した詳細を、知らない。

「はい?」

 きょと、と見上げて来たイルシュ少年の頭に手を置き、ドレイクは笑った。

「そんでもよ、新しい第七小隊に来てくれるんだろ?」

「はい!」

 即答したイルシュの頭をぽんと叩き、それからスーシェに顔を向け直したドレイクが、今度はスーシェの肩を軽く叩く。

 だからといって何か言う訳でもなく、ドレイクはスーシェとイルシュの前から離れた。

「さて。だからっつってこっちは何もなく衛視になれるかってぇと、そうでもねぇ。まずだね、アンちゃん」

 言われた途端に、アン少年が都合の悪そうな顔をドレイクから背ける。

「お前も、二週間だ」

「…………訊きたくないですけど、何がですか?」

 既に半泣きでアリスにしがみ付く、アン少年。十八歳になったというのにどうしてこう愛らしいのか、と陛下がひとりでにやにやしたが、ミナミはそれに突っ込まなかった。

「二週間で魔導機の顕現を終わらしたら衛視にして下さるそうだ」

「あーーーーーーー。陛下っ!」

 水色の瞳を覗き込んでくるドレイクを思いきり突き飛ばしたアンが、珍しくきっぱりとウォルに明らかな抗議の視線を送る。何せ、普通ファーストコンタクトと呼ばれる魔導機の第一回顕現までの下準備は、それだけで、最低三週間はかかる大仕事なのだ。

「それはっ」

「「アン」」

 本気で陛下に抗議しようとしたアンの言葉を、似通った印象の声が遮る。

「……はい…」

 少年を止めたのは、ハルヴァイトとドレイクだった。

「大丈夫だ」とドレイクは言い、

「出来ない訳ありませんよ」とハルヴァイトが微笑む。

 その、常識外れも甚だしい上官たちを見つめていたアン少年の瞳がグランとローエンスに移ると、グランは鷹揚に頷き、ローエンスはいつもと同じに掴み所なく笑った。

 それで少年は、迷う。

 三流貴族だとか、能無しだとか、ダイ系の恥じだとか…そんな風に言われていたのが嘘みたいだった。目の前には陛下、貴族院の執行幹部、電脳魔導師隊大隊長まで居て、過去、現在、未来において並ぶもの無しとまで言われたハルヴァイト・ガリューと、貴族の中の貴族と名高いミラキ卿が、揃って「お前なら出来るよ」という。

 ふと、午前中に寝不足で機嫌の悪いヒュー・スレイサーが言った言葉を思い出した。

        

「悔しかったら陛下か衛視にでもなってみろ」

        

「そんな無茶な…ってのは、ソレが「夢みたいな話」だから言える事であって…」

 現実問題今少年の目の前には、「衛視」という役職がぶら下がっている。

 そして、「ここで衛視になる」というのには、アンにとって重大な「意味」もあるのだ。

 だったら…魔導機の顕現が出来ても出来なくても、最後まで足掻いてみようか。

「………………」

 小さく何かを呟いてから、アン少年はドレイクに向き直った。

「判りました。二週間以内に魔導機の顕現を実行します」

 笑うのをやめた水色の瞳に見上げられて、ドレイクが小首を傾げる。

「…いい顔になってきちゃったねぇ、アンちゃんもさ」

「最初の頃は、わたしとドレイクにいじめられて泣いてばっかりだったのに」

「つか、そんな小さいコいじめんなよ、アンタらも…」

「小さいコっていわないでくださいよー、ミナミさーん!」

「いや、まぁ、おれから見たらガリューとミラキ以外はみんなちいせぇんだけどね。と、それはいいにしてもよ、ミラキ。んじゃおれぁなんで呼ばれたんだ?」

 確かに、ギイルの質問は尤もだ。

「…辞令自体はガラ卿…つまり一般警備部総司令のサインで交付されるんだがよ、ギイル…。第三十六連隊は、通常の警備任務から外される事になったんだ」

「……………そいつぁ…」

 煌くような白髪を掻きながら、ドレイクが呆然とするギイルの前に移動してくる。

「つまりだな。

 まず、電脳魔導師隊第七小隊が電脳班として衛視に昇格した場合の任務ってのが、さっきハルも言った通り、アドオル・ウインの一件なんだよ。あの日議会でアドオルが証言した内容と、今までイルシュの協力で進めて来た捜査でよ、ヤツの隠匿してた魔導師ってのやそれに関する施設ってのが、意外に多い事が判って来た。で。中には…王城エリアでない場所にも何らかの施設があったり、関係者はファイラン中に散らばってたりで、正直だな、電脳班だけじゃ到底おっつかねぇんだよ。何するにしてもよ」

「……」

 なぜかギイルが、ひく、と頬を引きつらせる。

「ってー訳でだ。まさか三十六連隊を全員衛視にするのは無理なんでねぇ、さすがに。一般警備部第三十六連隊には、電脳班直轄の移動機関て事にした」

「つか、何?! それっ!」

「……ああ。判りました」

 黙ってドレイクの顔をじっと見つめていたハルヴァイトが、ぽん。と掌を打つ。

「ギイル、わたしに逆らうな。って事でしょう?」

「うわ、嘘っ。やっぱそうなんのね…。…おれぁ帰って部下どもになんて説明すりゃぁいいんだよぉ。お前らの上官は、あのガリュー小隊長になりました。ってかぁ?」

「てか、まんまじゃん。捻れよ、ちょっとくらい」

 冷静かつなかなかいいタイミングで出るミナミの容赦ない突っ込みに、青年を…あの臨時議会でしか見た事のなかった貴族院議員たちは、唖然と見つめていた。

 弱々しい声で震えながら自らの過去を語った青年。所在無く揺れる青い瞳は怯えたように翳り、今にも倒れそうな顔で必死に何かを訴えた、青年…。

 その、恐怖。

 しかし、あの議会後、ウォルとドレイク、クラバインがほとんど一睡もしないで「数多の無茶」を通そうとした理由が、やっと判った。

 誰もかれも、この綺麗な青年を無くしたくなかったのだ。ただ、それだけだった。

 そしてミナミがあの日本当に怯えていたのは、自分の過去が明かされる事でもなく、好奇の視線に晒される事でもなく、現在(いま)彼を取り囲む穏やかな生活を無くす事だったのか。

 呆気に取られた表情でミナミを見つめていたフランチェスカが、ふと、その視線を佇むハルヴァイトに移す。フランチェスカというこのドレイクとハルヴァイトの叔父は、まだ彼らとの関係がハルヴァイトに知れる前に、少年だったハルヴァイトを見た事があった。

 今とはまるで別人のように暗い目をした、笑わない少年。感情の片鱗さえない機械装置のように冷淡な鉛色の瞳を見た時、彼は、心底兄と義姉を怨んだ。

 怨んだ。

 それが今、やっと赦せた。

 ハルヴァイトが「気にしていない」と言った先もまだ、何か喉に痞えた固い塊を忘れようとしていたのに、相手が陛下だろうがなんだろうが平然と突っ込むミナミを見つめるハルヴァイトの穏やかな笑みを目の当たりに、彼はやっと、ドレイクに弟がいるという事実を喜んで受け止めたのだ。

「……フランツ?」

「なんだ? エンデ」

 呼ばれてエンデルスに視線を移す、フランチェスカ。

「何かいい事でもあったのか? にやにやして、薄気味悪い」

 大方その理由を知っているくせに吹っかけて来た伴侶に朗らかな笑みを見せ、フランチェスカ・ガラ・エステルは、わざとのように大きな声でこう言って…みた。

「うむ。手のかかる部下が一個連隊丸ごとわたしの手の届かない場所に行ってしまいそうでな、今。だから、非常に残念がっているところだよ、エンデ」

「…どう見ても残念がってる風じゃねぇし…」

 と、フランチェスカの期待通りミナミは無表情で突っ込み、ギイルに情けない悲鳴を上げさせてくれた。

「総司令までーーーっ!」

  

   
 ■ 前へ戻る   ■ 次へ進む