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11.ホリデー モード      

   
         
(19)

  

 全てのひとの時間が凍りついた瞬間。というのを始めて経験した、とミナミはその時思った。

 というか…………。

「待てっ!」

 天井近くでシャンデリアからのものではない鮮やかな光の乱舞を見た刹那、ミナミの時間だけが急激に復旧し、正常に時を刻み出す。

「まず、ミラキ邸に被害を出さない努力をしてぇんだけど?」

「あ、うん、いいよ。僕って寛大だから」

 無表情ながらも内心は青ざめて大慌てしているミナミに相変わらず軽薄且つ緊張感なく言い返し、猊下はウォルをカウチから追い出してそこに座った。アイシアスの腹心として暗躍して来た、故・ダイアス・ミラキ率いる元・電脳魔導師隊第一小隊の面々は「今更このひとのいたずらに驚いていられるか」とでも言いたげなうんざり顔でそれを眺め、猊下の顔くらい知っていたがその本質までは知り得ていなかった現・王都警備軍兵士を含むそれ以外の面々はとにかく呆気に取られ、先王から現王に継続して仕えている衛視たち(これにヒューは含まれない)は無言で知らん振りを決め込む。

「で、猊下、って…何?」

 ミナミ、そこでなぜかハルヴァイトに顔を向け、本気で質問。

「先代ファイラン王です。ウォルのお父上ですよ、あの方は」

 ハルヴァイト、その猊下から目を逸らさずに、即答。

「あ………そう…」

 どこか気の抜けたようなミナミの答えを訝しんだのか、ハルヴァイトが鉛色の瞳だけを動かして恋人を見下ろす。その視線をダークブルーの双眸で受け止めた綺麗な青年は、薄く形のいい唇から微かな溜め息を漏らし、ゆっくり首を横に振った。

「…ごめん、もっと最初に言っとくべきだった…のかもしんねぇ」

「何をです?」

 ハルヴァイトの答えは短く、容赦ない。

「もう五年以上前になっちゃったけどさ、俺が医療院から逃げ出した、あの時…」

「アイリー」

 何からどう話していいのかと戸惑うミナミをまたも猊下が軽薄に呼び、カウチの横に立っていたウォルが慌てて、「余計な事を言うな!」と父親を叱りつけた。

「もう、うるさいなぁ、ウルくんは。…でね、アイリー? 君が彼に話すべきは、そこじゃないと思うんだよね、僕は。というか、その辺の詳細は後で僕から話すから、黙っててくれないかな。でないと、わざわざこーんなに大掛かりないたずらした意味が半分以下に減っちゃうからさー」

「…つか、ホント緊張感ねぇひとだよな…」

 反射的に突っ込んだミナミに必要以上の笑顔を向ける猊下と、ゆっくり不愉快そうに眉を寄せる、ハルヴァイト。それと同時に先より派手な荷電粒子が天井で瞬き、この「機嫌の良し悪しに大きく左右される」発光に慣れていない一部が、ぎょっとして室内を見回す。

 ミラキ邸の電気系統を保護するはずが自分で引導を渡してしまいそうな流れに、ミナミは深く嘆息して気分を戻した。

 もう、どうせそれは明かしていい「過去の秘密」になったはずだ。きっと、二度とミナミは「そこ」に行く事もなく、それ以前に「そこ」は必要なくなったのだから。

 ミナミは、全身で傍らの恋人に向き直った。

「…ルイエくんがウチに来た時」

「はい」

「俺が勝手に出かけて、で、アリスんトコ行ったの、覚えてる?」

「はい」

 会話自体はミナミがハルヴァイトに向けたものだったが、質問の内容には第七小隊全員が「覚えている」と答えられた。確かあの些細な事件以降、ミナミは少しずつハルヴァイトの事を理解しようとし始めたし、ハルヴァイトはミナミに「自分」の事を聞かせ始めたはずだ。

「その時俺、アリスにさ…「逃げて行くとこはあるけど、そこには行きたくねぇ」って言ったのは、覚えてる?」

 本当は、「そういう風にあのひとから逃げ出したくない」とミナミは言ったはずだ。ミナミの記憶力でそれを忘れている訳はないだろうから、わざと間違えたのか?

「…場所は、スラムと居住区の際にある古いアパート。リビングと寝室と狭いキッチンがあるだけの部屋で、そこにはいつも…背の高い男の人が居て、俺が…」

 ミナミは、ふとハルヴァイトから視線を逃がした。

「結局俺がだめで、いつも俺は最後の最後で逃げ出してばっかで、そういう時に、この部屋を使っていいし逃げて来てもいいけど、ずっといちゃだめだって言われてて…。実際俺はアンタと会うまでの四年半で何人かのひとに世話になったりしたけど、何度もあすこに行ったし、そのままあのアパートから一歩も出られなくなって二度と戻らない事もあったし、本当に…でも………その」

 束の間揺らめいたダークブルーの瞳が、恋人の鉛色を見つめ返す。

「アンタと暮らし始めてからは、一回も行ってない」

 そこでやっと、アリスとマーリィはさっきミナミがわざと言葉を間違えた意味に気付く。

 ミナミは一度もハルヴァイトから「逃げ出したり」しなかったのだ。出来なかったのかもしれないが。それをミナミも判っていて、その上で…あの日ミナミの言った通りの言葉をここで披露したら、きっと…いかにハルヴァイトだって気付いてしまうだろう。

 そんな風に、ミナミがずっと前から、もしかして出会った頃から、ずっと、ハルヴァイトの傍に居て、それだけで、本当に良かったのだと…。

 ずっと好きでいてくれていたのだと。

「判りました。で、その部屋であなたを迎えていたのが、実は猊下だった」

「いや、その部屋で俺を待ってたのはもっと背の高いひと。アイス…って猊下か…。その、猊下はよくそのひとを訪ねて来てただけの、お客さん」

「…ゴールがどこにあるのか、さっぱり判りませんね…」

 ふーっと疲れたように溜め息を吐き、とりあえず、ミナミを見つめたままハルヴァイトが笑った。

「いいでしょう。あなたが「一度もそこに戻らなかった」なら、それでよしとします」

「…違う意味で出てってやろうかと思った事は、何回かあったけどな」

「…………………」

 素っ気ない衝撃の告白に、ハルヴァイト呆然。

「…ミナミさん、話しがややこしくなんでね、スキ見て大将からかうのやめませんかね」

 ミナミはそれで、デリラに注意された。

「さて、お話は済んだかな? アイリー」

 にやにや笑いを絶対に消さない猊下にげんなり気味の顔を向けたミナミが、わざとのように「終わりました」と固い声で言う。

「? いやに他人行儀だなー、今日は。せっかく一年ぶりに会ったんだから、親しげに行こうよ、親しげに」

「俺の前に、今にも食いつきそうな顔してるウォルをどうにかした方がいいと思うけど?」

「息子の僕とは実に四年ぶりの再会だっていうのに、挨拶もなしか?! 不良中年!」

「わ、中年だってひどいなぁ、ウルくん。どう思う? グラン。この親不孝息子について」

「大変な知性と美貌に恵まれた、素晴らしいご子息でありますな、猊下。それはそれは、甥であるルードリッヒに継ぐ驚きでございます」

……。ちなみに、ルードリッヒについてのグランの見解は「まさか片親がお前だとは思えない好青年」で、この中の「お前」はローエンスである…。

「ははぁ、それはあれだな、グラン。ルードも驚きだが、陛下も驚きだ。とそういう事だろう? または、片親に似ないでよかったな、と」

 銀縁の片眼鏡を気障っぽく指で押し上げながら、ウィドが喉の奥で笑う。

「同列では陛下に失礼だからな、ルードには単独首位の座を確保してもらった」

「…おい、そこの中年ども。後で覚えていろよ」

 わざと作った剣呑な表情でアイシアスがグランとウィドを睨むと、ふたりは素知らぬ振りで明後日の方向に顔を向けた。

……完全に先代電脳魔導師隊ペースで、自体は急転直下する。

「ところでウルくん」

「…なんだ」

「ここでとーさんから重大発表がいくつもあるんだけれど、場所をもう一回応接室に移さない?」

 見た目が若々しいので「とーさん」もなんだか可笑しいが、それは間違っていないので許そう、とウォルが頷くと、猊下は殊更にこやかに微笑み、息子の…自分とは似ても似つかない漆黒の髪を愛しげに撫でた。

「アチェそっくりになって来たね、ウルくん…」

 その熱っぽい囁きになぜか、ウォルは………ぞくりと背筋を凍らせた。

         

        

 またも先の通り応接室に案内される。

「…先王まで出て来るなんてね、穏やかじゃねぇんじゃねぇのかね」

「ミナミさんの一件に関わりあるみたいですけど」

「あんまり心配する事ないと思うわよ。アイシアス猊下はただのいたずらっこだから」

「つかさ、その「いたずら」で、おれたちゃぁここまで呼び出されたってのか? ひめさんよ」

 デリラ、アン、アリスとギイルがひそひそと話し合うのを横目に、ヒューはレジーナの隣りに座って難しい顔をしていた。

「レジー。……猊下は…」

 本当にただのいたずらなのだろうか? 

 四日前の臨時議会直前、早朝特務室に呼び出されたヒューはクラバインと並んだレジーナに驚き、硬い表情でふたりが話したミナミの過去と、これから議会で行われるだろうアドオル・ウイン告発の事実に驚き、それから…ハルヴァイトとドレイクを連行に行こうか、というまさにその時、こっそりとレジーナが耳打ちしてきた「内緒話」に、ますます驚かされた。

 レジーナは、内々にアイシアス猊下から「ハルヴァイトを自発的にミナミの元へ向かわせるように段取りしろ」と命令されていたのだ。

 果たして、あの日あのタイミングでそんな事を言い出した猊下が、ただのいたずらで今ここに現れたのか?

「ああ。アリスの言う通り、あまり気にしなくていいんじゃないかな。どうせ……何がどうあっても思い通りに事を運ぶつもりなんだから、今更ここでごねても無駄だよ、無駄」

 というレジーナの素っ気無い言い方に驚いて、ヒューが思わず背凭れから背中を浮かせた。

「グラン大隊長の顔を見ただろう? 今は平気そうにしているけど、猊下が広間にいらっしゃられた時、グラン大隊長だけでなく当時の腹心だった皆様も一様に、今にも逃げ出したそうな顔をしたじゃないか。見た目軽薄で言う事も子供っぽいけれどね、痩せても枯れてもあの方は先王なんだよ、ヒュー。

 そう……ウォル様よりも、極めて横暴な王者なんだ、あの御方は」

 まーーーー。まだ「マシ」なのかもしれないけど。という最後の部分を飲み込んだレジーナを、一際立派な肱掛椅子の中から眺める、猊下。目が合ってレジーナが穏やかに微笑むと、猊下はにこにこと…サファイヤの瞳をぎらつかせて笑ってくれた。

 だから、まだいろんな事が起こる。とレジーナは思う。

 思い通りに「大団円」で舞台に幕を引くのが大好きな極楽トンボ。とある御方が先王を称していたのを思い出し、レジーナはそれに最後まで付き合ってみようと決める。

「はいはい、みんな揃った? じゃ、とりあえずね、さっきアイリーが言いそうになった五年半前から始めようかな」

 肘掛に頬杖を突いて足を組んだ猊下は、もう一客支度されている肱掛椅子に憮然と収まっているウォルに背格好だけはよく似ていた。しかし、ウォルは黒髪黒瞳(こくとう)でかなり神秘的な美人なのに比べ、猊下の方はダークブラウンの癖っ毛(らしい)に派手なサファイヤの瞳、と見た目の印象はまったく似ていない。

「うん。王下医療院からアイリーを「逃がした」のはね、僕なの」

「やっぱ、そうなんだ」

「だって考えてもごらんよ、アイリー。それまで毎日来ていたイエイガーが、どうしてその日だけ飛び込みの仕事を「断れなくて」医療院に行けなかったのか、とか、しかも今まで一度もなかったのにその日にだけ院外に出る「散歩」があったのか、とか、通りの途中で君に接触したあの黒服がなんで最初から「わたしは君に絶対触らない」なんて言ったのか、とか、怪しい事なんかいくらでもあるだろう?」

「…つか、まさかアイスが猊下だなんて思ってねぇし、俺」

「ああっ! そうか!」

「そうかじゃねぇって…」

 なんで俺の回りにはこういうすっとぼけたひとが多いのか、とミナミは、疲れた溜め息を吐いた。

 あの部屋を訪ねて来ては住人と親しげにしていた客が猊下なら、あの部屋でミナミを迎えてくれていたあの紳士も身分の高いひとのはず。もしももっと早くにそのひとの身分だけでも教えられていれば、猊下を猊下と疑う事くらいはしたかもしれないが、ミナミはそのひとに、猊下について「あれ誰?」とだけ問い、そのひとは「客だ」と…答えたきりだった。

「と、まぁそれはどうでもよくって。とにかくね、僕は、アイリーを追って「様子を見に来る」だろうウインから彼を隠匿しなくちゃならなかった。だから、わざとイエイガーに仕事を押し付け、アイリーの行き先を誰にも知られないようにしてから連れ出したんだ」

 追って。

 様子を見に来るだろう。

 隠匿?

「…父上」

「? なにかな、ウルくん」

「…………………まさか、ウインの事を…」

 猊下はそこで、顔だけを傍らのウォルに向け、にっと口の端を持ち上げた。

「知ってた」

 にやにやと笑う、アイシアス。

 睨むようにその笑いを見つめる、黒い瞳。

「貴様………なぜ知っていたのに放っておいた!」

 肘掛を握り拳でぶん殴ったウォルが、今にも掴みかかりそうな顔でアイシアスに詰め寄る。

「落ち着きなさい、ウルくん。確かに僕はウインが何をしていたのか、知っていた。でも、僕が追いかけていたのはその一部じゃなくて全部であり、結果的には、君と同じにファイランを…」

「同じ? 僕と?! そんなふざけた事を言うな! 貴様は…判っていて何人も見捨て…」

「……。黙れ、ウル。僕に逆らう事は許さない。ひとり助けようとしてひとり死んだ。それは罪だ。だが、僕の助けるのは全ファイラン国民であり、死んで行ったのは、抗う事さえせずに与えられたものだけを受け入れた、哀れな敗残者だ」

 アイシアスは、軽薄な笑みを消してきっぱりとそう言い切った。

「受け入れるな、抵抗しろ。あがいてあがいて、それでダメなら護ってやろう。自らの信条と正義に当てはまらないと心が訴えたなら、それを疑うな。例えその時の「悪」が、国王でも、だ!」

 それが、この軽薄な先王の口癖だった。

「議会紛糾など当たり前。先王時代の貴族院執行幹部委員会は、まるで戦場だったな、ウィド」

「ああ、その通りだったよ、エンデ。貴族院に持ち込む議事は幹部委員会で完膚なきまでに叩きのめされ、それでも陛下に「許諾」を貰えた……本当にその時このファイランに必要だと思われる議事しか生き残れなかった。善い王ではなかった。悪い王だったのかもしれない。ただ、間違いなく正しい王であったと、わたしは思う」

 愚かではない。

 極楽トンボ、と言われていたように、先王はよく城から不意に姿を消しては何日も戻って来なかった。その間アイシアスはスラム、居住区を問わず、ファイラン中を歩き回っていたという。

「自分で提案した議事に反対意見がないからといっては怒り、これのどこが国民の為になるのか説明しろ、なんて、極めて横暴な振る舞いなどしょっちゅうだったがね」

 黙り込んで唇を噛んだウォルの痩せた背中に、ウィドが呟くような言葉をかける。

「はい、なまっちょろいウルくんは黙らせたので、先に進もうかな」

 一瞬で元通りの軽薄な笑みに戻ったアイシアス。しかし先の変貌振りに、この笑顔の奥に何が隠れているのか、と、始めてアイシアスと対面した誰もが思った。

「まずあの部屋にアイリーを匿って、その後、アイリーが比較的自由に出入り出来るところまで回復してからは、とにかく、好きにやらせた。逃げてきてもいいけどずっといちゃだめ、ってのはね、アイリーが社会復帰出来るように、って意味も少しはあったんだけど、実は、ウインの捜索を混乱させるのが目的だったんだよ」

 ひとつところにじっとしていれば、貴族院やそのほかの機関にも手づるのあったアドオルにすぐ発見されかねない。しかし、王城エリアを転々とし行き先も告げずに姿を消すミナミを、アドオル自身、死に物狂いで探したのに見つけられなかった、と言ったではないか。

「……だから見つかったのか…。俺が…あの家に住み着いてから」

 ぽつりと呟いたミナミに笑顔を向けたアイシアスが、「あれだけ派手に城に近づいたんだからねー」と緊張感なく付け足す。

「…アイリーがガリューと暮らし始めてあの部屋に来なくなったのは、正直、こっちの予想外だったよ。ただ、その頃には随分とウインの罪状も固まっていたし、何より…アイリー自身が逃げて来ようとしないのだから、と放っておいた。

 抜け目ないウインの事だから、もっと早くに行動を起こしてアイリーを手に入れようとするかもしれない、と危惧したりもしたんだけど、結局、ハルヴァイト・ガリューという「ひと」はあのウインさえ警戒させたんだね。ウインは手を出すタイミングを待ち続け、ウルくんが…それを与えた」

 その「タイミング」がヘイルハム・ロッソーの事を指すのだと知っているのは、数名だけだが…。

「でも。ウルくんは、まぁ、おおむね悪くない手を使った。何より先にアイリーを城に呼び出し、手を組んで「保護」したんだからね。

 欲しいものは目の前にある。

 でも、手が出せない。

 ウルくんは無意識だったんだろうけれど、ウインはね、そういう状況に我慢が出来ないんだよ。だから不用意にノイズ騒ぎを起し、ガリューに尻尾を捕まれ、そうとも知らずに、自らアイリーの前に姿まで現す」

 だから。

 あの臨時議会の日の朝。アドオル・ウインは、出頭命令を持って現れた衛視に全く抵抗もせず、身支度を整え、陛下からの命令書に目を通し、最後に笑顔で言ったのだ。

      

「これで、天使は返して貰えるのかな?」

    

「後の事は君たちの方が詳しいくらいなんだろうから、僕からの重大発表その一はこれで終わり。はい、アイリー。僕にお礼は言ってくれないのかな?」

「…つか、今すっげー複雑な気分なんだけど?」

「? なんで」

 なんでって。

「……その日貴様がアイリーを無理矢理逃がさなかったら、ガリューはもっと早くにアイリーを引き取れてたんだよ」

 アイシアスの隣りで憮然としていたウォルが、そっぽを向いたままぽつりと呟く。

「あ。それね。気にしない気にしない。どうせその時ガリューがアイリーを引き取ろうとしても、僕は邪魔してただろうから」

 あはは、なんていかにも緊張感のない笑いを上げながら、アイシアスは顔の前で手を横に振った。

「…アンタの性格から言って、ここは結果オーライで通り過ぎねぇか?」

「…………。猊下」

 内心ひやひやもののミナミが引きつった笑顔で傍らのハルヴァイトを見上げると、恋人は、ソファに足を組んで座り腕組みしたまま、という完璧な横柄さで、薄ら寒い笑顔をアイシアスに向けていた。

「今更過ぎた事をあれこれ責められるほどわたしが愚かでもなければ執念深くもなかった事に感謝すべきですね」

「うん、それはね、本当にそう思う。生きててよかったよ、僕」

「つか、猊下まで脅すなよ、アンタは…」

 疲れた溜め息混じりの、ミナミ。しかし、とそのミナミとハルヴァイトを見つめ、誰もが思う。

 もしかしたら、医療院から消えたミナミが四年半経ってハルヴァイトに出会ったから、今こうしていられるのかもしれない、と。

「…結果オーライね。それを言うなら、ウルくんとアイリーはすごく勇気ある行動を取って、ぐずぐずとさ……ファイラン王都民のためにって言い訳しながら何も出来ないで気ばかり焦ってた僕らを、見事に出し抜いてくれたよ。

 うん。そうだ。だからここで僕からお礼を言っておこうかな」

 ひとりで勝手にそう納得したアイシアスは、毅然と肱掛椅子から立ち上がり、真っ直ぐミナミの真正面まで歩き進むと、その場で深々と頭を下げた。

「どうもありがとう。…ガリュー」

 アイシアスは、知っていながら全てを許したハルヴァイトにそう言ってから顔を上げ、にこやかに笑って見せた。

  

   
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